安宅和人氏は“文理両道”の視点を持つオンリーワンの論客だ。東京大学大学院生物化学専攻で修士号を取得後、マッキンゼーで戦略コンサルタントとして活躍。イェール大学で脳神経科学の博士号を取得した後、マッキンゼー復帰後は商品開発とブランド再生に携わり、ヤフー株式会社でCSO(チーフストラテジーオフィサー)に就任。2016年からは慶應義塾大学環境情報学部教授も兼任する。専門は神経科学、ストラテジー&マーケティング、データ×AIという3つの分野にまたがり、独自の複眼思考であらゆるテーマについて鋭い分析を行う。新型コロナがいまだ収束しない6月中旬、ほぼ無人のヤフー本社で、「ウィズコロナ」時代を生き抜く知恵を語っていただいた。
取材・文/みんなの介護
従来型の密なオフィスは「コロナブラック」、環境のデザインが必須
みんなの介護 安宅さんは今年2月、“日本再生の最後の処方箋”ともいうべき『シン・ニホン』を上梓し、書籍は10日で7万部を突破するベストセラーになりました。最初にそのお話から伺おうと思っていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大で、日本をはじめ世界中の人々の暮らしが一変しました。安宅さんは『シン・ニホン』の中で、「日本が再生するために大人たちはどう振る舞い、若者をどう育てていくべきか」について提言されていますが、新型コロナの影響で、私たち日本人の働き方はどのように変わっていくとお考えですか。
安宅 まず、withコロナ状況下に置いて、働く場所は密閉×密な「密密」の空間から開放×疎、つまり「開疎」な空間へ大きく向かっています。衛生的、生理的な理由から密閉された、人の密集するオフィスは嫌われ、開放された人と人の関係がまばらなオフィスが好まれる。ちなみに、換気が悪く人口密度の高い従来型のオフィスのことを、「コロナブラックなオフィス」と言うことができると思います。
オフィスの環境が変わるのと同時に、好まれる立地も変わります。多くの企業でテレワークや在宅勤務が推奨されるようになれば、毎日会社に通勤する必要がなくなり、人々は自宅や自宅近くの場所で仕事をするようになる。一度テレワークで仕事が回るようになってしまうと、従来型の勤務体系にはもう戻らないでしょう。これまで大都市圏ではみんな精神的・身体的苦痛を我慢して、混雑率300%の満員電車に押し合いへし合いしながら通勤していました。それが新型コロナの感染拡大に伴って公衆衛生的にも「アウト!」と判定されれば、満員電車を正当化するロジックが失われてしまう。今後は、かつてのような殺人的通勤ラッシュはなくなっていくのではないでしょうか。
みんなの介護 そうなれば、喜ばれる方も多くいらっしゃいますね。
安宅 ですね。実は、人と人とが物理的に距離を取ることで、かえって仕事がうまくいくケースもあります。たとえば、新型コロナで他県への移動が自粛されて以降、法人営業の成績が上がっているというお話を何度かお聞きしています。それまでは、営業の方はわざわざ1日かけて地方の得意先を訪問するのが当たり前であったのに、緊急事態宣言以降、むしろ無理してきてもらうよりもZoomやSkypeを使ったオンライン・ミーティングがお客様から求められるようになったと。すると、自社や自宅に居ながらにして、1時間の間に名古屋・大阪・北海道のお客さんと15~20分ずつお話することも可能に。これほど効率の良い営業、顧客対応はありませんね。また、今まで以上に頻繁にコミュニケーションが取れるようになったことで、顧客との関係性まで良くなるケースが生まれ始めているようです。
このように、withコロナ状態が続く限り、社会全体は「開疎」の方向に向かっていきますが、それが難しい職場もある。学校や病院、介護施設、工事現場などです。「密」にならざるを得ない職場で、どのように「開疎」な環境をつくっていくかが、これからの知恵の出しどころでしょう。
感染予防の喚起でCO2濃度も低下、仕事の生産性がアップする
安宅 withコロナ時代のオフィスは、立地・部屋の造り・換気・シェア管理の仕方のすべてをデザインし直す必要があるでしょう。
