NIKEから発売される新しい靴
「ちょっと変わった形状」が気になる
「神足さん、これいいんじゃないですか?」
いつもボクが靴を履くのに苦労している様子を見ていた登嶋健太さん(東京大学の先端科学技術研究センター稲見・檜山・瓜生研究室でVRの研究などを行っている友人)がメールを送ってきた。
登嶋さんがおすすめしてきたのは、NIKE(ナイキ)の「ナイキ ゴー フライイーズ」という新しいシューズだった。なんでも、ハンズフリーで簡単に着脱できるらしい。
この靴は、2月15日に一部のナイキメンバーに招待制で先行発売が開始され、2021年後半に一般発売予定だという。
そしてこの靴は、ちょっと変わった形状をしているというからとても気になる。

サンプルを履いてみた!
着脱がこんなに簡単…魔法みたいだ
そんな靴を試してみたい!ということで、「ナイキ ゴー フライイーズ」のサンプル(27cm)を借りた。

サイズがやや大きめなので、自分にとってのちゃんとしたモニタリングには至ってないのだけど、それでも一番の特徴である脱ぎ履きが簡単という点では感動すら覚える。
履いた状態だと一見普通の靴と変わらない。だけど脱いだ状態では、靴底が外側にくの字に曲がって踵の部分が飛び出ていてスリッパのような状態になっている。
履くときはこの「どうぞいらっしゃい」と言っているように開かれたスリッパのような部分に足をスッと入れる。ほんのちょっと足に負荷をかけて地面の方に足を下ろせば、くの字に曲がった靴底がまっすぐになってすっぽり踵が収まる。
今まで踵を靴べらかなんかで頑張って入れ込んでいたが、その必要はまったくない。すぽっと入る。なんて簡単なんだ。麻痺側は、介助してくれる人に足を入れてもらって膝を押して足を下に押し付けてもらう。するとスッと入っていく。魔法みたいだ。
手が不自由な方だって手を一切使わず履ける。ボクのように麻痺があって靴が履きづらい人だって魔法のように履ける。でも、どこにも「介護用」だとは謳っていない。当たり前だ、これは普通のシューズなのだ。
脱ぐときだって簡単だ。健常者だったら片方の靴のつま先でもう片方の踵のNIKEマークの部分を踏みながら踵をちょっとあげる。すると靴底がくの字に曲がってスルッと脱げる。
ボクの場合は踵を軽く押さえてもらえればスッと脱げる。1、2本指を添えてもらえば脱げるぐらいで、力はほとんどいらない。簡単だ。本当に今までの靴の脱ぎ履きからまったく変わる。

