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藤野英人「いくら“公”が縮小していても、“民“は熱くなることができる。民間が社会を作っていく感覚が日本には足りない」

最終更新日時 2017/04/24

藤野英人「いくら“公”が縮小していても、“民“は熱くなることができる。民間が社会を作っていく感覚が日本には足りない」

日本株のファンドマネジャーとして抜群の運用成績を残し続ける投資家・藤野英人氏。自身が運用責任者を務める「ひふみ投信」は、テレビ東京の経済番組『カンブリア宮殿』に取り上げられ一躍世間に認知された。そのあたたかな人柄に加え、堅実なリターンをモットーとした運用スタイルが広く支持されている。長年にわたりマーケットの森羅万象を観察してきた藤野氏が、現代日本のウィークポイントを炙り出す。

文責/みんなの介護

公共のために民間が奉仕する、そんな感覚が日本人には薄い

みんなの介護 せっかく“投資のカリスマ”である藤野さんにお越しいただくので、ビジネスという切り口から介護をはじめとした社会保障関連のお話を伺いたいと思っています。まず、これからも超高齢社会を突き進む日本は、どう変わっていかなければならないでしょうか?

藤野 最初に、馬鹿馬鹿しいたとえ話をしますね。日本のヒーローとアメリカのヒーローの違いについてです(笑)。

みんなの介護 ヒーロー、ですか(笑)?

藤野 アメリカのヒーローは、実はほとんどが民間人、プライベートなんですよ。「スーパーマン」の主人公はクラーク・ジョセフ・ケント。彼は新聞記者なんです。で、「スパイダーマン」はただの高校生、「アイアンマン」は巨大軍需企業の御曹司で武器商人、「バットマン」の主人公であるブルース・ウェインはゴッサムシティの大富豪であり、慈善事業家です。「チャーリーズ・エンジェル」も、チャーリーという大金持ちが3人の女の子を支援しているわけです。

みんなの介護 ずいぶんとお詳しい(笑)。それに対して日本の場合はどうなのでしょう?

藤野 日本のヒーローはほとんどが公務員なんです。「ウルトラマン」の主人公・ハヤタは科学特捜隊の隊員、要は自衛隊員のようなものですし、ウルトラマン自身も実はM78星雲からやってきた宇宙警察官なんです。ウルトラマンのお父さんだって宇宙保安官ですし、ウルトラの母は学校の先生。スーパー公務員一家なんです(笑)。他には、ドラマの「太陽にほえろ!」も公務員でしょう、「水戸黄門」までいくともう“公“そのものじゃないか、という。

みんなの介護 アメリカのヒーローと比べると、全く対照的ですね。

藤野 ここから伺えることは何か?それは、どうやら日本人の根本には「公的な課題は公的な機関が解決すべきもの」という考え方があるらしい、ということです。例えば、「赤ちゃんポスト」という問題がありましたよね。事情があって両親が育てることのできない子どもの面倒を、ある施設がみているらしい。これは倫理的にいかがなものか?という話でした。

そのときとても多く飛び交った意見は、「そういうことは政府がやるべきだ」というものでした。「公的な課題は公的機関がやるべきである」。裏を返せば、「公的な課題を民間がやるのはとても怪しい」。そういう雰囲気が日本には根強いんですね。

みんなの介護 大事なことは国に任せておいた方が安心、と考える人は確かに多いかもしれませんね。

藤野 でも実はこれ、けっこう日本の弱いところだったりするんですよ。例として、日本には寄付の文化がなかなか根付きません。それは、民間が公のためにお金を使うことが当たり前でないからですよね。むしろ怪しいから、と。けれどもクラーク・ケント(スーパーマン)のように、民間の人間が主体的に社会を作っていく、そういうアメリカのような考え方もアリなわけです。

「賢人論。」第38回(前編)藤野英人さん「知恵と勇気を持って公共の課題に立ち向かうこと。僕たちが怖がらなければ、多くの社会問題もカバーできる」

萎縮ばかりしていないで、社会のためにお金を使うべき

みんなの介護 民間にしかできないこと、あるいは公的機関の守備範囲外のこと、というのは確実に存在する。そうである以上、もっと主体的に動かなければならないですね。

藤野 ですから結論として、民間が公的なことに関わるのに対して、日本人はもっと寛容であるべきだ、ということを言いたいのです。ビジネスでお金を稼ぐことも含めてですよ。なぜかというと、日本の財政は稼ぐ以上に使ってしまっていて、国のお金がどんどん縮小していくという今の状況では、公的サービスは必然的に減っていくから。となると、あとは民間がコストを払い、担っていくしかありませんよ。

