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駒村康平「老年学と金融研究を組み合わせ「資産の高齢化」問題の解を探るファイナンシャル・ジェロントロジー」

最終更新日時 2018/02/26

駒村康平「老年学と金融研究を組み合わせ「資産の高齢化」問題の解を探るファイナンシャル・ジェロントロジー」

長寿・加齢が社会経済に与える影響を主たるテーマとして研究する、「ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター」が2016年6月に発足した。ファイナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)は米国ではじまった研究だが、世界で最も急速に、そして厳しい側面も備える超高齢社会を迎えた日本において、実地の研究が行われるのは記念すべき出来事だと言えるだろう。同センターは、慶應義塾大学の経済学部経済研究所と医学部(精神・神経科、三村研究室)、および野村ホールディングスが共同で研究を行うもの。今回はセンター長に選任された同大学経済学部教授の駒村康平氏にその取り組みについて話を聞いた。

文責/みんなの介護

60歳以上の高齢者が全資産の約6割を保有している

みんなの介護 「ファイナンシャル・ジェロントロジー(金融ジェロントロジーとも)」とは、日本語で「金融老年学」と訳されるそうですね。まずは、どんなことを研究しているのか、そのあたりからお話をお聞かせください。

駒村 2017年10月、シカゴ大学教授のリチャード・セイラー氏が「行動経済学」の業績でノーベル経済学賞を受賞したことは記憶に新しいことでしょう。

経済学は「常に自分の利益を最大化するよう、合理的な意思決定をするのが人間だ」ということを前提にしていますが、みなさんもお分かりの通り、実際の人間は必ずしも合理的な存在ではありません。長年の習慣、過去の経験とか、そのときの感情の良し悪しなどに影響されて、合理的とはいえない行動をとることがあります。

行動経済学は、こうした人間の傾向を心理学的に分析し、経済学の数学モデルに取り入れることで経済学を現実の世界に近づけようとする研究手法です。

ファイナンシャル・ジェロントロジーも、行動経済学に似た手法をとっています。人間の老齢化のプロセスを研究するジェロントロジー(老年学)と金融研究とを組み合わせることで、「人間は老いることで認知能力が変化する存在である」ことを金融経済の仕組みに取り入れるのです。

みんなの介護 これまでの経済学は人間の「老い」について考慮することはなかったのですか?

駒村 ええ、考慮されてきませんでした。せいぜい、自分の引退時期や死亡時期を予測して、そこから逆算した貯蓄や資産形成を想定している程度。加齢そのものが経済行動に与える影響までは考慮していません。  

しかし、世界中の先進国の多くで高齢化が進み、特に、日本においてはこれまでどの国も経験したことのない超高齢化社会が到来しています。認知機能が低下した人が増えてくる社会に合った経済や社会政策、社会の仕組みを考える必要があります。その意味で、ファイナンシャル・ジェロントロジーを日本で研究する意義は非常に大きいと思います。

みんなの介護 高齢化した現在の日本経済にはどんな特徴があるのでしょう?

駒村 金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯)」によると、全金融資産のうち60歳代が29.4%、70歳以上が28.3%保有していることになっています。国民の金融資産の約6割を60歳以上の人たちが持っているのです。

ここで問題なのは、高齢者の資産の中に、株式や投資信託、外貨貯金、不動産といったリスク性資産、すなわち「購入した金額よりも価値が下がるリスクを含んだ資産」が多く含まれているということ。

本来、こうした資産は若い人が持つべきです。なぜなら、未来のある若い人たちは、投資で損をしても取りもどすだけの機会がありますから。ところが、若い人は資産を持っていないので、結果として高齢者にリスク性資産が集まってしまうのです。

みんなの介護 高齢者にリスク性資産が集まると、どんな問題が生じるんですか?

