「心の声」に耳を傾けることが、人生後半の生き方に彩りをもたらす
俳優でありながら、ボクシングやヨガ、絵画など、次々と新たな分野に挑戦してきた片岡鶴太郎氏。一人で生きる不安を解消し、年を重ねてからの人生を楽しむヒントを7月刊行の『老いては「好き」にしたがえ!』に綴った。芸達者の顔を見せる鶴太郎氏だが、その技は「心の声」に従うことで生まれたという。鶴太郎氏の信念が生まれた幼い頃の原体験やデイサービスが好きだった亡き父との思い出話を聞いた。
文責/みんなの介護
還暦からの一人暮らしが充実
みんなの介護(以下、―― ) 『老いては「好き」にしたがえ!』は「人生100年時代、どんなふうに年を重ねたらいいのか」という疑問へのヒントがいっぱい書かれているなと感じました。改めて、この本を出そうと思ったきっかけからお聞きしていいですか?
鶴太郎 こんなこと言うとアレですけど、私は好き勝手に生きているだけなので、人様に何かを伝えようという気持ちは全然なかったんです。出版社の方に「最近の鶴太郎さんの生き方について聞かせてもらえないですか」と言われて出版することになりました。
―― そうなんですか!鶴太郎さんの経験に基づく説得力のある言葉ばかりなので、本当に“バイブル”みたいでした。
鶴太郎 そう言っていただけると嬉しいです。正直に自分の生き方を語っただけなので、人様にどう伝わるのか少し不安に思ってましたけど。
―― 改めて不思議に感じたのは、還暦を機に鶴太郎さんが一人暮らしを始められたことです。みんなの介護にも「年齢を重ねてから一人になるのは不安」という声が届けられることもありますので。
鶴太郎 ヨガで心身を整えるうちに、還暦で人生を一度リセットしたいという思いが出てきたんです。今思えば「人生の最後の時間を、とことん楽しむ準備をしたい」という衝動でした。自分の心の声が求める選択だったので、特に不安はなかったですね。
―― 健康面での不安もありませんか?
鶴太郎 健康面でも、むちゃむちゃ元気だなと思っているので不安はないです。
皆さんもご存知かもしれませんが、12年間、毎日ヨガをしているので、身体の調子が悪かったら小さな“差異”みたいなものを感じ取れるんです。実際、コロナに感染したときなんかは、いつもと違う感覚がありました。
―― 異変を感じたら早めに手を打つことができますね。
鶴太郎 そうなんです。それに、あんまり人を頼ってないということもあります。料理・洗濯・掃除とかも自分でできますから。一人の方がヨガや絵にも集中できるので寂しさや不便さがない。むしろ一人の方が仕事がしやすいです。
―― いい意味で、人間関係に対する執着もないように感じます。
鶴太郎 「困ったとき慰めてもらおう」という思いは持っていないですね。全部自分で決めて行動しているので、何かを決めるとき人に相談することはありません。自分のことは自分しかわからないのでね。それに、ヨガや絵、芝居などに向き合う時間が幸せだからかもしれませんね。好きなことというのは、生き方全体に関わるほど大切なものだと思うんです。“社会”や“家族”があるから好きなことができないというのは、私なら耐えられないです。
―― 好きなことを見つけることは第二の人生を歩む上で非常に重要なことになりますね。
鶴太郎 人生を長く捉えて、好きなことには取り組むべきではないでしょうか。でも、会社勤めされている方は、定年退職してから急に趣味を見つけろと言われても難しいかもしれません。なので、定年を迎えたタイミングで「さあ終わった!じゃあ好きなことやるぞ!」と思えるように、自分の好きなことや夢中になれることを早めに見つけておくのがいいと思います。
―― 定年退職後に社会との接点がなくなったことで鬱々としてしまうと、フレイル(心と体が弱ってしまう)状態になってしまう危険性も指摘されています。
鶴太郎 そうなんですか。
会社の中での役割に頼っちゃうのってあんまり良くないと思うんですよ。部長や課長といった役職がついて出世したとしても、いったん会社を出たら関係ないもんね。そこに固執すると、変なプライドが邪魔して好きなことができなくなるから。
肩書きを外した個人として「どういう人間であるか」を、まず考えるべきですよね。会社の中で踏ん反り返っていたように、家でも踏ん反り返っていたら嫌われますよ。そんな人が弱ってしまっても、誰も世話をしてくれないよねぇ。
山での危険を予知した「心の声」
―― 先ほど「決断は自分で……」とおっしゃっていましたが、ご著書では、ヨガや瞑想に出会う前から「心の声」に従って物事を決めてこられたように感じました。
鶴太郎 子どもの頃から「心の中に何かいる」という気配があったんです。その声に従わないと、ものすごく不安になったり、しっぺ返しにあったりしました。
あえてその声を無視して自分のやりたいように突っ走ったこともありますが、そうすると最後には失敗するんですよね。今はその声の重要性がわかるものですから、声に従って生きています。
―― どんなときに心の声を感じられたのですか?
