酒井穣(さかい・じょう)です。前回の連載第3回「アメリカ型の弱肉強食に学ぶ時こそ、日本の社会福祉の終わりのはじまりでは、進化論だけでなく経営戦略論の視点から、文化レベルでの多様性について考え、日本の特殊性についても意見を述べました。
現代社会は、広い意味での知力によって勝敗が決まる状態にあります。しかし、特定の環境にのみ適応していて、絶滅をまぬがれた生物はいません。いずれは、人類社会においても、知力の価値が下がる時代がやってきます。
連載第4回となる今回は、過去3回の連載で述べてきた課題に対する1つの解決策を提示してみたいと思います。
人口減少の進む日本
労働生産性の向上がなければ福祉は崩壊!?
このままでは、高齢者福祉の崩壊を避けることはできません。そして、これまで考えてきたとおり、高齢者福祉の崩壊は、今世紀が戦争の世紀になっていくことに直結しています。
この悲惨を回避するために必要なのは、社会福祉のための財源を確保すること、すなわち、国の税収を高めることしかありません。
人口減少に伴って、労働力が減少していく中で税収を高めるためには、日本人がより効率的に働かないとなりません。すなわち日本人の労働生産性の圧倒的な改善が必要になります。
年度 | 日本の税収額(一般会計税収) |
---|---|
2007年 | 51.0兆円 |
2008年 | 44.3兆円 |
2009年 | 38.7兆円 |
2010年 | 41.5兆円 |
2011年 | 42.8兆円 |
2012年 | 43.9兆円 |
2013年 | 47.0兆円 |
2014年 | 54.0兆円 |
2015年 | 56.3兆円 |
2016年 | 55.9兆円 |
近年の日本において、労働生産性への注目が高まっているのも決して偶然ではありません。それだけ、無意識のうちにも「いま起こりつつある危機」は広く共有され始めているということでもあります。
ここで、日本における労働生産性に関する議論には抜け落ちている大切な視点があることを指摘したいです。それは、こうした議論が「個人の生産性を高める」という「部分最適」に寄り過ぎているということです。
日本では、労働生産性を高めるために必要な「全体最適」については、ほとんど見かけることがないのです。
日本人は外国人よりも働くことに真面目!
ただし、日本の労働生産性は低いのは厳然とした事実!
労働生産性は、簡単に言えば、1人の労働者が単位時間あたりに生み出す価値(すなわち売上)によって算出されます。そして、日本人の労働生産性は、諸外国と比較すると、極端に低いことが知られています。
だからこその「働き方改革」というムーブメントなわけです。長時間労働を改めつつ、収入を上げていくことにチャレンジしないと、大変なことになります。しかし、個人の働き方がより効率的になれば、本当に、労働の生産性は高まるのでしょうか。
ある程度までは、そうした面があることも事実でしょう。そのためのIT投資が必要であることは確かです。しかし、本当に日本人の生産性は低いのでしょうか。アメリカ人のほうが、日本人よりも優れた働き方をしているのでしょうか。
私は、オランダで約9年間ほど暮らした経験があります。オランダの精密機械メーカーにおいて、周囲に日本人がいない環境で、レンズ設計のエンジニアとして仕事をしていました。
その時の経験から言えるのは、仕事に対する真面目さや集中力、基礎学力などは、アメリカ人はもちろん、諸外国の人々よりも、むしろ日本人のほうが高いということです。ITリテラシーも、諸外国の人々よりも、日本人のほうがずっと高いようにも思います。
しかし、日本の労働生産性が低いというのは、厳然とした事実です。そうなると、この原因は日本における個人の働き方の問題ではないことに気付きます。
すでに日本人はかなりのレベルにありますから、これ以上いかに個人の働き方を改善したとしても、労働生産性は大して改善されることはないはずです。そうすると、税収も不十分のまま高齢者福祉が崩壊してしまいます。
日本の労働生産性が諸外国よりもずっと低い本当の理由は、儲からない産業で働いている人が多いからです。そもそも付加価値が低い産業で働いている人が多いと、そうした人々がいかに頑張っても労働生産性は高まりません。
本来であれば潰れているべき企業が、潰されることなく延命され、成長性の高い産業に人材が流れていかないことこそ、日本の労働生産性が低い本当の理由です。
稼げない産業は潰れるべき!
