「緑内障は末期になるまで気づかない」眼科医平松類氏が語る目の健康を守る予防法とは
今回のゲストは、二本松眼科病院副院長の平松類氏。緑内障患者を中心に診察を行う平松氏は情報発信にも積極的で、YouTubeチャンネルの登録者数は23.3万人(2024年5月時点)。 情報発信を始めたきっかけは、説明の仕方によって治療の成果が変わることを実感したからだという。今回、目の健康のために注意すべき習慣、注目の治療技術など、幅広く話を伺った。
文責/みんなの介護
チェックリストで父の緑内障を発見
―― 先生が眼医者を目指したきっかけについて、教えてください。
平松 僕の祖父は愛知県の田原市で眼科医をしていました。
祖父の影響で子どもの頃から医療に興味を持っていた僕は、やがて祖父と同じ眼科医の道を選ぶことになったのです。祖父は優しかったので、祖父が活躍する眼科の世界に憧れるようになったんだと思います。
―― そのなかでも緑内障を専門にしようと思ったのはなぜでしょうか?
平松 きっかけは両親が緑内障になったことで、緑内障が人ごとではなくなったことです。
親が緑内障だと、子どもも緑内障になりやすいので、緑内障のことをちゃんと知っておいた方が良いと考えました。
―― ご両親の緑内障は、どのようにして発見されたのですか?
平松 父の場合は、僕がメディアで紹介したアムスラーチャートという緑内障のセルフチェックツールがきっかけです。
ある日、父から「自分もチェックに当てはまった」と連絡があったんです。 これは緑内障かもしれないと思って検査をしたら、予想通り緑内障になっていました。
私が眼科医なので「さすがに目に気を付けて、定期的な検診ぐらいは受けているだろう」と思っていたのですが、実際大してチェックをしていませんでした。
母はコンタクトを使っていたので、近くの眼科に行ったときに目をチェックしてもらったんです。そこで緑内障が発覚しました。今は二人とも地元の眼科の先生に診てもらっています。
―― 先生のお父さんのように、気付いていないけど、実は緑内障にかかっている方というのは、結構いるかもしれませんね。
平松 約9割の患者さんは、自分が緑内障になっていることに気付いていません。 なぜかと言えば、目は視力が低下して病気になるイメージがあるからです。だから、それ以外の異常があっても見過ごされることが多い。
実際は、少しでも視野に変化が出たら緑内障の疑いがあるので、不調を感じたら眼科で検査をしていただきたいです。
目薬を差すときは、まばたきしてはいけない
―― 緑内障治療では眼圧を下げることが最も重要だといいますよね。眼圧を下げるために、日々実践できることはありますか?
平松 ストレスを溜めると良くありません。 マインドフルネスの実践として、落ち着いて複式呼吸を繰り返すと良いでしょう。鼻からゆっくり息を吸って、口からゆっくり息を吐く。呼吸に集中しながら、お腹でゆっくり呼吸します。ほかのことを考えずに、呼吸だけに意識を向けるのです。
それから有効な治療のためには、正しく目薬を差せるようになっていた方が良いですね。恐らく、95%以上の人が間違った差し方をしています。
目薬の差し方が間違っていると、薬の効果が落ちます。緑内障の目薬に限らず、ドライアイでも、白内障でも同じです。
―― 間違った差し方と言いますと……?
