大石佳能子「病院で感じた小さな違和感。それが当然とされていることに大きな違和感を抱いた」
医療系コンサルティング大手の(株)メディヴァの代表取締役社長と、医療法人社団プラタナスの総事務長を務める大石佳能子氏に、医療・介護ビジネスの最新事情や将来の展望をお聞きした。前編ではメディヴァが事務局を担当した、横浜市青葉区の地域包括ケアの事例である「あおばモデル」を中心に紹介する。
文責/みんなの介護
「患者さんの視点」から病院経営を変える
みんなの介護 大石さんは、グローバルコンサルティングのマッキンゼー・アンド・カンパニー勤務などを経て、多くの医療機関の運営のコンサルティングに携わってこられました。厚生労働省「これからの医療経営の在り方に関する検討会」など多くの会議の委員も歴任されていますね。
大石 日本の医療サービスについては、かねてから自分の中で問題意識がありました。患者さんの立場に立った医療サービスが必要だと思い、同じ意見を持つコンサルタントや医師たちとメディヴァを設立しました。
みんなの介護 「問題意識」とは、具体的にはどのようなものですか?
大石 直接のきっかけは、私が出産したときのことです。病院の待ち時間が長くて診療時間は短く、他の施設とのカルテの情報共有ができないことに驚きました。他のサービス業ではありえないことです。
みんなの介護 ご指摘の問題は、なぜか今まであまり議論されてきませんでした。患者さんの視点からの経営改善は画期的といえます。マッキンゼーで培われたコンルティングのノウハウを活かされたのだと思いますが、出産された当時も在籍されていましたね。
大石 はい。職場復帰してからヘルスケア部門に異動を願い出て、病院のコンサルティングを手がけました。結果は出せたのですが、私の問題意識の解消とまではいかない気がして、独立を決めました。実は、以前から「いつかは起業したい」と思っていたこともあります。
みんなの介護 起業後、コンサルティングの第一号案件となった「用賀アーバンクリニック」(東京都世田谷区)は、とても注目されました。
大石 「用賀アーバンクリニック」では、患者さんの視点に立ったサービスの提供と、効率の良い経営の両立をめざしました。
まずは、医師が時間をかけて患者さんの話を聞ける体制を整備しました。平日の診療時間は朝8時から夜7時までで、木曜日以外はお昼休みを設定していません。
みんなの介護 まさに「患者さん目線」ですね
大石 日本で初めてカルテの完全開示を導入したのも、「用賀アーバンクリニック」です。カルテはプリントアウトしてお渡しするほか、ネットでの閲覧も可能にしました。内容がわからない時は、次の診療の時に質問もできます。
みんなの介護 この「用賀アーバンクリニック」が評価されたことで、多くの医療機関のコンサルティングに携わられることになりましたね。また、2004年には医療法人社団プラタナスが設立され、大石さんは事務総長に就任されています。
大石 はい。メディヴァとプラタナスの活動を通じて、日本の医療や介護を変えていこうと思っています。
在宅医療の整備が急務であることをファクト・ベースで伝える
みんなの介護 メディヴァがコンサルティングを担当された、神奈川県横浜市青葉区の地域包括ケアシステム「あおばモデル」についてお聞かせください。
大石 世界的にも日本社会の高齢化は例を見ない速さで進んでいます。これは、たとえるなら「走り幅跳びを助走なしで飛ぶようなもの」です。
高齢化に合わせて社会のインフラも人の意識も変えなくてはなりませんが、システムや介護、医療に詳しい自治体の職員は残念ながら多くはないのです。ですから、「地域包括ケアシステムを整備せよ」と言われても、どこから取りかかっていいのかわかりません。
みんなの介護 そこで、在宅医療の整備について実績のあるメディヴァが事務局として入ったのですね。
大石 そうですね。田園都市線沿線にある用賀駅や桜新町駅で在宅医療に対応したクリニックを開設している経緯もあって、メディヴァがコンサルタントとして入りました。
青葉区は、1966年の東急電鉄の東急田園都市線の開通に伴い大きく発展しており、人口は約30万人と、横浜市内で2番目に多い街です。
みんなの介護 どちらかと言うと「若い町」のイメージです。高齢化率も2017年で20.6%と、同じ年の全国平均(27.7%)をかなり下回っていますね。
大石 そうですね。ただし、問題は高齢化率の高さよりも高齢化する速度なんです。青葉区も将来的には急速に高齢化が進むと試算されています。
以前から人気都市で、人口流入が続く一方で平均寿命が長く、2005年には男性の平均寿命が81.7歳と全国1位になったこともあります。
東急電鉄は以前から沿線住宅地の高齢化を危惧しており、2012年4月に横浜市と「次世代郊外まちづくり」の取り組みを官民共同で推進する包括協定を締結しています。これは、少子高齢化が進む大都市郊外の街の課題を行政と企業、住民などで解決していこうというもので、「あおばモデル」もその取り組みのひとつです。
みんなの介護 「あおばモデル」では、具体的にはどのようなことに取り組まれたのですか?