駒村 高齢者が資産を盛んに運用するなら、それほど問題にはならないんです。ところが、人は加齢とともに認知能力が低下しますので、結果的に運用パフォーマンスが落ちていきます。現金で預貯金を持ちますが、次第に株式投資の能力は落ちていくわけです。すでに海外の研究では、認知機能の低下に比例して資産運用能力も低下することが確認されています。資金の運用が不活発になった預貯金のみの状態では、投資は減少して経済が停滞します。

金融庁は毎年「金融行政方針」というものを公表しているんですが、2017事務年度版の中に「ファイナンシャル・ジェロントロジーの進展も踏まえ、よりきめ細かな高齢投資家の保護について検討する必要がある」という表記が盛り込まれました。金融庁はこれまでも顧客中心の金融サービスを目指し、高齢投資家の保護を販売会社に働きかけていましたが、ファイナンシャル・ジェロントロジーという言葉が用いられたのは初めてのことです。

つまり、「資産の高齢化」による経済の停滞が問題視されるようになったわけです。 一般的に高齢化の問題というと、単に高齢者の数が増えていくという量的な面がクローズアップされがちですが、経済に与える質的な影響は甚大で、決して見逃すことはできないのです。

「賢人論。」第60回(前編)駒村康平氏「75歳以降、発症リスクが5年おきに倍加する認知症が金融の世界にマイナスの影響を及ぼす」

国の法律や金融機関のサービスは完璧ではない

みんなの介護 内閣府の「2017年版高齢社会白書」によると、2012年の65歳以上の認知症高齢者数は462万人で、これは65歳以上の高齢者の約7人に1人にあたるそうですが、これが2025年には約5人に1人になるという将来推計があるそうです。高齢投資家の認知機能の低下は深刻な問題になりそうですね。

駒村 75歳以降の人は5歳加齢すると認知症の発症リスクが2倍上昇するというデータもありますね。

高齢化の度合いの高い地方銀行では、すでにさまざまな問題が起こっています。口座の利用者が暗証番号を忘れたとか、通帳をなくしたとか、取引そのものを忘れたといった深刻な問題です。

介護の専門家ならこうした問題が起こる前にその兆候に気づくことで適切に対処できるのかもしれませんが、介護の経験がまったくない金融機関のスタッフなどは問題が深刻化するまで気づくことができず、ただ呆然としてしまうのです。

みんなの介護 認知症や障害などによって意思決定が十分にできない人を保護するための「成年後見制度」が2000年4月から施行されましたが、この制度では問題をカバーできないのでしょうか?

駒村 「成年後見制度」は認知能力の低下した高齢者に代わり、第三者が意思決定をするという制度です。

成年後見人には親族や司法書士、弁護士といった人たちを家庭裁判所が後見人として選任。これにはリフォーム詐欺などに遭わないように助けてくれるというメリットはありますが、本人による生前贈与などは制約され、手間も手数料もかかります。

また、親族が成年後見人になった場合、いずれは自分たちが相続するものだと勝手に判断して親の預金を使い込んでしまうというトラブルも少なくないといいます。さらに、手続きの煩雑さや家庭裁判所の対応能力の限界もあり、20万人程度しか利用していないという状況です。

みんなの介護 法律が完璧でないとしたら…どうすればいいのでしょう?

駒村 認知機能の低下した人への対応については、金融機関も動きが出始めています。 例えば城南信用金庫は「城南成年後見サポート口座」という商品を開発しました。 これは「口座を2つに分けて多額の資金を複数の後見人で管理し、月々に使う10?20万円程度の決まった額を自動振替の別口座に流す」という仕組みです。

また、高齢の顧客や認知症の顧客への対応方法を学ぶ養成講座をスタッフに設けている金融機関も少しずつ増えつつあります。

それから、日本ファイナンシャル・プランナーズ協会も、全国有料老人ホーム協会が開催するセミナーにファイナンシャル・プランナーを派遣し、老後の生活設計や保険の見直し、貯蓄や投資などの相談に応じる取り組みを始めています。

「賢人論。」第60回(前編)駒村康平氏「ファイナンシャル・ジェロントロジーはこれから高齢期を迎える人に“未来の指標”を与える学問」

相続は早くやり過ぎても遅くやり過ぎてもダメ

みんなの介護 高齢者の資産運用問題の中でも”相続の問題”は、特にトラブルの元となるケースが多いようですね?