平松 目薬を差したあとにまばたきしてはいけません。まばたきをすると、涙が分泌されて薬が薄くなってしまうんです。
目薬をしたら目を閉じて、できれば目頭を抑えてください。目頭を抑えることで、目薬が目に溜まるので、効果がより高くなります。
―― 知らなかったです!先生が実践している目の健康のための習慣についても知りたいです。
平松 いろいろありますよ。
例えば、寝る30分前は、目を休めるためにスマホを見ないということです。ただ、毎日の習慣となっていることをいきなり“しない”と決めるのは、わりと大変です。 その場合は、”しない”代わりに”する”ことを決めてしまうのがオススメです。
例えば、寝る前30分はマインドフルネスの習慣として深呼吸をしたり、歯磨きをして過ごすと決めてしまうんです。
―― それなら、スマホを見ないということを意識せずに実践できそうです。
平松 そうですよね。
それから、高カロリー・高脂質な食べ物を控えたり、できるだけ目を圧迫しないようにしています。 目が乾かないように、なるべく室内の湿度を保つことも大切です。
パソコンを使っていると、まばたきの回数も減り、目が乾きやすくなるので、デスクワークをされている方は湿度も意識していただきたいです。
白内障はほぼ全員がなる病気!2年に1度の定期検診を
―― 白内障に気付くためのポイントもお聞きしたいです。
平松 白内障の場合は、視力の低下が起きます。しかし、日に日に落ちていくので、気づきにくい点には注意が必要です。
どこで気づくかというと、細かい文字や淡い色が見えにくく感じたときです。それから、月が重なって2つ・3つに見えるというようなことも起こります。
少なくとも、本が読みづらかったり、目が疲れやすかったりしたら、その時点で早めにチェックした方が良いでしょう。
―― 白内障を発症する人はどのくらいいるのでしょうか。
平松 50歳を超えると人類の半分は白内障になります。70歳では90%ぐらいで、80歳になると99.9%です。
大げさなことを言うつもりはありませんが、人間だったら絶対白内障になると考えた方がいい。だから、早めに気付くことが大切です。
―― 先生は、歯科医院の定期検診のように目の検診も受けてほしいと、日頃から言われていますよね。
平松 歯科医院は、基本的に数ヵ月に1度の定期検診ですが、眼科の場合、40歳を超えたら2年に1度の定期検診をオススメします。
さらに、45歳を超えると老眼が始まります。
白内障と同じで、老眼にならない人はいないと思って定期健診をするのが良いです。老眼だと思っていたら他の病気だったということもありますから。―― 例えばどんな病気ですか?
平松 代表的なのは、緑内障ですね。僕の両親はそのパターンです。「どうせ年で見えないんだろう」と思っていたら緑内障でした。
ほかには、網膜剥離という目の奥の網膜がはがれる病気や白内障で視力が落ちていることもあります。
老眼は放置せず早めの眼鏡で調整すること
―― ちなみに老眼は治すことができるのでしょうか。
平松 基本的に、目薬などでは治りません。
海外では老眼用の目薬のようなものもありますが、リスクもあるので現段階では一般的にはなっていません。
―― どのようなリスクが?
平松 その目薬を差すと、白内障の発症率が上がるとされています。 ピントを合いやすくする目薬なのですが、視界が暗く感じることもありまして。 仮に老眼が改善したとしても、視野が暗くなっていたら、薬か毒か分からないですからね。
―― では、老眼への対処方法はあるのでしょうか?
平松 一番は、眼鏡をかけることです。
老眼になってもギリギリまで我慢して眼鏡をしない人がいますが、あまり良いことではないです。 眼鏡をしない方が、病気が進まないと思われていますが、そのようなことはありません。
むしろ、眼鏡をしないままでいると、認知機能が落ちたり白内障につながる危険性もあります。 なので、早めに眼鏡をかけて、視力を合わせることを推奨しています。
―― 老眼はどのような仕組みで起こるのでしょうか。
平松 目の玉の中には水晶体というレンズがあって、その周りに毛様体筋という筋肉があります。 この筋肉が衰えるか、レンズ自体が固くなるかのどちらかが原因で老眼になります。
ほとんどの人類が白内障になるように、老眼も加齢に伴って全員がなるものです。
―― 見えにくいままの状態を放置しておくと、なぜ認知機能の低下につながるのでしょうか。
平松 簡単に言うと、逆脳トレをしているような状況になるのです。
脳トレは、集中して何かに取り組むことで、脳のトレーニングをすることですよね。でも、目や耳から情報が入ってこなかったら、なるべく脳を使わずに済ませてしまう。 それが認知機能の衰えにつながるのです。
詳しい説明のためにYouTubeを始めた
―― 先生のYouTubeチャンネルは23.3万人(2024年5月時点)の登録者がいますが、どの年齢層の方が多く見ているのでしょうか。
平松 4割くらいは65歳以上の方ですね。比較的年齢層の高い方に見ていただけていて、なかには80代の方が見ているというデータもあります。
2011年からYouTubeで情報発信をしていますが、2018年くらいまでは大して見られていませんでした。僕の動画が面白いかどうかは別にして、YouTubeを見る年配の方が増えていると感じます。
これまでご高齢の方は、テレビから情報を取得する方がほとんどだったと思います。 しかし、コロナ禍に入る少し前から、テレビは、若い人をターゲットにした番組作りにシフトしていった。それによって、ご高齢の方がテレビを見る機会が減っていたんです。
かつ、コロナ渦になって家にいる人が増えましたよね。今では、スマホやパソコンで動画を見る人が増え、テレビ以外からも情報を仕入れることが当たり前になっています。
ご高齢の方も、目に関する情報を検索して僕の動画にたどり着いたのではと思っています。
―― なぜYouTubeでの情報発信をするようになったのですか?
