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三浦展「施設へ入所した途端に個性が捨象され、「要介護1」とか「要支援2」という「記号」で扱われてしまう可能性がある」

最終更新日時 2018/08/13

三浦展「施設へ入所した途端に個性が捨象され、「要介護1」とか「要支援2」という「記号」で扱われてしまう可能性がある」

一橋大学社会学部卒業後、株式会社パルコに入社し、マーケティング情報誌「アクロス」編集長を務めた三浦展氏は、三菱総合研究所主任研究員を経て、1999年に株式会社カルチャースタディーズ研究所を設立。独自の視点で社会を分析する三浦氏は2005年に上梓した『下流社会』(光文社新書)が80万部を超えるベストセラーとなり、その慧眼を世に知らしめた。そんな三浦氏は、要支援2の母親を気遣う家庭人でもある。そこで、これからの高齢者施設はどうあるべきか、個人的な思いも込めて語っていただいた。

文責/みんなの介護

“入居者の個性を軽視して全員一律に扱う”のではないやり方はないのか

みんなの介護 三浦さんは、著書である『下流老人と幸福老人』(光文社新書)の「あとがきにかえて」で、お母様が老人ホームに入所された事実に触れられています。今、お母様はお元気でお過ごしでしょうか。

三浦 私の母は今年88歳になります。新潟の実家で一人暮らしをしていましたが、足と背骨を悪くして歩けなくなったので、2015年12月、JR中央線沿線にある介護付き有料老人ホームに入所しました。高齢になってからの転居は精神的にもダメージをもたらすことがあるので心配しましたが、幸い適応してくれました。

母が入所して4ヵ月後の2016年4月、私は『人間の居る場所』(而立書房)という著書を上梓しました。一言でいえば、「都市に人間の居場所をどのように作っていけば良いのか」について、建築や空間デザインの専門家たちと論考を重ねた一冊です。

みんなの介護 インタビューに際して拝読させていただきました。

三浦 その本をホームの母に手渡したところ、「タイトルがとても良い!」と感心してくれましてね。「人間の居る場所はどうあるべきか、私もこのホームに暮らしながら、ずっと考え続けていきたい」と言ったのです。

母の言いたいことはすぐにわかりました。彼女は、自分の今暮らしている老人ホームに適応してくれましたが、果たしてそこが人間の居る場所としてふさわしいのかどうか、入所以来ずっと自問していたのでしょう。スタッフの人たちは確かに一生懸命働いてくれているけれど、母からすれば、入浴も食事もすべて他人任せであることが、むしろ自分の存在理由に関わる問題なわけです。それまでは足が悪くても自分の食事は自分でつくっていたので。

だから、こんな生活が、果たして自分の人生と言えるか、自分の居る場所なのか、と問うわけです。「人間の居る場所」とは何か。それを私たちみんなで考えることが、超高齢社会を迎えた今の日本に必要なことなんじゃないか、と。

みんなの介護 お母様が老人ホームに入所されたことで、高齢化社会の問題を改めて考えてみようと思われたのですね。

三浦 そうなんです。例えば母のホームでは、入居者全員が書道と俳句を習ったりします。しかし、母は書道の師範でもあり、若い頃から短歌を詠むので、もちろん、短歌と俳句とではジャンルが異なりますが、書道や俳句を習うより自分の自由な時間をもっと増やしてもらったほうがありがたいと思っているのではないかという気がします。

みんなの介護 全員一律の弊害とも言えるでしょうか。

三浦 それでも古い教育を受けた忍耐強い母は、文句は言わない。でも、このように、入居者の個性とは関係なく全員一律に扱うやり方は、今後は改善されていくべきものでしょう。

老人ホームに入所した途端、それまでのそれぞれの人間の経歴やスキルが捨象されて、単に「要介護1」とか「要支援2」という「記号」で扱われる面がある。業務上は仕方ないのですが、しかしそこを今後なんとかできないかとは思いますね。自分が施設に入ったときのことを考えても。

