加藤久和「高齢化による不足分は経済成長で補うことができる。グローバル化やAIなどを加味した長期的なビジョンを打ち出すべき」
明治大学政治経済学部の教授として「人口経済学」の観点から高齢化社会を分析する加藤久和氏。人口と経済の間には密接な相互関係があり、少子高齢化は国力を低下させる一因となると語る加藤氏。前編では、超高齢化社会である日本がグローバル世界を生き抜くための条件を提示する。
文責/みんなの介護
人口から経済を、経済から人口を分析するのが「人口経済学」
みんなの介護 この研究室には、すごい量の本が積まれていますね。ぜんぶ経済学の本ですか?
加藤 そうですね。あとは研究対象である社会保障と人口問題、それと財政関係の本が多いです。
みんなの介護 同じ分野の専門家で以前「賢人論。」にお越しいただいた小黒一正さんともずいぶん親交が深いそうですね。
加藤 小黒さんとは考え方が近いこともあって、いろんなプロジェクトでご一緒させていただいています。
みんなの介護 中でも加藤先生のご専門は「人口経済学」という研究です。あまり聞き慣れない言葉ですが、これはどのような学問なのでしょう?
加藤 人口経済学には2つのアプローチがあります。ひとつは、人口の変化が経済にどのような影響を与えるかを研究する方向。もうひとつはその逆の見方です…経済社会の変化が出生率や人口移動などにどう影響を及ぼすか。このような、人口と経済の相互依存関係を研究するのが人口経済学なんです。
みんなの介護 「人口が経済に与える影響」、それと「経済が人口に与える影響」。この両面から研究するんですね。例えば社会から若い人口が減ると労働力が低下し、その結果として経済が行き詰まるということは想像しやすいです。
加藤 そういう具合に、人口が減ってしまったらどんな対策をすればいいのか、ということも含めて総合的に考えていくんです。若い人口をこれ以上減らさないための対策を練ったり、あるいは増えないとしても、人口が減って労働力も減ったら、生産性を上げて対応する工夫など、考え方はいろいろとありますからね。
経済にはいろいろな要素がありますが、人口はその中でも最もベーシックなものであると言えます。介護、医療、年金をはじめ、あらゆる物事にダイレクトに影響しますからね。
みんなの介護 人口が減少することで生じる問題の中で最も大きなものは何だと思いますか?
加藤 経済成長の低下ですね。しかもそれは、単純に労働人口が減ることが理由なのではなく、生産性が低下することに起因するものなんです。日本はかつて経済成長を経験しましたが、それは決して労働人口が増えたことによるものではなかった。技術の向上など生産性が上がることのほうが、人口や労働力人口が増えるよりも経済の発展に寄与する要素でした。
若い人が減ることで、労働力が減ること自体も問題ですが、それ以上に社会全体のクリエイティビティが低下することの方が問題なんです。若さ由来の創造性が乏しくなってしまうだけでなく、人口が減れば、その中から革新的な人物が出てくる可能性も低くなってしまいますから。
短期的な施策だけでなく、長期的な経済ビジョンを立てるべき
加藤 高齢化問題が大変だと世間では言われていますけれども、そもそも経済がすごく順調でどんどん成長していればそれほど大変なことではないんです。例えば、若い人が少なくなったので高齢者を支えるのが苦しいと言いますけれども、もし若い人の所得が増えていっていたらそれだけ楽になるでしょう。
つまり、高齢化して若い人が減ったことによるデメリットは、経済の成長によってある程度カバーできるんです。そのためには生産性の向上が重要です。
みんなの介護 人口問題を考える上で重要なのは、人口の総数だけでなく生産性に影響する若者の数もそうなんですね。
加藤 先日出た最新の人口推計によれば、2065年には人口は8800万人にまで減少しているそうです。現在と比べればとても少ないように思いますけれども、実は昭和の高度成長期の初期だって日本はそれくらいの人口だったんです。ではなぜ問題になるかというと、2065年と昭和のその当時とでは人口構造が違うからです。2040年には高齢者(65歳以上)の人口が4000万人に近づきます。
人口ピラミッドを富士山型に戻すのは無理でも、せめていまよりも若い人口を厚くして、足りない分は、経済を成長させて国民ひとりひとりの豊かさを上げ、若い人口を少しでも今のトレンドで推計されるよりも増やしていく。それが最善の戦略だと思うんです。それが実現できるかというとまた難しいところですけどね。
みんなの介護 人口政策を考える上で重視すべきポイントは何だとお考えですか?