鶴太郎 大観山という山がありましてね。そこにある粘土みたいな赤土を友達5人ぐらいでとりに行ったんですよ。みんなでわいわい楽しくやってたんですけど、40分ぐらい歩いた頃、「帰れ、帰れ」って心の声が聞こえてきたんです。「みんなには言えないな」と思いながらそのままにしてたんですけど、進めば進むほど胸騒ぎがする。耐えられなくなって「悪いけど、忘れ物したからオレ先帰るわ」と言いました。そして引き返すと、ピタッと胸騒ぎがおさまりました。
その夜、一緒に山へ行った友達のお母さんが青ざめた顔をしてやってきました。「うちの子がまだ帰ってこないの。何であなただけ先に帰ったの?」って……。「心の声が聞こえた」とは言えないので「忘れ物をした」って言いました。最終的には見つかって帰ってきましたが、山の中で迷子になって帰れなくなってしまったと聞きました。そのときは「やっぱり心の声に従って良かった」と思いましたね。
―― 不思議な体験ですね。
鶴太郎 ほかにもあります。例えば小学生の頃、母親がタンスの上の箱に貯めていた小銭をくすねて駄菓子を買いに行っていたんです。2・3回うまくいったら癖になってしまって。ある日、「見つかるんじゃないか」って胸騒ぎがしたんだけど、それに抗いながらくすねようとしたんです。そしたら「お前何やってんだ!」って、見つかってしまいました。その瞬間、すごく怖かったですよ。やっぱり胸騒ぎがするときって虫の知らせがあるんですね。
悪いことする人も、心のどこかで絶対そういう声を聞いてると思うんです。「大丈夫、大丈夫」って自分をごまかしながら続けていても、悪いことってどこかで露見するんですよね。
父はデイサービスを楽しんでいた
―― 昨年お父さまが亡くなられたことも書かれていましたが、鶴太郎さんも介護をご経験されたのでしょうか?
鶴太郎 父親は95歳で他界しましたが、体調を崩してからは介護施設や病院の方にお世話になったので直接介護をすることはありませんでした。
―― 体調を崩されるきっかけはあったのでしょうか?
鶴太郎 もともとは転倒から身体を壊してしまったんです。
あるとき父親は、酔っ払って帰ってきてフローリングで滑ってしまって。そのとき頭からバーンと転倒してしまい、首の骨を折って寝たきりになってしまったんです。その後、2年近くそのままの状態だったのですが、復活しましてね。車椅子を使ったり、よろけながら立ったりして生活するようになりました。
―― その後、どのように生活されていたのですか?
鶴太郎 コロナに感染したり、がんが見つかったりしましたが、闘病しながらも元気にしていました。週5日のペースでデイサービスに通っていましたね。
―― デイサービスへなかなか行きたがらないという介護者の苦労も耳にします。お父さまはいかがでしたか?
鶴太郎 楽しそうでしたね。冗談ばかり言うお調子者だったから、周りの人に面白がられるんです。それに父親もまんざらでもないようでした。症状が悪化してからは、同居している母親だけで父親をみるのが大変になり、施設に入りましたが。
―― お父さまとは最期、どんな言葉を交わされたのですか?
鶴太郎 父親は、お酒をやめて甘いものが好きになったので施設にケーキを持って行っていたんです。そのとき、いろいろな話をしました。
その日、私の前で泣いたことがない父親が、涙を浮かべながら「いつもありがとうな」って妙に改まって言ってきたんです。何か感じるものがあったのかもしれません。そして、次に会うことを約束して、お互いに固いハグを交わしました。
―― お二人にとって大切な時間を過ごされたのですね。
鶴太郎 そうですね。その後、間もなく父親は入院して危篤状態に陥ったので、それが最期の言葉になりました。できれば、もっともっと感謝を伝えられたら良かったんでしょうけども。仕事を抜けられなかったし、父親が弱っている姿をあまり見たくなかったもんでね……。ちょうど良いタイミングで気持ちを伝えられたのは、ありがたかったですね。
流行をバカにしたら孤独になる
―― 鶴太郎さんは、更年期で気持ちが鬱々としたとき、似た悩みを持つ方のお話に救われたとか。
鶴太郎 「午年の会」というのに入っていたんです。安倍元総理なども含めて1954年生まれの人がメンバーになり、定期的に集まって話をしていました。生まれ育ちや職業はバラバラですけど、それぞれの状況を聞くだけで癒されるんですよ。同い年というだけで寄り添えるものがありました。
―― 確かに、同い年の人とは自然と打ち解けられますよね。ちなみに、鶴太郎さんは「老い」をどのように捉えていますか?
鶴太郎 そうですね。老いは、死に近づいているから何をやったってムダだというイメージを持っている人がいます。でも決してそうではない。でも、老いることによって若いときでは感じられない喜びがいっぱいあるわけですよね。
―― 具体的にはどのようなことでしょうか?
