加藤浩晃「医療4.0は患者が主役になる時代。医療は多角化・個別化・主体化へと向かっていく」
これまでの歴史を振り返って、医療の世界には20年スパンで変化が起こっている――。そう語るのは『医療4.0(第4次産業革命時代の医療)』(日経BP社)を上梓した医師・加藤浩晃氏だ。2020年からの「医療4.0」の時代を①多角化②個別化③主体化という3つのキーワードから解説していただくともに、現状の医療が抱える課題についても聞いた。
文責/みんなの介護
医療4.0の時代では、患者が主役になる
みんなの介護 ご著書にもありますが、あらためて「医療4.0」についてご説明をお願いします。
加藤 医療の歴史を振り返ってみると、約20年刻みで変化が起きています。その変化を医療1.0から医療4.0まで4段階にわけて考えたのです。
1960年代に国民皆保険制度が実現して今の医療提供体制の礎ができた頃が「医療1.0」。高齢化の懸念によって老人福祉法の制定や高齢者保健福祉の10ヵ年計画であるゴールドプランが策定。今につながる介護施策が進んだ1980年代の「医療2.0」。
そしてインターネットが使われ始め、電子カルテなど医療のICT化が進んだ2000年代からの20年が「医療3.0」。そして第4次産業革命に合わせて医療現場も変わりつつある状況が2020年からの「医療4.0」です。
本の中では、医療4.0で予測される3つの未来について書かせてもらいました。1つは医療との接点が医療機関以外にも広がる多角化。2つ目は個人に応じたオーダーメード化が進む個別化。3つ目が医療の主体が患者自身に変わっていく主体化です。
多角化の具体例をあげてみましょう。昔の医療は、病気になってから病院に行ってやっと受けられました。それが、今では検診など病気になる前から医療機関と接するようになっています。
また、在宅で医師からの診療が受けられたり、オンライン診療が進んだりしたことも多角化と言えます。多角化の例としては、お隣の中国で行っている無人クリニックなどもありますね。
みんなの介護 無人コンビニは聞いたことがありますが、無人クリニックというものもあるのですね。
加藤 電話ボックスのような空間に検査機器が置いてあるんです。そこで検査を行い、オンライン診療ブースで画面越しに診察を受けます。診察が終わると自販機のように薬が出てきて持って帰れるんです。そのような無人クリニックが中国で登場しています。
みんなの介護 面白いですね。もう1つの個別化はどのようなものでしょうか。
加藤 個人の状態を把握しながら、医療が提供されるようになるのが個別化です。すでにがん治療などでは、個別化したデータに合わせた抗がん剤治療が行われています。
現在、ウェアラブルデバイスが腕時計型を初めさまざま登場しています。これを身に付けて体温・活動量・血圧・脈拍といった個人のデジタルデータを毎日とると、自分自身のビックデータが溜まっていきます。通常時のデータがわかると、自分自身で調子の良し悪しが把握できるようになります。
例えば、平熱が35.5℃ぐらいの人だと、37.0℃であってもその人にとっては高熱かもしれない。「異常」に気づくことができます。
また、1000人のうち990人に効く薬であっても、自分は効かない10人に入るかもしれない。そのように、個人の状態に合わせて考える医療に変わりつつあるということです。
みんなの介護 最後の主体化はどのようなものでしょうか。
加藤 主体化は患者さんが自分の治療に対して主体的にかかわるようになることです。例えば、マイナンバーと保険証を紐づけるPHR(パーソナルヘルスレコード)が進められています。これにより、病院で受けた薬の処方や特定健診の結果などが、マイナンバーと紐づいたマイナポータルで見られるようになっていく。アプリとの連携も想定されています。
検診結果やお薬情報、手術歴や採血結果など自分のスマホから見られるようになるんですよ。自分のデータを自分で持つ時代に変わりつつあります。
また、治療方針に関するガイドラインも医療者だけではなく患者さんと一緒につくる流れがあります。「医者からこう言われたからこれをした」というスタイルの治療はなくなりつつあるんです。患者さんが理解して納得しながら医療と付き合っていくように変わるのが主体化だと思います。
「サスティナブル」ではない日本の医療現場
みんなの介護 「医療4.0」の時代の到来にあたって、解決すべき課題とは何でしょうか。
加藤 1つは一部の医師の働き過ぎ問題。それから、医療の偏在化と医療費の増大です。医療4.0に向けてこれらを解決する必要があります。
コロナ禍で医療崩壊が注目されました。しかし、今風に言うと医療現場はそれ以前から「サスティナブル」な状態ではありませんでした。
医師の平均年齢は50代なので、40代の先生は若い方です。その40代の病院勤務の先生の中には、1週間で100時間働いている方が3~4%ぐらいいます。今の日本の医療は、彼らが献身的に時間外労働を頑張ることで成り立っている。これはサスティナブルじゃないんです。
2020年4月から働き方改革をやっているのに、医師の働き方改革は2024年からのスタートです。逆に言うと2024年に医療現場の働き方は大きく変わると予想されるんですけどね…。
そのような状況なので、若い先生の中にも病院勤務はやりたくないという人が、昔に比べると増えてきています。
みんなの介護 医師の働き過ぎについてもデジタルが助けになる面はあるのでしょうか?
