介護食は進化を遂げていた
「あれ?おいしい!」

介護食も、昔のイメージと随分変わった。今まで介護食とは縁もゆかりもなかった食品メーカーが販売し始めたと聞くことも増えた。昔からのそのメーカー伝統の製法を介護食に生かすことによって新しい介護食の時代がやってきたのだ。

ボクは、約9年前に福祉用具機器展に行ってはじめてサンプルをいただいた。今の介護食は、そのときに食べたものとまったく違うものと思っていいだろう。そのぐらい進化を遂げている。

今回、3つの会社の介護食をいただいてみた。あの牛丼の吉野家で有名な「株式会社吉野家ホールディングス」と日本のお魚食を牽引してきた「マルハニチロ株式会社」、そして缶詰や飲料用の缶製品を作っておられる容器メーカーのパイオニアである「大和製罐株式会社」の3社だ。

失礼ながら昔のイメージで「おいしくないもの」と感じていた介護食のイメージが、今回相当変わった。3社それぞれの介護食をいただいて、「あれ?おいしい」と素直に思った。

昔を思い出した
吉野家のどんぶりで牛丼を食べたら格別だろうな

吉野家ホールディングスの本社の入り口は暖簾がかかっている。それを潜ってお邪魔する。

本社ビルの大きな建物の前には、お昼どきだったこともあって吉野家のキッチンカーが出ていて、買い求める人の列ができていた。そこでもう「ああ、久々に食べたいなあ」そう思った。

吉野家本社を訪問するコータリさん

大学時代は吉野家に相当お世話になった。「大盛つゆだく」は、すぐに平らげた。しょうがもいっぱい乗せてガツッといった。

編集部時代も、夜中にテイクアウトのビニール袋に入った牛丼がテーブルの上に積み上げてあって、「さあ、食べようか」とワイワイ食べた。そんな光景が蘇る。

お邪魔した会議室にはレトルトの牛丼の具のパッケージが並んでいた。それとうなぎ。吉野家で牛丼を食べたことがある人なら、反射的に久々に食べてみたいと思うんじゃないだろうか。そんなパッケージだった。どんな介護食になっているのだろうか。

吉野家では2017年から「吉野家のやさしいごはん 牛丼の具」を発売し始めた。ボクは、そのことを知らなかった。

ケア事業の事業部長をされている佐々木透さんという方が、ご高齢のお父様がこれまでの冷凍の牛丼の具ではお肉が大きくて食べられないのをなんとかしてあげたいと思ったのが始まりだったという。

そう。当事者になってみないとなかなか気持ちを理解できず、どんなものがいいかもわからないのが実情だ。経験者がつくるそれは、心がこもっている。

吉野家が国内でのチェーン化を目指して新橋店を開店させたのは1968年。当時働き盛りで、吉野家を食べ続けてきた20~30代ぐらいの方達はもう70~80代。嚥下が問題になり始めてもおかしくない。

もし、近い将来そうなったとしても、馴染んできた吉野家の牛丼が自宅ですぐに、しかも嚥下に問題のある状態になっても食べられるのは嬉しいことだ。

ボクもいろいろなものが食べられなくなった。それでも工夫して食べることがまだ楽しみでもある。その楽しみを一つ見つけたような気がした。

食べ物を前にガッカリ肩を落として見つめていた人も、健常な頃と変わらない味の牛丼が食べられる。レトルトを電子レンジでチンするだけだ。それをあったかいご飯に乗せる。お粥の上でもいける。

お話をうかがっている中で、介護施設で「牛丼イベント」なるものを施設のスタッフが行っている映像を見せてもらった。

鍋の中から柔らかな牛丼を専用のどんぶりに盛り付ける。みんな、それをニコニコして食べている。

入居者の方々も、吉野家の店員さんが以前かぶっていたあの帽子をかぶり、笑顔で食事をしている。店の看板のロゴも貼ってある。この帽子のキットは提供してくれるそうだ。

そうだよなあ、吉野家のどんぶりで牛丼を食べられたら、また格別かもしれないなあと思った。

塩分を控えめでも、グッとくる味の深さのようなものは変えない。それには、相当ご苦労されたようだ。しっかり吉野家の味が再現されている。

吉野家の介護食

ほかには、食べやすいよう小骨を排除したうなぎ。これにもびっくりした。変な言い方だけど本物のうなぎだ。「成分はうなぎだけど形成されたもの」とは違う。

安心して自分の介護食時代に入っていけるアイテムを見つけたって感じがした。

マルハニチロはものすごいバリエーション!
介護食を毛嫌いする気持ちが変わった

マルハニチロは、言わずもがな、お魚の食品メーカーだ。もちろん今ではお魚以外にも広く事業展開されているが、ボクの古いイメージでは遠洋漁業や捕鯨なんかをやられていて、お魚にめっぽう強い会社だ。