みんなの介護 現在、換気の重要性が改めて指摘されていますが、安宅さんは以前からインテリジェントビルの密閉空間を問題視されていましたとお聞きしました。
安宅 はい。インテリジェントビルは気密性が高いうえに、多くが空気の入れ換えを十分にはできていないことがよく知られていません。室内の空気の循環は相当やっていますが、外気との開放性は低いのです。
僕は実はCO2オタクで、数年前、常にCO2メーターを持ち歩いていた頃があります。今でも時折やります。それで、いろいろな場所のCO2濃度を測定し続けていたのですが、かなり有名な新しいインテリジェントビルでも人が普通に勤務している状態ですと1,000~1,300ppm、エレベーター内で1,300~1,500ppmというのは珍しくない。以前一度ではありますが、私の勤務先のビルのトイレで2,000ppmを超えていたことすらありました。
CO2濃度はヒトの健康に重大な影響を及ぼします。例えば、1,000ppmを超えてくると、眠さを感じる人が出てきます。日本を含め、安全基準を1,000ppmに設定している国が多い背景です。3,000ppm以上は、健康被害が発生すると言われています。
換気が悪いとCOVID19以前にそもそも健康に良くないのです。
みんなの介護 もしかすると、日本企業の生産性が欧米に比べて低いと言われているのも、CO2濃度が関係しているかもしれませんね。
安宅 「島」という外資では考えにくいレベルの密密空間が当たり前の日本の職場の多くにおいては、その可能性は大いにあると考えています。CO2濃度が高まると明らかに眠気が上がり、知的な生産性は落ちます。クルマが渋滞になるとなぜ運転していても眠くなるかと言えば、全く同じでCO2濃度が一気に1,300ppm以上などに跳ね上がっていくからです。視覚的な刺激の問題ではないのです。CO2を常時700ppmくらいに抑えていけば、日本のオフィスの生産性はさらに高まるでしょう。

世界の産業界を3つに区別して考える
みんなの介護 安宅さんは著書『シン・ニホン』の中で、これからのデジタル革新時代に対応するために、日本企業はすべからくAI-ready化(人材・体制・業務をデータ×AI時代に即したものにすること)すべきだと提言されています。今回の新型コロナで、多くの企業はテレワークやオンライン会議の導入を余儀なくされましたが、私たちの社会は期せずしてAI-ready化を進めたと言えるでしょうか。
安宅 新型コロナの影響で変わったことと、新型コロナ以前から起きていたことを分けて考えた方が良いでしょうね。
新型コロナが流行する前、「データ×AI」の急激な進展によって、世界の産業界は「オールドエコノミー」「ニューエコノミー」「第三種人類」の大きく3つの種類に分かれつつありました。
- 「オールドエコノミー」
- モノ・カネというリアル空間系のアセットを主とした事業
- 「ニューエコノミー」
- データ・AIというサイバー空間系のアセットを主とした事業
- 「第三種人類」
- リアル空間とサイバー空間の両方の特性を持つ事業
トヨタ、GM(ゼネラルモーターズ)など現存する企業のほとんどは「オールドエコノミー」に属しています。一方、Microsoft、Amazon、Alphabet、Facebook、Tencent、Alibabaなど、ハードに極度に依存せず、インターネット、スマホのうえでさまざまな新規の価値を生み出している企業が「ニューエコノミー」。ニューエコノミーは世界の企業のほんのわずかに過ぎませんが、そのほんの少しの企業が世界の企業価値の20〜30%を占めている。それだけ、ニューエコノミーに世界の富と期待が集中しているわけです。
このニューエコノミーを脅かす存在として急速に勢力を伸ばしてきていたのが、第三種人類。Tesla、Airbnb、Uberなど、まったく新しい形態の企業がこれに属します。
みんなの介護 新型コロナが流行する前、世界の産業はその3つの勢力がしのぎを削っていたわけですか?
