出口治明「年をとった人を大事にするという考え方、つまり“敬老原則”を捨てるべき」
出口治明氏が『ライフネット生命保険(株)』を起業したのは2008年、還暦を迎える60歳の時だった。後の2013年には代表取締役会長兼CEOに就任。出口氏は、一般的には定年を迎えて隠居生活…という年齢にして、今なお精力的に活躍の場を広げている。保険会社の経営者だけに、その持論は「働く君に伝えたい「お金」の教養: 人生を変える5つの特別講義(ポプラ社)」「生命保険とのつき合い方(岩波新書)
」などで展開されているが、社会保障関連の問題についても造詣が深く、各種メディアでの発言にも注目が集まっている。そんな出口氏が語る、高齢化の一途を辿る日本が歩むべき道とは?
文責/みんなの介護
年をとった人を再優先にするという考え方、つまり“敬老原則”を捨てるべき
みんなの介護 出口さんの多くの著書や、雑誌記事などを拝見していると、社会保障に関して深く考えていらっしゃると感じていました。そこで、まずお伺いしたいのですが、現状の社会保障において最も大きな問題点とは何だと感じていますか?
出口 年をとった人を最優先するという、いわゆる“敬老原則”を捨てるべきです。国民皆保険、国民皆年金という今の社会保障の原型が生まれたのは1961年ですが、その時代は、例えるならば、サッカーチーム、11人で高齢者1人を支えていました。その時代は敬老原則で良かったのです。1945年に戦争に敗れて、戦争で苦労したおじいさんやおばあさんを11人の若者で支えるという構図ですね。
みんなの介護 でも今は少子高齢化が進んで人口のピラミッドが崩れていますね。
出口 そうです。サッカーチームから3人で1人を担う騎馬戦になり、これからは現役世代1人が高齢者1人を背負う肩車の状態に移りつつあるといわれています。それに加えて高齢者の平均寿命が伸びているので、肩車をする時間も伸びています。肩車で何十年も歩いて行かなければならないとしたら、皆さんはどう思いますか?歩けるんだったら、降りて自分の足で歩いて欲しいと思いますね。つまり私1人では何十年も担えないから、おじいさんおばあさんもなるべく自分の足で歩いてください、と。
人口ピラミッドが崩れてしまった現状では、年齢に関わらず困っている人に社会保障を集中する考え方、年齢フリー原則にシフトして、負担も勤労者だけが負担する所得税から全市民が負担する消費税にシフトしていくべきです。それが、高齢化先進国であるヨーロッパが辿ってきた道です。アメリカを比較対象にする人もいますが、今もなおサッカーチームがラグビーチームへ移りつつある人口が増加しているアメリカと日本を同じ土俵で考えるのは誤りです。
みんなの介護 世界一、高齢化が進んでいる日本のこれからの高齢化対策、中でも介護問題には世界中が注目していると思いますが…。
出口 介護が必要な人は、(平均寿命)-(健康寿命)で算出できます。A-Bですから小学生にも分かりますが、介護が必要な人を少しでも少なくするには、Aを小さくするかBを大きくするしかない。Aを小さくするのは、大好きなおじいさんおばあさんに早く死んでくださいということですから。そんなことができるはずがありません。できるのは、Bを大きくすること。つまり健康寿命を伸ばすことしかありません。
みんなの介護 具体的にどうしたら良いのでしょう?
出口 医者に聞けば、異口同音に「働くこと」だという答えが返ってきます。朝起きて、行くところもすることもなければ、1日中パジャマでダラダラしてしまう。これでは健康に良いはずがないですね。行くところがあって、することがあれば、洋服を着替え、ひげを剃り、化粧をして身体もシャキっとします。働くことが、健康寿命を延ばす最も有効な方策です。

世界の先進国のなかで、定年制があるのは日本だけ。定年は年齢による差別
みんなの介護 出口さんがおっしゃりたいことはわかりました。とはいえ、年をとると定年退職するのが一般的ですよね。
出口 僕は定年制を廃止すべきだと思っています。世界の先進国のなかで、定年制があるのは日本だけです。アングロサクソン型の社会では、定年は年齢による差別です。働きたいという意欲、職場に来て働ける体力、働くのに必要な能力が備わっていても、年齢だけで退職に追い込まれるのは、おかしいと思いませんか?