とはいえ現状は、「だから怖い」「だから節約しなきゃ」「お金を貯めなきゃ」と多くの人が不安になっているだけなんです。でも、いくら“公”が縮小していたって“民”は熱くなることができますよ。そういうイメージを持ちきれずにいるから怖がっているんです。

みんなの介護 貯め込んでばかりいないで、ビジネスや公共のためにお金をどんどん回していく、そういう積極性が重要なんですね。「日本の大企業は300兆円ものお金を現金で貯め込んでいる」というびっくりするようなお話が、藤野さんの著書『ヤンキーの虎』にありました。

藤野 でも、もっと貯め込んでいるのは個人ですからね。個人は全部で1700兆円ものお金を貯めていて、しかもそのうち900兆円以上は現金なんです。この900兆円を上手に使えば、Facebookの創立者・ザッカーバーグみたいな才能ある人物をもう数十人は育てることができたでしょう。あとは、例の東芝の半導体子会社を買うこともできましたね。東芝が倒産しそうになり、「お願いです誰か買ってください」という状況になりました。ところが残念なことに、日本の企業は躊躇してしまっているんですよ。

みんなの介護 リスクを取ることに対してすごく消極的なんですね。

藤野 そう。アメリカの会社や香港は買いに行ったのに、ですよ。日本にある個人資産900兆円のうち、たった0.2~0.3%くらい(2.5兆円)を出せば買えていたはずなんですよ。僕らにはお金もあるし人材もあります。あとは、知恵と勇気だけが足りないんですよね。特に勇気。会社を作って新しいビジネスを展開しようという果敢な動きが広がっていけば、いまこれだけたくさんの社会課題がありますが、みんなでカバーしていけますよ。

「賢人論。」第38回(前編)藤野英人さん「介護を「ただのコスト」で終わらせてはいけない。ITやロボットによる効率化でハッピーな仕事に変えてゆくべき」

介護を効率化し、前向きな仕事に変えていく

藤野 みんなで社会のお金を回していくことで、勇気ある企業をサポートすることができるんです。

みんなの介護 なるほど、頑張っている会社をサポートするというのが、投資家の持つ大きな役割なんですね。そういう視点に立つと、介護はとても投資のしがいがある業界のように思います。

藤野 そうですね。結局、介護というのは日本の最も大きな社会課題の一つですからね。「介護」「医療」「年金」「子育て」。今この4つがライバル関係になり、社会保障費を取り合う形になっています。その中で介護と医療と年金は、高齢者が多く受益しているという意味でわりと似通っていますね。だから高齢化問題という大きなセットで考えると、市場はとても大きい。でも介護に関しては、あまりやりたがる人がいないという問題があります。重労働ですからね。

みんなの介護 大変な仕事、というイメージは拭いきれないですよね。

藤野 そう。きついですねと。それからもうひとつ大きな問題点は、介護は「投資」というよりも「コスト」だと思われていることですね。要は、後ろ向きなお金の使い方だと。

みんなの介護 お金や人手が必要なわりにリターンが少ないという意味ですね。

藤野 ですから、どうしたら楽に効率化できるのかとか、コストを掛けずにできるのか、あるいはコストは掛けるけれどもすごくハッピーにできるかといったことを考えていくと前向きな解決になるはずです。IT化するなり、ロボット化するなり、やり方は色々ありますし。マーケットがすごく巨大なだけにもったいないですよ。

起業は難しくない。空いている「穴」を見つけるだけのこと

みんなの介護 先ほど、民間が社会課題の解決に取り組むことに対し、私たち日本人はもっと寛容になるべきだというお話を伺いました。言い換えれば、社会課題を解決することこそがビジネスの使命である、ということにもなりそうですね。

藤野 すべてのビジネスは「穴」を発見することだと思うんです。

みんなの介護 穴?