鶴太郎 例えば、老いることによって性欲とかそういうものから解放される。若いときはがんじがらめになって性欲に走って失敗したとか、お金取られたとかあるけど、そういうものなくなるわけですからね。
お酒の量も減ってくるので間違いをおかすことや二日酔いもなくなってくるので、自分の時間も増えてきます。そうすると、いろんな自分のやりたいこととかできるじゃないですか。それはものすごく尊い時間だと思うし、それを大いに楽しむべきだと思いますよ。
それに年を重ねると、流行っているものや便利なものに否定的になってしまいます。でも、流行をバカにすると孤独になりますよね。頑なに「スマホはやらない」と決めている人がいますが、LINEは便利だしスマホが使えたら楽しい。
―― 最初は苦手でも、使ってみると世界が変わるほど便利なものってあります。
鶴太郎 本来、人間は“素人”(すびと)です。何も知らない「素の人」という意識を持って物事に向き合うことができて、初めて新しいものを吸収できます。何歳になってもそれは必要な感覚です。それに、老いてからの時間は「人間としての自分を磨く時間」だと思いますね。
シードの追究が優れた芸を生み出す
―― 鶴太郎さんは、人生100年時代、どんな生き方がかっこいいと思いますか?
鶴太郎 私の理想としては、やっぱり生涯現役でいたいですよね。100歳のときにどんな芝居をして、どんな絵を描くのか。どんなヨガをするのか。年を重ねてからの自分の芸を見てみたいです。好きなことがあるから、年を重ねてからの楽しみが増えると思うんです。
人間の心の中には、顕微鏡で見なければ分からないほど小さな種が無数にあると思っているんです。これを私はシードと呼んでいます。本人が、まだ気付いていない能力です。それが何かのきっかけで潜在意識から浮上してくる。年を重ねてから、ある日突然、何かに強い関心を持つようなことが起こるんです。
―― さまざまなシードをお持ちの鶴太郎さんですが、「才能があったからだ」と見る人もいるのではないでしょうか。
鶴太郎 才能なんてないですからねぇ。だって私は、40歳のときに自分の中のシードが「絵を描きたい」って訴えてくるから絵を描き始めたんです。そのシードは私の心の中にあるから、私が絵を描かなければどこにも現実化しないわけです。
今まで絵を描いたことや絵画鑑賞の経験がないのに、なぜ絵を描きたいと思ったのか。そう思いながらも、とにかく描いてみました。
当然、最初から上手く描けるわけではない。でも、絵を描いているうちに、色というものに対しての自分なりのこだわりができてきたんですよね。いろいろな人の絵を見て「いいな」と思うけど「俺はこの色合いだな」って。
絵を描いていなかったら、色に対してこんなにも自分がこだわりを持っているというのは知らないままだった。このことを知るために、心の中のシードが「絵を描け」って言っていたのか……と思うようになりました。下手でも毎日、反復を続けたから分かったことです。
私が何かに取り組むときに実践しているのは、優れた作品のマネから始めることと、ただひたすらに反復を繰り返すことです。それは、ボクシングでも絵や書に向き合うときでも同じ。その先に自分の作品の輪郭がつくられていくんです。
―― 家族の介護をしていると、自分のシードに気づいても時間が取れないという方もいらっしゃると思います。そのような方へのアドバイスをいただけますか?
鶴太郎 介護する方ねぇ。それは、かかりきりになると思うので、本当に大変ですよね。私の場合は、母親と「もしものときは施設にお世話になる」という話をしていますが、きちんと看取って差し上げることはすごいことだと思いますし、尊敬しています。
もし、介護で自分の時間が取りにくいというのであれば、すき間の短い時間でもいいので、好きなものに向き合える時間が取れると良いのかなと思います。
―― 最後に、今後挑戦したいものがあれば、教えてください。
鶴太郎 今はまだ分かりません。これまでもそうなんだけど、突然シードがサインを出すもので。もしそのサインがあったときには躊躇なく向かおうとは思っていますが。今は、ヨガをやってドラマのセリフを覚えて、絵を描いて……今やってることで精一杯ですからね。シードがほかに何をやりたいと言い出すのか、それは分かりません。
―― 「鶴太郎さんが、また新しいことを始められた!」と驚く日が来るかもしれませんね。今後の活動を楽しみにしています。
撮影:熊坂勉

片岡鶴太郎氏の著書『老いては「好き」にしたがえ!』(幻冬舎)は好評発売中!
役者をベースに、ボクシング、絵画、ヨガの世界でも活躍する鶴太郎さんが、これまでの経験をまとめた一冊。人生経験に基づく言葉の数々に、毎日を楽しむためのヒントが隠れている。「何かを始めるのに年齢やセンスは関係ない」と説く本書は、老いに負けない極意が詰まった人生後半からの生き方バイブル。
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