労働経済学者 近藤絢子氏「控除や年金制度の“ひずみ”が働く意欲を削いでいる」
高年齢者雇用確保措置で高齢者の雇用は増えた
―― 超高齢社会では、高齢者の雇用の確保も重要だと言われていますね。
近藤 2006年に施行された高年齢者雇用安定法の改正によって、高齢者の雇用のあり方がどのように変わったのかを調べました。
この制度によって65歳未満の定年を定めている事業主は3つのうちのいずれかの措置を義務付けられました。①定年を65歳まで引き上げること。②定年制を廃止すること。③65歳までの継続雇用制度の導入です。導入後、どのような変化があったかを見てみました。
継続雇用制度は、定年退職したあとに再雇用する制度です。しかし、待遇などの具体的な定めがありません。そのため、劣悪な条件を提示することで「自発的な」引退を促されてしまう可能性が経済理論上は存在します。
しかし、実証分析の結果は、高齢者の就業率が上昇していました。特に、従来厳格に定年制が適用されてきた大企業における雇用が増加していました。課題が残っている面もあると思いますが、制度の改正によって全体としては良い方向に進んだと感じます。
高齢者の雇用をすすめても若者の雇用は奪われない
―― 高齢者の雇用をすすめることで、若者の雇用を奪ってしまうのではないかという懸念もあります。
近藤 これは良く聞く懸念です。でも、少なくとも高齢化が進んだ今の日本では、社会がうまく機能するために、高齢者の力が必要です。
たとえば、2007年ごろに団塊の世代が定年退職を迎えました。しかしその穴を補充するほど若者がいない。そこで65歳までの継続雇用が義務化されたんです。
欧米の実証分析では、高齢者の雇用維持によって若者の採用が減っている事例もあります。日本でも、高齢化がこんなに進んでいなかったら、おそらく若者と高齢者の間で仕事が取り合いになっていたでしょう。
一方で、高齢化がこんなに進んでいなければ、高齢者雇用をここまでがんがん促進する必要がないんです。
年金をもらわずに65歳を超えて働くと損をする?
―― 現行の制度においては「ここが問題だ」と感じる点はありますか?
近藤 先にお話しした配偶者控除のほか、年金制度も問題が多いです。先ほどの、継続雇用措置によって65歳まで働く人が増えましたが、65歳を過ぎても年金をもらわないで働くと、かえって損をすることもあるのです。
―― とにかく年金は複雑、私などは「何が分からないのかも分からない」制度になっています。
近藤 すべての国民が公的年金に加入する「国民皆年金」の体制は1961年に成立しました。その後、時代の変化に応じて、さまざまな改正が加えられてきた。その長い経過をたどる中で、訳がわからない制度になってしまっています。
そもそも国民年金・厚生年金・共済年金の3種類が並立している時点で、十分ややこしい。それだけではありません。被保険者は、一生の間に、第1号から第3号まで3つのフェーズを移り変わります。
学生が20歳を越えると、国民年金に加入して第1号被保険者となります。でも、就職してお給料をもらい始めると厚生年金に入り、第2号被保険者となります。自動的に年金が給料から天引きされていき、そのうち一部が国民年金にまわります。そしてもう一つ、第3号被保険者があります。
第3号は、第2号被保険者に扶養されている年収130万円未満の配偶者が該当します。この制度によって、個別に保険料を納めなくても、立場としては第1号被保険者と同じ状況になります。配偶者控除同様、結婚している女性の働く意欲をくじく制度です。
この話だけでも十分ややこしいですよね。さらに65歳以上が働きながら受け取る在職老齢年金制度というのもあるし、夫に先立たれた場合の遺族年金というのもある。
これらをすべて理解し、計算して、最適なプランを考えられる人というのは、ほとんどいないでしょう。そのため、詳しそうな人の意見を信じて多くの人が同じような行動をとっているのです。
高齢者は65歳になるとみんなで仕事を辞める。主婦であれば、第3号被保険者の収入限度額のところまでしか働かない。中には控除を受けないでバリバリ働いた方が本当は得な人も含まれるのではないかと思います。
日本の高齢者の就業率の高さは世界が注目
―― 他国の例で高齢者の労働力をいかしている国はありますか?
