VRアートに高い価値、世界が一歩前進した
先日、NPO法人千楽chi-raku(現在 社会福祉法人千楽)という障がい者施設が主催する『福祉を超えろ!「わたしの居場所をつくるVR」』というイベントにお邪魔した。
インターネット上の仮想空間メタバース界で、今もっとも輝いているVRアーティストのせきぐちあいみさんと、東京大学先端科学技術研究センターの登嶋健太さんをゲストに迎えたイベントだ。
せきぐちあいみさんは、VR空間に3Dのアートを描くVRアーティスト。アート制作やライブペインティングのステージを世界中で行なっている。NFT(非代替性トークン)コンテンツが1,300万円で落札されたことでも話題になった。
今までデジタルデータというものは、簡単にコピーができてしまったり価値がつきにくいという問題があった。
しかし、正確に取引履歴の維持ができる「ブロックチェーン」の仕組みによって、デジタルデータが資産に変わったのだ。
イベントでは、せきぐちあいみさんが、目の前で描いたVRアートが1,300万円という高値で落札されていく様子が配信された。
ボクもその様子を拝見していた。世の中が一歩前進した瞬間だった。
せきぐちあいみさんの作品で、ボクが好きなのは和のテイスト、ノスタルジックなどこか懐かしい場所に行ける作品だ。
額縁や掛け軸が部屋にかかっていて、その絵の中に入っていく。障子の向こうは、懐かしい街並み。そこを通り抜け、鳥居を潜りどんどん奥まで歩いて行ける。山並みが広がり、滝が流れる。思わず深呼吸したくなるような場所に辿り着く。
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)という頭部に装着する特殊なディスプレイを着けると、目の前に広がるVR空間では、実際に歩いたり移動したりできるのだ。
まるで絵の中を本当に歩いているよう。その不思議な感覚を、ぜひぜひ体験してもらいたい。

写真提供:石川正勝
ボクに束の間の自由をくれるVR空間
手も足も自由に動かない、言語障がい、記憶障がい、さまざまなポンコツな脳を持ったボクでもVR空間にいるときだけは自由になれるのだ。
ああ、束の間の自由がボクにプレゼントされる。
あの感覚を味わいたくて、何度もHMDをかぶるのだ。
だから、高齢者や外に出向けない悩みを持った方々にもこれを体験していただきたいと思う。
すべての人がとまでは言わないが、きっとボクのようにVR空間が自分を解放してくれるツールになることもあると思う。
もうひとつ大切なことを話そうと思う。
ボクのリアルな見かけは車椅子に乗っていて、歳をとっている。
だが、VR空間の中ではその区別が全くない。
よく言われるように、かわいい女の子のアバターが実際はおじさんだったりもする。自分でいてもいいし、別人でもいい。自分で自分を選べるのだ。
体が不自由でも同じ。実際は左手が使えなくてHMDの操作に苦労しているのだが、仮想空間の中では自由になれる。
もしかしたらVR空間のそこが一番ボクを魅了しているところかもしれない。
車椅子で喋れない神足さんではない。
「福祉を超える」ということは、まさにこういうことなのではないか?と思う。

