倉本圭造「ホリエモンの失敗と鬼滅の刃の成功が投げかける、”対話”の重要性」
マッキンゼーや船井総研を経て、ブラック企業・肉体労働現場・ホストクラブ・カルト宗教団体などに潜入しフィールドワークを実践した異色のコンサルタント・倉本圭造氏。倉本氏はそこで社会問題を現場を目の当たりにすると同時に、「メタ正義」の重要性を学ぶことになった。その考えは、最新刊『日本人のための議論と対話の教科書‐「ベタ正義感」より「メタ正義感」で立ち向かえ』に詳しいが、あらためて「メタ正義」とは何か、そして対話の成功例とは。話を伺った。
文責/みんなの介護
固定的な価値観を押し付けることへの強いアンチ
みんなの介護 倉本さんは日々どんな意識でコンサルティングを行っているのでしょうか。
倉本 私が追究してきたのは「いろいろな人の力が発揮できる社会にするにはどうしたらいいか」を考えること。ほんの一握りの特別な才能がある人の力だけでなく、多くの普通の人が持っている力も吸い上げて企業を、そして社会を運営するにはどうしたらいいか?という事を考えてきたのだと思います。
リーダーが自分の価値観を押し付けて改善しようとしても、一人ひとりの力を生かさない限りうまくいかない。固定的な考えを誰かに押し付けるのが苦手でした。それは、自由な表現を重んじるリトミックという音楽教育の先生だった母に育てられたことも関係しているかもしれません。
大学卒業後に入った外資系コンサル会社のマッキンゼーでは、当時は今以上に「遅れている日本企業に最新鋭のグローバルスタンダードな考え方を教えてやる」という雰囲気が満ちていて、働いていて個人的には辛かったですね。
そこで導入する手法などの有用性は感じるものの、「相手の考える力を奪う」ような形で押し付けて行くようなやり方では、社会の分断が進んでいずれ大変なことになってしまうのではないか?と常に感じていました。
そこにあるアメリカ的な発想が、「“ものを考える“能力があるのは一部のエリートだけだ」という傲慢さに満ちているような気がしたんですね。
結果として、アメリカじゃあ社会が一部のエリートとそれ以外で真っ二つに分断されて混乱していますよね。
そういう問題意識から、社会の中の「知的エリート」と、「現場レベルで生きる人々」が、もっと双方向的にちゃんとコミュニケーションして、お互いの良さを活かしあえるような発想がいずれ必要になると思ったんですね。
「現場」レベルの現象を体験しておきたかった
みんなの介護 その問題意識が、肉体労働やブラック企業へのフィールドワークのような行動に繋がったということですか?
倉本 アメリカ型に「知的エリートだけが考えてロボットのように社会の末端を動かす」のも問題ですが、それに反対する人が陥りやすい「現場は素晴らしい!」的な思考停止もあまり良いことではありません。
でも実際に「現場」レベルの現象をちゃんと体験として知らない人は、全否定か全肯定しかできないところがありますよね。
その思いが、マッキンゼー退職後の肉体労働現場やブラック企業で働いてみたり、ホストクラブとかカルト宗教団体への潜入といった「体当たりのフィールドワーク」に繋がったし、その後の中小企業コンサルティングの仕事でも一貫して追究してきたことですね。
「知的エリートの世界」と「社会の現場レベルの世界」、どちらか一方の価値観で無理に押し切る方法を取らないなら、メタ正義的(自分の正義感から敵を罵る前に、一段高い立場に立って相手側の存在理由を考えること)な考え方で解決策を練るしかありません。
「対話が重要」というのは、そういう「狭間の世界」で生きていれば当然必要になることなんですよ。対話せずに済んでいる人というのは、誰かに問題を押し付けて生きているだけです。
現場のボスになっているから現場をいじめられるのか。大手のブランドに守られているから頭の良さそうなこと言っていれば通用するのか。どちらかでしょう。
現場で働いていない人の合理性だけで絵を描いていてもダメだし、現場主義者が「俺たちがやっていくんだ」と力んでみても両者の溝は深まっていくばかり。
水と油のように本来混ざるはずのないものを混ぜあわせてマヨネーズをつくるように両者の意見を混ぜ合わせることが大切です。
みんなの介護 マヨネーズというのは面白いですね。具体的にはどのような方法を取るのか知りたいです。
倉本 ぶっちゃけた事を言ってしまうと、私のクライアント企業で成功した例などを見ていると、実際そこで起きていることの9割ぐらいは「頭がよい人が机上で考えたこと」に決着したほうが良いことが多いです(笑)。
しかし残りの1割ぐらいのところで、ちゃんと「現場の事情」を深く理解しておかないと全く別ものになってしまう部分があって、アメリカ型のエリートはそこに非常に無頓着なんですよね。
そしてその実現プロセスにおいて、そこに主体的な自分ごと感を持って関わってもらえるように持っていけるか?も重要なことですね。
それは面倒くさいように見えますが、いざちゃんと「メタ正義」的な対話が自然に行える環境に育ってきた組織で働くのはとても気持ちが良いものですよ。
潮目が変わるときが対話のチャンス
みんなの介護 批判ではなく、対話することを決めて歩み寄ることが問題解決の一歩だと?