手を使わなくても脱げる。それでいてホールド感はいい。サンプルなので自分のサイズより大きめだったが、脱げてしまうんじゃないかと思う感じはまったくしなかった。
やはり麻痺している側は浮腫もあるので自分のサイズでは無理かもね…というのが率直な感想。だからボクの場合は1~2cmぐらい大きいサイズを買い求めた方が良さそうだ。
歩くことなんて想像できなかったあの頃
いつも同じ介護シューズを履いていた
病気をしてからというもの、ずっと介護シューズなるものを履いてきた。普通の靴を履きたくても履けなかったっていうのもある。
まだ発症して間もない頃、リハビリ病院に転院するときにこう言われた。「踵のあるスリッパ(室内ばき)と外用の介護シューズを買い求めてほしい」と。
まだ歩くことどころか、誰かに掴まって立つことでさえできるなんて夢にも思っていなかった頃だ。靴やスリッパを用意しろと言われただけで「え?靴用意するの?」とちょっと意外で家族はちょっと嬉しかったらしい。寝たきりだと思っていたから。
「立つ練習もしますよ」と言われたが、家族としては管につながれ横になったままボクが足の裏を床につくことなんてできるのか!?と驚いたようだ。
赤ちゃんがはじめて歩くときに用意するファーストシューズのように期待を込めていろいろ探したんだけど、あまり選べる種類はなかったそうだ。その中でも介護シューズから普通の靴に似ている靴を買い求めた。
妻は「おしゃれなパパだからこのデザインじゃ嫌って言われちゃうかも。でも練習しやすくなくっちゃね」そう思って介護シューズを買い求めたそうだ。
発病した頃のボクには靴のデザインを気にする余裕もなかったけれど、デザインが好みのものがないというほかにも大きな問題があった。ボクの足は24.5cmと男性では若干小さめ。
家族は履きやすいように25cmの幅広なものを買い求めてきたが、それでもまるっきり入らない。なぜなら足がパンパンに浮腫んでいるからだ。その頃は両足ともぷっくりと膨れ上がってコッペパンが二個ついているみたいだったそうだ。
そしてもっと幅広のタイプ、左右ちがうサイズを二足買い求めた。もちろん2足の片方ずつは使用することはない。しかし、介護シューズの良いところはそんな人にも履きやすいようにマジックテープで甲のあたりを留められるようになっていて、履くときに口がガバッと開くものが多い。
今まで履いていた靴なんて一つも履けなかったその頃、どこに行くのにもその靴を履いていた。
靴はおしゃれの源
ボクは普通の靴が履きたかった
1年の入院生活を経て自宅に戻ってくると、いろいろな人が訪ねてきてくれたり、まさかできると思っていなかった仕事も再開した。結婚式にも行くし、テレビの仕事もあった。
洋服はなんとか今までのものを妻が着せてくれた。だけど、靴は介護シューズ。「誰もそんなの気にしないよ」そう思うかもしれないが、ボクはそれがとっても気になった。
靴はおしゃれの源だ。今では考えられない贅沢とも思うけど、靴にはこだわってきた。スニーカーだって、アメリカで毎年話題のものを買っていた。NIKEの「エア マックス95」だってちゃんと発売された1995年に買い求めた。
そんな自慢をしている場合ではない。普段履ける普通の靴がないのだ。スニーカーがないのだ。スニーカーのメーカーをいろいろ試してもみた。スーツ用の革靴だってローファーみたいなのなら履きやすいだろうと思って試したりもした。
先にも話したが、ボクの足は本来のサイズで言えば24.5cmだ。だけど、普通のスニーカーを履くならば26cmぐらいを買い求めて簡単に履けるように横をハサミで切ってみたり、踵の上にリングをつけて引っ張って履かせやすいようにしてみたり、細工する。

それでもサイズが大きいからぽろっと脱げてしまったりする。麻痺している側は感覚もなく履くのも本当に大変だ。履かせる側も熟練の技がいるから大変だ。
「それでも普通の靴が履きたい」「介護シューズでいいじゃないの…」ここが別れ道だ。履きやすい靴を無難に履くって人と、それでも心から履きたいものを履きたいと思う人。いろんな考えの人がいる。
どんな人が履いてもかっこいい靴
それがボクの理想の靴だ
車椅子の人が行き違うとき、ちらっと足元をみる。「あ、普通のスニーカーを履いている」やっぱりそうだよなあ、歩けなくたってできることならおしゃれだってしたい。
車椅子の知人に「スニーカー履きづらくないの?どうしてるの?」と聞いてみた。やっぱり大きめのサイズを買い、ひもを緩めたりきつくしめたりして調整しているとのこと。
そうだよなあ…。一人で靴を履くのって思ってるより大変なことなのだ。やっぱりおしゃれをするには努力も必要だ。ずっといろいろな事情で普通の靴が履けない人のスニーカーや靴を作りたかった。いや、ユニバーサルデザインでどんな人が履いてもかっこいいやつを。それが形になって現れたのが「ナイキ ゴー フライイーズ」だった。

この靴に使われている「FlyEase(フライイーズ)」というテクノロジーは、アメリカの脳性まひの高校生からの手紙をきっかけに開発されたそうだ。
手紙を受け取ったNIKEのデザイナーは、その青年の要望にかなう試作品を開発し、3年の歳月をかけて簡単に着脱できるバスケットボールシューズを開発。それ以降、「FlyEase」を搭載したさまざまなシューズが発売されてきた。
車椅子のアスリートや、通学路を急ぐ学生、子どもや荷物で両手を塞がれた母親や妊婦さん、ボクのように靴を履くことが大変な障がい者や高齢者まで、さまざまな人ができるだけ幅広く活動的な生活ができるように生まれたのだ。
「ナイキ ゴー フライイーズ」のカラーは全3色。デザイン性を兼ね備えた「誰でも履ける靴」。まさしくこの靴はそれを可能としたと言えそうだ。
やっぱり靴を履くのは至難の業なのだ。そんな思いが開発の発端になっていることを知って、ボクも改めてどこかで同じ思いをしている人のためにも声を上げないとと思った。「自分のため」がいずれ「多くの人のため」になるかもしれない。

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