大石 高齢者が住み慣れた地域で自立した生活が続けられるように、まずは在宅医療の充実を目指しました。
みんなの介護 政府は高齢者医療の中心を在宅医療にする方針ですが、実際には普及していないのが現状です。
大石 そうですね。青葉区は高齢化率も高くないので、わざわざ在宅医療に参入する診療所はほとんどありませんでした。
そこで、説得力のあるデータとして死亡診断書と死亡検案書を利用しました。青葉区民の死因や死亡した場所、看取りの実態を分析することで、これまで曖昧だった「看取りの実態」を客観的に把握したのです。
たとえば2011年の場合、区内で亡くなられた1,732人のうち73.2%にあたる1,267人が病院で、13.6%にあたる235人がご自宅で亡くなられています。
このうち、死亡診断書が発行されているのは53人のみ。死亡診断書の発行が認められるのは、医師が継続して診療を行っている間に死亡した場合に限られます。そうでない場合には死亡検案書が発行されます。
すなわち、自宅で亡くなった方235人のうち、継続的な在宅診療を受けていたいわゆる「自宅看取り」の例はわずか53人、全体の7.3%という計算になります。この数字は、区の行政や医師会に大きなインパクトを与えました。
みんなの介護 自宅看取りは少ないという現実を「見える化」させれば、説得力がありますね。
大石 はい。現在の段階で看取りの体制ができていないということは、これからは看取られない高齢者がさらに増えるということです。
団塊の世代が平均寿命を迎える2040年頃の日本の年間死亡者数は約167万人に上り、年間で35万から40万人の死亡者の看取り場所がなくなると試算されています。
これから「高齢化社会」が「多死社会」へと移行する中で、看取りができる医療機関の増設は急務といえます。
現在の青葉区では、看取りまで担う在宅療養支援診療所の数が圧倒的に足りません。そこで、死亡診断書のデータを示しながら、在宅療養を支援する環境づくりの必要性を指摘したのです。
そうして危機感を共有したうえで、関係機関の連携を図れるようにしていきました。「自宅に近くて通いやすくても緊急の受け入れ態勢のない中小の病院」と、「夜間や休日の受け入れ体制があっても長期入院の可能性のある高齢者は受け入れづらい大病院」を組み合わせる形で、在宅医のバックベッド(後方支援)を確保したのです。
みんなの介護 なるほど。夜間や休日に容態が悪化したら、受け入れ態勢のある大病院にいったん入院できるんですね。
大石 そうです。それで容態が安定したら中小病院へ転院してもらい、さらに復調したら自宅へ戻っていただくのです。
みんなの介護 「あおばモデル」の今後の展望をお聞かせいただけますか?
大石 メディヴァとしては、大きく1期から3期までに分けて「あおばモデル」の構築に取り組んでいます。
1期は2012年から2016年で、各関係機関の連携と意識づけを行う期間。2期は2017年から2018年で、在宅医療の実務的な整備にあたる期間として取り組んできました。2019年からの3期は、地域の交流を促進したり、生きがいや健康づくりへの啓蒙活動、安心して暮らせる住まいの整備を、と考えております。
1期から2期にかけてインフラの整備として在宅医療の仕組みを整えたうえで、住環境の整備や生きがいの充実なども含めたプロジェクトを推進されています。
みんなの介護 実現するには多くの機関の連携が必要ですね。
大石 はい。地域包括ケアシステムは、在宅医療と介護施設だけでは成り立たちません。地域の介護予防や生活支援のサービスも必要なのです。
メディヴァはこうした医療や介護、行政の関係者に「通訳」して伝える役割も担っています。たとえば介護の予防を担う保健師さんと、現場で介護をする介護士さんでは、まるで外国のように言葉や考え方が違うのです。
みんなの介護 なるほど。立場が違えば用語も考え方も違いますね。
大石 ええ。ですから、いろいろな立場の方が連携してプロジェクトを進めるために私たちが間に入って「通訳」するんです。
介護という業界の「難しさ」
みんなの介護 最近は、「老人福祉・介護事業」の倒産の増加が問題になっています。東京商工リサーチの調査によりますと、2018年は7年ぶりに前年を下回りましたが、事業者の倒産件数は過去3番目に多く、高止まりの状態が続いています。この状況を解決するためのアイデアはありますか?