みんなの介護 なぜ、そうなってしまうのでしょうか。

三浦 それが老人ホームという「制度」だからです。

我々は“ゆりかごから墓場まで”制度と施設の中に生きている

みんなの介護 どういうことでしょうか。

三浦 私たちの社会は制度に合わせた施設でできています。さきほどの私の本で建築家の山本理顕さんが述べているように、「制度」を意味する英語のinstitutionが「施設」という意味でもある。

6歳になると小学校に入学し、12歳で中学校に入学し、病気にかかれば病院に入院するし、高齢になって自立した生活が難しくなれば、老人ホームに入る。これらはすべて「制度」で決められた「施設」です。

学校という施設が嫌で不登校になる子どもはたくさんいます。入院しても、家に帰りたいと叫ぶ患者もたくさんいる。老人ホームも本当は家に帰りたい人ばかりです。それでは、何だか寂しい気がします。ですが私たちの社会では、制度に従い、それぞれの年齢・能力・健康状態・経済状態に応じて、誰もが何らかの施設に否応なく囲い込まれていきます。

みんなの介護 そうですね。強制感はどうしても残ってしまうような気がします。

三浦 そもそも「施設」という言葉に、あまり良いイメージはありませんよね。更生施設、児童福祉施設などなど。病院にしろ、老人ホームにしろ、できれば誰も入りたくないのではないでしょうか。学校だって行きたくない子どもは少なくない

にもかかわらず、入らざるを得ないのは、それらが、金銭的なもの、健康状態、学力、犯罪の重さなどなどに従って人間が割り振られる制度になっているからです。学校という施設が近代化の中で必要であったことは認めましょう。近代化のためには、いろいろな分野で人材を大量に育てなければなりませんでした。そのためには、学校という教育施設で、すべての子どもが基礎的な知識を学ぶことが必要だったからです。

老人ホームも学校や保育園と同じで、高齢者たちを集めて管理する。しかし高齢者は子ども以上に平均的に扱うことが難しい存在ですが、介護の現場は絶対的に人手不足であり、入居者への対応が効率優先にならざるを得ない。もっと個人の能力に合わせた自由な時間の過ごし方ができないかなあと思います。ま、贅沢な希望ですが。

「賢人論。」第71回(前編)三浦展氏「人間はやはり、自分で日々の生活をしてこそ人間だと思う。そこに人間とは何かという根本に関わる問題がある」

たまには“冷えたご飯に冷えた味噌汁をかけるだけで良い”なんて言っても希望は通りません。それは「制度」だからです

みんなの介護 三浦さんは、『人間の居る場所』に収録された『都市は自由な人間の居場所』というエッセイの中で、「都市の魅力とは、まず第一に自由があることだと私は思う」と書かれています。高円寺(東京都杉並区)を例に挙げて、都会的でもないし、ブランドショップや駅ビルもない代わりに、「人を集める都市的な魅力がある。つまり自由が感じられる。それは消費者が集まる場所というだけではない、人間の居る場所としての魅力だ」と。三浦さんが重視している「自由がある」とは、どういうことでしょうか。

三浦 「自由がある」とは、すなわち、制度に縛られていないということですね。制度に縛られず、自由に行動できる場所が人間には必要です。「人間の居る場所」、特に「お年寄りの居る場所」をイメージするとき、私はいつも、幼い頃に預けられていたお寺を思い出します。

私の両親は共働きで、私は朝から夕方まで、家の隣りのお寺に預けられていました。そのお寺は4世代8人家族で、ひいおばあさん、住職とその奥さん、住職の息子夫婦と子ども3人で暮らしていたのですが、白髪のひいおばあさんが動いているところを、私はほとんど見た記憶がない。もうずっとほとんど同じ所に座っている印象しかない。

それでも、ひいおばあさんより下の3世代の家族7人は、「おばあちゃん、行ってくるよ」「今日も暑くなるから気をつけてね」などと次々に声をかけ、毎朝勤め先や学校に出かけていく。そのときの様子を、今老人ホームで暮らしている母が、盛んに懐かしむんですね。「あの頃は良い時代だった」と。