加藤 5年後、10年後などの短いスパンの話ではなくて、30年単位の長期的な目でみたときに、持続的に経済が発展する仕組みをつくらなければいけないということですね。
みんなの介護 アベノミクスは視野が短期的だった、と以前別の記事でお話しされていましたね。
加藤 全部が全部そうだったわけではないですよ。デフレや政府債務、2020年までのプライマリーバランス(歳入と歳出のバランス)の黒字化達成、物価上昇率2%の達成など、そういう短中期的な対策はもちろん大切です。
しかしもっと長期的な、グローバル化、IT化、AIや、環境系の技術を開発していくなどのビジョンをつくって、そこに向かって経済が発展していくような戦略も一方では取っていかなければなりません。一方、希望出生率1.8を打ち出すなどの政策についてはもっと評価されていいと思います。
みんなの介護 日本の得意分野である生産技術を活かすんですね。
加藤 日本は技術が得意だというのも昔の話ですけどね。いまは日本の技術と中国の技術がそれほど変わりはないという話もあります。そんな中でもう一歩日本が発展するためには、地道なことを続けていくことが大切です。
“地道”というのは、大臣や政権が交代するたびに方針がころころ変わるのではなく、とにかく一貫した戦略を続けていくという意味ですよ。しかもそのスピードが加速していけばなお良い。よく話題になる介護のロボット化は、技術が十分整うまでには50年はかかるだろうという話もありますから。
“総論賛成・各論反対”ばかりで何も変わらない日本社会
みんなの介護 生産性を高めるという意味では、海外から新しい技術や優秀な人材を積極的に取り入れることもいい刺激になりそうです。
加藤 技術進歩の起爆剤になってくれるような人たちを海外から入れていくべきなんですが、現実問題として、日本にはあまり入ってきてくれないと思います。以前ほど日本に魅力がなくなってしまったんです。優秀な人はシンガポールや香港やアメリカ、ヨーロッパ諸国、中東諸国などへ行ってしまいますから。
みんなの介護 魅力とは、具体的に何を指すのですか?
加藤 治安が良いとか水が綺麗だということももちろん一要素ですが、それよりもお金と将来性が大事ですね。例えば、海外の学生は大学のランキングを相当気にしていて、それによってどこに留学するかを決めています。もうひとつ、日本に海外の人材を集める足かせになっているのが、雇用システムです。一般的に、日本で就職しようとすると「終身雇用」「年功序列」「新卒一括採用」という条件がついてきますよね。私、こういう風習が大嫌いなんですよ(笑)。特に年功序列はいけませんね。
例えば中国から来た人は10年くらい海外で頑張って、それから故郷へ帰って一旗あげたり、自分で会社を興したいという展望を持っている。ところが日本だと、年功序列によって下積みでその10年が失われてしまう。このシステムが弊害となって、結果的に誰も日本で働きたがらなくなってしまうんです。
みんなの介護 海外では、年齢に関係なく、能力に応じて仕事を振り分けるんですね。海外から人材を集めるためには、といった面からな日本の働き方を変えていく必要がある。
加藤 グローバル化が進んでいくということは、海外と足並みを揃えるということでもあります。4月に一斉に入社し、入社式で偉い人の話を聞かされ、転勤も辞さず…なんていう従来の日本式のスタイルを続けていたら、海外の人が来てくれなくなります。
みんなの介護 しかし、雇用制度を大幅に変えるとなると反発が出てきそうです。
加藤 “総論賛成・各論反対“の人がとても多いんですよね。「働き方改革」についてもそうですし、少子化対策でも、女性のワークライフバランスの議論でも何でも、議論の上では皆さん賛成するんです。しかし現場に行くと反対なんです。企業においては、上層部の皆さんはむしろ賛成派の人が多いんですよ。
みんなの介護 そういう、現場と上層部の温度差を埋めるにはどうすればいいと加藤さんはお考えですか?