大石 もともと介護ビジネスは、マネジメントが難しい業界だと思います。介護は「目の前にいる人」だけに対するサービスなので、スケールすることが難しい。また、供給するのも人ですから、サービスを均質に保つことができません。このあたりが、ものづくりと大きく異なる点です。
労働力不足も以前から指摘されていて、人材確保のために報酬を上げてしまうと経営に影響が出てしまいますね。
何より、関連法律などの改正によって、サービスの内容や経営方針を変えざるを得なくなることもあります。いわゆる「制度リスク」ですね。これまでも、改定によって介護報酬が下げられることもありました。
みんなの介護 ほかと比べてもかなり難しい業界なんですね。
大石 はい。一方で、いくつかの問題はきちんとマネジメントすることで、クリアできるものもありますよ。メディヴァも既存の介護事業者にコンサルタントとして入って、経営改善のお手伝いをしています。
現在の介護業界では、マネジメントのニーズと能力のミスマッチが発生しているのだと思います。マネジメント能力のある大手企業であれば上手く経営できる可能性もありますが、大きな利益が期待できる産業ではないですから、なかなか参入しにくい。それに、その人たちが利益追求型になってしまうと、本来の介護のあり方と離れていってしまうかもしれません。
求められるのは、ちょうど良いマネジメント能力を持ちながらも利益を追求しすぎない、「欲張りじゃない」事業者と言えます。多くの人を雇う必要のない小規模事業所か、あるいは管理・監督をきっちりするという前提で大規模に集約していくかのどちらかになるでしょう。
ICTを上手く活用すれば人手不足は解決できる
みんなの介護 マネジメントによって改善できることは、ほかにありますか?
大石 介護業界が抱える課題のうち、人手不足はテクノロジーでカバーできる部分も増えてきていますよ。ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)やロボットを上手く使えば、人手が足りなくても現場が回るように生産性を上げることが可能なのです。
みんなの介護 ICTの活用は2018年度の改正でも大きく打ち出されましたね。どのように活用しているのか、具体的に教えてもらえますか?
大石 「人手不足に悩む介護現場の働き方改革」を掲げて2016年4月に国家戦略特区に認定された北九州市と協働して、介護の現場にさまざまなテクノロジーを試験的に導入しています。
介護の現場での見守りや移乗支援など11種類・119台のロボットを採用したのですが、職員からは「見守りの回数が減った」とか「介助が楽になった」などの声もあるそうです。
ICTを活用して作業効率を上げれば、「利用者2人:介護職員1人」ではなく「3.2人:1人」でも同じサービスの質を担保することができます。そのためには人員配置基準の規制を緩和する必要があるのですが、それが可能になれば約34万人といわれる労働力不足は解消されるんですよ。
みんなの介護 かなり画期的ですね。しかし、実際にはICTやロボットの導入が上手くいっていない現実があるようです。
大石 もちろん、やみくもな機械化は現場が混乱するので論外です。求められるのは、必要十分程度の機能を持つ「ちょうど良い」ICTやロボットでしょう。
特に見守りと記録については機械化が有効だと思いますね。労働時間のかなりの割合を占めている記録と申し送りの時間を機械化で短縮すれば、作業効率はアップしますから。
みんなの介護 夜間にセンサーで見守りをする取り組みは、国内外で始まっていますね。
大石 そうですね。たとえばオランダでは夜勤帯はセンサーを使うことによって50人の高齢者を1人の介護職員が見守っています。
日本では、夜勤帯でもだいたい15人を1人が見守っているので、生産性に3倍の差がある計算になります。
みんなの介護 北九州市やオランダのような事例が増えれば、人手不足解消に向けて大きく前進しそうです。そのために規制緩和が求められるんですね。
大石 あくまで、きちんとICTの使い所を理解してシフトを管理できる担当者がいればということですが、看護師と夜間の配置基準などは規制を緩和してもいいと思います。
このように介護業界でも機械化や規制緩和などを進めていけば、改善の余地はまだまだありますね。
