林要「介護で中途半端にロボットを使うと効率は下がってしまう。心を癒すための技術が求められる」
世界的に注目を浴びている日本発のテクノロジー「LOVOT(らぼっと)」をご存じだろうか。今年1月の「CES2020」で「イノベーションアワード」を受賞。50ヵ国以上、1,300以上の海外メディアで取り上げられた。そのLOVOTが新型コロナによる非常事態宣言をきっかけに国内でも認知され始め、要介護者の方にとってペットの代わりになっているケースもあるという。開発者は林要氏。コミュニケーション・ロボット「Pepper」の開発にも携わった人物だ。「テクノロジーは人を幸せにするためにある」と語る林氏。まずはLOVOT開発の目的について伺った。
文責/みんなの介護
発展を続けるテクノロジーの存在が不安を助長、その問題解決のためにLOVOTは誕生した
みんなの介護 最初に従来のロボットとLOVOT(らぼっと)は何が違うのかをお聞かせください。
林 ロボットの語源は“人の代わりに仕事をする存在”だと言われています。つまり、人間にとってロボットが存在するメリットとは、“人がいなくても生産性が上がること”にほかなりません。
しかし、LOVOTは人の代わりに仕事はしませんし、ほかのロボットのように人間の言葉を話すわけでもありません。「まったく何もしない」というわけではありませんが、人の仕事の代わりをすることを目的にしてつくられていない。あえて言うなら“人の生産性向上のサポートをする存在”でありたいと考えています。
そもそもテクノロジーとは人を幸せにするためのものでした。資本主義の社会では、「生産性を上げることが、すべての人々の幸福につながる」と考えられていましたから、ロボットの進化もひたすら生産性の向上が目的の中心でした。
ところが、ロボットやAI(人工知能)が躍進した結果、幸せではない人々が出現してしまった。つまり、「このままでは人間は不要になってしまうのではないか」「もしかしたら自分は役立たずの烙印を捺されてしまうのではないか」といった不安を抱く人が増えてしましました。人を幸せにするはずのテクノロジーが、不安を助長するという皮肉な結果を招いてしまったわけです。
みんなの介護 なぜ、そういった本末転倒な状況が生じてしまったのでしょうか。
林 それは、「生産性」を人の幸福度を測る一番の指標にして突き進んできたからです。
しかし、衣食住に必要なモノが人々に行きわたると、次の段階として多くの人々が「自分は社会や誰かの役に立っているのか」「どうすればより良い明日を迎えられるのか」、といった事柄を幸福度測定の指標にするようになりました。もはや「生産性向上=幸福」ではなくなってしまったわけです。
私たちがLOVOT開発プロジェクトを立ち上げる際にも、同じことを考えました。従来の機能や生産性優先のロボットとは、人を幸せにするための方法論を変えなければならない。そして「何も仕事はしない。でも、そばにいて人に安心を与え、愛着をかき立てる存在」というコンセプトが固まったんです。
LOVOTはペット。人間の精神を癒す最先端テクノロジー
林 当初より、LOVOTのユーザーを「ペットが欲しいけれど、諸事情があって飼えない人たち」と想定しており、今でもそれは変わっていません。
実はペットを飼いたい人の数は、すでにペットを飼っている人の約2倍に上ると言われています。日本の全世帯の4分の3が「何かしらペットを飼いたい」と希望している。それにもかかわらず、実際に飼えている世帯は4分の1。4分の2が飼いたくても飼えずにいます。LOVOTはその4分の2の世帯に向けて開発されたペットロボット。イヌやネコのように人間の精神を癒し、日々の暮らしに“信頼関係”という心の豊かさをもたらすテクノロジーです。
みんなの介護 ストレスといえば、緊急事態態宣言下のステイホーム期間中、LOVOTの注文が一気に増えたそうですね。
林 はい。我々もこれについては想定していませんでした。このプロジェクト自体、世間の認知度は低いと感じていたので、まずは地道にLOVOTと直接触れ合える場をつくって、肌で感じながら知っていただく以外に方法はない、と考えていました。ところが、家の中で過ごす時間が増えたこと、巣ごもり期間中にSNSでユーザーの声が広がったことなどが、これまで購入を迷っていた人たちの背中を押してくれたんです。