みんなの介護 確かに、その3つがそろっていたら問題なく働けますね。実際、元気な高齢者はたくさんいますし。
出口 定年制を廃止したら、日本の企業は年功序列賃金をやめて同一労働・同一賃金制をとるでしょう。いつまでも高い給与を払い続けるのは企業にとっても負担になりますから。でも、これは政府が目指している方向ですから、政策としては整合的で問題ありません。
定年制を廃止すると若い人の働き口が奪われると言う人もいますが、数字で言えば、この国は2030年には800万人の労働人口が不足するという推計もあります。定年制をやめたくらいでは、若者の働き口はなくなりません。
「定年制をなくすと、例えば認知症になってしまった人はどうするんですか?」と聞く人もいます。でも若くても認知症になる人はいます。意欲、体力、能力のうちの一部が欠けるわけですから、経営者としては解雇を考えるべきです。日本は先進国のなかでは法制度的には比較的解雇しやすい国でもあるので、一定の金銭を支払って解雇を行うというルール作りを工夫していくべきです。
みんなの介護 日本は解雇しやすい国…と言われても、いまいちピンとくる感じがしないのですが。
出口 解雇の手続きの不便さや、予告期間、解雇手当金などの評価項目に、更新回数の制限や行政機関の監督などのウェイトをかけて算出した「一般労働者雇用保護指標」というものがあります。
その数値をOECD平均と比較してみると、日本は労働の流動化が進んだアメリカなど一部の国を除けば、全体的にみて解雇しやすい国であるといわれています。ただ、解雇の自由は、セーフティネットの充実とセットで考えなければ不十分です。
みんなの介護 職を失えば収入がなくなるわけですから、セーフティネットとは必ずペアでないと困ります。
出口 国民年金と国民健康保険は、もともと自営業の…例えば八百屋のおじさんのための制度です。彼らは70歳でも80歳でも店番ができて、いくつになっても働けるから年金なども少なくてもいいという考え方で制度が作られました。でも、雇われている人はそうはいかない。厚生年金はもともと被用者のための制度です。それなのに、いつの間にか厚生年金は正社員のもので、パートやアルバイトの人は国民年金になってしまっています。
パートやアルバイトの人は、被用者のなかでも一番立場が弱い人で、だからこそ本来的には厚生年金で守らなければいけないのに。すべての被用者は、正社員でもそうでなくても、労働時間に関わらず全部厚生年金を適用すべきです。これが適応拡大の問題です。

適用拡大こそがわが国の社会保障の最大の課題
みんなの介護 でも、現実問題として中小零細企業がパートやアルバイトの人たちの社会保険料を支払うのは苦しいですね。
出口 それについては、ドイツを参考にするといいと思います。2003年に適用拡大を含め大胆な構造改革をしたドイツのシュレーダー元首相はその時に「人を雇うということは、その人の人生に責任を持つということ。社会保険料を払えない企業はそもそも人を雇う資格がない」と言い切ったのです。しかもシュレーダーは、パートやアルバイトの人は賃金が低いので、社会保険料の負担を均等ではなく、傾斜をつけて企業負担を増やしたのです。
みんなの介護 でも結局は、それで政権を失ったわけですよね。
出口 ですが、シュレーダーは大改革を断行した後で選挙を行ったので、その後のメルケル首相もその改革を引き継ぎ、今のドイツの強靭な経済システムが出来上がったのです。
みんなの介護 日本で同じような構造改革はできないのでしょうか?
出口 日本でも厚生労働省が公的年金保険の財政検証を行っています。1ヶ月に5.8万円以上の所得があるパートやアルバイトの人を全部厚生年金にうつすと1,200万人ほどが国民年金から厚生年金に移行することとなり、年金財政が劇的に改善することが明らかにされています。
解雇されても、月に5.8万円以上の収入があれば厚生年金のままでいられる。それくらいならパートやアルバイトでも稼ぐことはさほど難しくはないですよね。定年制の廃止と適用拡大をセットで行って、もし仕事ができない状況になったら辞めていただいたらいい。それは世界ではごく普通のことです。定年制がなければ解雇ができないというのは、それこそ経営陣の役割の放棄。怠慢です。年齢フリー原則にして、適用拡大を行う。これは高齢化の進む日本が今、考えなければならない最大の政策課題です。
みんなの介護 実際に政治の現場では年齢フリー原則、適用拡大は、どのように認識されているのでしょうか?選挙のことなどを考えると、実現は難しそうですが…。
出口 不人気でも社会の将来のために仕事をするのがstatesman(政治家)であり、自分の議員としての地位の延命だけを望むのがpolitician(政治屋)と言われています。シュレーダーのような見識をもった政治家が出てくることを望みたいと思います。
世代間の不公平を宣伝するのは、社会に無用の対立を引き起こし、不安を煽るだけ
みんなの介護 先ほど定年制を廃止するというお話を伺いましたが、定年がなくなったとしたら、年金の支給年齢はどうなるのでしょう?
