「適度な飲酒量」とは

新型コロナウイルスのパンデミックをきっかけに、お酒との付き合い方が変わった方も少なくないでしょう。
飲み会がなくなったのをきっかけに、そのまま飲酒をやめた方もいるかもしれません。または逆に、様々な行動制限がなくなった今、飲み会が増え、飲酒量がむしろ増えたという方もいるかもしれません。

認知症とお酒の関係

飲酒は、認知症リスクと関連することが知られています。

実際、WHOはアルコールを「修正可能な認知症リスク」として掲げており、飲酒の要因を取り除くことで、認知症の2%を減らすことができると試算しています[1]

2%とは少ないのではないかと思われるかもしれませんが、2050年には世界で1.5億人が認知症になると言われており、2%でも300万人に上ることが分かります。

そう考えると、大きなインパクトがあると捉えられるのではないでしょうか。

一方で、適度な飲酒であれば、認知症に保護的に働くのではないかとする見方もあります[2]

それでは一体真実はどこにあるのでしょうか。そもそも飲酒に「適度」があるのだとすれば、「適度な飲酒」とは一体どの程度の量の飲酒なのでしょうか。

今回は、韓国のグループから報告されたこんな研究[3]をベースに考えていきたいと思います。

400万人のデータを扱った韓国の研究

この研究では、平均55歳の韓国人400万人が平均6.3年間追跡されました。

まず初めに、すごい数のデータを扱った研究であることが分かります。

これらの人の中で飲酒量が評価され、飲酒が全くない状態、1日あたりのアルコール摂取量が15gまで、15〜29.9g、30g以上がそれぞれ、none(なし)、mild(少量)、moderate(中等量)、heavy(多量)と分類されています。

350ml缶に置き換えて考えてみる

ビールの種類にもよりますが、350mlの缶ビール1缶にだいたい15g弱のアルコールが含まれていますので、これを缶ビールに当てはめると、少量は1缶以内、中等量は2缶以内、多量は2缶を超える量ということになります。

皆さんのイメージでの少量や多量とは基準が異なるかもしれませんが、あくまでこの研究の中での分類であると捉えておいていただければと思います。また、実際の研究ではアルコールの種類は問うていませんので、ワインの方もいれば、ビールの方もいたということになります。

加えて、この研究では、2009年から2011年の間で全く飲酒しなかった人、途中で禁酒した人、減量した人、変化のない人、増量した人をそれぞれグループ分けして、これらの変化も加味しようとしています。

そして、それらのグループごとに、その後の認知症(特に、アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症と呼ばれる認知症)の発症との関連があるかどうかが評価されました。

結果はどうだったのでしょうか。

10万人が認知症に

400万人近い人の追跡の結果として、全体では約10万人に認知症の発症が見られました。

その中で、約8万人がアルツハイマー型認知症、約1万人が脳血管性認知症と診断されています。

認知症リスクが増加したグループと減少したグループ

その上で、飲酒を全くしないグループとそれ以外を比較した場合、継続して少量または中等量、すなわち350mlの缶ビールにすると2缶以内の飲酒があったグループでは認知症発症リスク低下との関連が見られたのに対して、多量、すなわち缶ビール2缶を超える飲酒があったグループでは、認知症発症リスク増加との関連が見られていました。

次に、継続して同じ量の飲酒をしていたグループと変化のあったグループを比較をしてみると、飲酒量を2缶以内に減らしたグループ、全く飲酒がない状態から1缶以内の飲酒を開始したグループでは認知症リスク低下との関連が見られました。

一方で、飲酒量が増加したグループ、飲酒を途中でやめたグループでは認知症リスク増加との関連が見られていました。

飲酒量と認知症にはU字型の関連性がありそう

これらの結果は全てあくまで「関連性」を示したもので、「因果関係」を保証するものではありません。

すなわち、飲酒と認知症リスクの間に関連があるとは言えても、「飲酒をしたから認知症になる」とは必ずしも言えません。

この前提の上で類推されることは、飲酒量と認知症リスクとの間にはU字型の関連性がありそうだということです。

すなわち、飲酒量が0からしばらくの間はリスク減少と関連し、その後増加傾向を辿るという関連性です。

そして、そのリスクが「底辺」になるのは、1日あたり350mlの缶ビールで1缶ないし2缶以内の飲酒習慣ということになります。

そこを超えてしまうと、認知症リスクは増加傾向をとるようなのです。

そうだとすれば、このあたりが「適度」と「過剰」の境目なのかもしれません。

“sick quitter effect”に注意

なお、最後にご紹介した「飲酒を途中でやめたグループでは認知症リスク増加と関連」については、このまま因果関係があると鵜呑みにしてしまうと「適度な飲酒をやめるのは良くないのか」と誤解につながると思うので補足しておきます。

ここで見られたリスクの「増加」は“sick quitter effect”と呼ばれる影響を見ているものと捉えられます[4]

