酒井 穣(さかい・じょう)です。第24回「要介護認定の義務化が日本を救う!高齢者は、利用者から納税者に!!」では、早期発見・早期対応というヘルスケアの本丸について考えてみました。

ここには、介護になると、家族のお荷物になるという誤解があります。しかし実際には、少しでも早い段階で介護サービスを利用することで、介護の重度化が避けられ、むしろ家族の負担は減らせるのです。

今回は、2018年7月3日のNHK『クローズアップ現代+』にスタジオゲストとして出演した際にお話ししたテーマでもある「息子介護」に焦点をあてて、在宅介護における“虐待”について考えてみたいと思います。

親の介護をするのは長男の嫁…という時代は終わり、
実の息子や娘が介護をするようになっていく

介護というと、いまだに、長男の嫁が行うものと考えている人が多いものです。そうして嫁が、義理の両親の介護をさせられた結果として、介護離婚に至るようなケースもあります。

しかし、現代の介護は、もはや嫁がやるものではありません。そしてそれは、以前よりも専業主婦が減っていることもあるでしょう。

独立行政法人労働政策研究・研修機構調べ、1980年から2017年までの専業主婦の数の推移

出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構更新

しかし、それ以上に、嫁と義理の両親の関係性が、昔ほど親密ではないということもあると思われます。とにかく、自分の親の介護は、基本的に自分(息子)がやることになります。

兄弟姉妹がいると楽ということもなく、それはそれで負担の押し付け合いや、コミュニケーション不全によって、精神的にはより厳しくなるとも考えられるのです。

この「誰が介護をしているのか」ということに関しては、厚生労働省がデータを開示してくれています。以下は、主な介護者が、同居する実の息子かその嫁の場合の割合です。

厚生労働省調べ、2001年から2016年までの、介護する家族の割合(同居)

出典:厚生労働省更新

このデータを見ればわかるとおり、2001年から15年の間に、嫁が義理の両親を介護するというケースは半分近くに減っているのに対して、実の息子が親の介護をするケースは急増しているのがわかります。

実の息子と実の娘が介護をしているケースだと、娘がまだ少し息子を上回っていますが、今後は、娘と息子の割合は実質的に同じくらいの数になっていくでしょう。

日本にはまだまだ男尊女卑の文化が残っており、企業の重役の多くは男性であることが多いものです。

そうした男性中心の古い文化があるところで、息子が介護をする時代になってきたからこそ、介護離職の問題が顕在化してきているわけです。介護離職は、これから爆発的に増えていくことも予想されています。

虐待者が「息子」の割合が圧倒的に多い
息子が感じるストレスは“自分自身”との葛藤

ここで、実の親の介護を、娘が行うよりも、息子が行う場合のほうがさまざまな困難が生まれやすいということに、多くの人は気づいていません。

まず一般論として、息子による介護の場合は以下のような困難が挙げられます。

  1. 周囲の助けをかりないで一人でなんとかしようとする
  2. 完璧さを求めるあまりストレスを溜めやすい
  3. 家事に慣れていないことも多く基本的な介護スキルが足りない

もちろん、息子であっても、こうした一般論とは異なり、上手に介護をしている人もいます。ただ、傾向としては、息子による介護は破綻しやすいということについては、認識しておく必要があります。こうした破綻の結果は、親の虐待という悲惨なことにもなりかねません。

そして、虐待してしまう人の続柄としては、息子がもっとも多いという点には、特に注意が必要です。

厚生労働省が発表した、2016年までの要介護認定者数の推移

出典:厚生労働省更新

どうして息子が親を虐待してしまうのでしょう。この背景については、さまざまな仮説があるものの、明確なエビデンスがあるわけではありません。それでも、そうした仮説について考えておくことは、虐待を未然に防ぐためにも、意味があると思います。以下、息子が虐待をしてしまう背景について、そうした仮説を整理してみます。

息子が虐待者になる5つの要因
そもそも男性は暴力的なのか!?

男性介護者(息子)が高齢者虐待をしてしまう要因

1. そもそも男性は暴力的であるという仮説

男性は女性よりも暴力的だということは、一概には言い切れません。

しかし、世界で発生する殺人事件の加害者のほとんどが男性(日本の場合は約8割が男性)という事実は、この仮説をもっともらしいものにしています。

それが生物としてのオスの事実かどうかは別にして、人間社会で語られる「男らしさ」という価値観も、基本的には、暴力を連想させるものになっている点も見過ごせません。

体格や筋力という面からしても、男性のほうが女性よりも量的に多いことも事実です。

ただ、男性の睾丸で分泌されるテストステロン(男性ホルモン)は、過去に信じられていたような男性の攻撃性の証拠ではありません。このテストステロンは社会的地位への欲求を高めるものであり、暴力は、そうした社会的地位を得るための手段として使われることがあるというのが真相のようです。

とにかく、可能性としては、男性は女性よりも暴力的かもしれないと認識し、男性が介護をする場合、イライラを暴力として爆発させてしまわないように注意する必要があるでしょう。

2. 男性は自分の弱みをさらけだせないという仮説

夫婦やカップルで旅行をし、道に迷ったとき、男性はなんとか自分で道を探そうとしそうなものです。

これに対して女性は、たまたま周囲にいる見ず知らずの人に声をかけ、正しい道を聞き出すことが多いように感じられます。

これにも確かな統計があるわけではありませんが、男性は女性よりも、自分の弱みをさらけだせない存在なのかもしれません。

あくまでもよく言われる話ではありますが、親子関係であっても娘は親(とくに母親)との結びつきが強く、困りごとを相談するのに対して、息子は親に対しても強がり、親に相談をすることが少ないように思われます。