写真提供:石川正勝
たわいもない会話から新しい企画が生まれる
日本ではまだまだ、店に行っても車椅子に乗った人は特別扱いで、車椅子用の席に通されることも多い。アメリカに旅をすると「車椅子なんだけど」と断ると「それがなにか?」という不思議そうな顔をされる。車椅子でも、そうでなくても空いた席に通す。この対応に旅をして一番驚いた。
それが奥の方の席で、車椅子では無理なんじゃないか?という狭い店内でも奥に進むと皆立ち上がってスッと道ができる。自然で当たり前のこと。なんでもないことなのだ。
社会福祉法人千楽は、発達障がいや引きこもりの方々が集う場所を提供している。
面白いのは、学生のボランティアスタッフがたくさんいて、その学生たちがいろいろな企画を利用者さんとともに行っていることだ。
今回のイベント『福祉を超えろ!「わたしの居場所をつくるVR」』も、3人の学生スタッフが中心となって企画したものだという。
学生のボランティアスタッフは、介護スタッフでは聞き出せないような利用者さんの悩みや本音を、たわいもない会話を通して聞けたりするそうだ。そして、それが新しい企画につながったりもするらしい。
狙っていないからこそできる、副産物なんだろうなあと思った。
登嶋さんのVR空間での提案は可能性に満ちている
千楽の学生ボランティアの活動は、地元の方や、困っている方々に知ってもらうための出前相談会に、登嶋健太さんの「擬似体験旅行(VR旅行)」を提供して楽しんでもらうことからスタートした。
障がい者施設の利用者さんの中には、「誰にも会いたくない、会えない」そんな悩みをずっと抱えている人たちもいる。
もしもVRに興味を持ってくれる利用者さんやご家族がいたならば、施設に来てくれるかもしれないし、VRを使用してバーチャルな世界の中でなら話をしたり、話せなくても仮想の空間の中でなら誰かと一緒にいられるかもしれない。
登嶋さんのVR空間での提案は、可能性に満ちているとボクはいつも思う。
10年ぐらい前、入院中のボクに娘がロサンゼルスの現地から旅の様子を360度映像で送ってきた。
その映像は、ロサンゼルスを娘と一緒に旅行しているような気分になり、いたく感動したことを覚えている。
当時、「こんなサービスがあったらいいのに」と原稿で書いたら、寝たきりの高齢者にそういうサービスをするボランティアがあるらしいと、ある方が教えてくれた。
「え??もうやってる人がいるの?」
当時はまだ、今のように誰でもVRを楽しめる時代ではなかった。
VRに興味を持ったボクは、PANORA(パノラ)というVR専門のサイトから依頼を受け取材に行った。それが登嶋さんとの出会いだ。
そして、登嶋さんが提案するVRは、ボクが考えていた以上に素晴らしい物だった。
「生まれた場所の近くにあった、あの桜の木はまだあるんだろうか?」「70年前に新婚旅行に行った、あの場所にもう一度行ってみたい」という依頼者の夢のような願いを360度カメラを使って撮ってくる活動をされていた。
登嶋さんが撮ってきた世界各地の映像を見せてもらった。
取材が終わり雑談の中で、登嶋さんが「これからこの360度映像を撮る人もアクティブな高齢者にお願いできないか仕組みを作りたいんです」そう仰った。
その言葉を聞いて、ボクの食指がビビッと動いた。
「ん?撮る方も?ボクにもできるかも?」もしそうなったら、ぜひ呼んで欲しいとその場で約束をした。
それからまもなく、登嶋さんは東大で研究を始められ、アクティブシニアと呼ばれる高齢者とともにVR旅行の映像を撮り溜め、高齢者施設に届ける活動をしている。
ボクは今までも何度も入退院を繰り返し、大変な入院生活を過ごしてきたけれど、VRの旅が病室でも手軽にでき、世界中のどこにでも行けたことは入院中のボクの癒しだった。
ボクのようにVRで癒される人が、一人でも多くいたらなあと思っている。

写真提供:石川正勝
いつかVRの展覧会ができたらなあと思う
せきぐちあいみさんと登嶋健太さんがタッグを組んで、新しい何かを始める。なんて心強いことだろう。
2年ぐらい前から、VR上に3Dのチルトブラシというソフトを使ってお絵描きを始めていたボク。
初めて描いたのは潰れかけた家の絵。それをSNSにアップしたら、せきぐちさんにコメントをいただいたという輝かしい過去がある。あれから、細々と続けているVRお絵描き。
360度カメラを扱っているアクティブシニアのみなさんにも描いていただいた。描いた瞬間からアーティストだ!!!
閉ざされているはずのHMDの中には、無限の世界が広がっているのだ。
こんな皆様と展覧会が開けたらいいなあと常々思っていた。それがせきぐちさんと登嶋さんと千楽のおかげで実現できるかもしれないのだ。
VR空間ではいろんな世界にいける。歩けないボクが歩いて絵の中を、世界の街の中を歩いていける。頭をちょっと低くして屈んだら虎の口の中にも入っていける。
自分の部屋から出ていけない人も、HMDの中ならどこかに行けたり、絵を描いたり、人と会ったりできるかもしれない。
「誰にも会いたくない、会えない」と悩んでいる人も、メタバースの世界の中で自由を味わえたら、ボクのように自分で絵を描いたり、外にVR映像を撮りに行きたいと思うようになるかもしれない。
そして、そうして出来上がった成果物をみんなに見ていただく展覧会をぜひ実現したいと思っている。
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動画撮影:神足裕司妻