トヨタ自動車のお膝元、愛知県豊田市では、さまざまなモビリティを活用し、市内中山間地域における高齢者の生活を守るプロジェクトが進行中だ。自動車産業が盛んな都市ならではの取り組みは大きな効果をもたらし、全国の自治体からの問い合わせや視察が絶えないという。一体どのようなプロジェクトなのだろうか。その発足から仕組み、展望について太田稔彦市長に語ってもらった。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・太田稔彦の声】
「自由な移動」「楽しいお出かけ」「健康な毎日」の実現を、モビリティで叶えたい

豊田市は自動車関連企業が集積する工業都市でありながら、市域の約7割は森林。いわゆる中山間地域で暮らす市民も多く、そのほとんどが高齢者です。市としても中山間地域の振興や公共バスの整備などで過疎・高齢化問題に対応してきましたが、近年の急速に進展する過疎化や高齢化に対してはどれも特効薬とはなりませんでした。
そんな折、名古屋大学が豊田市の足助(あすけ)地区を実証実験のフィールドとした「たすけあいプロジェクト」を2013年から立ち上げることになったのです。
モビリティを駆使し、「自由な移動」「楽しいお出かけ」「健康な毎日」の実現を目指したこのプロジェクトは、中山間地域限定の「MaaS (モビリティ・アズ・ア・サービス)」と言えます。
移動手段が発達している都市部でこそ機能しやすいと考えられていたMaasですが、市としては求めていた特効薬となる可能性を感じました。
この取り組みは、行政である豊田市とプロジェクト発起人である名古屋大学だけでなく、中山間地域の拠点病院となっている足助病院も連携して取り組んでいるところが重要な要素になっています。
誰だって自由気ままに移動したい
中山間地域では、買い物や病院、友人宅に出かけるのもクルマでの移動が主流。しかし、加齢に伴い、運転事故の確率は一気に上がる。そのため、免許とクルマを手放す人もいるが、以前のように自由気ままな移動ができなくなったことで、自宅に引きこもり、体が弱ってしまう傾向も見られる。
そこで「たすけあいプロジェクト」では、移動支援に注力。地域住民のマイカーに高齢者が相乗りする「たすけあいカー」、同じ目的地に向かう高齢者同士をマッチングさせ、タクシーに相乗りしてもらう「タクシム」という仕組みを導入し、超小型EV「コムス」による近場の自由な移動も提案した。

上記のモビリティにこれまでの地域バスを組み合わせ、多様な移動手段を提供する「モビリティブレンド」という考え方によって、高齢者の安心・安全・快適な移動を実現させている。
「人のライフスタイルは多様なもの。中山間地域に住む高齢者にとっても同じだからこそ、個々のライフスタイルに適応するため、複数の移動手段が容易に選択できる環境を整えることで、高齢者が外出意欲を失わずに済むのです」
タブレットを使いこなす高齢者
「たすけあいカー」と「タクシム」は専用のシステムによって管理がなされ、高齢者はタブレットを活用して予約を行う。
「当然、IT機器の操作に不慣れな高齢者は多く、最初はやや拒絶反応が見られましたね。しかし、タブレットの講習会を開いてみると、多くの高齢者が使いこなせるようになって、なかには動画共有サイトで好きな歌手の動画を見たり、孫とビデオ通話をしたりして楽しむ人もいるんですよ」

「たすけあいカー」におけるドライバーは、地域住民だ。簡単に言えば、ドライバーが出かけるときに、高齢者が便乗して目的地まで乗せてもらうわけだが、「無料で他人に送迎してもらうのは、申し訳ない」と、当初は利用が伸びなかった。そこで、高齢者とドライバーが顔なじみになり、お願いしやすい状況をつくり出すことで、利用者は増えていったという。
また、ドライバーには送迎にかかった実費(ガソリン代)をポイントで支払う仕組みに変更した。ポイントは高齢者が自分でチャージし、受け取ったドライバーは商品券に交換することができる。
地元の住民が地元の高齢者の移動を助け、そのお礼で支払われたポイントが地域の商店を活性化させる、という仕組みだ。
しかし、課題もある。ドライバーの確保だ。高齢化が進み、人口も少ない地域でドライバーを継続的に確保するための手立てが必要である。
免許を返納しないという選択肢があっても良い

「モビリティブレンド」では、相乗りや地域バスの利用のみを推奨しているわけではありません。中山間地域に住む高齢者の中にも、自分でハンドルを握りたい方がいらっしゃいます。その一方、乗用車の運転に不安を感じているのも事実。そこで活躍するのが、超小型EV「コムス」です。
「コムス」は、トヨタグループ13社に含まれるトヨタ車体株式会社が、独自のブランドとして展開。軽自動車よりも小さくて、最高速度が時速60kmまでしか出せないように設計された次世代モビリティです。
とにかく扱いやすいので、高齢ドライバーは乗用車よりも安心して運転できます。となると、自分で運転して、自由に移動を楽しめるわけです。
世間では、高齢ドライバーに免許返納を促す動きが見られます。もちろん、「返納した方が良い」という意見も理解できますが、コムスのようなモビリティをうまく活用できれば、高齢者のドライバー寿命を延ばせると思います。
超小型モビリティの確かな効果
2016年度から2018年度までは、トヨタ自動車によって設立された一般財団法人「トヨタモビリティ基金」の助成を受けながら、「たすけあいプロジェクト」の一環として、名古屋大学が中心となって「コムス」を使った移動支援を行ってきた。
上記の期間中、20数台のコムスを地域住民に無償で貸与したところ、地域住民は自分たちでコムスを山里向けに改良し、「里モビ」と呼んで活用するように。その結果、寄り合いへの出席や、近所の友人宅への移動、外食などの回数が増えるとともに、多くの地域住民から「自分も使いたい」という声が寄せられた。
コムスは、普段目にする乗用車とはまったく異なるサイズ・デザインであるため、ドライバーとしても、最先端のクルマを運転できる喜びが味わえる。さらに、外出すればその珍しさから注目を浴びることは必至。羨望の眼差しが高齢ドライバーを心地良い気分にさせてくれるので、外出意欲も湧くという。
現在は利用料を徴収しているが、月2,000円からの低額なプランもあり、無料でなくても継続利用を希望する人が圧倒的に多い。2018年11月には地域住民による「里モビ互助会」が設立され、ユーザーが主体となって車両を維持・管理しているというから驚きだ。