藤野 例えば起業というのは、何もないところから「大きな塔を建てる」イメージだと思われがちなんです。でも、それは違います。私は仕事柄いろんな起業家を見ていますけれど、塔を建てたというより「穴を埋めた」人のほうが多いんですよ。「なんでこんなところに穴があるんだ?これを埋めたらもっとスムーズに通れるのになあ。それならいっそ、自分で埋めちゃおうか」という感じでね。余っているところから砂を持ってきて、スコップを持ってガサッと入れていく。これが起業というものの本質だと思うんです。

みんなの介護 穴、つまり社会がもつ欠陥を見つけて、補填する。そういう見方ができれば利益にもつながりやすそうですし、結果的に社会課題も解決して、みんながいい思いをしますね。

藤野 もうひとつはね、起業=難しいというイメージも減りますよね。何もないところから塔を建てるとなると大変に感じますが、穴を見つけて砂を入れる、ならば気が楽でしょう。介護だとか医療だとか、福祉関係のところは穴だらけだと思うんですよね。制度そのものの穴もそうだし、需要の多様化による穴もそう。埋められる余地はたくさんあります。需要というものは、穴が空いているところに生まれるものですからね。

みんなの介護 介護の現場における大きな「穴」として、ひとつには介護職員不足という問題があります。

藤野 介護もそうですし、それより前にパニックが起きるのは「癌」ではないでしょうか。もう3~4年も経つと、癌患者が爆増すると考えられています。団塊の世代が癌世代になっていくからです。団塊の世代は母数が多いですから、「団塊の世代の人数」×「癌罹患率」という掛け算で、癌患者が爆増することはわかるわけです。

みんなの介護 そのとき初めてみんなが気付いて、パニックが生じてしまう。

「賢人論。」第38回(中編)藤野英人さん「“公”と“民”の境目にはまだまだ穴があいている。将来的に訪れる危機を見越し、備えておくことが大事」

予測される危機を見越して、ビジネスの可能性として捉えること

藤野 実際に昔、産婦人科で起きたことじゃないですか。産婦人科医がいないから子供が産めないという。準備をしていないと、その都度やっつけで対処するしかなくなってしまう。僕の知り合いには海外の病院のベッドの権利を押さえている人がいるんですが、お話したように、このままだといずれ日本は癌手術を受けられない状況になります。そうなってしまう前に、海外で受け容れてもらえるようにキャパシティを買っているんです。未来にどうしようもない大きな「穴」があくことがわかっているのであれば、先取りして準備をする。それがビジネスにもつながるということです。

みんなの介護 将来、「癌患者が爆増する」という穴を見つけて先に埋める、ということですね。ビジネスにもなるけれど、そのおかげで命が助かる人が増えるわけで、結果的にみんなが得をします。

藤野 そういう意味で医療や介護はとっても夢がある仕事なんです。こういう需要が爆増することをリスクだと思うか、可能性だと思うかは考え方次第ですよ。ある状況が悪いからって「あっダメだ」と抱え込まずに、その課題に対してどう答えていくのかを、ひとつのビジネスの可能性として捉えてみる。そうすることで見え方は全然変わっていきますよ。介護は“公“と“民“の境目にある仕事ですから、特に穴、チャンスはたくさんあるんです。

みんなの介護 具体的に、どんなビジネスがこれからの介護業界では求められるのでしょうか。

藤野 重層的・多角的なサービスですね。介護という行為だけではなく、介護をする人、受ける人の生活全体をどう見るか。介護の現場という狭い範囲に絞るのではなくて、その人のライフスタイル全体に対してどうやってサービスを提供するかが重要なんです。

例えばご家族へのサービスであったり、メンタルケアであったり。あるいは金融サービスかもしれないし、ITのサービスかもしれない。そういう、施設の外にある部分ですよね。

みんなの介護 介護への関わり方ひとつを取っても、いろんなアプローチがあるということですね。

「賢人論。」第38回(中編)藤野英人さん「商人心こそビジネスの真髄。お客さんをどう喜ばすか何が本当の付加価値か総合的に考え続けましょう」

楽をするのは悪いことではない。まずは働きやすい環境づくりから

藤野 このあいだ面白いなと思った話があるんですよ。日経新聞では教育ビジネスを提供しているそうで、いろんな講師を呼んできて、お金のことだとかをいろいろと勉強するんですが、その講義の受講料の一部が、なんと日経新聞だと言うんですよ。

みんなの介護 受講料が日経新聞、というのは?