駒村 それは今に始まったことではありません。 シェイクスピアの戯曲「リア王」では、ブリテンの王であるリアが高齢を理由に退位する際、国を分けて3人の娘に相続させましたが、その結果として国を追われ、正気を失い、荒野をさまよいながら亡くなるという悲惨な晩年を過ごすことになりました。

一方、日本の歴史ではそれと反対のことが起こっています。豊臣秀吉は嫡男に恵まれなかったために、さまざまな人物を養子にして家督を継がせる準備をしていました。ところが、側室の淀君の間に秀頼が生まれると、彼ら養子を切腹させたり他家に追い出したりしたため、徳川家康に付け入る隙を与えてしまいます。

要するに、相続は早くやり過ぎても遅くやり過ぎてもトラブルが起こるのです。相続のタイミングは古今東西を問わず難しいようです。

みんなの介護 ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センターの研究成果が、こうしたトラブル解消に役立つのはいつ頃でしょうか?

駒村 同センターはまだ始まったばかりですので、残念ながら「いつ」とお約束できる段階にはありません。ただ、加齢や認知機能の変化により、高齢者の意識決定がどのように変化していくのか、従来から研究されている行動経済学でわかっていることとの違いはどのようなものかなどを明らかにしたいとは思っています。

一方で、高齢者が保有している資産はどんなものなのかというデータもまだ十分揃っていないし、金融取引において適切な判断ができる認知能力をどう測定するのかといったことについてはこれからです。

そういう意味では、現時点ですでに高齢者になっている人の問題には対処できないけれども、これから高齢者になる50代、60代の人たちにむけて、「未来の老後」の指標を提示するための研究と言えるかもしれません。

みんなの介護 今後、ファイナンシャル・ジェロントロジーの研究成果が蓄積されていけば、加齢による認知能力の衰えを数値化し、把握することができるのでしょうか?

駒村 もし、それができたとして、金融商品を扱う窓口スタッフが「あなたは認知能力が低下している疑いがあるので、テストを受けてください」と顧客に対して言えるでしょうか?むずかしいですよね。

70歳以上の普通自動車の運転者にシルバーマークを支給して表示することを更新時に義務づけている自動車の運転免許と同じようにはいかないのです。

というのも、「老い」には個人差がありますから、70歳を過ぎても頭がしっかりしている人もいるし、そうでない人もいる。単純に年齢で割りきることはできませんよね。

それに、金融取引は免許制ではありませんので、シルバーマークのようなものを支給する機会もありません。

みんなの介護 とはいえ、認知機能が衰えた高齢者を狙った悪徳業者がいるのも事実です。読みもしない出版物を定期購読させられたり、高額の金融商品や保険商品を売りつけられたりする例もあります。そうした被害から高齢者を守るという目的があれば、認知能力テストを義務化することができるのではないですか? 

駒村 例えば「年金受給年齢になったら必ずテストを受ける、あるいは数年に一回は年金機構に行って認知機能のチェックを受け、客観的に自分の認知機能の状態を把握する」などは一つ対策として考えられるかもしれないですね。

また、認知機能の低下につけ込んだビジネスの規制も必要です。 実際、ヨーロッパや北米ではすでに行動経済学などの知見を生かして、顧客の認知機能の低下の隙を突くような契約への規制も始まっています。代表的なのがクレジットカードです。

制度だけではなく、選択技術の活用も一つの方法です。損害保険の分野では、自動車のドライブレコーダーの普及により、急発進や急停車、接触などの記録を定量化して、ペナルティの多い人には保険料が上がる仕組みを設ける動きがあります。映像や数値で記録されるので、本人にも自身の衰えを納得してもらえるのです。