近藤 そこにおいては、日本は成功している方です。なぜなら60代の就業率がすごく高い。ヨーロッパの国などが参考にされています。ヨーロッパには、社会保障制度が充実し過ぎているがゆえに、50代ぐらいで多くの人が引退してしまう国がありますから。
―― 社会保障制度が充実し過ぎていないことが、プラスに働いる面もあるのですね。
近藤 そうですね。一方で、年金制度がしっかり確立していないために高齢者の就業率が高い国もあります。OECDの統計によると、かつての韓国がそうです。年金がないから働かないといけない高齢者がたくさんいました。
―― 体調の良し悪しや本人が希望するかどうかにかかわらず、高齢者になっても働かざるを得ない状況というのもつらいです。
近藤 その後、韓国では制度の見直しが進みました。現役世代の人たちが高齢者になったときには年金が出る仕組みになっています。
ちなみに、日本の高齢者の就業率が高いのは、必ずしも年金制度に頼れないからというわけでもありません。
「働きたくない」という価値観も尊重すべき
―― なぜうまくいっているのでしょうか。
近藤 いくつかの要因があります。身も蓋もないことを言うと、高齢化で若者が足りないために、高齢者への労働需要があるからです。
また良い側面としては、健康寿命が延びていることが挙げられます。60代になっても健康で働ける状態にある人が増えています。
それから、高度成長期を支えた60代の世代はアイデンティティが会社にある人が多い。だからこそ、会社に対する帰属意識から「仕事を辞めたくない」と思っています。この状況については、一概に「良いこと」とは言えないかもしれませんが。
それに、社会規範としても「働き続けるのが良いこと」という見方はあるかもしれません。とはいえ、私個人の考えとしては、経済的な余裕があるならば、早めに引退する自由もあってしかるべき、とも思っています。
―― なるほど。ここから一歩進んで、日本の高齢者の活用がさらに進むために必要なことは何だと思いますか?
近藤 まずは先ほどお話ししたように、年金の仕組みをもう少しわかりやすくして、働く意欲のある元気な高齢者が、年金をもらうのを先送りして働き続けても損をすることがないようにする。
少しずつ制度が改善されてはいるのですが、それが一般の人に理解されていないのも問題かなと思います。
個人的には、年齢で線を引いて企業に継続雇用を求めていくやり方はそろそろ限界なのではないかと思います。70歳くらいになってくると、どうしても体力や認知能力の個人差は大きくなりますから。
撮影:花井智子
連載コンテンツ
-
さまざまな業界で活躍する“賢人”へのインタビュー。日本の社会保障が抱える課題のヒントを探ります。
-
認知症や在宅介護、リハビリ、薬剤師など介護のプロが、介護のやり方やコツを教えてくれます。
-
超高齢社会に向けて先進的な取り組みをしている自治体、企業のリーダーにインタビューする企画です。
-
要介護5のコラムニスト・コータリこと神足裕司さんから介護職員や家族への思いを綴った手紙です。
-
漫画家のくらたまこと倉田真由美さんが、介護や闘病などがテーマの作家と語り合う企画です。
-
50代60代の方に向けて、飲酒や運動など身近なテーマを元に健康寿命を伸ばす秘訣を紹介する企画。
-
講師にやまもといちろうさんを迎え、社会保障に関するコラムをゼミ形式で発表してもらいます。
-
認知症の母と過ごす日々をユーモラスかつ赤裸々に描いたドキュメンタリー動画コンテンツです。
-
介護食アドバイザーのクリコさんが、簡単につくれる美味しい介護食のレシピをレクチャーする漫画です。