平松 もともと、僕は山形県の米沢市で目の研究をしていたんです。 そのときに、緑内障患者さんを2つのグループに分けて、ある実験をしました。一方は、一般的な治療の説明をするグループ、もう一方は、目薬の差し方までしっかり実技指導するグループに。
すると、同じ治療をしているにもかかわらず、後者の方が、治療効果が高いことが分かりました。
それと同時に、個々に合わせた説明の重要性が浮き彫りになってきました。 なぜなら、みなさんに同じ説明をすると、目的通りに目薬を差さない人も出てくるからです。
例えば、1日1回差さなければいけない目薬を「お風呂に入ったあとに差してください」と伝える。でも、高齢患者であると、2日に1回しかお風呂に入らない方もいます。すると、目薬も2日に1回になってしまうのです。
医師の立場からすると「薬を出せば、患者さんはちゃんとやってくれる」と思っています。しかし、実際は個々の患者に合わせた説明ができていないために、うまくいっていない治療もあるのです。
―― YouTubeを始めたきっかけは、説明の重要性に必然を感じたからなのですね。
平松 ええ。それに、知識を付けることは、目の病気の早期発見・早期治療のためでもあります。 緑内障は、失明原因第1位ですが、ほとんどの人が末期になるまで自分の状態に気付いていません。気付いたときにはすでに手遅れなんです。
講演などで「目は大切だと思いますか?」と質問を投げかけると、みんな「大切です」と答えます。しかし、「目のために何かしてますか?」と聞くと「何もしてません」と言うわけです。
それは、何をしたら良いのか分からないからでもあると思うんです。 だから、いろいろな形で情報を伝えられたらと思っています。
―― たしかに、目の健康のために何をしたら良いかってあまり知られてないかもしれないです。
平松 そうですよね。 僕は、目を良くすることは、人生を良くすることにつながると考えています。 なぜなら、人生の最期まで残る楽しみの一つが、”見ること”だと思うからです。
高齢になっても体を動かすことを趣味にしている人は少数派です。 晩年は体力が落ちてくるので、スマホや読書など、体を動かさずにできることを楽しみにする人が多いのではないでしょうか。そのような趣味を楽しむためには、やはり目の健康を守ることです。
それに、人生最期の瞬間は、家族の顔を見たいですからね。
―― YouTubeを見ている高齢者が増えている背景には、高齢者へのスマホ普及率が上がっていることも考えられるのではないかと思います。気になるのが、スマホを持つようになってからの、高齢者の目の変化なのですが……
平松 眼精疲労やドライアイを起こす方が増えてきていると感じます。
目が乾きやすくなる原因は、エアコン、パソコン、コンタクトですが、スマホはパソコンと一緒です。なので、スマホを使っている時間が増えると、目が乾燥して眼性疲労が起きたり、ゴロゴロして目が乾いたりします。
目が乾くぐらいなら良いと思うかもしれませんが、目が乾いて見えづらくなることでイライラしたり、頭痛などの原因になったりする人が結構いますので、注意していただきたい点ですね。
良いクリニックを選ぶポイントは”気が合う眼科医であること”
―― こちらの二本松眼科病院さんには、全国から患者さんが来られていると聞きました。
平松 そうですね。全国からいらっしゃいますが、海外の人も多いですよ。北米や欧州の人なんかも来られています。
―― どんな悩みで通われている方が多いですか?