出口 自分で選んだらいいじゃないですか。定年制が廃止されても60歳で仕事を辞めたいという人もいるでしょうし、75歳まで働くぞという人もいるでしょう。個人の人生観の問題ですから、それぞれが選んだらいいと思います。
みんなの介護 出口さんは、様々なメディアで「公的年金保険は破綻しない」とおっしゃっていますよね。その根拠をお教えください。
出口 公的年金保険は破綻しません。年金は政府が支払うものですから、国債が発行できる限り、年金を払うことができます。年金が払えなくなったときというのは、国債が紙くずになったときです。国債が紙くずになったときというのは、国債を抱えたその国の大半の金融機関が潰れてしまっています。
国が信用できないから、自分で金融機関に預けようとしても、今の話でお分かりいただける通り、公的年金保険が破綻する前に皆さんが預けたお金は紙くずになっている。近代国家では、国より安全な金融機関は存在しません。これが国の格付けが落ちたらその国の金融機関の格付けが自動的に落ちる理由です。
みんなの介護 確かに、言われてみるとそうですね。
出口 年金について、世代間の不公平を唱える学者がいますが、全く意味のないアジテーションです。世代間の不公平は、人口ピラミッドの変化を言い換えただけの話で、高齢者を支える人数がサッカーチームから肩車になっているのに、どうして公平にできるのでしょう。
世代間の不公平を声高に唱える学者が本当にそれをけしからんと思っているのなら、こう言うべきです。「申し訳ないが、おじいさんおばあさんには早く死んでもらうようにして、移民をどんどん受け入れて早くサッカーチームに戻しましょう」と。そうは言わないで、世代間の不公平という耳障りのいい言葉だけを声高に叫ぶのは、社会に無用な対立を引き起こし、いたずらに不安を煽るだけではないでしょうか。
また、世代間の不公平をなくすために年金を積立方式にすべきだという学者もいますが、それも根本が間違っています。

世界の中での日本の現状を知るには、世界の平均値との比較が参考になる
みんなの介護 確認ですが、積立方式とは将来自分が受けとる年金を、前もって積み立てておくという方法ですよね。
出口 そうです。現行は賦課(ふか)方式といって、皆さんが納めている社会保険料は、現在、年金をもらっている高齢者に給付されています。皆さんが年金を受け取るときには、皆さんのお子さんやお孫さんが社会保険料を支払うのです。
これに対して、自分の年金をあらかじめ積み立てる方式を積立方式といいますが、積立方式には致命的な欠陥があるのです。
みんなの介護 欠陥…というと?
出口 例えば、あらかじめ3千万円積み立てると仮定します。でも、その3千万円の根拠はなんですか?3千万円あったら、死ぬまでなんとかなると考えているのです。つまりこの金額は、平均寿命をもとに算出しているのです。
でも、遺伝子治療が進展して平均寿命が10年伸びたらどうでしょう。足りませんよね。その時、積立方式はよそから財源をもってくることができない。このことは、ニコラス・バーという世界的に著名な年金学者が、「賦課方式も積立方式も差がなく、将来の年金の安定は分配が上手な良い政府をつくることと、経済成長をすること以外に方法はない」と言い切っています。これが世界の常識です。
みんなの介護 良い政府…というのがまず高いハードルになりそうで。例えばギリシャのように財政危機に陥ってしまうのではないかという不安があります。
出口 ギリシャのようになるかならないかは、僕たち市民の行動にかかっています。明日の政府をつくるのは僕たち市民であり、破綻しない政府を、僕たち市民が選挙に行って、投票率を上げてつくっていかないといけないのです。
例えば社会保障の財源の話ですが、現状の数字を有権者に見せて、よりよく理解してもらう。その上で「どうしますか?」と問えば、これは議論の余地がないと思うのです。
経済協力開発機構(OECD)という先進国34ヶ国が加盟する国際機関があります。いわば先進国クラブです。そのOECDが様々な指標や平均値を出しているのですが、世界の中での日本の現状を知るには、その数値との比較が参考になります。

超高齢社会はお金がかかるので、その分だけ稼がないと貧乏になってしまう
みんなの介護 日本の社会保障の数値はOECD平均と比較してどのような状況なのでしょうか。
出口 2011年の対GDP比の国民負担率(租税+社会保険料)をみると、日本は39.8%で、OECD加盟国平均より低くて、下から7番目です。また、同様に社会保障支出をみると、23.7%の日本はOECD平均より高くて、上から14番目です。
これでは誰が考えてもサステイナブル(=持続可能)であるはずがない。現状は、人口が減っていく子どもや孫の名義のクレジットカード(国債)でその穴埋めをしている。人間は、そもそも次の世代のために生きているのです。僕は孫の顔を見る度、このままではいけないと思い知らされます。加えていえば、社会保障支出の中で日本は子育てのための支出が少ない国で、ここにも歪みが生じています。
みんなの介護 消費税を上げる、という選択肢ですか?