次世代モビリティの社会実装を進める取り組み
市は、次世代モビリティが、新たな移動手段として活用できる可能性があることを広く知ってもらおうと、「里モビ」や都市部で実施している超小型電気自動車のシェアリングサービス等の取り組みを市内外に発信する広報活動を行っている。

しかし、将来的に、次世代モビリティが社会に実装されるには、いくつもの課題を乗り越える必要がある。
これまでになかった次世代のモビリティであるため、車両規格や道路環境の見直し、道路交通法の改正といった壁が立ち塞がっている。
そこで市は、2019年7月に、女川町(宮城県)、南三陸町(宮城県)、つくば市(茨城県)、出雲市(島根県)、久米島町(沖縄県)と次世代モビリティに関する横断的な自治体間連携を行うため、「次世代モビリティ都市間ネットワーク」を設立した。
参加自治体のなかには、豊田市同様、既に次世代モビリティの実証実験を始めたところもある。
「今後は参加自治体間で、次世代モビリティに関する意見交換や課題の共有化、規制緩和に向けた共同事業などを行っていきます。こうした自治体同士の連携も、実装に向けて大きな効果を示すはずです」
自由に移動できない生活では、自分らしさは失われてしまう

中山間地域に住む高齢者は「住み慣れた地域で、自分らしく暮らしたい」と口を揃えます。行政としても、その思いには応えたい。元気であるにもかかわらず自由に移動できない生活では、自分らしさは失われてしまいます。
次世代モビリティを加えたモビリティブレンドが中山間地域に住む高齢者の日々の移動にとって、有用であることは実証実験で明らかになってきました。しかし、まだ実験段階なので、改善すべき点も多々あります。
高齢者は、市の中心部でも生活しています。その方々が移動にストレスを感じていないわけでもありません。ですから、都市型の移動手段の拡充も不可欠です。
現在、自動車業界は、100年に一度の大改革期。動力の電動化、デジタル化によって、クルマの価値や存在意義が大きく変わろうとしています。メーカーはこの改革期をチャンスと捉えて、新技術を導入したモビリティの開発を強化するでしょう。市民のニーズと新型モビリティをマッチングさせた施策を考え、導入していくことは、市の重大なミッションです。
外出の目的をつくり、移動を促進させる
「たすけあいプロジェクト」では、高齢者が出かけたくなるような地域のイベント情報も発信している。その会場となるのは、足助地区にある足助病院だ。
足助病院はプロジェクトの主要メンバーであり、早川富博名誉院長は、「開かれた病院」を運営方針に掲げてきた。過去には、院長とのおしゃべりを楽しむ「院長サロン」や脳の活性化を目的とした催し、さらに歌のレッスン教室も開催されている。前述のタブレットの講習会が開かれたのも足助病院である。

また、地域のコミュニティの場として病院を活用してほしいと、エントランスホールが開放されており、患者や家族、近所の人も足を運んで、団欒しているそうだ。
「一般的に、病院は体の不調を訴える人が出かけるところですが、足助病院は健康な人ほど行きたがるんです」
人と会い、話をすることは、認知症の予防にも大いに役立つだろう。移動手段を整備する以外にも、外出の目的をつくり、移動を促進させることも肝要なのだ。
“トヨタのまち”は、“実証実験のまち”でもある
2016年10月に市は、「豊田市つながる社会実証推進協議会」を設立した。これは、企業、大学、行政、金融機関、地域商工団体などが、業種の垣根を越えて地域課題の解決を目指す、産学官民の連携体制だ。同協議会では、超高齢社会への対応以外にも、資源・エネルギーの地産地消や交通安全の推進を地域課題と捉え、これらの解決につながる技術開発に取り組んできた。
豊田市は都市部と山村部が混在し、日本の縮図と呼ばれてきたが、周辺6町村との合併で地域の多様性はさらに広がってきた。企業や研究機関にとって豊富なデータが採取できる豊田市は、実証フィールドとして最適だ。
トヨタ自動車が2019年6月に発表した歩行領域EVも、その2ヵ月後には、豊田市で実証実験が始まった。
「社会の構造改革に挑もうとする企業や大学などに対しては、行政も一緒に取り組んでいきたいと思います」

日本が世界に誇る“トヨタのまち”は、移動困難な高齢者を救う画期的な仕組みや環境づくりをこれからも先導していく。豊田市の次なる一手から目が離せない。
※2019年8月21日取材時点の情報です
撮影:土屋敏郎