いいね!を押すと最新の介護ニュースを毎日お届け

施設数No.1老人ホーム検索サイト

入居相談センター(無料)9:00〜19:00年中無休
0120-370-915

乙武洋匡「介護報酬は引き下げられたのに「介護離職ゼロ」を目指す、と。これって矛盾してますよね?」

最終更新日時 2015/12/28

乙武洋匡「介護報酬は引き下げられたのに「介護離職ゼロ」を目指す、と。これって矛盾してますよね?」

大学生時代の「五体不満足 完全版」(講談社文庫) の出版から早や17年。乙武洋匡氏はそれから、スポーツライターとして現場取材に駆けまわり、後には教職員としても教鞭をとるなど、精力的な活動を続けてきた。そして今は、ゴミ拾いボランティアのNPO団体「グリーンバード新宿」の代表を務めるかたわら、地域密着を掲げる保育園「まちの保育園」を運営する「ナチュラルスマイルジャパン株式会社」の取締役も務め…と、活動の幅をさらに広げている。賢人論。第5回前編となる今回は、「保育」の面で社会福祉に携わる乙武氏から「介護」がどのように見えているのかを伺った。

文責/みんなの介護

大学院で社会保障について学んでいる最中で、介護問題の重要性について改めて考えるようになりました

みんなの介護 取材をお受けいただいてからの話で恐縮ですが、乙武さんと「介護」との関連性は、今までどのメディアや公の発言にも見られないと思うのですが(笑)。

乙武 確かに、なんで僕のところに話が来たのかな?と(笑)。ただ、私の母方の祖父母がずっと母と同居していたんですが、介護が必要になった時も母がずっと一人で面倒を見ていて、介護がいかに大変なものであるかを目の当たりにしました。

入浴介助などは来てくれてはいたものの、あまりに大変そうに見えたので、「施設を頼ることとかは考えないの?」とも言ったんです。でも、母の答えはNO。「私は60年前に、言葉も喋れず、一人で食べることも、トイレに行くこともできない時に、そういう面倒を全部お母さんにみてもらった。だから、今度は私の番。これは順番だから」と。

みんなの介護 ステキな考え方をするお母様ですね。

乙武 そうした考え方に対しては、素直にすごいなあと思いましたが、とはいえ、母は専業主婦で介護をする時間と体力があったわけです。でも、世の中にはそうできない人の方が圧倒的に多いですよね。そう考えると、介護する人のケア、介護される人のケアをどうしていったらいいのかということは、社会がもっともっと真剣に考えなきゃいけない問題だと思ったんです。

こうして、7~8年前には祖父母のことで介護について考えるきっかけを与えられたのですが、「喉元すぎれば……」ではないですけど、彼らの死後は介護への思いも薄れていたんです。ところが、じつはいま、大学院に進学して公共政策を学んでいるのですが、そこで「社会保障」という授業があったんです。そこで改めて、社会的に真剣に考えていかなければいけない問題だなという認識を強くしましたね。

介護は待ったなし。この制度のままでは破綻が目に見えている

みんなの介護 現状の社会保障体制の中で、一番の問題だと感じるのは、どのような点ですか?

乙武 まずは、「お金が回らないよね?」ということ。財源についての問題は深刻ですよね。制度としてスタートした時では良かったのかもしれないけれど、ここまで少子高齢化が進むと、どうしたって財源の確保に頭を悩ませることになる。

みんなの介護 現状の社会保障費の膨れ上がり方、また国の借金の膨れ上がり方を見ても、確かにその通りですね。では、介護はどうでしょう?

乙武 世間的には、「このままだと年金は破綻する」と言われていますが、受給開始年齢を引き上げたり、受給額を改定したりと、まだ多少は手の施しようがある。でも、介護はもう待ったなしというか、どう考えてもこの制度のままでは破綻が目に見えている。

さらに、介護は財源だけでなく、人材確保という問題も抱えていますよね。にもかかわらず、介護報酬の引き下げを行った。これって、「介護離職ゼロ」を目指す政府の方針と矛盾しているんじゃないかと思うんです。

みんなの介護 矛盾というと?