みんなの介護 ひいおばあさんの毎日はどのような暮らしだったのでしょう。

三浦 ひいおばあさんの昼飯なんて、朝の残りの冷えた味噌汁と冷や飯ですよ。しかし、それは惨めというのではない。逆です。今の若い人は知らないと思うけど、冷や飯も冷えた味噌汁も甘くておいしいんだよね。それはともかく、ひいおばあさんはいつも、昼飯なんて簡単に済ませていたと思う。おかずなんて、せいぜい梅干しくらいで良かったんです。

一方、現代の老人ホームでは、毎日朝昼晩とバランスの取れた食事がきちんと供されるし、おやつまで出てくる。大変ありがたいことだが、でも、そんなに食欲がないから、全部食べきれないんですね。たまには「冷えたご飯に冷えた味噌汁をかけるだけで良い」なんて思っても、そんな希望は通りません。ホームでの食事は給食であり、制度だから。

今思えば、お寺のひいおばあさんの暮らしは自由だったとも言える。折に触れて母があの頃の生活を懐かしむのも、私には良くわかります。

現在の母は、月〇〇万円分の介護サービスを消費するだけの存在。この状態では生きがいが不足します

みんなの介護 お母様にとって、老人ホームがどのような場所になれば、「人間の居る場所」だと感じられるようになるのでしょうか。

三浦 自分が自分らしく存在できる場所になれば良いのでしょう。そこには、自分という存在が承認されるための、空間と時間が必要なのだと思います。新潟で一人暮らしをしていた頃の母は、歩行器を使えば動けたし、料理も風呂もトイレも自分でできていました。

「自分のことは自分でする」が母の口癖で、私たち子どももそう言われて育ちました。また、母は愛他的な人ですので、人を世話するのは好きだが、世話されるのは心苦しい。だから自分のことが自分でできない、人に世話をされているというのは、母にとって母の居る場所がないということになる。むしろ、できる仕事はさせてもらったほうが楽しいという面がある。今もおむつの布をたたんだり、スタッフを手伝っています。何もできない人間としてではなく、何かができる人間として扱うことが重要ですね。

みんなの介護 できることはなるべく自分でするのがいかに大事か、ですね。

三浦 ただ田舎でも、掃除と洗濯ができなかったので、友人でもある3歳年上のおばあちゃんがヘルパー的な役割で家に通ってきていましたね。そのおばあちゃんは80代後半になっても足腰が丈夫で、台に上って神棚の掃除ができたし、雪の中、病院に薬を取りに行ったりもできた。母親ができないことは何でもやった。そうやって一仕事済ませてから、母と二人でお菓子を食べてお茶を飲むのがおばあちゃんの楽しみだったようです。

そのおばあちゃんは80年間ずっと働きづめで、働くことが彼女の生きがい、彼女の存在そのものなんですね。だから母が東京の施設に移ってからは、すっかり元気をなくしたようです。人のために働くという生きがいがなくなったからです。

みんなの介護 そのおばあちゃんはバリバリ働くことで、周りから承認されていたんですね。

三浦 その通り。実は私の母だってそうなんですよ。母はホームに入る直前までは何時間もかけて煮豆を作ったり、生のイチゴからジャムを作ったりしていました。足と心臓が悪くても、母にできることはたくさんあったんです。

ところが、ホームに入居するとそんなことはできません。毎日与えられたものを食べ、指示されたとおりに運動をし、風呂に入れてもらう。ありがたいことですが、自分のことは自分でするがモットーだった母は自分が生きていることを実感しにくいでしょう。

現在の彼女は、月〇〇万円分の介護サービスを消費するだけの存在。しかし人間はやはり、自分で日々の生活をしてこそ人間だと思う。そこに人間とは何かという根本に関わる問題がある。「ローマの休日」では王女様が毎日の生活に退屈して街に逃げ出しますが、何不自由のない暮らしが精神的に不自由がないかというとそうではないのでね。

団塊の世代が介護施設に入ると「もっと好きにさせろ」というケースが増えるでしょうね

みんなの介護 一般的に「団塊の世代」と言われるのは、1947?49年に出生した人々。その出生数は3年間合計で800万人を超えている。今も各歳200万人います。一方、2017年の出生数は94万人余り。我が国において、団塊の世代がいかに巨大なボリュームを形成しているかが良くわかります。そんな団塊の世代も、4年後の2022年からいよいよ後期高齢者に突入します。そのとき介護の現場では、どのようなことが起きると想定されていますか?

