宮城県仙台市の『アンダンチ』は、高齢者介護施設と障害者の就労支援事業所、保育所、そしてレストランからなる多世代交流型の複合福祉施設だ。全国から視察が相次ぐこの施設をつくったのは、元商社マンという異例の経歴を持つ株式会社未来企画代表の福井大輔氏。地域の人が集う”縁側”のような複合福祉施設『アンダンチ』を取材した。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・福井大輔の声】
さまざまな人がくつろげる「場」をつくりたかった

2018年7月、私は仙台市若林区内に「アンダンチ」をオープンしました。名前の由来は「あなたの家」を指す「あんだんち」という仙台の言葉。それに、「地(場所)」と「知(知恵)」をかけています。
「アンダンチ」は、約1,000坪の敷地にサービス付き高齢者向け住宅(以降、サ高住)「アンダンチレジデンス」のほか看護小規模多機能型居宅介護(以降、看多機)「HOCカンタキ」、障害者就労継続支援B型事業所「アスノバ」、企業主導型保育園「アンダンチ保育園」、レストラン「寝かせ玄米と日本のいいもの いろは」を併設した多世代交流複合施設です。
レジデンスの入り口には駄菓子屋「福のや」が、庭には2頭のヤギのいる小屋もあって、近所の子どもたちにも大人気です。
事業の中心はサ高住ですが、ビジネスのターゲットをお年寄りだけに絞ってはいません。世代や性別、要介護度の高さや障がいの有無などにかかわらず、さまざまな人が集い、「医食住と学びの多世代交流」ができる長屋のような場所を目指しました。こうした複合型の福祉施設によって、従来の施設のあり方を転換できると自負しています。
商社を退職して介護の世界へ
「アンダンチ」がある若林区なないろの里は、東日本大震災後に防災集団移転地区として新たに整備された地域で、かつてはのどかな田園が広がっていた。新しく開通した地下鉄の駅から車で10分ほどのこの街には、被災して移り住んで来た世帯も多いようだ。
オープンして間もない「アンダンチ」も、この新しい街で存在感を放つ。木の香りのする建物や緑の豊かな庭のあちこちから、車椅子に乗ったお年寄りや駄菓子屋を目当てに集まった子どもたち、和食レストランのお客さんたちの笑い声が聞こえてくる。

新しい介護ビジネスのスタイルとして開設直後から注目され、全国からの視察が相次ぐこの施設をつくったのは、元商社マンの福井大輔さんだ。
大学卒業後に商社に入社し、鉄鋼関連の事業を担当していた福井さんに転機が訪れたのは、地元で医療法人を経営する義父から「看護・介護が必要な方が少しでも安心して暮らせる住まいを作りたい」との相談を受けたことだった。
商社も介護も「ビジネスの基本」は同じ
商社ではビジネスを基本から教わり、とても充実していたという福井さんは、義父の申し出に数ヵ月悩んだと言う。しかし、最終的には介護ビジネスへの転身を決意する。
「社会問題はビジネスで解決することが重要だと考えてきました。学生時代にアフリカ・ケニアに留学したのですが、このときに『与える』だけの支援ではなく、現地の人も一緒に働ける、役割を作る支援の大切さを学びました。高齢化も貧困もビジネスとして継続性を担保しながらチャレンジすることで、解決の糸口が見えてくるはずです」
畑違いに思える商社と介護もビジネスの本質は同じだという。
「例えば鉄を売る場合、買い手は必ずしも私から買わなくても良いですよね。私から買ってもらうためには、相手が何を望んでいるかを考えなくてはなりません。介護も同じで、介護される方やご家族が何を望まれているかを考えるところから始まるのです」
介護業界の閉鎖的な雰囲気を変えたい

2013年9月に商社を辞めて、介護について勉強を始めました。当時は公式サイトがある事業所もほとんどないほどで、閉鎖的だなと感じることも多かったですね。
勉強をしながら小規模多機能ホーム「福ちゃんの家」を2015年7月に設立しました。小規模多機能は、通所・訪問・泊まり・ケアマネジメントのサービスをワンストップで提供できるので、興味があったんです。オープン当初はスタッフも利用者も集まらずに苦労しましたが、インターネットで情報発信を続けることで少しずつ増えてきて、現在は、地域とともに目指す形に近づいていると感じています。
「福ちゃんの家」を軌道に乗せたところで、住まいのニーズに応えながら医療的ケアを充実させた施設として、看多機を併設したグループホームの検討も始めました。
また、「暮らしの保健室」のような、地域の人が医療介護の相談に来れる場所も作りたいと思いました。自治体の相談窓口は仙台市内にもありますが、どうしても堅苦しい雰囲気なので、もっと気軽に来られる場所にしたいと思って。それらが合わさって「アンダンチ」になっていったのです。
相互的に利益を生み出す複合施設
アンダンチを運営する株式会社未来企画(以降、未来企画)は、「福ちゃんの家」の開設に際して地元銀行から融資を受けていたが、その後、別の銀行からグループホーム用地のための1,000坪の土地と融資のオファーを受ける。
「悩みましたが、『福ちゃんの家』の実績があり、企画が期待されているということですから、チャレンジすることにしました。いろんなタイミングが重なってラッキーでしたね」
福井さんはそう振り返るが、他業界での経験を活かして介護業界の問題を客観的に把握し、複合施設のアイデアを生み出したことが評価されたようだ。
アンダンチには、サ高住や保育所などを運営する未来企画とともに、HOCカンタキを運営する医療法人モクシン、和食レストランのいろはを運営する株式会社結わえるの計3つの法人がかかわっている。