乙武 介護離職をゼロにするには、長時間労働をやめさせないかぎり、要介護者の家族ではない人が介護をしなければならない。介護施設だったり、通所や訪問で誰かがケアしてくれる体制ができていなければならない。それを担うのは介護事業者のはずなのに、その介護事業者に支払われるべき介護報酬は引き下げるって、いったいどうやって人材確保するつもりなのだろうかと疑問に思うんです。

特別インタビュー「賢人論。」第5回(前編)乙武洋匡さんは「人生の最期を、みんなはどこで迎えたいのか?その議論もしないままに物事が進んでいることが疑問」と語る

「特養を増床する」というゴールありきの政策には、疑問を感じざるを得ないですね

みんなの介護 国の方針としては、介護離職ゼロのために、要介護高齢者の住まいとして特別養護老人ホームの増床を目指すという向きです。

乙武 でも、箱を増やしたはいいけど、その箱に入った要介護者のケアをする介護職員の確保、いったいどうするのかという疑問が氷解しないんですよ。

これまで、「介護業界が人手不足だ」とか「介護報酬が引き下げられる」といった個別のニュースを見ているときはそれらが結びついていなかったんですが、大学院で社会保障について包括的に学ぶようになってから、その矛盾には疑問を感じずにいられなくなりました。

みんなの介護 「特養増床」という方向性も、いつの間にか固まっていた感じを受けざるを得ません。

乙武 人生の終焉を迎えるというときに、「そもそも施設がベストなのか?」という議論も、もっとすべきだと思うんです。やっぱり、「自宅で死にたい」と思う方だっていらっしゃるわけで、そう考えれば「特養を増床する」というゴールありきではなく、通所や訪問という介護の形態をどのように充実させていくのかという観点からも介護を考えていくべきだと思うんです。

みんなの介護 特に通所介護に関して言えば、介護報酬の引き下げによって大きなマイナスの影響を受けているのが現状です。

乙武 こちらをもっと充実させることができれば、自宅で看取るということが可能になるわけですよね。そうした議論もなしに「特養増床」というゴールが決められていることに疑問を感じてしまいます。「それって誰のための政策なんだろう?」と。

箱物を増やすのが是か非かという議論を、我々はまだしてないですよね

みんなの介護 政策が誰のためのものなのか?どこに向かって舵が取られているのか?不明瞭な部分が大きい、という感じでしょうか。

乙武 これは介護に限らず医療も同じ。あまり知られていませんが、日本は平均入院日数が世界一長い国なんですね。他の国は、もうバンバン退院させるんですよ。退院後は通院したり、逆に医師が訪問したり。日本は長く入院させるから病床数も多くなるし、そうなれば当然、医療費もかさんでくる。これもまた「誰得なの(誰が得するの)だろう?」と思っちゃいますよね。

みんなの介護 「誰得?」という問題は、介護も医療も共通なんですね。

乙武 もちろん、国民的な議論を経た上で、「かなりの社会保障費を突っ込んででも、安心できる施設で最期を迎えたいよね」という結論になったのであれば、他のどの予算を削ってでも、そこに予算を計上して、「箱物をいっぱい増やしましょうね」「人材も確保できるように給料を上げていきましょうね」で良いと思うんですよ。でも、そんな議論をまだ我々はしてないですよね?

みんなの介護 前回の衆議院議員総選挙でも、ことさらに大きく取り上げられた問題ではありませんでしたね。

乙武 議論を重ねていけば、「慣れない場所ではなく、自宅で家族に見守られながら最期を迎えたい」という声だって上がってくると思うんです。そうした議論が可視化できれば、たとえば「施設で」「自宅で」と考える人の割合によって、上手く予算を分配したりできるかもしれない。ただ、現状はあまりに “施設ありき”で物事が進んでいるのではないかという疑問を感じますね。

介護士と保育士の資格一体化には反対。でも、介護と保育を同時に行える施設をつくることは賛成

みんなの介護 介護職員の人材確保のために、介護士と保育士の資格を一体化するという案も出ていました。保育園の経営に携わる乙武さんから見て、この案はどのように思いますか?