三浦 団塊の世代が後期高齢者になると、施設には入れる人が減るでしょうね。それについては彼ら自身も認識しているようで、老後にお金がかかることは自覚しているし、子どもに迷惑はかけたくないと思っているし、「ピンピンコロリで逝きたい」という人が実に多い。もちろん、そう都合良くいくはずありませんが。

加えて、高齢者施設では今まで以上にトラブルが発生する可能性もあります。現在、老人ホームに入居している私の母たちの世代は、戦中・戦後の厳しい時代を生き抜いてきた経験から、何事にも我慢強く、不平不満を口にしない人が多いですね。

みんなの介護 じっと耐えるという印象があります。一方で団塊の世代は…

三浦 そう。団塊の世代は、戦後民主主義の申し子という意識があり、個人主義が強まり、また、高度成長期からバブル期を謳歌してきたので、彼らより上の世代に比べて自己主張が強く、自己中心的な性格の人も多い。彼らは大量消費社会の担い手であり、市場では常に多数派であったため、自分たちの意見が通ると思いがちです。

そこで「もっと好き勝手に生活させろ」と言ってくるケースが増えるでしょう。でもそれは人間の居る場所を求める当然の意見でもあるのですね。その一方で、彼らを介護する立場の若者たちは、社会のあらゆる場面で、我慢することに慣れていない人が多い。そんな両者が対峙するのですから、大変でしょう。

みんなの介護 団塊の世代が押し寄せる前に、高齢者施設サイドで何らかの対策を取らなければいけなくなるかもしれません。

三浦 現在の介護制度を全面的に改変することは難しいでしょうが、何とか別のオルタナティブが考えられないものか、検討すべきでしょう。いちばん良いのは、団塊世代による団塊世代のための新しい介護手法が団塊世代によって開発されることです。団塊世代は人間の解放や感性の自由を求めて活動した人が多い世代でもあるので、うまくいけば新しい介護の仕方、人間の居る場所としての介護を生み出す可能性もある。

老後、団塊世代は子どもたちと大都市郊外での近居を望んでいる。「ゆるやかな大家族主義」です

みんなの介護 三浦さんは『団塊世代を総括する』という著書の中で、団塊世代の老後を予測していますね。

三浦 2003年という少し古いデータになりますが、団塊世代に対して、「老後、お子さんとどのくらいの距離に住みたいか」を聞いたところ、「完全に同居したい」が3.1%、「2世帯住宅または同じ敷地内の別棟に住みたい」が19.5%、「歩いて10分以内の近い場所に別々に住みたい」が34.3%、「歩いて10分以上の場所に別々に住みたい」が35.9%でした。

歩いて10分以内を「近居」とすると、全体の67%が同居または近居を望んでいることになります。これらの数値は1989年のデータとほとんど変わっていないので、おそらくこれが団塊世代の本音なのでしょう。そのへんは前の世代と余り変わらないのでは。

みんなの介護 子どもと同居や近居を望んでいる人が意外に多いんですね。

三浦 団塊世代のこうした特徴を、私は「ゆるやかな大家族主義」と名付けました。高度成長期に地方の農村部から大都市圏に大挙してやってきた彼らは、大都市圏の郊外に購入したマイホームを第2の故郷と想定しつつ、その近くに子どもや孫を配置して暮らそうとしています。つまり、自分が生まれ育った地方農村部の大家族主義を、大都市郊外でゆるやかに再現したいと考えているようです。実際に実現できるかはまた別問題ですが。

とはいえ、自分が要介護状態となったときに、「子ども世帯に面倒をみてほしい」と考えているのは5.9%程度です。最後の最後には、子どもたちに迷惑をかけたくないのです。では、一体誰に面倒をみてほしいと考えているのか。