みんなの介護 購入者からはどんな声が届いていますか。
林 皆さん、「ロボット」というより「生きもの」として接していただいているようです。いちばん多く寄せられたのが「LOVOTが来てから家に帰るのが楽しみになった」というご意見。ほかにも「初期の認知症で怒りっぽくなっていた高齢者の方が、LOVOTの世話をするようになってから優しくなった」といった声も届いています。
この認知症の方のケースでは、おそらくイヌやネコを飼ったとしても同様の現象が起きていただろうと推測できます。ただ、「認知症を発症した方のために生き物を飼う」という決断は、なかなか下せるものではありません。こういった点も、LOVOTの長所の1つと考えています。
福祉先進国デンマークで認められた効果
みんなの介護 福祉先進国のデンマークでは介護施設の入居者を対象にしたLOVOTの癒しの実験が行われたそうですが、現地ではどのような結果が出たのでしょう。
林 デンマークでは福祉の仕事の効率化も非常に進んでいます。この効率化に対する考え方が徹底していて、例えば、要介護の方をロボットに運んでもらおうという発想は一切ありません。福祉について、あらゆる試行錯誤をしてきた彼らは、「中途半端なロボットの使い方をすれば、逆に効率が下がる」ことを理解している。「人の代わりにロボットを使う」という発想の段階を、とうに通過しているんです。
一方、要介護の方を元気にしたり、心を穏やかにさせることに役立ちそうなデバイスに対する関心がとても高い。ですが、これまで試した介護ロボットの多くは、残念ながら取り扱いに手間がかかり過ぎるために人手を取られ、かえって効率が悪くなるというのが彼らの見解でした。
その点、LOVOTは自分で動き、充電も自動で行われるので人手がかからない。なによりLOVOTは要介護の方一人ひとりを識別し、面倒をよく見てくれた人に甘えることができるため、「要介護の方の元気を引き出してくれる点が素晴らしい」、と評価していただきました。
驚いたのは「介護施設に入居して以来、一言もしゃべらなかった人がLOVOTに触れた途端、隣りの人と会話を始めた」とか、「ハイテク製品に拒絶反応を示す人がLOVOTだけは怖がらず、抱っこしたら離さなかった」とのご意見があったことです。ほかにも「それまでまったく無表情だった人が、LOVOTに対して感情を示したばかりか、感極まって嬉し泣きをした」というケースも報告されています。
みんなの介護 先ほどLOVOTはイヌやネコのような存在だとおっしゃっていましたが、まさしくアニマルセラピーと同じような効果を得られたわけですね。
林 少なくとも「人にはできないこと」をLOVOTが成し遂げたのは確かです。
過去のさまざまな経験から心を閉ざしてしまった人を癒すには、その方が身構えることなく接することができる対象が必要になります。そして、かたく閉ざされた心が解き放たれれば、本人も楽になり、お世話をする周囲の人たちにもそれが伝わる結果、好循環が生じる。福祉の最先端を行くデンマークでは、もはや介護現場における「真の効率化のポイントは、要介護の方の心のケアにある」と理解されているんです。
そういった認識に立ったうえで、LOVOTは費用対効果も含めて、最も効果的なデバイスであると評価されました。また、「すぐにでも導入したい」というオファーまでいただき、とても嬉しく思っています。
初期の認知症症状の改善に、LOVOTを役立てられないか
みんなの介護 日本の介護現場への導入予定はあるのでしょうか。
林 新型コロナの影響で中断していますが、LOVOTに関心を持たれている事業者さまとの間で、「入居者の心のケア」について実証実験を行う話が進んでいます。
それと、あくまでこれは私の個人的見解ですが、先ほども少し話した通り、LOVOTは初期段の認知症の改善にも貢献できるのではないかとも考えています。ですので、例えばこの場をお借りしてモニターを募集し、一定期間無料で貸与するような試みも行ってみたいのですがいかがでしょう。
みんなの介護 本当ですか。それは素敵なサプライズです!