藤野 日経新聞を購読することが受講料の代わりになるんですって。面白い考え方ですよね。普通、新聞を売ろうと思ったら、そのものを売ろうとしてしまう。そうではなく、「教育」を求めている顧客に対して講義のおまけとして新聞を提供するということです。つまり、どこで儲けるかというのはいろいろですね、という話なんです。何が本当の付加価値で、何でお金を取れるのか。お客さんにどう喜んでもらうか、お客さんの不満は何かということを総合的に考えていくんです。大切なのは商売する心ですよね。「商人心(あきんどごころ)」、と言いますか。

みんなの介護 そのためにはそもそも、儲ける、ということを良しとするマインドセットを世の中に作っていく必要がありますよね。ビジネスは単に利己的な行為ではなく、必ず利他性・公共性というものが表裏一体で付いてくるものだ、ということが世間的に認知されないと。

藤野 介護業界がビジネスとして儲けを追求しないと、結果的にはみんなが苦しむことになりますよ。その現場をいかに楽にしていくか、「手抜き」をしていくかも大切で。でないと「根性」が中心になってしまいます。気合と根性は必要なときだけ発揮すればいいものであって、それが永続しないと成り立たない状態が、いわゆる「ブラックな職場」というものですよね。効率性を目指すための「手抜き」は悪ではありませんよ。

みんなの介護 儲けることと同じくらい、手を抜くことに対して日本人は引け目を感じがちです。そこからいまの「ブラック」な環境が生まれ出てしまう。

藤野 そして、楽な現場作りのためにはソフトとハードの両面から見ることが大切です。

みんなの介護 ソフトというのは、業務のやり方やシステムのこと、ハードというのはその容れ物である建物や道具のことですね。

藤野 いくらソフトが大事だからと言って、ハードをおろそかにしてはいけません。例えば、動線(建物内での人の動きやすさ)がぐちゃぐちゃだともう駄目で。介護のことをよくわかっている人が作れば使いやすくなるのに、よく分かっていない人が施設から先に作ってしまうせいで、後でサービスを提供するときに使い物にならないことがあるそうです。

表面上のコストの安さばかりを考えるせいで、長期的には従事者をはじめそこにいる人を苦しめてしまう。ソフトとハードを一体のものとして捉えないから、こういうことが起こるんですよ。

医療業界には、「シップヘルスケア」という会社があります。この会社は病院設計のプロです。お医者さんと看護師さんの動き方をよくわかっているので、彼らが作るとメンテナンスが楽で、各人が働きやすくなってストレスがなくなるそうなんです。少し割高なビルにはなりますが、看護師さんの離職率が下がるので、とても効果があります。介護や医療の現場でいま問題なのは、根性がいろんなところに入りすぎていることなんです。

“ヤンキーの虎“たちのクリエイティブが地方創生の鍵

みんなの介護 地方経済の縮小はいま、大きな問題になっています。なぜ地方は思うように活性化していかないのでしょうか?

藤野 地方経済が行き詰まる原因、それは「リスクを取らないこと」です。詳しく言うと、リスクを取ってビジネスを始めようとする人たちが大都市に吸収されてしまう、そんな仕組みが地方にはあるんです。

例えば、地方銀行。構造的に、地銀はリスクテイクを嫌う職員が集まってきやすくなっているんです。というのも、地方でずば抜けて優秀な人たちは、多くが東大や京大など進学時に県外に行ってしまいますよね。それからリスクテイクを好む起業家肌の人たちも都会へ出て行ってしまう。となると地銀に入るのは、地方のエリートなんだけれどもリスクを取ることが嫌いな、どちらかというと地元でのんびりしていたいタイプの人たちが多くなる、ということなんです。

みんなの介護 「変化しないのがいいことだ」というタイプの人たちが、地方にどんどん残っていく構造になっているんですね。

藤野 そうすると経済的なデメリットも生まれてきます。地銀は財布の紐が固く、なかなかお金を貸そうとしてくれません。何か新しい事業や企業に出資するというリスクに対し、とても臆病なんですね。その貸し渋りのせいで有望な企業がうまく育たず、地方経済を停滞させる要因のひとつになっています。

みんなの介護 そんな地方経済の救世主として、藤野さんは全国各地に点在する“ヤンキーの虎”の存在を指摘しています。“ヤンキーの虎”とはいったい何者なのでしょうか?