出口 そうですね。双方がつり合うように税と社会保障の一体改革を行わなければいけない。でも僕は、消費税を上げるだけではなくて、極論すれば相続税を100%にすればいいと思っています。なかには、自分の財産を政府に使われたくないと思う人がいるかもしれません。その場合は、一番お金が必要な20代・30代に贈与すれば贈与税をゼロにする。血縁関係があってもなくてもいい、ただし若い世代に対する贈与のみとする。
どのデータを見ても、子育て世代の20代、30代が一番大変です。高齢者がもうこれ以上お金を持っていても使い切れないと思ったときに、「親切にしてくれた若者が立ち上げているNPOに寄付しよう」とか選べたらいいと思いませんか。
みんなの介護 なんだかどんどん話がシンプルになってきましたが…そうですよね、そもそもシンプルだったはずなのにと思います。
出口 そうなんです。本当はシンプルな仕組みなのに、わざと難しくしているような感じがします。
良い政府の次は経済成長の話ですが、皆さんが自営業者だとして、「オリンピックのために来年から毎年100万円多く税金を払ってください」と言われたら、黙って100万円払いますか?それとも100万円収入が減ると困るから売上を増やすように努力したり、知恵を絞って経費を削減したりしますか?皆さん後者を選びますよね。
日本は先進国の中では世界で一番高齢化が進んでいて、何もしなくても医療や年金で年に5,000億円から1~2兆円くらいのお金がかかります。超高齢社会はお金がかかるので、その分だけ稼がないと、少しずつ貧しくなっていく。だからこれからの社会は、僕たち市民がよく考えてアイデアを出し、生産性を上げて1人あたりのGDPを増やすことを考えていかなければならないのです。
日本は大学に進学する人が非常に少ない。生産性を上げるためには、大学で考える力を養う必要がある
みんなの介護 日本の現状を知るにはOECD(先進国34ヶ国が加盟する国際機関)平均と比較すると現状がよくわかるというお話を伺いました。指摘された社会保障と税(国民負担率)以外にもOECD平均と比較して、気になる日本の現状の数値はありますか。
出口 教育です。日本は、教育のためにお金を使っていない。2013年の政府支出における教育関連支出の割合は、OECD平均に比較して圧倒的に低く、主要国の中では最下位のグループです。
みんなの介護 最下位のグループなんですか!?では、教育予算をどのように使っていくべきだとお考えですか?
出口 学費をゼロにして、もっと多くの人が大学に行くべきだと思います。社会を良くするためには、自分のアタマで考える力を大学で学ぶべきです。日本は大学に行く人が少なく、さらに大学でも勉強しない。ついでに言うと、大学院に行く人はもっと少ないのです。
みんなの介護 大学全入時代なんてことも言われますが、実際は違うんですか?
出口 確かに一昔前より大学進学率は上昇していますが、それでも2010年の日本の大学進学率(51%)は、OECD平均(62%)に比較して10ポイント以上少ないのです。加えて、勉強しないことでも有名です。これは、日本の採用基準が主たる原因のひとつだと思います。
グローバル企業は、大学の成績で採用します。自分で選んだ大学の学部で良い成績を修めた人は、自分で選んだ職場でもいい仕事をする確率が高いと考えるからです。しかし、日本は面接でアルバイト経験やサークル活動だの、運動部の成績などを聞いて「コミュニケーション能力がある」とか、「頑張った」とか言って採用したりしています。これでは大学生が勉強するはずがありません。
今、日本が抱えているさまざまな課題を解決していくには、物事の一部だけを取り上げて問題視するのではなく、社会全体がうまくまわるような整合性のとれた“解”を導き出さなければなりません。そのためには、他の先進国以上に勉強をして、卒業してから成績重視で通年採用を行うシステムに変えていくべきです。社会全体のリテラシーをあげる教育をしていかなければなりません。

介護についてのリテラシーをあげるには、世界の良い例をみることです
みんなの介護 「みんなの介護」は、家族の介護をされている方や、介護職員の方にも多く見ていただいています。そこで伺いたいのですが、介護についてのリテラシーを上げるためには、どういったことが考えられるでしょうか?