乙武 うーん、現実味はないし、それをした上でも効果もあまり期待できないと思うんですよね。だって、保育士も介護士も、両方が人手不足だって言われてるのに、それをくっつけたところで状況は変わりませんよね。どちらかに人手が余ってて…というなら話は別ですけど(笑)。

みんなの介護 確かにその通りですよね。ただ、介護と保育が同じ現場で行われるようになるという点では、大いなる試みだとは思います。

乙武 多世代交流がQOLの向上につながると考えれば、高齢者の施設と保育所を一体化することには妙味があると思います。ひとつの箱の中で、子どもたちが走り回り、その脇でおじいちゃんおばあちゃんが日向ぼっこしている。そういう空間って非常に素敵だなと思うんです。

みんなの介護 具体的に、どんな効果を期待できそうでしょうか?

乙武 高齢者にとっては生活にハリが出るというか刺激につながりますし、子どもたちにとっても非常に良い機会だと思うんですよね。というのも、園児が接する大人って、主に母親と保育士さんになってしまっていると思うんです。でも、世の中には老若男女いろんな人がいるはずですよね。なのに、母親と保育士だけなんて、すごく偏ってしまっている。もっといろんな人格に触れ合うことができれば、子どもたちにとって豊かな学びにつながるだろうなあと思うんです。

みんなの介護 今後の社会を考えると、それは理想的な形のひとつでしょうね。

乙武 私が経営に携わる「まちの保育園」は、まさにそうした理念で運営しているんですよ。普段は母親や保育士さんと過ごすことの多い子どもたちが、近所のカミナリ親父に怒られたり、無条件にかわいがってくれるオバチャンに出会えたり。そんな保育園にできたらとの思いから、「地域ぐるみで子育てをする保育園」を目指しているんです。

そうした文脈から保育園と高齢者施設を一体化するというなら、それは面白い取り組みだと思います。でも、人材を確保するために保育士と介護士の資格を一体化しようという話なら、「現場をわかっていないなあ」と苦笑せざるをえません。

特別インタビュー「賢人論。」第5回(中編)乙武洋匡さんは「ロボットに介護を委ねるというのは、現時点ではギャンブルじゃないかな?と思っています」と語る

介護の人材を確保する方法は、選択肢として3つ。キーワードは「日本人の労働力」「介護ロボット」「移民政策」

みんなの介護 では、介護士を人材として確保していくための案としては、どのようなことが考えられると思いますか?

乙武 私は、選択肢として大きく3つに分けられると思っています。ひとつは、「きちんと介護報酬を引き上げて、日本人の労働力を確保する」。ふたつ目は、「介護の仕事をロボットにどんどん移行させていく」。みっつ目は、「移民を受け入れて、外国人の労働力に頼る」。もちろん、組み合わせても良いと思いますけどね。

みんなの介護 では、そのひとつひとつを検証していただけますか?

乙武 まず、ふたつ目からいきましょうか。ロボットに介護を委ねるというのは、ある程度、現実的ではあるものの、反面、ある程度はギャンブルだな、と思っています。正直、ロボットによる介護がどんなものかというものが、現段階では具体的に見えてきていないですからね。

みっつ目の「移民を受け入れる」という方法は、私も悩みますが、悩みに悩んだ末の答えとして「現時点ではナシ」と考えています。

みんなの介護 というと?

乙武 私は“多様性”という価値観にこだわって生きているので、日本という国にもっと外国人に入ってきていただき、様々な文化を注入してもらい、その結果として日本社会に多様性が生まれる…というのが私の願いなんです。そういう意味では、早く日本も移民を受け入れることのできる国にしていきたい。

ただ、現時点でこれだけヘイトスピーチのようなものが横行する中で、現実的に、ある一定数のいざ移民の方々が来られた時に、はたして何のハレーションも起こらないかというと、どうしても疑問が残るんですね。

特別インタビュー「賢人論。」第5回(中編)乙武洋匡さんは「移民を受け入れるというのも良いけれど、今の日本社会を考えるとまだ機が熟していない」と語る

答えは「介護報酬を引き上げて、日本人の労働力を確保する」。だけど、その方法がとてつもなく難しい

みんなの介護 移民の受け入れに関しては賛否両論で、確かに難しい問題がたくさんありそうです。

乙武 いまの状態で移民を受け入れたとして、はたして日本人にとって、また移住してくださる方々にとって、本当に幸せな状態になるのか。そう考えたときに、私にはあまりいいイメージが浮かばないんですよね。それ以前に、まずは国内の――例えば、障がい者であるとか同性愛者であるとか、そうした方々をきちんと包摂できる多様性を根付かせないと。