安宅 しのぎを削っていたというより、企業価値的に言えばニューエコノミーのほぼ一人勝ちでしたね。そこに、第三種人類が割って入ってこようとしていました。
象徴的なのは自動車業界です。世界の自動車メーカーを販売台数で見ると、トヨタ、VW(フォルクスワーゲン)、ルノー・日産・三菱自動車、GM、現代(ヒュンダイ)がトップ5。販売台数は、世界第5位の現代でさえ700万台を超えます。ところが、世界の自動車メーカーを時価総額で見ると、販売台数わずか36万台のTeslaが、2020年初頭にはトヨタに次いで世界第2位に躍り出て、先日ついにトヨタを抜き去りました。たとえ販売規模が小さくとも、電気自動車×オートパイロット×家庭内発電と蓄電で「モビリティと持続可能なエネルギー社会の未来」を描いたことが、今日のデジタル社会ではより高く評価されています。
みんなの介護 企業を評価する基準が、明らかに変わってきていますね。
安宅 データ×AIの時代は、企業の「スケール」より「未来を変えている感」の方が重要。しかしオールドエコノミーは、自分たちが置かれている深刻な状況にまったく気づいていません。このままでは今までライバルとすら思っていなかった第三種人類に急激にリーダーの地位を奪われるからです。今すぐDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル社会に対応するために、組織やビジネスモデルなど企業を根底から変革すること)に舵を切らなければ、生き残っていけません。オールドエコノミーにとっては、まさに「change or die」なのです。
未来のGDPを支える「ニューエコノミー」の責任は重大
みんなの介護 3つの産業形態は、今後どういった変化が求められるのでしょうか。
安宅 オールドエコノミーは、粛々とDXを進めていくしかありません。スピードが足りなければ第三種人類会社の血を入れ替えて立ち上げるのも手。しかし新型コロナウイルスの影響で、より開疎なビジネスが求められるようになっていますね。その結果、従来の対面営業・販売活動に代わって、ネット通販などのEC(電子商取引)、オンライン営業、デリバリーなどへのシフトが始まっています。見方によっては、DXがさらに進んだと言えるでしょう。これまでのレガシー的なアセットをいかに効率的な形に見直し、断捨離していけるかが問われています。
ニューエコノミーは、今まで以上にデジタル技術を高めていくと同時に、世界的なインターネット人口の飽和にも伴い、新型コロナの影響で、「“リアル”をさらに取り込み、融合しなければならない」という圧力が高まっています。これらのIT企業が現実社会にしっかり対応しなければ、オールドエコノミーのデジタル社会への適合を支えることはできません。
冒頭で、「各企業の法人営業が好調」という話をしましたが、それを支えているのがZoom、MicrosoftのSkypeと Teams、Google MeetなどのWeb会議ツールです。また、オンライン授業、電子黒板、デジタル教科書など教育現場の急速なデジタル化も、IT企業などのニューエコノミーによって支えられている。教育は「未来のGDP」であり「未来の社会保障」ですから、未来が不安視されている今こそ教育にお金をかけるべき。それを支えるニューエコノミーの責任は重大です。
みんなの介護 新型コロナ時代、注目は第三種人類ですね。
安宅 ですね。第三種人類は“AI化された機械”ともいうべきTeslaに代表される系と、Airbnb、Uberなどシェリングエコノミー系の2つに今のところ大別できます。新型コロナの影響を最も強く受けたのがモノや空間の使い回しを行う後者です。新型コロナウイルスの接触感染リスクが懸念され、モノを誰かとシェアする行為をビジネスの主軸としている企業の業績は、著しく低下しています。
とはいえ、「何かをシェアする」という考え方そのものが死に絶えたわけではありません。ごく近いうちに、「ニュー・シェアリング」ともいうべきビジネスが登場するのではないでしょうか。
撮影:公家勇人
安宅和人氏の著書『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』(NewsPicksパブリッシング)
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