藤野 “ヤンキーの虎”というのは、そんな停滞しがちな地方経済の中で、それでもリスクを取ることを選んだ企業家たちのことを指しています。数年前、地方や郊外に住む若者「マイルドヤンキー 」(博報堂の原田曜平氏が定義)の存在が注目されましたが、実際に彼らを雇用して束ねているリーダーがいるぞ、という意味で“ヤンキーの虎”と名づけました。

これまで“ヤンキーの虎”がひとたびビジネスを始めれば、勝つのは容易いことだった。なぜなら、周りにいたのは前述のようなリスクを取らないのんびり屋さんばかりでしたから。

みんなの介護 強いライバルの多い東京で戦うよりずっと楽だったんですね。

藤野 具体的に彼らがどんな人たちかというと、大きく二種類に分けることができます。「地元の名士系」、それと「ヤンキー系」です。前者の「地元の名士系」は地主や土建屋、パチンコ店などの二代目、三代目のような人たちで、親の商売を引き継ぎつつ発展させていったタイプ。

後者の「ヤンキー系」というのは文字通り若い頃はちょっとやんちゃなヤンキーのリーダーだったような人たちで、販売や飲食などの仕事に就いたのち独立し、成功したタイプです。

みんなの介護 そんな“ヤンキーの虎”たちは、どのように地方経済を救うのでしょうか?

藤野 彼らは、余っているモノを使っていかに収益を上げるか、という考え方をするんです。貰った補助金をどう使うか、ではなくてね。素材を繋げ、組み合わせて面白いものをつくっていく、そういう「いまあるものをフル活用しよう」というアプローチが地方には必要なんですよ。

ところがお役所仕事に任せておくと、そうはいきません。例えば地方創生の空き家対策。その後のサービスや活用の仕方をまったく考えないまま、リノベーションの業者さんばかり集めてくるじゃないですか。それで何が起きるかというと、「汚い空き家がきれいな空き家になりましたね」というだけ(笑)。

みんなの介護 本当に重要なのは、そのきれいになった空き家をどう活かすかなのに。

藤野 地方の公務員は「補助金を付ける」「業者に発注する」ことそのものが仕事だと思っている人も多いですからね。地方創生なんて言っても、そういうやっつけ仕事がぐるぐる空回りしているだけのことだったりする。ビジネスそのものを展開したことがない彼らが、衰退していく街の地方創生の担い手になっていることが難点で。

僕が『ヤンキーの虎』を書いたのは、そんな地方創生に対するひとつのアンチテーゼ。お金を回すだけじゃなくて、“ヤンキーの虎”たちのようなクリエイティブが得意な人たちをもっと参加させて、地方という素材そのものを活かしてビジネスとして成り立たせていく必要があるんだよ、ということが言いたかったんです。

「賢人論。」第38回(後編)藤野英人さん「教育・職場・そして遊び場が人口流出を止める三点セット。ただ“住みよい“だけでは若者は街に留まってくれない」

地方へ人を呼び寄せるのは「ワクワク・ドキドキ」

みんなの介護 その結果として地方が活性化すれば、首都圏から各地へ適切に人口が分散されるかもしれませんね。介護業界でも現在、首都圏における介護の需要過多が問題視されています。高齢者が多すぎて、介護をする人手が足りないと。

藤野 市場原理でいけば本来、供給が足りない地域の人は供給がある地域へと流れていくはずなんですが。今のところ、まだむしろ田舎から東京へという流れの方が強いんですよね。

みんなの介護 なぜ田舎へ人が流れないのでしょう?

藤野 田舎には、決定的に欠けているものがあるからです。それは何か?ずばり「ワクワク・ドキドキ」ですよ。

みんなの介護 都会の方が刺激的で面白いから、という。

藤野 例えば、僕の生まれである富山県は「住み良さランキング」で常に上位なんです。家も大きいし、ご飯も美味しいし、ウォシュレット設置率も高いとか(笑)、至れり尽くせりです。仕事だって結構あります。けれど、若い人たちの流出は止まらないんですよ。なぜ流出するかというと、ワクワクしないからなんです。住み良さ、という指標の中に「ワクワク・ドキドキ」という項目は入っていないですから。

みんなの介護 具体的に、どんなワクワク・ドキドキが人を集めるのでしょうか?