ゆくゆくは、移民の方々を受け入れることのできる社会にしていきたい。でも、移住する側、迎え入れる側、双方のことを考えたときに、「まだ機が熟していないな」と感じてしまうんです。ハレーションを最小限で済ますために、まだ越えなければならないステップがいくつか残っているのかなと。

みんなの介護 となると、残りはひとつ目の「介護報酬を引き上げて、日本人の労働力を確保する」ということになりますね。

乙武 おっしゃる通りです。ただ、現実的に介護報酬の引き上げって可能なのかと考えると、財源確保という観点から見れば、そう簡単な問題ではないことがわかる。「じゃあ、どうすればいいんだよ」というほど本当に難しい問題で、考えれば考えるほど、答えにたどり着く気がしない(苦笑)。

現在、様々な社会的な問題はあるものの、おおよその“解”は見つかりつつあるという状況にある。あとは、いかにその“解”を実行し、実現していくかというフェーズに来ていると思うんですよ。だけど介護だけは、なかなか“解”が見つけられないんですよね。迫り来る“超”少子高齢化社会に、「いったい、どうしたらいいんだろう」って。

「まちの保育園 小竹向原」は、カフェを併設することで地域とのつながりを作っていきました

みんなの介護 ここまで介護業界における問題点、主に「人材不足をどのように解決していくか」について語っていただきました。

乙武 ここまで話してきた内容って、保育園を取り巻く現状とまったく同じなんですよね。待機児童がたくさんいるから、保育園をたくさん作らなければならない。だけど、いくら箱を作ったところで、そこで働く保育士を十分に確保できない。なぜなら、給料が低くて保育士のなり手が少ないから。ホント、まったく同じ構図なんですよ。

みんなの介護 なんで同じ過ちを繰り返すんでしょうね?ところで、保育園の経営に携わる身として、保育士の人材確保は難しいという実感はありますか?

乙武 私が経営に携わっている「まちの保育園」は、また少し特殊かもしれません。1~2年目は確かに経営も人材の確保も苦労しました。離職率も決して低かったとは言えません。ただ、3年目以降はようやく園が落ち着き始めました。というのも、園としての理念――「地域に開かれた、地域とつながる保育園」という理念が浸透していったんですよね。

少しずつメディアなどで取り上げられるようになり、私たちの取り組みが知られるようになると、「ここで働きたい」と希望してくださる方が少しずつ増えはじめた。うちだって台所事情は苦しいですから、そこまで高いお給料を払えているわけではないのですが、「それでも、この理念に共感したので」と高いモチベーションを保って働いてくださるスタッフが非常に多いんです。

みんなの介護 具体的には、どのように“地域とのつながり”を持つように取り組んだのでしょうか?

乙武 開園前には大きなジレンマに悩まされました。地域とのつながりを生んでいくためには、園を開いていかなければならない。ところが、昨今の様々な事件の影響から、セキュリティは厳しくする必要がある、つまり園を閉じていく必要がある。これは困ったな、と。

そこで、私たちは敷地の一部をカフェにしたんです。保育園の入口はしっかりとしたセキュリティを意識して、カフェの入口はどなたでも入れるようにする。そうしてカフェに集ってくださった方々と園の子どもたちとをつないでいこうと試みたんです。

特別インタビュー「賢人論。」第5回(後編)乙武洋匡さんは「知恵も出さず、汗もかかない地域にお金は出せない。これからは、衰退する地方が出てきても仕方がない」と語る

ボランティア頼みの介護の総合事業は、若者の多い都市部の方が成功すると思う

みんなの介護 「地域とのつながり」という点で言うと、介護施設の方もアイデアをいろいろと考えているところではあります。

乙武 うちの保育園もそうですし、介護施設も同様だと思うんですけど、「地域とつながる」ということで、ボランティアに依拠するところも大きくなっていきますよね。

みんなの介護 ただ、それが上手くいっているか?というと、疑問は大きいですが。

乙武 ですから、今後はますます地域格差というのが大きくなってくると思うんです。介護における「総合事業への移行」というのも、ボランティアに頼る部分が大きいですよね。でも、それが上手くいきそうにないから、3/4くらいの地方自治体がまだ移行できていないという状況がある。