みんなの介護 順当にいけば配偶者ということになりますよね。

三浦 団塊男性の53.6%は「妻に面倒をみてほしい」と考えているのに、「夫に面倒をみてほしい」という団塊女性は30.3%のみ。男女で実に23ポイントの開きがあります。

普通は女性のほうが長生きするので女性の数値が低いのはある意味当然ですが、男女で差が開きすぎているようにも思えます。団塊世代の男性は、家事のほとんどすべてを妻に依存してきたと考えられますから、最後も妻に甘えようと考えているのかもしれません。

「賢人論。」第71回(中編)三浦展氏「人間関係資本、つまり“教え合いの関係”が構築できれば、施設内は居心地の良い空間になり、その生活は豊かで幸福なものとなるはず」

一緒に何かを楽しめる人が増えれば、本人の幸福度は確実に上がります

みんなの介護 団塊世代が高齢者施設に入居するようになると、他にはどんな現象が起こりそうでしょうか?

三浦 入居者同士がただちにバンド活動を始めるかもしれませんね。団塊の世代は、それまでの上の世代に比べて洋楽好き、しかも、音楽への関わり方としては、聴くだけでなく演奏する人が増えた。

そんな彼らが、例えば地元の音楽サークルを招いて開催される「音楽鑑賞の夕べ」なんかを黙って聴いているはずがありません。「趣味に合わない音楽を聴かせられるくらいなら、自分たちの好きな音楽を演奏させろ」などと言い出すに決まっています(笑)。

みんなの介護 そういえば、団塊の世代はグループ・サウンズ世代とも重なりますね。もし、高齢者施設で本格的にバンド活動が始まったとしたら、施設側は防音室を用意しなければならなくなるかもしれません。

三浦 老人ホームに入所した団塊世代がバンド活動を始めた場合、騒音問題など、マイナスの事態も確かに発生するでしょう。しかし、その一方で、バンドのメンバーがお互いにテクニックや専門知識を教え合う関係になるというプラス効果が生まれる可能性もあります。

例えば、ギターの得意な人が楽器の弾けない人にギターを教えたりとか、代わりに何かまったく別のことを教えてもらうとか。教えたり教えられたりする関係がうまく構築できれば、居心地の良い場所ができるはずです。

みんなの介護 イメージするだけで楽しそうな生活環境ですね。

三浦 『下流老人と幸福老人』の中にも書きましたが、さまざまなアンケート調査の結果をみても、友人関係と幸福度の間にはきわめて密接な関係があります。一言でいえば、「お金はあっても友人がいない人より、お金はなくても友人がいる人のほうが幸福度は上がる。」友人はその人にとって、かけがえのない大切な資産・資本になり得るのです。

そのため社会学では、友人や趣味の仲間をsocial capitalと定義している。social capitalは通常「社会関係資本」と訳されますが、それでは意味が通じにくいので、“人間のつながり、仲間”というsocialの意味を踏まえて私は「人間関係資本」と訳しています。仲間資本と言っても良い。

この人間関係資本を数多く持っているほど、その人の生活は豊かで幸福になれる。一緒に何かを楽しめる人や知恵を貸したり借りたりできる人を増やしていけば、本人の幸福度は確実に上がるはずです。ここに、高齢者施設を「人間の居る場所」に作り変えるための、重大なヒントが隠されているのではないでしょうか。

入居者たちの間で手や知恵を貸しあう関係形成されていけば、施設はもっと楽しい場所になる

みんなの介護 それは、どんなヒントなのでしょうか。

三浦 その前にもうひとつ、スキルをシェアする話をします。『これからの日本のために「シェア」の話をしよう』(NHK出版)という本にも書きましたが、その試みは「時間貯蓄」という概念に基づいています。「時間貯蓄」とは、住民が自分の持つスキルを広く公開し、そのスキルを時間単位で交換できるシステムのことで、人間関係が希薄になってしまった中国・上海の団地から始まりました。