加藤 非常に難しいですね。例えば育児なら、女性が2人目の子供をつくりたいというとき、なかなか味方になってくれないのは同じ女性の上司、という話もあります。女性の上司はすでに同じ状況を経験しているので、時代が変わった、環境が変わったということをなかなか理解できないんです。そういう心理的な障壁が少子化対策はもっとも大事で。これがなくなるには、まだ相当時間がかかるという悲観的な見方もあります。
社会保障の重要性を説明し、理解してもらう努力を政治家は払うべき
みんなの介護 高齢者福祉を中心に政治が回り、若者向けの政策がないがしろにされてしまう問題、いわゆる「シルバーデモクラシー」についてはどうお考えでしょうか。
加藤 あまりにも高齢者向けのお金を使いすぎているということは政治家自身もわかっているようです。でも、高齢者を優遇したほうが選挙に有利なので、選挙区に帰ると本音とは違う話をする。そういうところが日本の政治の弱さですよね。
ある政治家の方と同席したとき「消費税を上げてその分を介護に充てたらどうですか」と私は発言をしました。そしたら、その場にいたある政治家の方が「加藤さん、消費税を上げるのがどれほど大変かわかっていますか?」と怒られてしまったことがありました(笑)。言いたいことはわかりますけれど、それはあくまでも政治の世界の中で大変だという話ですよね。
みんなの介護 「賢人論。」第38回前編「いくら“公”が縮小していても、“民“は熱くなることができる。民間が社会を作っていく感覚が日本には足りない」で投資家の藤野英人さんが、介護は経済的リターンの少ないただのコストになってしまっているとおっしゃっていました。
加藤 それが現状だとしても、消費税は社会保障に充てていかなければならないと私は思いますよ。高齢者対策や少子化対策は我々自身の将来への投資でもありますから、現時点でリターンが感じられないとしても何も問題ありません。社会保障はリターンを求めるのではなく、リスクを分散するものです。
現在の社会保障費は膨大で、たとえ消費税を10%まで引き上げたとしても賄えないんですよ。これだけ社会が高齢化しているにも関わらず、わたしたちの負担額はそもそも少なすぎるんです。高齢者福祉のためにどうしてもお金が必要なんだということを世間に訴え、理解してもらう努力を政治家がもっと行っていくことがまずは必要ですよ。
みんなの介護 消費税は逆進的(所得が低くなるほど税負担率が重くなる性質)であるという批判もありますが?
加藤 確かにそうした面もありますが、社会保険料の方がよっぽど逆進性は高いですよ。例えば国民年金の保険料は所得の高低に関わらず誰もが同じ金額を払わなければならないでしょう。ですから、どちらかといえば消費税の方がまだ公平ではないでしょうか。
一方、最近出てきた「こども保険」は少し注意しなければならない提案だと思います。子どもをどう考えるか、公共財という性質があるならこれは、厳密には「保険」でなく「分配」(税)でやるべきで、既存の保険に上乗せするようなものではないと思います。しかも高齢者が負担しないのであれば問題外です。若い世代のために高齢者に負担してもらう、という意見がもっと出てこないとだめだと思います。
高齢者間の格差は目立ちにくいが、実は深刻
みんなの介護 高齢化問題への対処としては、出生率を上げるなど「少子高齢化そのものを食い止める」というやり方と「高齢社会を前提に上手くやりくりする」というやり方の2つの方向があると思われます。加藤さんはどちらの方が有効だと思われますか?
加藤 少子化を止めるのはそう簡単ではないでしょうね。いま出生率は1.46で、目標は2.07なんです。そこまで引き上げるのはとても大変なことですし、仮にいますぐに出生率が2.07になったとしても、人口バランスが正常に戻る(定常化する)までには70~80年もの時間がかかると言われています。現実的にできるのは、どれだけ人口の減り方を遅くするかくらいです。
このような状況ですから、結論として「人口が減っていくことを前提とした社会保障制度を整える」というアプローチにならざるを得ないと思いますね。
みんなの介護 超高齢化でも持続可能な社会保障制度を実現するためには何が必要でしょうか?
加藤 私が理想だと思うのは「社会を支えるためにある程度負担を分かち合っていかなければならないんだ」ということを、すべての国民がまずは認識している状態です。それこそが、制度が持続可能になるための最も重要な条件だと思います。
みんなの介護 現段階では若者が高齢者を支える一方ですが、今後は高齢者同士でも支え合ってもらう方向にシフトしていかなければ、という話もあります。
加藤 私は世代間格差の議論に長い間取り組んでいて、本も書いたことがあります。その中で感じたのは、どうしても若者と高齢者の間の格差だけが着目され、高齢者同士の格差というのはなかなか目立ちにくいのだということでした。
みんなの介護 その高齢者間の格差はどれほど深刻なのですか?