そう考えると、介護も保育も都心部のほうが人手不足だと言われているけれど、逆に都心部の強みは、大学生をはじめとした若い力があふれているという点だと思うんです。都内の高齢者施設などを訪れても、大学生のボランティアが一生懸命に夏祭りの準備などを頑張っている。私はそういったところに可能性を感じるんですよね。 。

みんなの介護 今、国の方針としても地方移住を推進する動きになっていますが、地方部の人手不足のことを考えると、不安な面があるのも否めませんね。

乙武 私は仕事などで地方に行く機会も多いのですが、意外と私と同世代やもう少し若い世代が都会での生活に見切りをつけ、「地方に暮らす」という選択をしているケースを見かけるんですよね。彼らは今後の人生がかかっていますから、それこそ溶けこむことに必死ですし、そんな姿を見て地元の方々も「受け入れよう」という気持ちになっていく。

ただ、これが50歳60歳になってから考えるとなると、厳しいのかもしれませんね。地方って、観光で行くぶんには「自然が多くていいね」「人の温もりが最高」とか言うけれど、いざ移住するとなったら、やっぱり「よそ者に対しての風当たり」というのは否定できないと思うんです。こうした「よそ者」に対しての寛容性でいったら、絶対に都市部のほうが上ですよね。

議論をしないまま地方への財源をばらまくという現状では、「選挙対策」と言われても仕方がない

みんなの介護 地方移住と同時に、「地方創生」というキーワードもまた、今の日本で重要視されています。

乙武 日本の良さのひとつは、全国のどこに住んでいても均一のサービスを受けられるという点にあると思うんです。どんな僻地でも、どんな島嶼部であってもインフラが整っていて、水準の高い生活を送ることができる。

ところが、労働人口がこれだけ減ってきて、これからは1.5人に1人といった割合で高齢者を支えていく時代になってきて、これまでのようにはいかなくなってきた。そこで、私たちが進むべき道は、大きく分けて2つだと思うんです。

みんなの介護 では、そのふたつを教えてください。

乙武 ひとつは、「知恵も出さず、汗もかかない地域にはお金は出せない」と。つまり、衰退するところは衰退してもらって、これからは20~30万人規模の都市に集約していきましょう、という考え方。

みんなの介護 もうひとつは?

乙武 ふたつ目は、「やはり、どんなに人口が減少した地域であっても、これまで通りに日本全国津々浦々までインフラを整えて、どんな僻地に住んでいても水準の高い暮らしを送れるようにしよう」とこだわっていくのか。

みんなの介護 乙武さんとしては、どちらの考え方なのでしょう?

乙武 私は、どちらかと言うと前者寄りの考え方です。例えば徳島県の神山町だったり、島根県の海士町、岩手県の紫波町のように、素晴らしいアイデアと情熱で地方創生に取り組んでいる自治体が登場してきている。これらを第一グループと定義して、こうした自治体には積極的に予算をつけて、モデルケースになってもらう。

第二グループは、「だったら、うちもやってみようか」と追随する後発組。まったく同じことをやっても上手くいくとは思えないので、「うちの地域に馴染むやり方は」と知恵を絞り、その地域に適した形で取り組みはじめる。ここにも予算はつけましょう、と。ただし、ただ受け身で情熱も知恵もない自治体――これを第三グループとしたときに、こうした自治体にまで無条件にお金を配るのかという話になってくると、「うーん」と考えこんでしまう人は少なくないと思うんです。

みんなの介護 どちらが良いかという話は別として、現状では、こうした議論がなされないまま、どの都市にも平等にお金を出しているわけですよね。

乙武 そうした議論なしに一律に予算をつけるのであれば、「選挙対策」と言われても仕方ないですよね。

特別インタビュー「賢人論。」第5回(後編)乙武洋匡さんは「今の日本は70代80代の意見が圧倒的に大きい。だから「選挙の時にどちらを向くか?」おのずと答えは出てしまう」と語る