出口 日々の介護や、業務に追われて目の前のことで手いっぱいになってしまうと思うのですが、時間があれば世界の良い例にも目を向けていただきたいと思います。
聞いた話ですが、北欧の介護について興味深いものがあります。認知症の人が20人いるとして在宅で介護するとしたら、単純に考えて、それぞれ介護する人が20人必要です。でも20人の認知症の人がコレクティブハウスに一緒に住むと、上手くいけば介護をする人を3~4人まで減らせるそうです。男女が大体半々くらいとすると、みんな互いにいい格好をしようとするそうです。
みんなの介護 男女を意識するということですか。
出口 そうです。例えば夜徘徊するおばあさんがいて、そのおばあさんを好きなおじいさんがいるとすると、そのおじいさんが徘徊するおばあさんをケアするそうです。人間は認知症になっても感情がありますから。
最近の研究でわかってきたことですが、人間の脳は氷山の見えている部分と同じで、意識できている部分は多くて2~3割。これまで意識できていない部分は遊んでいると考えられてきたのですが、これは間違いで、実はフル回転しているそうです。
みんなの介護 意識できているか、できていないかという違いだけですか
出口 認知症は意識できている2~3割の部分がおかしくなっているだけらしいので、認知症の人にはわからないだろうと思って邪険にしたりすると、実は意識できていない7割の部分で「この人は私を嫌っている」と感じるそうです。そして、仕返しをするらしいのです。分かっていてもトイレのことを言わなかったりして、わざと手間をかけさせたりするなど。
みんなの介護 特別な設備や費用がいるのではなくて、人の本能とか無意識の部分を使うとか、そういった工夫ひとつで生産性が上がったり、解決できる部分も大きいんですね。

介護職員の人材不足は、極論すれば、働き方を変えて労働生産性をあげるか、給与を増やすしかない。
みんなの介護 介護職員の人材不足という問題については、何か解決策はありますか?
出口 まずは働き方を変えて労働生産性をあげる。これも北欧で聞いた話ですが、高齢者ホームで、入居者が朝食を食べに食堂に集まっている間に個室に外から鍵をかけるそうです。夜、食事をとって眠る時まで部屋に戻れない状況にしてしまう…もちろん入居者の健康状態をよく見ての話ですが。
そうすると、入居者はリビングで時間を過ごしたり、外出したりして時間を過ごすしか方法がなくなって、部屋に閉じこもることができなくなります。つまり、寝たきりを減らして、健康寿命を伸ばすことにつながるのです。ベッドで寝ていれば一部屋ずつ見廻りも必要ですが、こうすると介護の効率も上がり、お互いにとっていいことです。
みんなの介護 なるほど、合理的かもしれませんね。
出口 もうひとつは、給与を増やすことです。給与を増やそうと思ったら、現在の介護保険の仕組みの中では、市民の負担をある程度上げるしかないですね。負担が給付ですから、いいところ取りはできません。
一方で、社会保障費を削るという努力も必要です。例えば医療費は、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)を導入すれば、かなり削減できると思います。
みんなの介護 ACPとは、日本語では“患者の意思決定支援計画”と訳されるものですね。
出口 そうですね。最期に延命治療を望むかどうかの方針を、事前に自分で決めておけば「この人は意識がなくなったときに一切の延命治療がいらないと言っていますので、延命治療をしません」という判断ができるようになります。
2016年4月からかかりつけ医の制度が始まるので、ACPをかかりつけ医が作成・更新する仕組みを導入してかなり高い医療報酬を定めておけば、かかりつけ医が定期的にカルテと一緒にACPを更新して保存していける。それをクラウドで保存して、マイナンバーなどで万が一の時に、その情報を引き出せるようにしておけばいいのです。
みんなの介護 なるほど、そうすれば最期のときにその方の意志が尊重されるんですね。
出口 高齢者の医療費が約6割におよびますから、医療費は大幅に削減されるはずです。ACPは高齢化が進んで医療費が膨らんでいる日本でこそ是非、導入すべきです。そうしたら、この仕組みを世界に輸出する。高齢化に悩む国からはきっと感謝されると思います。
現状を変えたいと思ったら、世界の良い例をたくさん見るようにしてください。そういったことから解決の糸口が見つかって、明るい日本の未来をつくりだすことができるかもしれません。
撮影:公家勇人
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