稼げる産業が上がってこないのが生産性の低い証拠!?
連載第1回「弱者への自己責任論の強要は間違い!?」でも考えた通り、進化論からすれば、生産性が低い環境では少子化が進みます。つまり、日本が世界に先んじて少子高齢化に突入しているのも、結局のところ、労働生産性が低いからです。
その原因は、本来であれば生き残れない企業が無理やり延命されるという、日本の社会福祉的な発想にあるのですから、なんとも皮肉な話です。
稼げない産業(ビジネスモデル)が潰れていかず、稼げる産業が立ち上がってこないことを示しているのが、日本の労働生産性の低さなのです。これを個人レベルでいうならば、安い賃金を受け入れて働く人が多いということを示しています。
これは、日本の高い教育レベルが、かえって国の存続を邪魔しているということでもあります。
個人レベルでは「足るを知る」ことは良いことかもしれません。欲深い人が忌避され、質素倹約を善しとする文化は、個人的には美しいとも思います。
しかし、これが社会全体に広がると労働生産性が低下し、税収が減り、社会福祉が維持できなくなるという仕組みになっています。
それが、日本の少子化につながっていると考えたとき、私たちは変わっていかないとならないことに気付くでしょう。
稼げない産業が淘汰されないことは大問題!?
税収減少、少子化が深刻化していく!
繰り返しになりますが、日本の労働生産性が低いのは、個人の働き方が悪いからではありません。儲からない産業が淘汰されることなく維持され、儲かる産業に対して、国家レベルでの産業転換が進まないからです。
当然のことではありますが、本来は淘汰されるべきものが限度を超えて生かされると「進化が遅れる」のです。
より正確には、売上が労働力に比例する労働集約型のビジネスモデルが淘汰されず、売上を(ある一定ラインを超えれば)労働力とは無関係に高めることができる収穫逓増型(しゅうかくていぞうがた)のビジネスモデルへの産業シフトが起こっていないのが日本の現状です。
それが、日本の労働生産性の成長を阻害し、税収の伸びをおさえ、少子化を深刻化させ、高齢者福祉を破壊しようとしています。そしてそれは、戦争のリスクを高めていきます。
例えば、乱立する日本のコンビニは24時間稼働しています。ネットショップなどで買ったものはその日のうちに届きます。日本では、世界中のどの国よりも安くて美味しいレストランが発達しています。
これらは個人レベルでは嬉しいことですが、貴重な日本の労働力が、労働集約型のビジネスモデルの中で極限まで安く使われているからこそ実現できている環境です。
そしてこうした環境が整ってしまっていることは、決して日本のためにはなりません。実際に、労働生産性の高い諸外国には、こうした環境はありません。
それは諸外国が日本から遅れているからではなく、日本が一部の労働者だけを優遇し、多くの労働者にひどい環境を強いることで、間違った方向に発展(環境適応)しているだけのことです。
最低賃金と解雇規制の撤廃は必須!?
これで不要な産業や企業は淘汰される!