加藤 医師の働き過ぎ問題については、デジタルでサポートできる部分もあると思っています。
実は、医療現場ではわりと医師自身が雑用していることがあるんです。そのため、医師不足と言われる地域でも、医師が医師だけの仕事をちゃんとやっていたら解決できるんじゃないの?と思えるケースもある。医師の時間は有限です。ほかの職業ももちろんそうですが。どうしたら医師の時間をもっと効率的に使えるかを考えることも問題解決につながるのではないでしょうか。
医療提供の偏在化については、例えば、デジタルを使って地方への遠隔医療対応を行う。また、予防的なアプローチをもっと行うことによって医療費を減らしていく。そのように、医療4.0が進む中で解決できる可能性を感じています。
みんなの介護 デジタルの応用は介護現場でも期待できそうでしょうか。
加藤 期待できると思います。例えば、介護現場ではコミュニケーションロボットやパワードスーツの活用が期待されます。また、ケアプランを最適化するAIもある。
ただ、デジタルはあくまで目的ではなく手段だと思うんです。人間がやらなくちゃいけないことをサポートするためにデジタル活用が進み、事例が充実してくる。何事もどこかで導入しているのを見て、良さそうだなと思ったら使う人が増えていきます。
予防の3段階でデジタルが応用できる
みんなの介護 現代は2人に1人ががんになると言われる時代です。がんの予防や治療で今後期待できる取り組みはありますか?
加藤 実は一口に予防と言っても、一次予防から三次予防まで3つの段階があるんです。
一次予防は、生活習慣を改善して健康を増進すること。例えばスマホで食事を撮影することで、栄養素や摂取カロリーデータを蓄積することができます。身体に良い食事ができているかどうかをチェックすることができます。
二次予防は早期発見・早期治療に努めること。例えば、腕時計型のウエアラブルデバイスを使ったデータの管理で、早期に身体の異常に気づいてアプローチすることができます。
三次予防は病気の方がそれ以上悪化しないようにすること。治療用アプリなど、病状を管理するデジタルサービスがあります。アプリのサポートでしっかり薬を飲むなどして、がんになってからの重症化を予防する。このようなデジタルサービスが今後は予防を支えていくでしょう。
これら3つの段階でデジタルは力を発揮します。
がん検査のハードルを下げるには
みんなの介護 がんは、検査が嫌な方が多いことが発見の遅れにつながっているような気がします。検査に対する苦手意識をなくすような技術もあるのでしょうか?
加藤 検査が嫌な理由は、大きく2つあると思っています。1つは病院で予約した時間から待たされること。仕事が忙しい中などは特に足が遠のく原因になるかもしれません。
これに対しては、予約したら待たなくても検査が受けられるシステムの開発が進んでいます。スムーズに検査が受けられるようになっていくと、気楽に検査を受けやすくなるんじゃないでしょうか。
もう1つは検査の痛みに対する不安。検査というと、ガッツリした検査を受けなくちゃいけないイメージかもしれません。しかし侵襲を少なくしながら、従来の検査から精度を落とさずに病気の兆候を見つける方法も徐々に出てきています。
実際どんな検査になるのかは、研究段階です。ウエアラブルデバイスやセンサーを使うのか、唾液や痰、尿や便などを使った検査なのか…という感じです。採血量を少なくして早期発見・早期治療できる検査も進んでいますよ。
国は、2030年ぐらいをめどに「どこでも医療」の実現を目指しています。どこでも医療というのは、病院にあるような検査機器を小型化して、どこでも検査ができるようにするアイディアです。
「自宅検査キット」は玉石混交、”精度”の見極めを
みんなの介護 現在も、家にキットが届いて血液を取って身体の状態を調べる検査などがあります。病院で調べる場合との精度の違いはあるのでしょうか?