近ごろ発展の目覚ましいAI(人口知能)の研究が進めば、顔認識や言語認識などの技術によって認知機能の低下の兆候を認識することができるかもしれません。表情の移り変わりや言動の一貫性などは、かなりの精度で評価できるようになっています。

みんなの介護 AIなどのテクノロジーの進歩には大いに期待したいですね。

駒村 内閣府は2016年冬から「人工知能と人間社会に関する懇談会」を開催していて、さまざまな技術が検討されています。現時点では身体機能の欠陥などをサポートする技術が多いようですが、認知症や心の問題を解決するような技術が開発されることに期待したいですね。

それから、認知症の進行を遅らせたり改善したりする薬や治療法など、医療の分野での進歩が問題解決に直接結びつく可能性も考えられます。問題は深刻だけれども、未来は暗い面ばかりではありません。

社会保障改革を進めるキーワードは「我が事・丸ごと」

みんなの介護 社会保障給付費が激増し、財政危機が叫ばれています。そんな中でさまざまな改革が行われていますが、事態は良い方向に進んでいるのでしょうか?

駒村 社会保障制度には年金や医療、介護に加え、児童福祉や障害者福祉、難病、それから生活保護などがありますが、財政改革がそれぞれの「制度別」に行われるところにむずかしさがあるんです。

例えば、2004年の年金改革で「マクロ経済スライド」を導入することが決まり、高齢化率の上昇に連動して年金水準を引き下げることになりました。この仕組みによって、年金財政は長期的には持続可能性を確保できることになったわけです。

しかし今後、医療や介護などの保険料を引き上げようとすると、手取り年金が少ないために病気や要介護になっても自己負担分を支払うことが困難になり、通院や介護サービスの利用をあきらめるケースが増えていくでしょう。あるいは、手取り年金が低くなり過ぎて生活保護を受給せざるを得なくなるケースが増えていくかもしれません。

このように、それぞれの制度の財政を維持するために改革を進めても、制度を利用できない人が増えてしまったり、他の制度の財政にしわ寄せがいってしまうことがあります。

人々の生活は制度ごとに成り立っているわけではありませんから、社会保障全体で生活が困難な人々を効果的に支えることが重要なのです。

みんなの介護 しかし、社会保障全体をいっぺんに改革するというのは、非常にむずかしいことではないですか?

駒村 まさにおっしゃる通りで、私自身、社会保障改革国民会議や社会保障審議会などで「制度横断的な議論をすべきだ」と発言してきましたが、なかなか前に進まない状況でした。

とはいえ、お先まっ暗かというと、そういうわけでもありません。

みんなの介護 …といいますと?

駒村 2006年以降、全国の市区町村が中心となって「地域包括ケアシステム」の整備を進めています。「住まい」「医療」「介護」「生活支援・介護予防」を包括的にサポートする仕組みです。

正直なところ、地域によって取り組みがうまく進んでいるところとそうでないところがあるのは確かなんですが、厚生労働省は次のステップとして「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」を設置して地域包括ケアの“深化”に取り組んでいます。

「賢人論。」第60回(中編)駒村康平氏「総人口に占める高齢者40%時代に備え新しい仕組みをつくらねばならない」

住民が地域福祉を構築する、三重県名張市の先進的な取り組み

みんなの介護 「我が事・丸ごと」について、厚労省のホームページには次のように説明されています。

「“他人事”になりがちな地域づくりを地域住民が“我が事”として主体的に取り組む仕組を作っていくとともに、市町村においては地域づくりの取組の支援と、公的な福祉サービスへのつなぎを含めた“丸ごと”の総合相談支援の体制整備を進める」

これだけだとわかりづらいですね。説明していただけませんか?