既に、外国人人材の奪い合いが始まっている
みんなの介護 先ほどの機械化のお話は非常に画期的だと思いますが、現状はまだそこまで追いついていないようですね。政府は入管法を改正して、外国人人材を確保することも急務と考えているようです。
大石 インドネシアやフィリピン、ベトナムからの「外国人看護師・介護福祉士候補者」の受け入れが始まりましたが、外国人人材の確保についても課題は多いです。
実は、国際競争力から見ると日本はかなり出遅れているんです。高齢化が進んでいるのは日本だけではありませんから、世界中で介護職員の奪い合いが起きています。だから、英語を話せるフィリピンの労働者などは、英語圏であるシンガポールや報酬のいい中東に行ってしまうのです。言葉の問題もありますし、よほど日本が好きな人でないと来てくれないでしょうね。
みんなの介護 日本国内だけを見ていると、なかなか気づけない問題ですね。
大石 ええ。それに、日本中で人手不足が問題になっていますから、国内でもほかの業界と競争しなくてはりません。
来日する技能実習生は多くが農村の出身です。農業の技能実習であれば田舎に住むことになるので生活コストは安く済みますよね。ところが介護となると、ある程度の都市部での実習になり、生活コストが高くなってしまうのです。そういうこともあり、国内でも介護業界の競争力は低いんです。
みんなの介護 なんだか先が思いやられますね。メディヴァも、内閣官房健康・医療戦略室の「『アジア健康構想』実現に向けた自立支援に資する介護事業のアジア国際展開等に関する調査」を受託し、調査活動をされているようですが、外国人人材の確保について妙案はありますか?
大石 あると思いますね。日本政府は2018年7月にベトナム政府と介護人材の受け入れ拡大で合意していますが、現在はさらにほかの国にも注目しています。私も、調査のためにラオスに視察に行ってきました。
JICA(国際協力機構)や大使館にも正確な数字はないのですが、ラオスの病院は基本的には国立で、医師、看護師は公務員となります。
大学や短大、専門学校などで看護を勉強した毎年500?800人ほどの卒業生のうち就職できるのはわずかで、かなりの人数が就職できず、次に採用されるのを待っているそうです。この人たちが日本に来てくれたらと思います。
ただ、せっかく日本に来て働いても、幸せでなければ次の人材が来ません。今は労働条件が悪いと、すぐに世界中にSNSで拡散されてしまうので、増やすだけではなく、離職しない環境の整備が大事ですね。
いま現場にいる人のモチベーションを保つことが事業者にできること
みんなの介護 技能実習生だけではなく介護業界全体の問題として、離職率の高さがあります。
大石 そうですね。いますぐ介護事業者ができることは、「いま、現場にいる人を辞めさせない」ことです。それには生産性と仕事のやりがいを上げる働き方改革とあわせて、「介護」という仕事の社会的地位の向上が必要です。
みんなの介護 たしかに介護の現場はかなりのハードワークであるのに、残念ながら社会的にはあまり認められていないのが現状です。
大石 多くの介護職員は、管理職になりたいわけではなく、「介護のプロ」として仕事を全うすることで、人に喜ばれたり評価されたりすることを望んでいるはずです。利用者から感謝されて報酬が増額されれば、離職率も減るでしょう。
ですから、介護のプロとして働くことへのモチベーションを下げないことが、第一に求められると思います。「お前は言われたことだけやればいい」なんて言われると、モチベーションは下がってしまいますよね。
また、職場の掲げる理念と現場の状況が違うこともあるようです。「やさしい介護」とか「尊厳を守る介護」といった理念を掲げる職場は多いことでしょう。しかし、「やさしい介護」とか「尊厳を守る介護」とは、具体的に何をすることなのでしょうか。こうした理念を職場の行動規範にまで落とし込んでいかなくてはなりません。
ただ、介護という仕事には、ものづくりや医療と違って客観的な「ゴール」がありません。それぞれの介護職員が思う「良い介護」があるので、議論は難しいですね。
みんなの介護 たしかに、何をもって「良い介護」と言えるのか、全員が納得する答えはなかなか出なさそうですね。ちなみに、大石さんにとって「尊厳を守る介護」とはどういうことですか?