低所得高齢者に3万円を支給するよりも、ひとり親世帯への児童扶養手当を増額する方が、日本の未来のためになる

みんなの介護 選挙対策というと、「低所得高齢者に対して一律3万円の支給」ということが、最近では話題になりました。

乙武 ネット上には、「選挙権って3万円で買えるんだ」なんて皮肉まで書き込まれていましたね(笑)。そう受け取られても仕方がない政策であり、タイミングかなと。以前のように経済が右肩上がりで、税収が多くあるという状況ならまだしも、国が借金まみれの状態で打つべき手だったのかというと、やはり疑問を感じざるを得ない。だったら、もう少し投資的な予算のつけ方を望みたい。

みんなの介護 投資的、というと?

乙武 10月からオンライン署名のキャンペーンを行っていたんですが、日本のひとり親家庭の子どもの貧困率は54.6%と、先進国で最悪なんですね。そこに対する児童扶養手当は、2人目の子どもに5000円、3人目になると3000円とあまりに低い。せめてそれを1万円増額してほしいという要望です。

そうして貧困の連鎖を断ち切っていかなければ、この国に未来はない。このまま放置しておけば生活保護の受給対象となる可能性の高い層に対して、きちんと予算をつけて納税者としていく。こうした投資効果の高いところにこそ、もう少し予算をつけていってほしいなと思うんです。

みんなの介護 今の日本は、高齢者の数が多いわけで、その人たちにももちろん選挙権がある。片や、子どもたちには選挙権はないわけで…と考えると、子どもたちのための政策が後回しになっているということかもしれませんね。

乙武 同性婚とか夫婦別姓についてアンケートを取ったとき、世代別に見ると50代くらいまではどちらも賛成が上回るんですよ。それが60代になるとやや反対が上回るようになり、70代以降が圧倒的に反対となる。でもね、トータルの賛否は、それでも半々となってしまうんです。それだけ、人口に占める高齢者の割合が高い。

みんなの介護 統計を行って平均値を取ってしまうと、「旧世代の価値観に縛られている」という見方もできますね。

乙武 70代80代の意見が圧倒的に大きくて、平均として5割にまでなってしまう。そういうデータを見れば、「選挙の時にどちらを向くか?」と考えた時におのずと答えは出てしまいますし、低年金者への3万円の支給もある意味、理にかなっていると言えるのかもしれませんね(苦笑)。

特別インタビュー「賢人論。」第5回(後編)乙武洋匡さんは「期待をいただくことも多いですが今は政治家への転身は考えていません(笑)」と語る

世代間格差=世代間対立という構図は危険。そういう考え方は人を幸せにしないと思う

みんなの介護 ただし一方で、「下流老人」という言葉が流行語大賞にノミネートされたことからもわかりますが、貧困に苦しむ高齢者が多いことは確かです。そういう方々を救うシステムを作ることは大切だと思いますが、それがすなわち一律3万円支給という政策につながるのは、確かに早計な気がします。

乙武 私は、世代間対立という構図に持ち込むのは非常に危険だと思っています。たしかに、社会保障の仕組みなどを考えた時に、若い世代が高齢者世代を羨ましく思う気持ちは理解できるところもあります。でも、それが「おまえら、下の世代にカネよこせ」と社会を分断するような言説につながってはいけない。それは、誰も幸せにしない考え方です。

みんなの介護 同世代の中で、富める者がそうでない者を救っていくような仕組み、ということでしょうか。

乙武 そうですね。これは軽減税率の是非にもつながる話ですが、とにかく一括で吸い上げて、それを所得の低い人々に補っていくというのが最もシンプルでわかりやすい。それは、世代間で異なるような仕組みではないほうがいい。今回の3万円支給も「低年金者」ではなく、対象が世代を問わない「低所得者」だったら、ここまでの批判は浴びなかったと思うんですよね。