会社にお邪魔して、出てきた介護食のバリエーションにまず驚いた。病院施設向けや在宅用、噛む力に応じて選べるメニューがあった。主食や主菜、副菜、お魚、スパゲッティ、中華など、ものすごいバリエーションだ。

これから食べ続けても随分先までダブらないんじゃないかと思うぐらいだ。ああ、きっと病院や施設でマルハニチロの食事とは知らずにいただいていたのかもしれないなあ思った。

今回は、自宅でいただけるペースト状のものを中心に試食してみた。それにしたって、さけの塩焼き風、さばの味噌煮風、かれいの煮付け風、ぶりの照り焼き風、たいの塩焼き風と見事な品揃え。

マルハニチロで試食するコータリさん

さけの塩焼き風を恐る恐る口に運ぶ。「ん?おいしい…」もう一口いってみたくなる。ご飯も食べたくなる。

不思議な感覚だけど、見た目はペースト状なのに口の中の残味はまさしくさけの塩焼きだ。当たり前だが、生臭さもない。頭の中で記憶しているさけの塩焼きがそこにある。しかも、おいしい。

失礼ながら、ペースト状の魚がここまでおいしいとは思っていなかった。さばの味噌煮風も、ぶりの照り焼き風も、かれいの煮付け風も、脳裏の記憶の料理をちゃんと再現できるものだった。

ハレの日用でもあるというたいの塩焼き風も、しっかりたいの塩焼き。この当たり前の、そのものの味を再現できていることに驚く。「介護食なんて」と毛嫌いしていたボクは関係者各位に謝らなければいけないなあと思ったぐらいだ。

昔どんなまずいものを食べたんだ、という話になってくるが、昔は「味のない、形は本物に似せているけれど中途半端なもの」そんなイメージだった。次の箸が進まない、そんな感じ。

だけど、ここでいただいたものすべて、味がしっかりしている。しかも、塩分は控えめで、栄養価がプラスアルファーされるように研究されている。昔、サイバラとグルメの本を出していたボクとしては、いろいろな会社の介護食を星で評価したいぐらいだ。

ボクが食べた中ではダントツに美味しい。急上昇の介護食だった。試食時にお口直し的にいただいていたパワーライスというコシヒカリのやわらかいご飯も美味しかった。

少量で高エネルギーが摂取できるそうだ。妻が「高カロリー!これいいですね」と食いついていた。

こちらが「おいしさ満天食堂 さけの塩焼風」と「もっとエネルギーパワーライス」だ。

マルハニチロの介護食品

取材にうかがったのだから、自社の中でも自信作をいただいたのかもしれないが、どれも美味しかった。魚はマルハニチロだな、と素直に思った。目から鱗レベルだった。

ほかにも、カレーうどんやスパゲッティ、肉系のものもあるらしい。ぜひ今度試してみたい。近々介護食ミシュランをぜひやってみたい。

マルハニチロ本社を訪問するコータリさん

大和製罐は酒のつまみに!
生きる元気を感じる

最後に、これまた意外なところから出ている介護食。大和製罐の介護食。

大和製罐本社

こことの出会いは、とろみ付きの飲料があると聞いて入院中に友達が送ってきてくれたときだ。とろみ付きの飲み物を作るのはダマになったり結構面倒なのだが、それが缶に入って既にできている。もちろん日持ちもする。

その大和製罐が介護食を作っているというので食べてみた。ここは、ムース状がメイン。筑前煮やお魚の煮付けみたいなものもあるが、ボクがいいなって思ったものが、焼き鳥とか酢豚。ここでのおすすめは、酒のつまみになりそうな介護食。

大和製罐の介護食

そんなコンセプトで作っているかはわからないが、そういう親父的な無骨な感じのするイメージが好きだ。いや、言い方を変えれば、「まだまだ私たちもいけますわよ」そんなユーザーの意欲を代弁しているように感じる商品なのだ。

なんでそう感じるんだろう?牛丼の方がガッツがあるようにも思えるが、大和製罐の介護食には生きる元気を感じる。

三者三様!
味もさることながらイメージも大切だ

同じ介護食でもパッケージや社風で受ける感じも違うのだろうか?味もさることながらイメージも大切なんだなあと今回思った。

吉野家の暖簾もマルハニチロのやさしくあったかい応対の社風も、大和製罐の生命力を感じる力強さも、介護食に一層味を加えていたような気がする。

『コータリン&サイバラの 介護の絵本』

神足裕司[著] 西原理恵子[絵] 文藝春秋社 (2020/8/27発売)
9年前にくも膜下出血で倒れたコラムニスト コータリさんと、漫画家 西原理恵子さんがタッグを組んだ連載「コータリさんからの手紙」が本になりました!
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