加藤 玉石混交というのが現状だと思います。国によって精度が担保されているものと、「うちはこんな精度です」と企業が謳っているだけのものがある。後者は、誰も精度を保証していません。がんの検査だけではなく、PCR検査も精度が保証されているものと保証されていないものがあります。
グレーなところがいっぱいあり、ややこしいです。賢い消費者になって良いものを見極める必要があるんです。
みんなの介護 グレーゾーンということですね。
加藤 そうなんですよ。グレーな感じのところがいっぱいあるからややこしいんですよね。
手弁当でやっていた医師向けの相談サービス
みんなの介護 加藤さんは医療とビジネスをつなげて考えることにどんな可能性を感じていますか?
加藤 私は、医療の現場で患者さんの治療に向き合ったあと厚労省に行きました。そして、企業において医療サービスをビジネス化する取り組みを行っています。
その経験から言えることですが、医療現場は目の前の患者の対応をすることで精一杯です。しかし、一方もっと大きなスケールで医療へ取り組みをしたい。私の場合は、緑内障の早期発見・早期治療のための啓蒙活動がそうでした。そこで医療の枠を超えて運営可能なように事業化することで、取り組みを加速させることができると気づきました。
私は、眼科医としての経験を生かして遠隔医療のサービスをつくって提供したことがあります。眼科医以外の医師から、目の治療に関する相談をつのりそれに無料でアドバイスするというものです。予想に反してものすごい数の連絡が来たんです。ただ結果的に、疲弊してしまいました。
当たり前ですが無理が出る仕組みだと、持続できないなと思いました。そこでビジネス化することの重要性を学んだんです。
みんなの介護 どんな相談システムにされていたんですか?
加藤 例えば「診療で今患者さんの自宅に来ているけど、患者さんの目が真っ赤で…どう対応したら良いかわからない」と患者さんの目の写真が写メで送られてくる、それに対して、「これは抗菌薬の点眼を使った方がいいですよ」などというやり取りをしていたんです。今思えば、デジタルを活用した遠隔医療の走りですね。
しかし最初はフォーマットが決まっていませんでした。長文で相談内容を書いてくる先生もいれば、3行ぐらいの文章で終わる方もいた。欲しい情報は11項目ぐらいなんです。そこで、その11項目に回答していただき、写真が添付できるシステムをつくりました。今だったらGoogleフォームですぐできますけどね。
手弁当で始めたメール相談が、やがて本格的な眼科の遠隔医療サービスになりました。
“匠の技”をAI化する取り組み
みんなの介護 現在所属している企業では、どんなものをつくっているんですか?
加藤 今は医師の”匠の技”診察技術をAI化しています。聴診・視診・打診など、医師の診察にはいろいろなものがありますよね。AI化することで、匠の診察技術を持った医師がその場にいなくても、同水準の診察を受けることが可能になる。
最初に取り組んだのは視診ができるカメラです。そのカメラは、先生と共同開発しました。皮膚や喉などを撮影して出されたデータをもとに、現場の医師は判断することができます。
みんなの介護 それが全国で使えるようになったら医師が少ない地域での診察のサポートにもなりますね。
加藤 そうですね。医療資源が少ない場所でのへき地医療としても遠隔医療のように役立つと思います。それに、「これが日本の医療だよ」とパッケージして世界中に出せると思っているんです。
IT化されたクリニックをつくりたい
みんなの介護 加藤さんが考える、5年後・10年後の日本の医療の変化について教えてください。
加藤 医師から一方的に提供される医療ではなく、「医療4.0」でもキーワードとなった主体化。患者さんなど、生活者中心の医療に変わっていくのではないでしょうか。それに非効率なところはどんどん改善されていくと思います。
また、私自身評論家でいてはだめだと思って、今年の春にIT化されたクリニックをつくるんです。ここでは、患者さん自身が自分の身体の情報を把握できる仕組みをつくりたいと考えています。また、ニーズに応じてその都度開発を加えていきたいと思っています。
撮影:丸山剛史
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テクノロジーを適切に活用し、医療現場の課題解決に結びつけるにはどうしたらよいか。未来を見据える医師30人の提案とともに、医療の未来を展望する。
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