アンデシュ・ハンセン「IT企業がスマホというキャンディを差し出し、あなたの脳を狙っている」
スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏による世界的ベストセラー『スマホ脳』と新作の『最強脳』が日本でも大ヒット。部数はシリーズ累計70万部を突破。『スマホ脳』は2021年、国内でもっとも売れた本にもなった(オリコン調べ)。この10年で急速に普及したスマホだが、その依存性の高さと脳に与える悪影響が指摘されている。スマホといかに適切な距離をとるかは、現代日本の新たな社会課題と言える。アンデシュ氏による特別講義。
文責/みんなの介護
スマホの向こう側でIT企業があなたを狙っている
みんなの介護 あらためて、スマホにはなぜこれほどまで依存性があるのでしょうか?そのからくりを教えてください。
ハンセン 人々をスマホに夢中にさせ続けるために、企業がさまざまな仕掛けをしているからです。ユーザーがスマホを見る時間が長ければ長いほど、企業はお金が儲かります。
そのため、彼らは巧妙に注意を引く工夫をしているんです。そのようなカラクリがあることを多くの人は知りません。
“あなたがYouTubeやTikTokで動画を見ている”とき、実は“企業の方があなたを見ている”という事実があります。あなたが何に注目しているのか。その傾向を分析されてしまっているのです。
みんなの介護 なるほど、YouTube等でも自分が好きな動画ばかりトップ画面に表示されますが、そのような狙いからですね。脳では何が起こっているのでしょうか?
ハンセン 脳には新しい情報を得るとドーパミンが出る細胞があります。この脳の仕組みは食料や資源が不足していた時代においては、新しい土地や可能性を求めて移動する力になりました。
しかし、現代においてドーパミンの性質は、スマホやパソコンが運んで来る新しい情報や知識への尽きない欲求になってしまっています。
FacebookやInstagramなどのSNSは、情報の更新が行われるごとにあなたの意識を向けさせます。なぜなら新しい情報を得たがる脳内物質のドーパミンは、実際に嬉しいことが起こったときよりも、起こった“かもしれない”と、期待を持てる状況に強く反応するからです。
具体的にはアプリの通知が届いて「コメントが投稿されたかもしれない」というような状況でドーパミンの量は増えます。
SNSを運営している企業は「いいね」がつく瞬間を気にしながら待つ人の心理状態もよく理解していて、そのような仕組みをつくっています。
そんな人間の心理を逆手にとってサービスをつくる企業は、私たちが健康的な生活をしているかどうかにはまったく興味がありません。とにかく注目を奪えれば良いのです。
このような罠から自由になるためには、スマホから物理的に距離を置くことを習慣にする必要があります。
甘いキャンディからは身を遠ざけるべし
みんなの介護 ただ、依存している人は、スマホを見る時間を減らそうとしても、禁断症状が出て戻ってしまうこともありそうです。
ハンセン それについては、甘いキャンディと同じだという話をしています。キャンディが家の中のあちこちに置いてあれば、思わず食べてしまいますよね。
私たち人類は長い間飢えによって命を落としてきた歴史がある。お砂糖を目にすると「すぐに食べた方が良い」という指令を脳が出してしまいますが、それと同じです。デジタルデバイスも甘いキャンディと同じようなものだと考えることができる。
最先端のテクノロジーでつくられたデジタルデバイスは、非常に依存性が強くなるように巧妙につくられています。そういったものを、ベッドルームや仕事をする部屋、ディナーテーブルに置いておくと、どうしても見てしまいます。だからすぐに目につく場所に置いてはいけないのです。
若者をスマホ依存から脱却させる言葉
みんなの介護 若者の中には、スマホの中でのコミュニケーションがメインになりすぎて人と会うことが怖くなってしまう人も増えていると聞きます。どうすればよいでしょうか?
ハンセン スマホ依存の構造をつくり出しているのは企業です。彼らの怖さを伝えることが必要です。若者たちに、「将来肺がんになる可能性が高くなるから、タバコを吸ってはいけません」と言っても、あまり響かないと思うのです。彼らにとっては何十年も先の病気の話だからです。
そこで、「タバコ企業はあなたを依存させることによってお金儲けを企んでいる。あなたの健康など、彼らは全然気にしていない」と説明する。そうすれば、「その人たちの思うツボにはなりたくない」という気持ちが芽生えるのではないでしょうか。
同じことがSNSにも言えると思うのです。SNSを運営する企業はあなたの、人と会う時間や睡眠時間が減ることはまったく考えていない。お金儲けのために利用されている…ということを理解することが必要なのではないでしょうか。
また、人と会うことが怖いという若者については、実際人と会う練習をあまりしていないから怖くなっていることも考えられます。少しずつ練習していきましょう。
シンプルな内容はデジタル、深い内容は紙で学ぶべし
みんなの介護 日本では今、タブレット端末を使った教育が進められています。授業にネット環境を取り入れることの是非についてはどう感じていますか?
ハンセン 非常に気をつけなければいけないことだと思っています。というのは、ある実験で紙の本とPDFで同じ内容を読ませたところ、紙の本の方が多くを学べていたという結果があったからです。特に文脈などの詳細は紙の本の方が多く覚えていました。
紙の本とタブレットの画面で読むことの差は、簡単な内容の学習であれば非常に小さい。簡単な内容とは、例えば、コミックやゴシップ雑誌などです。しかし、物理の学習や難しい小説を読む場合などは、紙の本で読む方が明らかに記憶が定着しやすいという結果が出ているのです。
しかも人間はデジタルで読むことに慣れていきません。だから、脳にとって非効率な方法を継続するほど、記憶の定着の差は大きくなっていく。これは教育にとって非常に重要な研究結果だと思います。
このことを踏まえて学校の授業を考えるのであれば、シンプルな内容のものを大量に読み流すときはデジタル。難しい内容であれば紙の本を使う。そのように使いわけると良いのではないでしょうか。
また、紙とデジタルの学習成果についてはアメリカの大学でも興味深い実験が行われました。
一方の学生には紙とペンを与え、もう一方はパソコンを使ってメモをとりTEDトークを視聴する授業でした。その結果、紙とペンを使って視聴していた学生の方が、トークの趣旨をよく理解していたという結果もあるんです。
みんなの介護 学習においては紙の方が勝る部分も大きいのですね。上手に使い分けをしたいと思いました。では、逆にハンセン先生がスマホに魅力を感じている点は何ですか?
ハンセン 私はスマホ依存の怖さを伝えていますが、もともとスマホが大好きです。1本の指で世界中の知識が手に入ることは技術が進歩した現代だからこそ可能なもの。また、人とコミュニケーションを取るためのツールとしての魅力には反論できないところがある……。
しかし、魅力的だからこそ、必要なとき以外は身を遠ざける必要があると思うのです。スマホは目につくところに置いておくと、強力な力で人々を惹きつけます。そのため、私は部屋の外に置いて、スマホの使用時間を1日1時間に抑え、本当に必要なときだけ使うように工夫しています。
また、スマホを使ってコミュニケーションは取れますが、スマホ上のやりとりに依存しすぎると、実際に人と会う時間が減ってしまいます。私たち人間は何十万年もの間、人と会うことを前提に進化してきた歴史がある。
だから直接会わなくても人とコミュニケーションが取れる現代は人間の進化にとっておかしな世界なのです。
ただ、直接人と会いたいという欲求が人間の中から消えたわけではありません。実際の出会いから得られるものは、スマホやパソコンの画面を通しての出会いとは比べることができないものです。
実際、多くの若者が孤独を感じています。これは新型コロナによって外出が制限される前からの話です。
撮影:cStefanTell
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