平松 僕が専門としている緑内障の患者さんが多いです。先ほども申し上げましたが、緑内障は、日本人の失明原因の第1位一の病気ですので「いつ見えなくなるんだろう」「見えなくなったら、自分で生活できるのかな」と先々への不安を抱えている方が多いですね。
―― 先生の腕を頼りに……という感じでしょうか。
平松 緑内障で良い治療を受けられる眼科を探していらっしゃる印象ですね。
それとともに「YouTubeの情報を見て来た」という方も多いです。 ただ、遠くまで通うのは負担になってしまうので、近くで良い眼科を見つけていただくのが一番良いと思います。
―― 近くで良い眼科を探すときは、何を意識したら良いですか?
平松 一番は気が合う眼科医であることです。それから、通いやすい場所にあることも重要ですね。気が合わない先生であれば、腕は良かったとしても、あとでトラブルになる可能性があります。
あまり良くない眼科医というのは、治療自体が間違っているか、人柄に問題があることが多いです。 しかし、よく怒ったり権威主義的だったりする先生でも「厳しい意見を言ってくれる先生が良い」という方もいます。
なので一概には言えませんが、気の合う眼科医を見つけることを意識してもらえればと思います。
認知症のレッテルを張る前に、目や耳の不調も確認を!
―― ご著書に書かれていた「認知症だと思っていたら目や耳が悪いケースもある」というお話が印象的でした、
平松 視力が低下すると、「見えないから分からない」状況が出てきます。 その様子を見た周りの人が「この人は認知症だ」と思ってしまうことがあるのです。
例えば、せん妄や徘徊・睡眠障害などは認知症から起こるだけではなく、目が原因の場合もあります。
―― 認知症の症状だと思った場合も、目や耳が悪い可能性を疑ってみることが重要ですね。
平松 そうです。もっと言うと「この人は認知症になっているだけ」「この人は目が悪いだけ」と、きれいに分けられるものでもない。悪いところが被っていることもあるわけですよ。
例えば、80歳の方であれば、100%白内障はあると思った方がいい。現れている症状の原因が認知症だけという可能性は低いでしょう。
だからこそ、40歳を過ぎたら、2年に1度は定期検診を受けてもらいたいのです。もし、定期検診を受けておけば、認知症を疑う前に、目が悪くなっていることが分かります。
―― 近年、歯周病が認知症の発症と関係していると言われます。目も、ほかの臓器に支障が出たり、高齢者特有の病気になったりする可能性はあるのですか?
平松 目は脳と近いということもあり、脳の変化が目に現れることがあります。
目で見たものは脳で処理されます。視野が欠けて目が悪くなってきたと思ったら、目ではなくて脳に病気があることも考えられます。
また、年を取れば、まぶたが下がってきます。これも、加齢による変化だけではなく、脳動脈瘤に原因がある可能性もあります。
もちろん、脳の病気や精神的なものなどを疑ってみたけど、結局は目が原因だったというケースもありますが。
介護する側が気を付けること
―― 視力が低下した方を介護するうえで、家族がどのようなことに気を付けるべきですか?
平松 生活環境を整えることが重要になります。
白内障の場合は、色の差が分かりにくくなる傾向があるので、階段の上り下りには注意が必要です。同じ色が続いて段差が認識しにくい階段は、へりの色を変えるなどの対策をすることをおすすめします。
また、夜間に暗い電球しかついていなければ、真っすぐな道でも転んでしまうこともあるので、明るさをしっかりと確保することも忘れてはいけません。
高齢者は転倒によって寝たきりとなってしまう場合もあります。だからこそ、視力が落ちてきている方にも見やすい環境を整えておくことを意識してもらいたいです。
―― 手術や治療を進めるうえでも、家族の後押しは力になるのでしょうか。
平松 ご家族の後押しは重要ですね。患者さんのなかには「私はもう年なんだから、どうなっても良いのよ」などと言って、眼科に行きたがらない人がいますが、そのままにしておくと、本人も家族も大変になります。そんなときは、家族の励ましが力になるのです。
ちなみに僕の場合、手術の説明は、あえて合理的にします。手術を受けた場合と受けない場合のリスクとメリットをそれぞれお伝えして、患者さんにどちらかを選んでもらいます。
ありがたいことに、最近は自宅で僕のYouTubeを見て、手術の知識を付けてくださっている患者さんが増えています。知識を付けた方は、今後の治療方針を冷静に考えられる人も多いので、よかったら私の動画もご覧いただければと思います。
ポジティブになれないのは仕方ない
―― 先生は、緑内障で失明する患者さんを多く診てこられたと思います。失明を前に不安になっている患者さんを、どのように励ましていますか?