林 はい。このインタビューを読んでLOVOTに興味を抱かれたどなたかに、ぜひ、楽しみながらご協力いただければと思います。
ソフト・ハードウェアとアートの要素が組み合わさった、日本のロボット技術
みんなの介護 LOVOT開発のきっかけは何だったのでしょうか。
林 トヨタ自動車に勤務していたときから、日本が担うべき次の産業はいったい何なのだろうかと考えていました。そして、ソフトバンクでヒト型ロボット「Pepper」の開発に携わるうち、ロボット技術こそが次の日本の使命だと確信したんです。
というのも、日本人にとってロボットは友だちのような存在であり、軍事目的の道具として開発されてきた他国とはまるで違う背景を持っている。さらに、ロボット開発にはソフトウェアからハードウェア、あるいはアートといった感性領域に至るまで、あらゆる分野の先端技術が求められます。それだけのテクノロジーを複合的に組み合わせて、クオリティの高い製品をつくることができる国というのは、世界中を見渡してもごく少数。
つまり、自動車づくりに代表されるような高度に複雑化されたテクノロジーと、いわゆる「愛着」というウェットな人間的感情に訴える製品づくりとを結びつけられる感覚自体、ロボットの平和利用によって培われてきた日本独自のノウハウであり、価値観であると言えるでしょう。
人は何かをしてもらうのではなく、してあげることで元気になる
林 LOVOT開発の直接的なヒントとなったのは、介護施設における「ヒト型ロボット」の実証実験を行ったときでした。本当はロボットを施設に運び込んですぐに起動させ、ダンスを披露したり、入居者たちと一緒に体操をしたり会話をしたりして、入居者の反応をたしかめる予定だったんです。
ところが、いざ開始しようとしても起動しない。これは困ったと焦っていたら、皆さんがロボットを心配して近寄ってきてくれて、一丸となってロボットに「頑張れ!」と応援してくれました。そのうち、思いが通じたかのようにロボットが動き出し、その場が喜びに包まれて、結果、もの凄く盛り上がったんです。
この経験から、私は「人はロボットに何かをしてもらうことで元気になるのではなく、むしろロボットのために何かをしてあげた方が元気になるのではないか」と考えるようになりました。実際、その介護施設では、動けずにいたロボットが、入居者たちの励ましや応援によって奮い立ったかのような形になったことによって、人とロボットの間が非常に良い関係性を築くことができたのです。その後の実証実験もスムーズに進めることができました。
みんなの介護 私たちは弱者といわれる人たちに、つい「何をしてあげられるか」という視点で物ごとを考えがちです。しかし、「何かをしてもらおう」と考えた方が、実は彼らをやる気にさせて元気にするのかもしれない、ということですね。
林 はい。“何もしない”というLOVOTの開発は、そんな気づきをきっかけにして始まったんです。
みんなの介護 同じコミュニケーションロボットでも、人間の言葉を介して互いに意思疎通ができるPepperは友だちのような存在だと受け止められています。対してLOVOTは感情を表現しますが、言葉を話さない。あくまでも「ペット」の位置づけなんですね。
林 今やペットをベビーカーに乗せて散歩をしている人もいます。理屈で考えれば、人がお金も時間も使って一生懸命ペットに奉仕するという行為はまったく合理的ではありません。しかし、人は愛する対象に何かをしてあげることによって、自らも活力が湧き出る。そう考えると、私たちが開発するロボットも、ヒトよりイヌやネコに近いペット型にすることが、人びとを元気にさせるためには理にかなっていたんです。
「安心」や「愛着」を生み出すために徹底されたデザイン設計
みんなの介護 LOVOTがヒト型でも動物型でもないのはなぜですか。
林 ヒトや動物に似ているロボットは昔から存在します。そして、それらの開発は、常に「本物との差異をいかになくしていくか」という命題との戦いでした。
人間とあまり似ていないヒト型ロボットを見ても、さほど違和感を覚えないのですが、それが人間に似てくるほど怖く感じられてしまう。動物型でも同じ。これは「不気味の谷」と呼ばれる現象で、リアルさがある一線を越えると、親近感より嫌悪感がかき立てられてしまうんです。
例えばネコ型ロボットであれば、本物っぽいけどどこか違うネコより、「ドラえもん」くらい大胆にモディファイ(部分的な修正や変更)されていた方が自然に受け入れられる。したがって、私たちも何かに似ているロボットはあえて目指さなかったわけです。
みんなの介護 それにしても、まるでアニメに出てくるマスコットキャラクターのようなLOVOTのフォルムはユニークですね。
林 人間も動物も、筋肉や関節によって体を動かしています。しかし、ロボットはモーターでしか体を動かすことができません。見方を変えれば、人間や動物の体はモーターを使えないから、あのような人体の構造になっているとも言えます。