加藤 年金を月額1万円程度しかもらえない人もいれば、満額もらっているのに加えて他の収入源も持っているため、年収が600万円もあるという人もいます。
ですから、お金を持っている人への社会保障の給付を抑え、その分お金がない人に手厚くするというやり方をとっていくべきだと思います。具体的には、介護保険料を高齢者が3割負担することは当然だと思いますし、年金も半分は税金ですから、高所得の高齢者の方への給付を減らすなどの工夫も必要でしょう。
ただ政策目標を掲げるだけでなく、根拠のある数字を示すことが大切
みんなの介護 国民に負担を課すマニフェストは選挙においてとても“ウケ”が悪く、なかなか政策として通りづらいのではないかと思います。
加藤 そうかもしれませんね。だから、もし大衆受けするような調子の良いマニフェストを掲げる立候補者がいたら、どれだけの責任を持って言っているのか、私たちは見極めなければいけません。とはいえ最近の有権者は、負担が軽くなることなんてもはやあり得ないということを共通認識として持ち始めているはずです。
大切なのは、今後消費税が10%、12%と上がっていったり、その他様々に制度が変わっていくことに関して「この施策はどんな目的なのか」「このお金はどこに充てられるのか」ということを政治家がちゃんと話して理解してもらうことですよ。増税で消費が抑制されるなどのネガティブな話だけでなく、増税によって介護や医療がこれだけ良くなる、ということも併せてちゃんと説明していくべきなんです。
みんなの介護 たとえ選挙演説で誠実にマニフェストを説明されても、「結局また達成できないんでしょ?」という不信感をどうしても抱いてしまう気がします。
加藤 それは確かに、社会保障に限らないすべての政策に言える問題です。けれども、とにかく言わないと始まりませんよ。最近は有言実行型の若い政治家も出て来始めたので、今後にはわりと期待できるんじゃないかと思っています。ただ高齢化問題は時間と共に悪くなるので、やるなら早目にしなければなりません。
みんなの介護 今の政治の停滞した雰囲気の中でリーダーシップを持った有言実行型の人が出てきたらスターになりそうですね。
加藤 目標を宣言することはもちろん大切ですが、いい加減にではなく、ちゃんとエビデンス(根拠)を持って言ってほしいですね。あれやります、これやります、と口先で言うだけでなく、本当にやれるんだということを数字で証明してくれなければいけません。
過疎化が深刻な地方では、拠点都市に居住を絞ることで行政を効率化すべき
みんなの介護 日本経済を活発化するためには、若者を集めることで地方を活発化させることが大事だ、という発言も過去になさっていました。そしてそのために鍵となるのは雇用であると。
加藤 地方にも仕事はあるんですが、魅力的な仕事じゃないんです。大学を出た人や、特に若い女性がやってみたいと思うような華やかな仕事をもっと地方につくる必要がありますね。例えばデザイナー系だとか付加価値のあるフード系、通訳などを含めた観光系などがそれに当たります。
いま盛んな地方活性化は4、5年くらいの短期のことしか考えられていませんね。いろんな産業を興したり名産品を活用したりして地方を活性化していくのは当たり前のことなんですが、多くの場合それは一時的なブームで終わります。もっと大事なのは、30年先のことも含めて考えることですよ。
みんなの介護 具体的には、どんな街づくりをすれば人口問題は解決するでしょうか?
加藤 地方と一口に言ってもいろんなレベルがあります。厳しい言い方ですが、人口減少社会の中ではすべての市町村を救うことはできません。だから、地方の拠点都市、例えば仙台や広島のような拠点都市、あるいは県内第二の都市などにターゲットを絞って、魅力的な仕事や面白い施設をつくっていくんです。
昔みたいに人口が多いと全国津々浦々に人が散らばってもいいんですが、これから50年間で3分の1くらいに人口が減っていくとなると、地方の各拠点に居住地を絞り、行政を効率化しなければ生活が成り立ちませんよ。各地に人が点在していると道路、ゴミ収集、下水道など公共事業を効率的に提供することはできません。
みんなの介護 一箇所に人を集めることでサービスを効率化する、という考え方は介護や医療にも共通しそうですね。
加藤 介護に関しては、地域包括ケアシステムや地域医療構想などのアイデアは出ていますが、介護と医療が結局どう連携していくのかいまいちはっきりしませんね。医者が主導していくのか、介護士が引っ張っていくのか。これは制度というよりもコミュニティの問題が多く関わってきますから、複雑ですね。
介護が「魅力的な仕事」にならなければ人手は集まらない
みんなの介護 外国人の介護士さんを雇用していくということに対しては、言語の壁や心理的な抵抗感がネックとなると言われています。
加藤 介護を受ける方もそうかもしれませんが、供給側にしてみても、日本の介護はそんなに楽しい仕事ではないし、待遇だってそれほど良くはありません。同じ仕事なら中国や中東へ行った方が賃金が高いですから、そもそも人材が集まりにくいという問題がひとつあります。
それからネックになるのは言語です。日本語を覚えるのは本当に難しいと、多くの外国人の方がおっしゃっています。もし日本が英語の通じる国だったならまだ海外からも人を呼びやすかったのでしょうが…。
みんなの介護 でも、居酒屋などの飲食店では店員さんのほとんどが外国人、というところも珍しくなくなってきました。介護業界は、それと同じようにはいかないでしょうか。
加藤 飲食店の場合、応用的な日本語はそれほど要らないですよね。注文を聞いて、料理を運ぶ作業さえ最低限できれば成立する仕事なので。しかし介護は日常生活の延長ですからシチュエーションが多種多様ですし、かなりの数の語彙を使いこなす必要がありますよね。
みんなの介護 加藤さんご自身は、どのような対策が最も介護の人手不足を解消できると思われますか?