例えば、Aという英語の得意な人がBという人に英語を「1時間」教えてあげれば、Aさんには「1時間」の貯蓄ができます。その「1時間」は何に使っても自由なので、今度はAさんが大工仕事の得意なCさんにお願いして、1時間かけて自分の本箱を作ってもらうこともできます。そうやって、自分の得意なことを時間単位で誰かに提供すれば、代わりに誰かの得意なことを時間単位で享受できると同時に、コミュニティ内の人間関係を深めることもできるシステムです。

同様の試みは、茨城県取手市にある井野団地の「とくいの銀行」にも見ることができます。この「時間貯蓄」のシステムは、見方を変えれば「人間関係資本」の形成にも役立ちます。住民同士、手や知恵を貸しあえる関係を作ることができれば、当然そこから友人関係に発展するケースも考えられますから。

みんなの介護 友人と過ごす時間が増えれば、その人の幸福度もアップしますね。

三浦 この「時間貯蓄」と「人間関係資本」の考え方を応用すれば、老人ホームなどの高齢者施設も、もっともっと居心地の良い場所に変えていくことができるはずです。

例えば、こんな方法はどうでしょうか。まず、1人の高齢者が施設に入居するごとに、その人の好きなこと、得意なことを聞き取って、それを「銀行」に「貯蓄」します。その情報を1施設だけでなく、周辺の地域にある10?20ヵ所の高齢者施設全体で共有すれば、それは数百人分の「私の得意なことカタログ」になります。

みんなの介護 なるほど。ポイントはどのような点にあるのでしょうか。

三浦 そのカタログを誰でも自由に閲覧できるようにしておく。すると、カタログを見て興味を持った人が、「パッチワーク・キルト作りが得意なCさんに作り方を教わりたい」と思ったり、「戦国時代のお城を研究しているというDさんの話が聞いてみたい」と思ったりする人が出てくるかもしれません。そうやって教える教わる関係をつくっていく。

みんなの介護 上手く機能させることができれば、サービス効率の面でも期待できそうです。

三浦 このように、高齢者施設で暮らす入居者たちの間で、自分のスキルに応じて手や知恵を貸しあう関係が少しずつ形成されていけば、施設は、単に受動的にサービスを受けるだけの場所ではなく、もっと楽しい場所になるはずです。

『第四の消費 つながりを生み出す社会へ』(朝日新書)にも書きましたが、人は「消費」では決して深くはつながりません。仕事、知識などを「提供」したり、一緒に働いたりすることで初めてつながる。あるいは、人から「ありがとう」と言ってもらえて、承認されます。そして他人から承認されることで、大きな幸福感を得ることができるのです。

キュウリをスーパーで買っても感謝されないけど、自分の作ったキュウリを誰かにあげて「おいしいね!」と食べてもらえれば、すごく嬉しい。「消費」ではなく、仕事や「提供」が承認につながるというのは、そういう意味です。

みんなの介護 高齢者施設で入居者同士が時間貯蓄を行い、人間関係資本を増やしていけば、やがて施設は「人間の居る場所」に近づいていくんですね。

三浦 そうなれば良いなあ、と思います。考えてみれば、手や知恵を貸し借りする関係は、地域社会における人間関係の基本です。人は万能ではないし、人間誰しも得意不得意がある。それぞれの個人の足りない部分をお互いに補い合っていかなければ、地域社会の生活はきっと成り立たなかったはずです。

墨田区の“喫茶ランドリー”は街の老若男女にゆるい繋がりをもたらしている

みんなの介護 これまで三浦さんは、社会問題解決型団地やシェアハウス、シェアタウンなど、現代人が生活の質を高めるために必要な「新しい住まいの形」をいろいろ提案されてきました。また、全国各地で草の根的に誕生している新たなコミュニティ・スペースについても精力的に取材されています。三浦さんが今注目している事例を教えてください。

三浦 最近取材して面白いと思ったのは、東京都墨田区の「喫茶ランドリー」ですね。原型は、デンマークのコペンハーゲンでよく見かける「ランドリーカフェ」。これはコインランドリーとカフェを一体化させたお店で、もともとは「持ち込んだ洗濯物が仕上がるまで、お客さんにはおいしいコーヒーを提供して待っていてもらおう」という発想で作られた店舗でした。