すなわち、まるで飲酒をやめたことで認知症リスクが増えたように見えるものの、実は病気になり、飲酒ができなくなった人を多く見ているというものです。

このようなトリックは実はさまざまなシーンで見られるので注意が必要です。繰り返しになりますが、「関連がある」は因果関係を保証するものではないのです。

こうした「関連性」が因果関係と必ずしも言えない理由の一つには、飲酒習慣が社会生活に密接に関連したものだからという点が挙げられます。

もちろん、この研究ではこれだけ多くの人を対象にしているので、経済状況など事前に考慮できる背景については統計学的な調整を行っており、経済状況の影響を取り除いた上でも関連があると言うことはできます。

真の要因は飲酒量ではなく人間関係かも

しかし例えば、この研究では個々人の人間関係については十分言及できていません。

すなわち、認知症リスクを低減していたのは、適度な飲酒習慣ではなく、実際には適度な飲酒習慣がもたらす心地よい人間関係であり、それこそが認知症に保護的に働いていたという説明が可能なのかもしれません。

万人共通の絶対的な基準値はない

ここで少し、アルコールの生物学的な働きについて考察をしてみると、実は過度の飲酒はアルツハイマー病の原因の一端を担うと考えられているタウ蛋白の蓄積や神経細胞の破壊などを介して、アルツハイマー型認知症の発症を促進する可能性が指摘されています[5][6]

一方で、軽度の飲酒は脳での炎症を減じるなどして、保護的に働く可能性も指摘されています[7]

これらのことから、アルコールの脳への直接的なU字型の影響についても全く否定できないわけでもないのかもしれません。

認知症リスクを高める「過度」とはどの程度かと言われれば、「缶ビール2缶を超えたらもう過度である」ことが、この研究からは示唆されます。

一方、軽い飲酒やそれが導いてくれる人間関係は、もしかすると、社会的な孤立を防ぐことを介して認知症という側面では保護的に働いてくれるのかもしれないと思わせてくれるような研究結果であったとも思います。

実際、先に示した認知症の「修正可能なリスク」を掲げたLancetの論文1では、アルコールとともに社会的な孤立が認知症のリスクとして挙げられています。

しかしながら、飲酒というのは時にコントロールが難しく徐々にその量が増えてしまうことがある点、年齢とともに代謝が低下し、同じ飲酒量をキープしていても「適度」が「過度」に変化するリスクがある点、また個々人によっても代謝が異なり、一概に皆に当てはめることが難しい点など、この研究結果を個人に当てはめる場合に注意しなければならない点もたくさんあります。

また、発がんリスクという観点からは、飲酒量が少しでもあればリスクが増加するという関連性から、禁酒が望ましいという立場が取られることもあります[8]

そのような側面では、禁酒の方が良いという見方もできるでしょう。一方、認知症のデータを参考にすると、なんでもかんでも禁酒が良いというわけでもないのかもしれません。

結論として、そう単純明快に「お酒はこのぐらい飲むのが良い」と言えるような話ではありませんが、こんな情報も参考に、お酒との付き合い方を見直してみるのも良いかもしれません。

参考文献

1 Livingston G, Huntley J, Sommerlad A, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. The Lancet 2020; 396: 413–46.

2 Liu Y, Mitsuhashi T, Yamakawa M, et al. Alcohol consumption and incident dementia in older Japanese adults: The Okayama Study. Geriatr Gerontol Int 2019; 19: 740–6.

3 Jeon KH, Han K, Jeong SM, et al. Changes in Alcohol Consumption and Risk of Dementia in a Nationwide Cohort in South Korea. JAMA Netw Open 2023; 6: e2254771–e2254771.

4 Fillmore KM, Stockwell T, Chikritzhs T, Bostrom A, Kerr W. Moderate alcohol use and reduced mortality risk: systematic error in prospective studies and new hypotheses. Ann Epidemiol 2007; 17. DOI:10.1016/J.ANNEPIDEM.2007.01.005.

5 Gendron TF, McCartney S, Causevic E, Ko L wen, Yen SH. Ethanol enhances tau accumulation in neuroblastoma cells that inducibly express tau. Neurosci Lett 2008; 443: 67–71.

6 Tyas SL. Alcohol Use and the Risk of Developing Alzheimer’s Disease. Alcohol Research & Health 2001; 25: 299.

7 Collins MA, Neafsey EJ, Wang K, Achille NJ, Mitchell RM, Sivaswamy S. Moderate ethanol preconditioning of rat brain cultures engenders neuroprotection against dementia-inducing neuroinflammatory proteins: possible signaling mechanisms. Mol Neurobiol 2010; 41: 420–5.

8 Bagnardi V, Rota M, Botteri E, et al. Light alcohol drinking and cancer: a meta-analysis. Ann Oncol 2013; 24: 301–8.