そんな男性が親の介護にかかわると、介護がうまくできない自分の姿を親に見られることになります。そうして自分の弱みを親に知られてしまうことが、大きなストレスの原因になるなら、危険かもしれません。

3. 息子は親が弱っていく現実に向き合えないという仮説

息子は、親の介護にかかわるとき、親がもっと頑張ってくれれば、介護が必要ない状態に戻れると考える傾向も、一部で指摘されています。

親も年老いれば、できなくなることがあるのは仕方のないことなのに、それを受け入れることができない可能性が考えられているのです。そうして親に対して必要以上にリハビリを頑張らせ、「どうしてできないんだ!」という具合に暴発してしまうかもしれないわけです。

とはいえ、こうした傾向をもった娘もいることも事実ですし、女性であっても、親が年老いて死んでいくという事実に向き合うのは大変なストレスであることも事実でしょう。

この仮説は、他の仮説よりも簡単には信じられないものですが、それでも「どうしてできないんだ!」となってしまうのは問題だということは、その通りです。

4. 男性は親の介護に対して責任を背負いこみやすいという仮説

これもよく言われる仮説ですが、親の介護にかかわることになった男性は、女性よりも「介護の責任は自分にある」と強く思い込みやすい可能性があります。

もちろん女性であっても責任は感じますが、男性の場合は、それがより顕著になるかもしれないのです。

親の介護が始まれば、医師や介護職はもちろん、ご近所さんの迷惑になるとか、ときに警察にもお世話になるといったことは普通に起こります。そうしたことを「自分が介護をうまくできていないからだ」と思い込んでしまうのは行き過ぎです。

こうした行き過ぎた責任感が、女性よりも男性で生まれやすいとするなら、そこから、親を拘束するといった虐待が生まれてしまう可能性も高くなるでしょう。

5. フルタイム労働をして家族を養うプレッシャーがあるという仮説

男性には、女性よりもフルタイム労働をして、家族を養う大黒柱たるべきという価値観があるという仮説も、よく耳にするものでしょう。

しかし、親の介護をしながら、完全にフルタイムで仕事もこなすのは困難です。時短や有給、フレックスをフル活用してもなお足りないということも、介護ではよくある話です。そうした環境で、なんとかフルタイム労働を維持しようとすれば、睡眠時間がなくなります。

睡眠時間というのは、一般に信じられている以上に、生物にとって重要なものです。これが削られてしまえば、正常な判断ができなくなるばかりか、価値観にまで変化が起こってしまいます。それが虐待につながるという可能性は、大いにありえる話です。

以上、5つの仮説から、息子が親の虐待をしてしまう背景について考えてみました。

この5つの仮説を前提としてみれば明らかなとおり、男性は、介護を一人で抱え込みやすく、周囲への助けを求めることも苦手で、暴力を振るいやすいという可能性が考えられるのです。

これは固い事実とは言えるものではなく、あくまでもエビデンスの足りない仮説にすぎないという注意は必要です。同時に、研究者たちが、より優れたエビデンスを見つけてくれるのを待っていることもできません。

とにかく息子が虐待をしやすいということは事実であり、息子が虐待をしてしまわないように予防線をはるには、今のところは、こうした仮説に寄りかかることも必要なのです。

もし自分が虐待をしそうになったら
親の介護をプロに丸投げする“覚悟”が必要

息子が介護をするときは、こうした仮説の存在を知り、自分が虐待をするようになってしまわないように注意する必要があります。

すなわち、以下の5つのポイントが求められます。

  • 自分が暴力を振るう可能性を警戒する
  • 積極的に弱みを見せて周囲に助けを求める
  • 親に多くを求めてしまうことをやめる
  • 周囲に迷惑をかけることに慣れる
  • しっかりと睡眠時間を確保する

こうしたことが自分には難しいと感じたら、とにかく、介護のプロに頼って、場合によっては介護を丸投げするという覚悟も必要になります。

そして、もし自分が虐待をしそうになったり、場合によっては虐待をしてしまった場合は、早急に、地域包括支援センターに駆け込む必要があります。

介護をしていれば、虐待しそうになることは誰にでも起こることです。介護の文脈で、実質的に虐待をしたことのある人も多数います。

誤解を恐れずに言えば、もっとも大きな問題は、虐待をすることそのものよりもむしろ、虐待が隠され、それが日常化し、虐待が深刻化してしまうことです。その終わりは、介護殺人ということにもなります。

親が自ら虐待を通報することはほとんどない
お互いを大切に思うがゆえの悪循環を断ち切るべし

虐待をされている親は、それを周囲に伝えると、自分の子供が犯罪者になってしまうことを恐れるものです。ですから、虐待は、虐待をされている親の告発によって発覚することはほとんどありません。

虐待を止めるには、虐待をしている本人から周囲への相談がなければ、まず不可能なのです。なるほど、介護のプロが虐待を発見することもあります。

しかし、だからこそ虐待を隠そうとする息子の場合は、それを恐れて、介護のプロを家にいれないようにもなります。

そうなれば、息子はますます介護を一人で抱え込み、虐待をエスカレートさせてしまうわけです。

虐待は、親のことが嫌いな息子が起こしているのではありません。

むしろ、お互いのことを大切に思っている親子の間で発生するからこそ、本当に悲しいことなのです。