大石 尊厳とは、自分らしく生きられるということですよね。「尊厳を守る介護」とは、自立を支援するということだと思います。
たとえば自力でトイレに行けない方は、なぜトイレに行けないのでしょうか。理由はいくつか考えられます。原因を細かく分析して対応することで、ある人は自力で行けるようになるかもしれません。またある人は「トイレに連れていって欲しい」と訴えることができるようになるかもしれません。これもひとつの「自立」のかたちですよね。
お年寄りの尊厳を守るためには、おむつを手早く替えることだけではなく、課題の解決方法を考えることが大切なのではないでしょうか。
介護業界が「お先真っ暗」とは考えていない
みんなの介護 介護業界のマネジメントの難しさについては、中編でお話をいただきました。国内の急速な高齢化を背景に解決すべき課題が山積していますが、状況を改善できる余地はある、というお話でした。
大石 はい。難しい業界ではありますが、変えられる余地はあるんですよ。介護現場の生産性向上には規制緩和が必須ですが、政府のほうも「何が何でも法的な規制緩和はしない」と考えているわけではありません。現に、厚労省職員も「有効性があるのなら人員配置の緩和を検討しても良い」と言っています。
みんなの介護 それは、驚きですね。
大石 政府側も課題があることはわかっているんですよ。それなのに規制緩和が進まないのは、モデルケースや具体的な解決策がないからです。これまでは海外を参考にしてきましたが、いまや日本は高齢化のフロントランナーになっている。これからの介護業界をつくるために必要なのは、現場と政策をつなぐ存在なのです。
みんなの介護 それがメディヴァですね。いまや医療や介護のスタッフと利用者の間だけでなく、政府や官庁と現場のコーディネーター的な役割も務められています。
大石 はい。メディヴァとは、「Medical Innovation and Value-Added(医療分野における「革新」と「価値創造」)」の頭文字から名付けました。「革新を。新しい創造を。」ということです。
メディヴァの設立のきっかけは、医療の現状に対する問題意識があったからですが、そのためには患者さんの視点に立つと同時に、効率の良い病院経営も不可欠です。
つまり患者さんの視点に立つというのは、「一方的に患者さんの言い分を聞く」ことではなく、「より良い医療を受けたい」という患者さんの思いと、「より良い医療を提供したい」という医療者の思いの共通の「解」を探っていくことが、メディヴァのミッションなのです。
今は範囲を少し広げて、現場と政策の間でそのミッションを果たそうとしているわけです。
みんなの介護 メディヴァの取り組みを見ていると、どれも地道なものであったことが伺えます。
大石 課題が多くても、諦めずに少しずつ進めてきました。何も、最初からホームランを打てなくても良いんです。まずは一塁に出る。その後は盗塁でもいいから二塁に進む。そうやって点を稼いでいけば良いと、私は思います。
ある程度の閾値を超えれば、急に良い方向に替わることもあります。たとえば2018年に資生堂の魚谷雅彦社長が過去最高の利益を更新したことが話題になりました。
みんなの介護 大石さんは資生堂の社外取締役も務められていますね。外部から就任した魚谷社長は「プロ経営者」として手腕を評価された方で、社内の構造改革を断行されました。
大石 そうですね。元々、魚谷社長は化粧品のビジネスに携わったことのない人です。前例にとらわれずに多様性を重視し、改革を進めたことで、就任から4年で結果を出されています。権限の委譲によるボトムアップ型の経営組織に替えたことなどが奏功したと言われています。
医療や介護の業界も、新しいモデルケースを模索して改革する余地はあると思いますよ。
医療の現場でも「働き方」の変革が求められている
みんなの介護 2018年から2019年にかけて東京医科大学など複数の大学が女性や二浪以上の受験生に対して不正な得点操作で不合格としていたことが発覚しています。この不正入試問題の背景には、女性医師の離職率の高さがあると言われていますが、大石さんはどのようにお考えでしょうか。
大石 そうですね、私はこの問題は女性だけのものではないと考えています。そもそも、医療業界全体の働き方に問題があるのです。
たしかに、女性医師の離職率を抑えるための施策は必要だと思います。医師は高給であるために保育園に受け入れてもらうことが難しい。子育てを理由に離職せざるを得ない女医もいますから、まずは子育てと仕事を両立できるように支援することが求められます。
しかし、「医療業界が必要とする場所に医師が確保できない」状況は、女性に限らず男性にも起こっています。男性も激務が原因で病院を退職して個人で開業することも多いです。こうして病院にとって必要な人材が離れてしまうんですね。
みんなの介護 勤務医のオーバーワークも問題になっていますね。