駒村 全体の動向として、人口減少地域では行政の効率性が低下。それに加えて、介護や医療施設も遠くなることで利用できなくなります。そこで、地域のなかの住民同士で「見守り」「買い物支援」「通院支援」などを行い助け合っていく。簡単に言えば、地域をいくつかのエリアに区切って、その中で生活する住民が地域福祉を構築するということです。

例えば、かなり早い時期からこのモデルの構築を始めているのが三重県の名張市です。 主に小学校区を1単位とする「地域づくり組織」を設立し、市を15の地域に分けたのです。

この地域づくり組織が行う事業内容はそれぞれが自らで決めることになっていて、市はその事業実施のために一括交付金を支給するという仕組みです。

これまでの地域向け補助金には補助率や使途の制限がありましたが、この交付金は自由に使えますので、各組織はそれぞれの地域が抱える課題に対処するため、多様な事業を展開できるというわけです。

みんなの介護 例えば、どんな事業が行われているのでしょう?

駒村 面白いのは、高齢者を中心とするボランティア住民が、小学生の学習支援をしていることです。図画工作や体育、調理実習といった授業に市民が参加して、子ども一人ひとりの学習を手伝うのです。

核家族化が進んで日ごろから高齢者と接する機会が少なくなった子どもたちにとって、これは実に良い機会だと言えるでしょう。

それから、各15地域には市の保険・福祉の専門職2名が常駐している「まちの保健室」があり、健康や介護、子育てといった身近な相談に応えるとともに、訪問相談も行っています。

特に、子育てに関してはフィンランドの「ネウボラ(妊娠から出産6歳までの成長を継続してアドバイスするサービス)」をモデルとして、一人の保育士が妊娠から出産、育児まで一貫して相談に乗るシステムもあり、地域の産婦人科、病院の小児科、保育所との連携をうながしています。

みんなの介護 まさに、地域住民の一人ひとりが他の住民の問題や課題を「我が事・丸ごと」として対応しているわけですね?

駒村 現在、日本の65歳以上の高齢者人口は総人口の27.3%を占めていますが、2065年には38.4%に達すると言われています。

高齢化率が10~15%だった頃に作られた日本の社会保障の仕組みが、時代に合わなくなっていくのは当然のことで、変化に対応した新しい仕組みを作っていかねばなりません。

競合するのではなく、補完関係が望ましい

みんなの介護 「労働人口減少の影響で経済成長が鈍る」というIMFの指摘について、駒村さんはどう考えますか?

駒村 過去のトレンドに従えば、その指摘は正しいのでしょう。ですが、現代は「第四次産業革命」を迎えた時代です。

第三次産業革命以前までは人間が機械を調整していましたが、第四次産業革命では人間の代わりにAIが機械を自動制御するようになります。そういう新しいトレンドに合わせた社会を作り上げることができれば、別の成長モデルに移行することは十分に可能だと思います。

みんなの介護 AIの進歩で「人間の仕事が奪われる」とネガティブに語られることも多いですが…。

駒村 そうした失業問題を心配しなければならないのは、総人口も労働人口も増えている国に限られます。 日本は総人口も労働人口も減っているわけですから、失業の心配なしにAIの導入に踏み切れる。人間の仕事と代替関係にするのではなく、補完関係にして生産性を高める方法は必ずあると思います。

みんなの介護 AIと競合するのではなく、助け合っていけば良いのですね?

駒村 その通りです。大学でも、学生たちをAIと競合するような仕事に向く人材として社会に送り出すような教育は切り替えないといけません。教員が一方的に知識を覚え込ませて、期末試験でその記憶をチェックするような教育をやっていたら、学生たちはこれからの社会で生き残れないでしょうからね。

みんなの介護 では、どんな教育を行っているのですか?

駒村 慶應義塾大学には「半教半学」という伝統があり、教員と学生が互いに教え合う土壌がもともと整っていました。

これからの社会をどのようにすればいいのかという問題について答えはまだ出ていないのだから、大事なのは「どんな問いを立てるか」ということ。答えを与えることなんて、そもそもできないんです。

私のゼミでは、議論によって導かれた政策案などを政治家や官僚、企業や労働組合にプレゼンしますが、教員の私が同行することは稀です。実際に話をするのは学生たちで、こうした経験が将来、社会に出たときにきっと役に立つでしょう。

みんなの介護 今の若い学生さんたちにとって、高齢化する現代社会はどのように見えているのでしょう?