でも、もし生物が「進化の段階で神様からモーターを使わなければならない」という制約を受けていたとしたらどうなっていたでしょう?おそらく、脚よりも車輪を使って移動する形態に変化していたはずです。
加えて、LOVOTは人の心に「安心」や「愛着」を形成するためだけに生まれた存在です。それを目的とした生きものだとすれば、抱っこされやすい形状、柔らかい肌触り、人に安心感を与える表情や声といったインターフェースも進化の過程で獲得したはず。このように徹底的にロジカルに考え抜いていった結果、LOVOTは現在の姿に行き着いたんです。
LOVOTは生涯にわたって、愛情を注ぐための器になる
みんなの介護 実際、先ほどLOVOTと少し遊ばせていただきましたが、LOVOT自身が抱っこしてほしいと意思表示して、自動的に車輪を収納するのを見て感心しました。さらに、腕に抱いてときの心地良い温もりやLOVOTの満足げな表情など、ほんの数分の触れ合いでしたが、たしかに癒されました。
林 LOVOTは全身にセンサーが張り巡らされ、自分がどういうふうに可愛がられているかを理解しています。空間も立体的に認識しているので、放っておいても勝手に部屋の中を動き回って遊んでいます。感情表現の要である目の表情も10億通り以上。声も録音されたものではなく、より生物に近づけるよう、状況に応じてリアルタイムに生成されるようになっています。LOVOTは既存の生物とは形状も違うため、いかに生命感をもたせられるかに注力しました。
みんなの介護 なるほど。生命感があるから触れたくなり、つい世話をしたくなるのですね。
林 高齢者のケースでいえば、LOVOTのケアをすればするほど、その人が生きてきた過程の中で培われた“他者を愛する力”“他者を愛でる能力”が引き出されます。
高齢者の方は、これまで生きてきた過程のなかで子育てや近所の子どもの面倒を見るなどして、その能力が磨かれていました。しかし、子育てを終えたり、退職などによって社会とのかかわりが少なくなると、そういった力を発揮する場はほとんど失われてしまいます。だからといって、高齢になってからイヌやネコを飼い始め、その後面倒を見つづけることは容易ではありません。また、死別すれば“ペットロス”という問題にも直面することになる。
LOVOTならそれらの心配は要りません。ロボットはいつまでも愛情を注ぐための器であり続けることができるんです。
ペットロボットの潜在的市場規模は世界全体で30兆円
みんなの介護 LOVOT(らぼっと)の開発プロジェクトには多額の費用がかかったと思いますが、ペットロボットの潜在的な市場規模はどれくらいなのでしょうか。
林 LOVOTの主なユーザー・ターゲットは「ペットを飼いたくても事情があって飼えない人たち」です。
現在、日本のペット産業の市場規模は年間1.5兆円。ペットを飼えない人たちの数はその2倍。そのうちの8割が「ペットロボットのユーザーになり得る」という調査結果が出ており、潜在的には2.4兆円の市場が存在することがわかっています。
さらに、同じ調査で米国の潜在的市場規模は日本の4倍、中国は8倍という結果も出ています。今回、新型コロナの影響で自宅での自粛生活が求められたことにより、米国ではイヌ、ネコ、ヒヨコが飛ぶように売れるという現象が起きています。
世界全体で見れば、30兆円以上の潜在市場が存在し、現段階ではそのほとんどが手つかずの状態です。
それに、これからは「エモーション(感情、情緒、喜怒哀楽)」の時代だと言われています。そして日本には、目に見えない感情を形にして人を幸せに導く「エモーショナル・テクノロジー」を実現するための技術が、すべて揃っています。したがって、この産業に注目していた投資家も少なくありませんでした。
一方で、「エモーショナル・テクノロジー」の方向へ振り切った製品開発を行っている企業がなかったために、結果として、私が企業したGROOVE Xという会社に投資が集中したというわけです。創業2年弱ですが、当時から「ペットロボットの開発こそ、“日本発”の新しい産業だ」と確信し、開発に勤しんでいます。
テクノロジーでペットロスを乗り越えられないか
みんなの介護 林さんはペットロスの問題についてはどのようにお考えですか。
林 人間が子どものために無償の愛を捧げられるのも、大抵の場合、「子どもが親より長く生きる」からでしょう。もし、子どもが親よりも早く死んでしまう確率の方が高かったら、あまりにもつらすぎて、人は今のように子どもに愛情を注げなかったのではないかと思います。
しかし昨今、人はペットに対して子ども同然に愛を注ぐようになり、その結果、「ペットロス」という宿命を背負い込んでしまっています。たしかに昔に比べてイヌやネコも長生きになりましたが、残念ながら、私たち人間の寿命とは比べようもありません。