大石 そもそも、都心部でも地方でも病院が多すぎて集約されていないために、各病院の人手が足りないという構造的な問題があります。また、院内会議や書類作成などに医師たちが多くの時間を取られています。
みんなの介護 たしかに、事務的な書類の作成や検査内容の説明などは、医師でなくてもできる仕事という指摘もありますね。
大石 はい。こうした課題は、今後はテクノロジーが活用されれば改善できると思いますよ。前回申し上げた介護現場の話と同じですが、医師が医師本来の仕事を全うできる環境を整備することが第一です。
また、ICTを使えば、レントゲン写真の読影などは病院にいなくてもできます。このようにテクノロジーを駆使して通勤せずとも自宅でできることを増やせば、医師の働き方も変わるのではないでしょうか。
一方、AI(Artificial Intelligence、人工知能)が発達することで、医師に求められるスキルも変化していくと思われます。おそらく、最も重要になるのはコミュニケーション能力でしょうね。そうなったとき、現場のニーズと医師を目指す人の間でミスマッチが起きないように考えなくてはいけません。
現在、医師は理系の職業です。それが、コミュニケーション能力を重視されるようになれば、文系の職業になるかもしれませんね。
異なる素材を組み合わせて「なかったもの」をつくることが得意だった
みんなの介護 現在、経営者として注目される大石さんですが、男女雇用機会均等法が制定させる前に就職した、いわゆる「プレ均等法世代」です。国立大学を卒業した後も就職にはご苦労されたそうですね。
大石 はい。最初に就職した生命保険会社は一般職として入社して、お茶汲みなどの仕事もしました。二年後には総合職になれましたが、そのまま定年まで勤めることに疑問があったので、退職してハーバードのビジネススクールに留学しました。
みんなの介護 帰国されてからマッキンゼーに入社されて、その後に独立、メディヴァを起業、というわけですね。私生活では子育ても経験されています。ワーキングマザーとしてのご経験もビジネスに反映されているのでしょうか。
大石 はい。子育てを通じて、次世代に何かを残したいと思うようになりました。メディヴァの仕事は、「誰かの人生をいい方向に変えている」という実感があります。メディヴァがこれまでなかったものを作り、皆さんの役に立っているということにやりがいを感じますね。
みんなの介護 ベトナムでのクリニックの立ち上げなど海外でもご活躍ですが、ご多忙の中で『まちづくりとしての地域包括ケアシステム: 持続可能な地域共生社会をめざして』(共著・2017年、東京大学出版会)などの執筆も手がけられています。
大石 はい、今年の1月には『人生100年時代、「幸せな老後」を自分でデザインするためのデータブック』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という書籍を出しました。
現在の介護や医療の現状、正しい医学知識、国内外の先進事例などを見やすいデータで示し、私たちはどう生きるべきかを「デザイン」するためのものです。
みんなの介護 イラストがたくさんあって読みやすく、グラフなどもわかりやすい本ですね。本書にも書かれていますが、イギリスに「孤独」の担当大臣がいるというのは興味深いと思いました。
大石 イギリスの調査では「孤独が人の肉体的、精神的健康を損なう」と分析、孤独による損害は年間320億ポンド(約4.9兆円)と試算されています。
日本でも独居のお年寄りが増えており、孤独死が大きな問題となっていますね。こうした多くの課題を解決するためのデータを紹介しています。
といっても、すべてのデータをメディヴァで集計したわけではありません。多くは官公庁から引っ張ってきたものです。イラストやチャートなどの異素材を組み合わせて、どうすればよりわかりやすく伝えられるかを考えるのは、マッキンゼー時代から好きな作業でした。
みんなの介護 今後はどのような活動を考えておられますか?
大石 やりたいことはたくさんありますね。次々に新しいアイデアが浮かんでくるんです。
今後は、メディヴァ的にさらに「新しいこと」に取り組んでまいります。「今までなかったもの」を作って、世の中の役に立ちたいと考えています。
難しい課題であっても、視点を変えたり、新しい人脈をつくったりすれば、解決できないことはありません。だいたいのことは何とかなると思いますよ。
撮影:公家勇人
『100のチャートで見る人生100年時代、「幸せな老後」を自分でデザインするためのデータブック』が発売中!
気鋭のコンサルタント・大石佳能子氏が、今の日本の介護・医療の現状をわかりやすくまとめたデータブックが好評発売中!業界関係者のみならず、親の介護に悩んでいる人、自分で自分の老後をデザインしたい人におすすめです!
連載コンテンツ
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