とはいえ、このランドリーカフェがユニークなのは、単に洗濯物待ちの待合所ではなく、最初からコーヒーや新聞・雑誌を目当てに訪れる人もいるように、街の老若男女が集うサロンと化していること。

墨田区の喫茶ランドリーは、コペンハーゲンのランドリーカフェより、さらに多目的化しています。洗濯機・乾燥機・大テーブルを備えた家事室があって、キッチンがあって、半地下と1階の喫茶スペースがあって、この店舗を運営管理している会社の事務所もあって。それらがすべてオープンスペースでゆるくつながっています。そして、この喫茶ランドリーの最大のウリは、使い方に決まりもルールもないこと。まさにまったくの自由空間なのです。

家事をしている姿を人に見られる環境。それは承認となり、幸福感をも生み出す

みんなの介護 普段の喫茶ランドリーは、店舗として営業しているんですか?

三浦 はい。飲料、ケーキのほかに、洗濯+乾燥コーヒーセット980円なんてのもあります(笑)。ミシンが200円、アイロンが100円で使えるうえに裁縫箱も用意されているので、洗濯物をここでたたんで、アイロンがけして、ボタン付けまでできてしまう。子連れ大歓迎で、子どもの食べ物は持ち込み自由。しかも、リノベーションされたばかりの店内はガラス張りで明るく、おしゃれ。

ここを真っ先に利用し始めたのは、地元で暮らす30代の若いママたちです。ここに来れば、子どもを遊ばせながらママ友とおしゃべりできるし、家事もできるし、食事もできる。大テーブルはパン生地をこねるのにうってつけで、キッチンのオーブンで手作りパンも焼けます。また、店内の一角またはすべてをレンタルスペースとしても活用できるので、誕生日会や立食パーティー、講演会に展覧会など、さまざまなイベントで使われています。

みんなの介護 店舗なのに、ここで家事ができるというのはユニークですね。

三浦 ママたちには、その点が好評のようです。普段、ママたちがいくら家事に頑張っていても、その様子は誰からも見られることはないし、評価もされません。ところが、喫茶ランドリーに来て家事をしていると、別のママやその子どもたちの、あるいはガラス越しに通行人の視線を感じる。

その多くは「おっ、頑張ってますね」という好意的な視線であり、あるいは、よその子どもたちが興味津々で見入っていたりする。それがママたちには快感なんですね。中編で時間貯蓄と人間関係資本について述べたように、自分の仕事ぶりが他者から承認されれば、それがそのまま幸福感につながるからです。

われわれ男性は気づきにくいが、ママというのも制度なんです。家族という制度の中に母親という制度があり、制度に従って家事や育児をする。しかし制度だから、みんなが当たり前だと思っているので、だれも家事や育児を承認しないのですね。昔だったら隣近所でわいわいやりながら家事も育児もしたけど、今はマンションの密室の中です。まさに施設ですね。そこはママたちにとって「人間の居る場所」ではない。

喫茶ランドリーには、地域のお年寄りもときどき顔を出しています。若いママさんたちが家事に精を出していたり、小さな子どもたちが遊んでいる姿に、お年寄りもちょっとした癒やしを感じているのかもしれない。喫茶ランドリーという、この自由で開かれた場所はまさに「人間の居る場所」だと思います。

「賢人論。」第71回(後編)三浦展氏「歳をとって何かが少しずつ欠けていったとき、地域の人々と知恵や労力やスキルをシェアし合えれば、私たちはまだまだ元気に暮らしていける」

施設ではないゴジカラ村では何時に寝起きしても良いし、当番などもない。ただ自由な暮らしがあります

みんなの介護 三浦さんが取材した物件で、「みんなの介護」の読者にぜひ紹介したいものはありますか?