倉本 最初は両者のコミュニケーションが成立せずに拒否されることも多いです。なぜなら、長い間お互いに対立を深めてきた過去があるから。それに、社会全体としても”対話”が当たり前という風土が育っていなかった。
例えば数年前まで、年号で言えば「平成」でイメージされる日本社会のように、 “押し切った方が儲かる状況”であれば、社会全体もそちらに向かいます。「押し切れちゃうんだったら押し切った方が得だよね」「対話とか言ってる人たちは、時代遅れなことを言っている」という考えに傾きます。
しかし、あらゆる人が押し切ろうとすると、お互いにぶつかり合ってうまくいかなくなる。このやり方ではダメだとみんなが気付き始めます。そこで対話を成功させた方が儲かる事例がポツポツ出てくる。そんな風向きの変化をすかさず捉えて対話する風土をつくっていくことが大切だと思います。
「令和」の時代の日本は明らかにそちらに向かっていると私は感じています。
「鬼滅の刃」の大ヒットに見る対話の成功例
みんなの介護 平成から令和で変化があったのですね。何か具体例などはありますか?
倉本 先程の「平成と令和の違い」という話としてわかりやすい対比として、「平成時代の堀江貴文氏によるテレビ局買収」と「令和時代の鬼滅の刃の大ヒット」が、読者の人にもわかりやすいのではないかと考えています。
実は鬼滅の刃の大ヒットをつくったビジネス面での仕組みには、堀江さんのテレビ局買収の「本来の狙い」と共通するものがあるんですよ。
日本のコンテンツビジネスはテレビ局がアレコレ丸抱えにしてしまっていて、動きが鈍いのが問題だというのは昔から言われてきました。堀江さんはそこを資本の力で無理やり引き剥がして合理化しようとしたんですね。
しかし、やり方が強引すぎて実際に日本社会の現場レベルで「コンテンツをつくる人たち」にそっぽを向かれてしまって買収も失敗することになった。
アメリカ型に「一握りの知的エリートの力」だけで社会を動かそうとして巨大な抵抗にあってしまった「平成時代」の典型的な一コマだったと言えるでしょう。
一方で実は『鬼滅の刃』も、資本関係を合理化することでテレビ局の支配を脱し、コンテンツそれぞれに合った最適な売り方ができるようにした事が大ヒットに繋がっています。
つまり、平成時代の堀江さんのチャレンジと、根っこの発想としては全く同じことをやっているんですね。
しかしそのプロセス全体に、「アニメ制作の事がちゃんとわかっている」人が深く関わっているために、「社会の現場レベル」と対決関係になっておらず、むしろ協力してお互いの一番良い部分を出し合って大きな成功を掴むことができている。
さっきの例え話で言えば、「水と油」という本来混ざるはずのないものが混ざってマヨネーズをつくれているわけです。
「アメリカの良い部分」を見習いつつ、単に「ディズニーみたいにできない日本は駄目だ」と言って終わるだけでなく、「日本社会の事情」と深く向き合ってオリジナルな対策をつくることができた事例なんですよ。
この「平成時代のホリエモン」と「令和時代の鬼滅の刃」の対比を見れば、日本社会がちゃんと「アメリカ型のエリートによるトップダウン」ではない独自の意思決定の文化を着々と育ててこれていることがイメージできると思います。
そういう「文化の変化」は、読者の方の身の回りにも徐々に波及してくるので、その変化に合わせて、「無理やり押し切る型」から「対話型」の仕事の仕方に乗り換えていってくれればと思いますね。
撮影:神保 勇揮(FINDERS)
倉本圭造氏の著書『日本人のための議論と対話の教科書 - 「ベタ正義感」より「メタ正義感」で立ち向かえ-』(ワニブックスPLUS新書)は好評発売中!
議論という名の「罵り合い」からは何も生まれない。大手コンサルティング会社を経て、ブラック企業、宗教団体、ホストクラブなどさまざまな現場でフィールドワークを経験した異色のコンサルタントが、広い視点で指摘する「日本人の議論」「対立」「分断」の問題点を分析し、解決策を示す。
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