「当社がサ高住の家賃と併せてカンタキといろはの賃貸収入を得られる一方で、いろははセントラルキッチンのように各事業所の給食業務を担い、安定的な収入を見込める。さらに一般のお客様がレストランに来てくださる。すなわち施設が複合的に機能することで、相互補完的な収益を生み、収入も安定させることができるのです」
サ高住のリビングに集まる子どもたち
アンダンチの最も大きな特徴は、多世代間の交流が自然に生まれていることだ。
庭でのピザづくりや流しそうめんなどのイベントには、施設の利用者だけではなく多くの地域住民が参加し、保育園児や近所の子どもたちは、サ高住のリビングに置かれたピアノで歌やダンスの練習もする。また、子育て世代が多い地域特性もあり、育児サークルの地域のお母さんたちに活動場所も提供している。
子どもたちは高齢者から多くのことを教わって社会性を身に着け、高齢者も子どもたちと触れ合うことを楽しんでいる。

「もちろん子どもたちだけではなく、スタッフの視野が広がることも期待できます。保育士は認知症に関する事項を、介護士は子どもたちについて配慮すべき事項などについて情報を共有するので、複合的なキャリア形成もできるのです」
超高齢社会にはビジネスチャンスがたくさんある

日本社会の高齢化は国内の経済力を損なっている印象があるかもしれませんが、そんなことはないと私は考えています。
たしかに介護関連のビジネスは収支が厳しい上に、スタッフの確保も難しく、倒産も多いことが報じられています。その一方で、ビジネスチャンスもたくさんあるのです。
もちろん「アンダンチ」の経営にもいくつか課題はありますが、それでも多くの皆さんに評価していただき、やりがいがあります。
それに、今のお年寄りは戦争や災害を生き抜いて日本の経済成長を支えてこられました。そんな方々に寄り添える施設にしていきたいのです。
1年前にはじめて、大戦末期の特攻の基地があった、鹿児島の知覧へ行きました。特攻平和会館を訪れる機会があったのですが、こういう記録はとても貴重ですね。戦争の善し悪しという点ではなく、日本の未来の為を思い、命を賭して戦った方々に対して敬意を払い、私たちはどのように未来へのバトンを繋いでいくべきなのかを深く考えるきっかけとなりました。
今後は当社のスタッフにも研修として実際に知覧を訪れてもらい、人生の先輩たちを敬う心を育みたいと考えています。
スタッフも楽しめれば「良い介護」に
「アンダンチ」で看多機「HOCカンタキ」を運営する医療法人モクシンは「患者さん一人ひとりの特性に合わせた療養指導」を掲げる。院長の堀田修医師は腎臓疾患治療の権威であり、福井さんの義父でもある。
そんな堀田さんに、福井さんは結婚当初から大きな影響を受けてきた。
「当社の採用方針に『できない理由をすぐに探さない人』を挙げていますが、実は僕自身が妻と結婚したときに義父から言われた言葉なんです。『家族がいるからできない』ではなく『どうすればできるか』を考えよう、OR ではなく、ANDの選択をしよう、と」
未来企画の採用方針は、「できない理由をすぐに探さない人」のほか、「コミュニケーションを積極的に取れる人」「明日を今日より良くしようと考えられる人」「何事も楽しめる人」。

働きやすい職場を提供する一方で、福井さんはスタッフ一人ひとりがプロ意識を持つことの大切さも説く。
「人材を確保するだけでなく、プロ意識を持つ人材に育成することも難しいですね。例えば、当社ではスタッフ全員に名刺を持たせています。なぜか福祉業界はスタッフが名刺を持っていないことが多く、最初は不思議に思えました。プロとして、社会人としての自覚を持つためにも名刺を渡しています」
利用者のために何ができるかを考え続けていきたい
団塊の世代が後期高齢者に到達する2025年を前に、老後の不安を少しでも払拭できる施設の整備は急務だ。
「今後、アンダンチレジデンスよりも少し利用料金を抑えて、年金で暮らせる住居の運営も考えています。義父の理想である『看護・介護が必要な方が少しでも安心して暮らせる住まい』をセカンドブランドとして展開したいと思っています」
福井さんの夢は広がる。
「アンダンチは、多様な人々が交流する『地域の縁側』をイメージしています。たくさんの方に気軽に来ていただいて、より幅広い交流が生まれることでまちづくりを活性化できれば良いと思います」

「地域の縁側」という言葉は、新鮮に響く。
高齢者だけではなく地域のさまざまな人たちが気軽に集う―そんなアンダンチ流の「場」づくりが、介護施設のかたちを変えていくかもしれない。
※2019年6月5日取材時点の情報です
撮影:兼子美紀弘