平松 その人によりますね。 ただ、共通してお伝えしていることは「無理にポジティブになろうとしても難しい。落ち込むことは仕方がない」ということです。
視力を失うことは、誰にとってもショックだし、できれば避けたいことです。 だから、まずは「この状況のなかで、できることを一緒に考えましょう」と提案しています。
目の機能は落ちるけど、ほかの機能は残っています。いかに、そのことに目を向けてもらえるか、ですね。
それから、全盲になってしまった方のために、日常生活の訓練をするリハビリセンターがあります。そこでトレーニングすると、お化粧やお料理など、身の回りのことは自分でできるようになります。
ただし、まずは視力を失ってしまうことを受け入れられなかったら、次の行動へ向かうのは難しいです。患者さんの気持ちの変化に寄り添いながら、段階を踏んでサポートしていきます。
―― 目が見えなくなったあとの人生における「幸せのヒント」についてもお聞きしたいです。
平松 今まであった視力がなくなると、人生がすべてダメになるイメージを持っている人も少なくないと思います。ここで意識していただきたいのが、変わらないものもたくさんあるということ。
例えば、家族がいなくなるわけではないし、お金がいきなりなくなるわけでもない。 家がなくなるわけでもないし、交友関係がゼロになるわけでもありません。
まだ残っているものを大切にしようと思うことが、前向きになる第一歩ではないかと思います。
遺伝子治療で、網膜色素変性症に光
―― 先生が今注目している最新の治療法についてお聞きしたいです。
平松 今は、遺伝子治療が伸びています。遺伝子を編集することで、目が見えない人でもある程度見えるようになるケースが増えています。
―― 例えば、どのような病気の方が、目が見えるようになっているのでしょうか。
平松 網膜色素変性症という病気です。網膜色素変性症は、数年前までは何の治療法もありませんでした。しかし、遺伝子治療によって一部の人は治療が可能になりました。
アメリカにおいては、遺伝子治療が、遺伝性網膜ジストロフィの治療法として認められています。
―― 今後、さらに遺伝子治療で治せる病気が増えていく予感はありますか?
平松 そうですね。多くの施設で現在も遺伝子治療の本格的な臨床試験(治験)が始まっています。さらに治療法が確立されていくと、ノーベル賞級の革新的な実験技術になると期待されています。
―― 治療技術の進化を祈りたいですね。今、多くの現場でITを活用した技術革新が起こっています。眼科の領域において、特筆すべきニュースはありますか?