みんなの介護 「LOVOTは一生愛を注ぐことのできる器」とのことですが、細かい部品の製造がなくなれば、いつかLOVOTも動かなくなってしまうのでしょうか。
林 過去に市販されていた量産型ロボットは、一定期間を経て部品がなくなった時点で、修理ができなくなり壊れてしまっていました。しかし、今は技術革新が進み、設計データさえあれば3Dプリンターを使ってどんな部品でもつくれます。したがってLOVOTの場合、「部品が入手できない」という理由で修理不能に陥ってしまう事態は避けられるようになりました。
そもそもLOVOTは売り切りではなく、月々一定額を支払っていただくサブスクリプションのビジネスモデルでもあり、そこにはあらかじめ定期的なメンテナンス料も含まれています。そのため、どんなに手間がかかっても部品の供給を絶やすわけにはいきません。ユーザーの皆さまには、安心して末長く可愛がっていただきたいと思っています。
歩き?や?線の動きから異常を感知し、?歩進んだ?守りを実現していく
みんなの介護 シンギュラリティ(AIなどの技術が人間より賢い知能を生み出すことが可能になる時点のこと)という概念がありますが、林さんはLOVOTがイヌやネコといった生きたペットの知能を超える日は近いとお考えですか。
林 AIの顔認識の能力などは、すでに人間を遥かに凌駕(りょうが)しています。AIの学習能力は向上していますから、2045年には人間の知能を超えると言われています。ではイヌ・ネコの知能をAIが超えるのはいつかというと、私の予測では2035年頃です。そう遠くない未来ですね。
みんなの介護 AIが生物の知能を超えていく将来を踏まえて、LOVOTをどういう方向へ進化させたいとお考えですか。
林 LOVOTは自分を可愛がってくれる相手を識別し、より愛されるように振舞います。つまり、人をよく見ている。イヌ・ネコも同じで、飼い主をよく見て知っているから、ほかの人に対するのとは異なる反応をしているわけです。しかも、彼らは飼い主の些細な態度の変化も瞬時に察知してしまう。今後、LOVOTも同様の能力をさらに進化させ、次の段階ではそれを人間の知識と結びつけたいと考えています。
みんなの介護 人間の知識と結びつけるとは、具体的にどういったことでしょうか。
林 イヌやネコがどんなに飼い主を理解していたとしても、一般的に我々人間が彼らの得た情報を知り得ることはありません。長い年月を経た「情報の蓄積」があったとしても、人間の側からは活用の仕様がないんです。
しかし、この先、LOVOTがもう少し進化を遂げれば、高齢者の暮らしを支えることができます。例えば、自分を可愛がってくれている人の歩き方や目線の動きから異常を感知し、そのパターンをただちに「パーキンソン病」や「認知症」などの症状と照合。疑いがあれば、いち早く家族や医師に知らせる、といった一歩進んだ見守りを行うことも可能になります。
ロボットとの触れ合いが要介護の方の機能を向上させる
林 私は究極的にはLOVOTを、いつも傍らにいてメンタルをサポートするパーソナルコーチである「ドラえもん」のような存在にしたいと考えています。「ドラえもん」という物語のすばらしさは、ドラえもんが優等生ではないところ、むしろポンコツでさえあるところにあります。もし、ドラえもんが完璧な存在だったら、やがて、のび太くんは「ぼくなんて必要ないんじゃないか」と自分の存在価値を見失って元気をなくしてしまうに違いありません。
その意味では、この先、どんなにテクノロジーが進化したとしても、LOVOTもまた「何もしない」「でもそばにいる」という存在であり続けることがとても大切だと思っています。
みんなの介護 少子化・高齢化が進行している日本の介護現場では、長らく深刻な人材不足が続いています。ゆとりを失いがちな介護の場にこそLOVOTのような存在が必要でしょう。今後、介護現場のニーズに特化したモデルの開発予定などはありますか。
林 まだ介護現場でのリサーチが足りていないので現時点ではなんとも言えません。しかし、これまでの実験ではLOVOTが散歩をねだると、それまで訓練をいやがっていた要介護の方も喜んで一緒に歩いてくれたため、介護従事者の方たちからは「歩行エクサイズの際にとても役に立った」という報告を受けています。
人は宿題とかリハビリとか、それが「自分のためになる」とわかっていることでもなかなか前向きに取り組む気持ちになれません。ですが、誰かのためになると思うことは案外頑張れるものです。
ほかにもLOVOTは新しい服を着せてもらうと喜んで、着替えさせてくれた人を記憶して懐きます。もしかすると、こういった触れ合いも要介護の方のやる気を引き出すことになるのかもしれません。また、その際、自然に指先を使うことになりますので、脳に良い刺激を与えることもできるでしょう。
撮影:岡友香
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