加藤 そんな手立てがあるのならこっちが聞きたいです(笑)。少なくとも私が思うのは、とにかく魅力的な仕事にしていかなければならないということですね。賃金水準も良くないですし、過酷な労働ですから。
それと、以前に介護業界の方から聞いたのが、自分のライフパスが見えないことが大きな問題なのだそうです。例えば看護師だと、いろんな知識を吸収してキャリアを重ねて…という成長の過程が描けるけれど、介護ではそれが見えにくいのだと。
みんなの介護 「将来なりたい職業」ランキング(日本FP協会)を見ても、看護師は美容師やファッションデザイナーを抑え4位にランクインしていますが、介護士に関しては圏外です。
加藤 ケアマネジャーに関しては、その存在さえ世間に浸透していないですよね。あれだけ大切な仕事をしているし、多くの知識も必要とされる専門的な職業なのに。介護に関わる仕事の知名度とイメージをもっと上げていくことは必要かもしれませんね。
「家庭を持つことは素晴らしい」という雰囲気が日本社会には乏しい
みんなの介護 少子化の原因として、残業が多くて婚活・妊活の時間が取れない、共働きなので子供を育てる余裕がないなど、日本の労働環境の問題もひとつにはあると思います。
加藤 おっしゃる通りです。若者にとって希望が持てる社会であるということはとても重要です。希望というのはつまり、雇用が安定しているか、将来の賃金が上がることを期待できるかどうか。それがなければなかなか家族はつくれないと思うんです。児童手当を出す、保育所をつくる、待機児童対策をするなどの施策は短期的には良いかもしれないけれど、長期的には将来に期待が持てるかどうかが鍵になると思うんです。
見習うべき例は、フランスやスウェーデンです。これらの国は、「子供を持つことはいいことだ」という考え方が社会全体に浸透しているんです。ですから、同じような少子化対策をしても日本に比べて、てきめんに効果が出る。それに引き換え日本は、保育所を近所につくろうとすると「うるさくなる」という理由で反対されたりするような国ですから。
みんなの介護 社会の雰囲気を変える、というのは制度を変えるよりも難しいかもしれませんね。
加藤 国が一番対策をしづらいのはそこなんですよね。いくらお金を配っても、子供をつくるために使うのか、自分の飲み代にしてしまうのかは本人次第なんですから。
みんなの介護 結婚願望がなかったり、たとえ結婚しても子供は要らないという若者が多くなっていると聞きます。
加藤 彼らの感覚も理解はできます。「結婚をして、子供をつくって、何か良いことあるの?」ということだと思うんです。きっとそれなりに楽しいし、家族の温かみなどを得られるのかもしれないけれど、一方ではいろんな苦労が生まれることも想像できます。そんなリスクを背負ってまで急いで結婚する理由を、いまの若者はすぐには見つけられないんだと思いますよ。
私たちの世代くらいまでは「結婚は必ずしなければならないものである」という社会からのプレッシャーも強かったですよね。例えば30歳までに結婚しないと課長になれないとか、銀行に勤めていると上司から早く結婚することを勧められるとか。
みんなの介護 そういう雰囲気が比較的少なくなったいま、結婚したくなるような新たなインセンティブが必要なのでしょうね。
加藤 かつて女性は学育環境も良くなかったし賃金も低かったので、家庭に入って家事をしている方が経済的にも得でした。高校や短大を出てもひとりで生きていくのは難しかったし、住宅ローンも借りられませんでした。そういう環境だから、専業主婦というスタイルは成立していたものなんです。
しかしいま男女がある程度平等に稼げる時代になると、女性が家の中に留まっている理由がなくなりました。だから「彼氏がいればそれでいい」「結婚しない方が自由だ」という考え方にシフトしていったとしても自然ですよね。その一方では専業主婦に憧れている保守的な層も一定数残っているけれど、いまの時代に専業主婦になることがどれだけ難しいかということも理解はしているんでしょう。
撮影:小林浩一
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