平松 高齢者の病気に関して言えば、目の血管の写真を撮ることで、アルツハイマー型認知症になる可能性を診断する技術の開発が進んでいます。
アルツハイマー型認知症には、アミロイドβという物質が関係しています。これまで、アミロイドβの検出には採血が必要でした。しかし、目の写真を撮ることで、アミロイドβが出やすい体質かどうかが分かるんです。実は、骨に覆い隠されずに、生きている人間の中枢神経系を直接見られるのは網膜だけです。
動脈硬化や高血圧の可能性についても分かり、すでにAIによる糖尿病リスクの診断を始めているところもあります。
MRやCTを撮ることは、少し大がかりに感じますし、レントゲンを撮ると被ばくします。ですが、目の写真であれば痛みを感じないし、簡単に撮れる。そのため、目の写真による診断に注目が集まっているのです。米Googleの親会社である米アルファベット(Alphabet Inc.)傘下のDeepMindも、AIを活用した病気の画像診断や創薬の開発を、本格的に進めています。
脳を活性化する有効視野の拡大
―― ご著書『1日3分見るだけで認知症が予防できるドリル 脳知覚トレーニング28問』でキーワードとなっていた“有効視野”の概念について改めてお聞きできますか。
平松 有効視野について説明するために、まずは視野のことから話しますね。 視野とは、片目で見える範囲のことで、視界の隅から鼻先あたりまでの上下左右60度ぐらいの範囲を差します。一方、有効視野は、文字を読むときや視界に入ってきたものを認識する上下左右20度~30度ほどの範囲を差します。
有効視野が広がることで、転びにくくなったり交通事故を起こしづらくなったりします。 有効視野が40%以上減少している高齢者は、全体の3分の1にあたりますが、該当者の事故率は2倍以上になることが分かっています。さらに、認知機能の衰えが起きにくくなることも、科学的なデータとして分かっています。
―― 「有効視野を広げる」という考え方は、日本では、まだあまりポピュラーではないですね。
平松 そうですね。日本では、まだ実用化されていない状況です。一方、欧米では有効視野を広げるための訓練が盛んに研究されています。
ちなみに、“視野が広い人”という言葉は文字通りの言葉で、物理的な視野が狭いと気持ちも狭くなります。有効視野を広げてあげることで、気持ちの余裕が出てきます。
視力回復が期待できるガボールアイ
―― 有効視野を広げる脳知覚トレーニングと、視力回復法のガボールアイとの違いをお聞きしたいです。
平松 有効視野は、20度~30度ぐらいの範囲でしたが、ガポールアイは視野の真ん中に関する話です。あえて少しぼやけた画像を見ることで、そのぼやけた状態を鮮明に読み解く脳の機能を訓練します。
―― ガボールアイと有効視野のどちらを鍛えるかは、どのように選べば良いでしょうか。
平松 目的によって変わります。 ぼやっとしたものをくっきり見たいという理由であれば、ガポールアイを鍛えるのがオススメです。ガボールアイを鍛えると、近視や老眼の人の裸眼の視力が0.2程度の回復が期待できます。ガボールアイのトレーニングによる視力回復は、約7割の人に効果がある結果も出ています。
認知機能の維持・回復や脳の活性化が目的であれば、有効視野を広げるトレーニングが良いでしょう。有効視野のトレーニングは、真ん中を見ながら周辺を見る訓練です。
目のトレーニングによって認知症予防の実感をすぐに得るのは難しいかもしれませんが、いろいろなことが同時並行でできるようになったという声は多いです。例えば、お鍋に火をかけているときに宅急便の配達員さんが来ても、コンロの火を消し忘れなくなったりと。
―― 若い人にとっては、仕事の能力アップにもつながりそうですね。
平松 若い人の場合は、有効視野を広げて脳を活性化することでデュアルタスクをこなせる力がつきます。有効視野は無限には広がりませんが、何歳からでも広げることができます。
見える人と見えない人の垣根をなくしたい
―― 最後に、眼科医としての目線から高齢化社会に対して感じることを聞かせてください。
平松 眼科医の立場から思うことは、世の中が若い人に合わせてできているということです。 例えば、文字が小さくて見づらいものも世の中には多いですよね。 スマホなどのデジタルデバイスを使うことを前提にしたサービスもどんどん増えています。
これらの状況は、高齢者や視力が低下している人にとっては、負担になってしまいます。 しかし、”見える人”は”見えない人”の苦労を感じにくい。見え方の違いでお互いを十分理解できていないことが、両者の間に垣根をつくってしまうのです。
ちなみに、新しい1万円札には、ユニバーサルデザインが採用されています。 これがきっかけで、もっとユニバーサルデザインへの注目度は高まる可能性がありますが、配慮されているのは、まだほんの一部です。今後、もっと多くの場所でユニバーサルデザインが広まってほしいと感じています。
―― ユニバーサルデザインは、高齢化が進む日本において、ますます必要になることだと感じます。 眼科は、目の異変を感じたら行くところという印象がありましたが、目の病気の早期発見のためにも、定期検診を受けることが大切だと感じました。遺伝子治療やAIによる検査技術の発達などで、さらなる吉報が聞ける日も、心待ちにしたいですね。今日は、さまざまな角度からのお話をありがとうございました!
取材/文:谷口友妃 撮影:熊坂勉
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