三浦 名古屋市郊外の長久手市に2003年にオープンした「ゴジカラ村 ぼちぼち長屋」は、要介護のお年寄りとOLさんが同居する、ちょっと変わった賃貸住宅です。お年寄りが落ち着けるよう、古民家風に作られた新築住宅で、3つの棟が少しずつズレて連なり、長屋を形成しています。その1階に要介護のお年寄りが15人、2階にOL4人、子ども1人の夫婦1世帯が暮らしていて(取材当時)、1階には社会福祉法人の介護スタッフが24時間365日常駐し、お年寄りたちのお世話をします。

面白いのは、要介護老人・OL・子連れ夫婦という、普通に考えれば接点のない人たちがひとつ屋根の下で暮らしていること。風呂は共用だし、1階のダイニングでお年寄りと一緒に食事するOLさんもいます。高齢者から見ると、OLさんがいることで一種のエロスが生まれることも大事だそうです(笑)。

みんなの介護 OLさんたちは、なぜその建物で暮らしているのでしょうか。

三浦 アパートで一人暮らしするより、いろんな人たちと混ざって暮らしたい人が最近は増えているんですね。シェアハウスもそうですし。もちろん安心感もある。また、OLさんと子連れ世帯には、運営会社から家賃補助があります。その代わり、介護スタッフに「ちょっと手伝ってもらえますか」と言われたときだけ、お年寄りの世話の手伝いをすればOKです。

福祉施設ではないゴジカラ村では、お年寄りたちは何時に寝ても良いし、何時に起きても良い。○○当番なども存在せず、規則というものが通常の施設よりも少ないのが良いですね。基本的に賃貸住宅なので、在宅のケアプラン以外、すべて入居している人の自由。家族も自由に泊まりに来ることができます。

みんなの介護 思いっきり自由なんですね。それだけ自由なのであれば、「人間の居る場所」にもなり得ますね。

三浦 その通りです。介護スタッフが常駐しているため、1ヵ月の家賃は有料老人ホーム並みですが、OLさんや子連れ夫婦と家族のように触れ合うことができる。

シェア金沢では年齢や障害の有無に関わらず、ごちゃまぜに暮らしている。そうした中にこそ、人間本来の暮らし方がある

みんなの介護 コミュニティ・スペースの新たな展開として、街を丸ごとひとつ開発してしまった物件もあると伺いましたが。

三浦 2014年の3月、石川県金沢市内の約1万1,000坪の敷地にオープンした「シェア金沢」ですね。ここには福祉・児童入所施設やサービス付き高齢者住宅からアトリエ付き学生向け住宅、天然温泉やデザイン事務所まで複数の施設や店舗が混在していて、さながらひとつの街を形成しているかのようです。シェア金沢の中には近隣住民も散歩などに来るし、障害者のための運動場を隣にある小学校に貸すなど、周辺とのつながりもうまくできている。

特筆すべきは、この街で暮らす障害児や高齢者が、街中にある店舗の接客や仕入担当スタッフとして働いていること。また、学生や美大生は月に30時間、障害児や高齢者のお世話をする代わりに、相場より安い賃料で住むことができます。

このように標準的な縦割り行政では絶対に実現できない「まちづくり」に成功していること。福祉行政、文部行政、まちおこし、商店街振興など、行政上担当部署の異なる事業が横串で貫くように見事に一体化され、有機的に連動しています。

みんなの介護 他に素晴らしいと感じているポイントはありますか?

三浦 老若男女、障害を持つ持たないにかかわらず、ごちゃまぜに暮らしているのも良いですね。そして誰もが「できることはする」ということ。スパッと割り切ることのできない混沌の中にこそ、人間本来の暮らし方があるのではないかと感じています。

健康で、お金があって家族と仲が良い人は、歳をとっても地域とあまり関わらずに生きていけるかもしれません。しかし、夫婦はいつか必ず1人が残されるし、いつまでもお金があったり健康でいられる保証はありません。

歳をとるにしたがい、みんな少しずつ何かが欠けていく。そんなとき、地域の人々と知恵や労力やスキルを少しずつシェアし合うことができれば、私たちはまだまだ元気に暮らしていけます。介護保険制度はもちろん大切ですが、制度に縛られない、もっと多様な暮らし方があっても良い。そんな暮らし方のヒントを、これからもこつこつ探っていこうと考えています。

撮影:公家勇人

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07