駒村 政治家の選挙があるたび、20代、30代の投票率の低さがよく指摘されますね。投票率の高い高齢者が増えると、高齢者の政治的発言力が強まることを「プレストン効果」といいますが、2016年に早稲田大学との共同研究会でこの問題について議論したんです。

すると、若年者の票にウエイトをかけて、高齢者の発言力を弱めるべきだという意見が出ました。これは、子や孫の世代の利益をむさぼって自分だけが得をしようと考える高齢者が多いとすれば当然、出てしかるべき意見です。ですが、投票の価値に年齢で差をつけていいのでしょうか。今の社会は本当にそのような恐ろしい社会でしょうか?

結局のところ、「若年者VS.高齢者」という対立軸の先には不毛な世界しかないのです。それよりも大切なのは「異なる世代同士が対話し、連携する方向を探っていくこと」だと思います。

みんなの介護 厚労省が目指している「我が事・丸ごと」というキーワードも、まさにそうした考えの延長にある社会でしょうね?

駒村 インターネットの発達にともなって自分の意見を表明する場が増えたことは社会にとって良い側面ですが、言いっ放しではなく、対話が重要であることに変わりはありません。同時に、世代間交流の場をどのように作ればいいのかという課題にも向き合っていかねばなりませんね。

「賢人論。」第60回(後編)駒村康平氏「できる限り社会とつながり、適度なストレスとつき合うほうが健康的」

定年制にこだわる企業は生き残れない!?

みんなの介護 労働人口の減少に対する施策として、女性や高齢者が活躍できる場を広げることが期待されています。高齢者が活躍できる社会は実現可能だと思いますか?

駒村 人間の知能には「流動性知能」と「結晶性知能」の2つがあるといいます。 流動性知能とは、記憶力や計算力、集中力といった新しい場面への適応に必要な能力のことで、20代にピークを迎え、その後は加齢に従って衰えていくと言われています。

一方の結晶性知能は、物事の説明や意見の異なる人の説得、チームを束ねてまとめていくなどの能力で、これは過去の経験が土台になります。そして、この能力は加齢による低下はあまり見られず、60代後半まで磨かれていくといいます。

みんなの介護 そう考えてみると、結晶性知能に優れた高齢者が活躍できる機会は大いにありそうですね?

駒村 私は高齢者の潜在能力は高いと考えています。老年学の専門家の意見を聞いてみると、能力の衰えの原因には「加齢説」と「引退説」があるそうです。

つまり、加齢によって自然に衰えていくという考え方と、引退や定年によって活躍する場が失われるために衰えるのだという考え方があるわけです。どちらかというと、私は引退説のほうに説得力を感じます。

仕事を辞めて社会とのつながりが縮小していけばストレスは少なくなり、健康的な生活になると考える人もいるかもしれませんが、同時に、認知機能を使う機会が減れば能力は衰えていくだけということもまた事実でしょう。

要するに、できるだけ長く社会とつながり、頭を使い、適度なストレスとつき合っていくほうが健康的なのではないかと。

みんなの介護 定年年齢を延長したり、定年制を廃止していつまでも働ける制度を設ける企業がありますが、まだ少数派です。なぜでしょう?

駒村 年功型の雇用システムがまだ残っている企業は“変わる”のがむずかしいのでしょう。ただし、そういう企業は「第四次産業革命」の流れにも乗っていくのもむずかしくなるでしょうから、今後は柔軟に働き方を選べる企業が間違いなく増えていくと思いますよ。

人間の寿命についても「人生100年」時代を迎えることになります。60歳、人生の半分ちょっと過ぎたところでのリタイアなんて、あまりにもったいない話だと思いませんか?

撮影:公家勇人

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07
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