藤野 やはり芸術的なことや、スポーツ観戦などですよね。その点、新潟には注目です。まずすごいのが、サッカーチーム「アルビレックス」を中心にして遊ぶ場所をつくったこと。そしてもうひとつ、学校をつくることで高卒者の県外流出を防いだ。しかも、そこで教えるのは介護やシステムエンジニアのスキルです。それらを学んでおけば、学校を出た後そのまま地元で仕事にありつけますからね。この「教育」「職場」「遊び場」の3点セットを整えることがすごく重要なんです。

そういう意味で、何かと批判の的になるいわゆる「Fランク」の大学だって、人口を保持するという観点からすれば、ないよりはずっと良いと思いますよ。というのは、今の日本は50%以上の人が大学に入りますから。その50%分の学生を容れるキャパシティが地元になければ、県外へ漏れるに決まっています。そして、一度地方から都市に出てしまうと、その後に地元に戻る人はたったの10%と言われているんですよね。ですから、ここはなんとしてもケアしないと駄目なんです。

みんなの介護 そして残った人には「ワクワク・ドキドキ」を提供し、そのまま地域に留まってもらう。

藤野 サッカーやバスケットボール、バレーボールなどのチームを誘致して、みんなで土日にワーワー楽しく集える場所をつくる。それが地方創生のひとつの軸じゃないかなと思いますね。

みんなの介護 人口問題というシリアスな問題を解決するために、一見、程遠いようなエンターテインメントが重要になったりする。藤野さんは、「投資の面白さは妄想である」と著書にも書かれていますが、そうやってビジネスの連鎖反応を想像していくのは楽しいですね。

「賢人論。」第38回(後編)藤野英人さん「日本の田舎には魅力がある。「農泊」などのユニークな試みをインターネットで発信することで国外からも観光客は集まってくる」

世界へ広がれ、日本の田舎

みんなの介護 また、“田舎ならではのワクワク”という可能性もありますよね。

藤野 「農泊」なんかは、これから面白くなってくると思いますね。

みんなの介護 「農泊」というのは、農村や山村、漁村などに滞在しながらその土地の生活の体験をしたり地元の人と交流をしたりする、というものですね。

藤野 中でも農家レストランは面白いですよね。農家で採れた作物をフレンチやイタリアンに調理し、提供するという。要は農村全体を高級レストランにしてしまおうという試みです。そこにグランピング(簡単・快適にキャンプ気分を味わえるサービスのこと)の要素を加えたりすれば、より面白くなりますよね。だいたいどの地方でも味噌とお酒とご飯は美味しいです。ご飯を大きな釜でドンと炊いて見せたりすれば、それだけでもショーになりますよね。

みんなの介護 まさに、先ほどの「あるものをフル活用する」という発想ですね。

藤野 そこへインバウンド…つまり外国人旅行客を引き込むことができれば、より可能性は広がりますよ。その意味で例えば「MATCHA」という会社などもこれから伸びるのではないかと思います。

みんなの介護 「MATCHA」。どんな事業を展開しているのですか?

藤野 英語や中国語だけでなく、タイ語、インドネシア語、ベトナム語など多言語で日本の魅力を発信するウェブメディアです。多言語サイトで日本ナンバーワンを誇っていますよ。アジアから日本に来る人はたいてい「MATCHA」を見ている、というくらいのシェアなんです。

みんなの介護 そんなにすごい会社が日本にあるんですね。

藤野 そう。日本人にはあまり認知されていませんけどね。だって、インドネシア語で日本のことを調べる日本人なんてほとんどいませんから。

みんなの介護 どんな記事がよく読まれているんですか?

藤野 人気があるのは、例えば「セブンイレブンでのコーヒーの買い方」みたいな記事とか。

みんなの介護 え?カップをもらってコーヒーメーカーのボタンを押して…という一連の過程のことを書いているだけですか?

藤野 そうです。だって、インドネシア人の身になってみてください。わからないでしょう?言葉が喋れない中だと、コーヒーひとつ買うのも大変ですよ。地下鉄の乗り方やコンビニの使い方など、僕らが何気なくできるところに、実はすごくたくさん「穴」が空いてるんです。社会は誰でも使いやすいようにつくられているわけではありませんからね。

そういう「MATCHA」のようなサイトからどんどん各地の農家レストランなどに集客して、日本の農家の皆さんがもっと評価されるようになればいいですよね。そうすれば、地方活性化に抜群の効果が出るはずです。

撮影:公家勇人

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07