少し意外かもしれませんが、この現状を打開するのに必要なのは、日本の法律で定められている最低賃金を向上させつつ、解雇規制を撤廃していくことです。最低賃金を高めれば、体力のない企業の淘汰を促進させることができます。
当然、企業は淘汰を回避しようとしますから、労働集約型のビジネスモデルからの撤退と、従業員の解雇を始めるでしょう。
そもそも日本の最低賃金による労働は、生活保護で受給できる金額を下回ることがあるほどに異常な状態です。こうした状態を見て「生活保護の金額が高過ぎる」という意見を目にすることもありますが、完全に逆です。
日本の最低賃金のほうが安過ぎるのです。
国名 | 実質最低賃金(USドル) | 世界ランキング(2016) |
---|---|---|
ルクセンブルク | 約1,414円(12.4ドル) | 1位 |
フランス | 約1,312円(11.5ドル) | 2位 |
オーストラリア | 約1,232円(10.8ドル) | 3位 |
イギリス | 約1,027円(9ドル) | 4位 |
カナダ | 約935円(8.2ドル) | 9位 |
スロベニア | 約855円(7.5ドル) | 10位 |
アメリカ | 約832円(7.3ドル) | 12位 |
日本 | 約832円(7.3ドル) | 12位 |
韓国 | 約695円(6.1ドル) | 13位 |
スペイン | 約627円円(5.5ドル) | 15位 |
それが日本の労働生産性を悪化させ、税収も低下させていることに思いを巡らせるべきだと思います。最低賃金が向上したとしても、個人は、企業による解雇からは守られなくなるので、働けるときは、より高い賃金を求めるようになります。
すると、企業は生き残りをかけて労働集約型のビジネスモデルからの脱却を、ますます真剣に考えるようにもなります。
そうして日本における企業の収益性が高まってくれば、株主は、収益性を高められない経営者に落第点を与えるようにもなっていきます。そうして、悪い方向での横並びは解消されていくことでしょう。
こうした解雇規制の撤廃について語ると「労働者を守るべきだ!」という話になりがちです。しかし、そうして労働者を守ることを約束してきた共産主義は、すでに歴史の世界にしか存続できていません。
なぜなら、守らなければならないのは労働者ではなくて、環境適応から脱落してしまう社会的弱者だからです。そもそも実質的に解雇規制が効かない非正規労働者が全労働者の4割を超えている日本において、正規労働者だけを守ることは、共産主義の理念ですらありません。単なる差別です。
生活保護で失業者を守るのはもう限界?
日本はまだまだ財源を確保できる!
解雇規制の撤廃によって解雇される人材の多くは、その緊張感の中にあれば、新たに学習を進め、より高い賃金が得られる産業に転職していける存在です。そもそも生物とは、そうした存在です。
起業して成功する人も生まれてくるでしょう。しかし当然、そこから漏れてしまい、完全な失業状態になってしまう人も出てきます。そうした社会的弱者は堅固なセーフティーネットによって守らないとならないことは、連載第2回「高齢者福祉は、“考え方”ではなく旧石器時代から続く人間の本能!?」でも詳しく考えた通りです。
今の日本は、人手不足がかなり顕在化している状態です。帝国データバンクが行った最新の調査(有効回答企業数1万社)によれば、企業の45.4%が「正社員が不足している」状態にあります。こうした企業は1年のうちに7.5%も増加している今こそ、解雇規制の撤廃による失業の影響が大きくならないタイミングだったりもします。
実は、仮想通貨とブロックチェーンの技術は、こうした環境を破壊するイノベーションになる可能性があります。究極的には、企業という存在自体が破壊されないと個人は自由にならないし、労働生産性は頭打ちになります。
余談ですが、私は自分の会社で、そうしたブロックチェーン関連の技術にも投資をしています。私という個人の投資が成功する可能性は低いですが、そうした方向への投資が増え、競争が激化することで、社会は進化していくのです。
これまでの連載でも述べてきたとおり、社会福祉を充実させることは「投資」です。その投資は、社会福祉をさらに充実させるための財源である税収を豊かにさせます。
そしてそれが、進化論的に、また歴史的に考えたとき、戦争を回避するために有効な手段になっています。誰もが安心して生きられる環境が整っていくという方向性さえ明確になってくれば、本当の意味での景気も上向き、少子化にも歯止めがかかるはずです。
その第一歩は、最低賃金の向上と解雇規制の撤廃であると信じています。