もし私が首長なら、すぐにでも貧困世帯で育つ子どもへの支援を手厚くするという設計をします

みんなの介護 ひとり親世帯への児童扶養手当にしても、ひとり親でも裕福な家庭はあるわけですからね。

乙武 その件をめぐって、先日、たまたま橋下前大阪市長とTwitter上で議論させていただいたんです。橋下さんは「ひとり親かどうかではなく、所得を基準とすべき」とおっしゃっていて、それは非常に筋が通っていると思いますし、私もその通りだと思います。たしかに、ひとり親でも裕福な家庭はあるし、そうした家庭への手当てを厚くするのは公平ではないという見方もできる。

みんなの介護 以前にご登場いただいた猪瀬直樹さんは、「ひとつの政策で全員がハッピーになれるなんて、政治家も考えてはいない」とおっしゃっていましたが、その話と通ずるところがありますね。

乙武 ひとり親世帯への児童扶養手当増額のキャンペーンは、病児保育を行う認定NPO法人「フローレンス」の代表理事・駒崎弘樹さんが音頭を取って進めていたのですが、私たちは政治家ではないから、ルールを決めることも、予算をつけることもできません。

もし私たちに権限があるなら、橋下さんがおっしゃるように、ひとり親であるか否かにかかわらず、所得の低い家庭で育つ子どものサポートをできる制度設計をまずは考えるでしょう。でも、そうした権限のない立場からすると、「できるところからやっていく」しかない。今回、ようやく政府がこの「子どもの貧困」という課題に目を向けてくださり、「ひとり親家庭の支援」に予算をつけることを検討していると耳にしたので、これは必ずや実現したいと動き出したのです。

みんなの介護 「公平」という点に近づけようとするならば、その考え方が適しているかもしれませんね。

乙武 日本は資本主義社会で、社会主義ではないですから、結果の平等を求める必要はないと思っているんです。だから、決められたルールの中で頑張った人が多くを手にすること、上手くいかなかったりサボってしまったりした人が多くを手にできないこと、そうした差異が生まれてしまうことまでは、そこまで是正する必要がない。

ただ、そこで大事になってくるのは、「スタートラインはそろっていますか」ということ。

それこそ、障がいがあるとか、貧しい家庭に生まれたとか、親が外国籍であるとか、ひとり親であるとか。生まれついた境遇の違いが著しい不利益に結びついていないかという点には厳しいチェックの目が必要だと思いますし、そこに大きな格差が存在しているのなら、しっかりと是正していく必要があると思います。

政治家への転身は、いまのところ考えていません(笑)

みんなの介護 先天性四肢切断という障がいをもって生まれた乙武さんだからこそ、実感するという面もあるでしょうか。

乙武 私は一般的には不幸な境遇だと捉えられがちですが、両親の子育てや学校での教育に恵まれたおかげで、非常に多くのチャンスを手にすることができました。そうした意味では、「同じスタートラインに立てた」と言うことができるのかもしれません。しかし、多くの障がい者が私のように多くのチャンスに恵まれたのかというと、残念ながらそうとは言えません。

どんな境遇に生まれたとしても、同じスタートラインに立てる社会。その理念を実現するために、もっと予算を使ってほしいと願っています。

みんなの介護 話を少し戻しますが、同じスタートラインに立って頑張ったとして、失敗してしまった人への給付というのも、考えなければいけませんよね。

乙武 おっしゃる通りですね。頑張ったけれど、失敗してしまった人。こういう人々に対しても最低限の生活が営めるだけの保障を、国としてすべきだと思います。なぜなら、それをしないと誰もチャレンジしたがらなくなるから。

チャレンジした結果、たとえ失敗したとしても、ある程度のセイフティネットは用意していますよ――。そういう社会になっていれば、多くの人がチャレンジするようになる。そうしたセイフティネットを用意するのにかかるコストよりも、きっと多くの人がチャレンジすることで生まれるベネフィットのほうが大きくなると思うんですよね。

みんなの介護 よくわかりました。ちなみに、最後にお伺いしたいんですが…乙武さんの政治家への転身という話も巷では騒がれていますが、ご本人の意思としては?

乙武 わはは。最後にぶっこんで来ましたね(笑)。たしかに、そうした期待をいただくことも多いですが、いまは自分なりのスタンスで社会と向き合い、前に進んでいきたいと思っています。

撮影:伊原正浩

関連記事
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」

森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07