酒井 穣(さかい・じょう)です。第16回「介護事業者の顧客は富裕層にシフト。“混合介護”は悲劇の始まり…」では、介護を受けられる人と、受けられない人に分かれていく近未来について予想しました。

介護保険料を支払っていても、必要なときに必要な介護が受けられなくなる現実が起こりつつあります。そうして、富裕層の介護だけが高度化していくような流れは、もはや変えられないもののようにも思われます。

第17回となる今回は、そんな介護業界における「介護事業者の葛藤」について考えてみます。そこから、わずかではあっても、悲惨な未来を回避するための方法が見えてくるかもしれません。

介護産業の市場規模は年々拡大
一方、経営はどんどん苦しく…

介護産業の市場規模の推移

出典:みずほコーポレート銀行更新

介護業界の市場規模は、介護保険料として使われているものだけでも約10兆円あります。しかし、上場最大手であるニチイ学館の売上は1,438億円(2017年3月期決算)と、この市場全体からすれば、わずか1.4%程度です。それだけ介護業界は、他の業界のように大手数社が市場全体のシェアを押さえているという状況にはないのです。まだまだ発展途上の業界であって、ある意味で、戦国時代のような状態です。

そんな介護業界には、今まさに業界再編の波が来ています。売買収の事案が増えてきており、介護業界の企業買収を専門とするアドバイザーも出てきました。同時に、介護業界では中小規模の介護事業者の倒産が相次いでおり、毎年、過去最高の倒産件数が更新されています。こうした倒産の背景には、介護保険制度から介護事業者に報酬として支払われるお金が減らされてきたという歴史もあります。今さらながらではありますが、経営効率を高め、規模の経済を働かせないことには経営を成り立たせにくい環境になってきているということです。

とはいえ、介護が扱う対象は人間です。ベルトコンベアの上に並べて介護を行うようなことも当然ながらできません。経営効率を高めたり、規模の経済を働かせたりすべきとはいっても、その中身は、人間の尊厳までケアしなければならない、相当に高度なものです。

本来はテーラーメード性が求められる仕事を、なんとか標準化していかないとならないのです。介護事業者の視点からすれば、ここ数年で、介護業界の経営難易度が高まってしまったとも言えます。厚労省によれば、要支援の訪問・通所介護から介護事業者が撤退してしまったと答えた市町村は676にも登ったそうです。

ただビジネスとしてのみ日本の介護業界を観察すれば、明らかに介護業界で事業を行う魅力は下がってきています。事業を継続する難易度はどんどん高まってきているのに、儲けは逆に下がってきているからです。第16回「介護事業者の顧客は富裕層にシフト。“混合介護”は悲劇の始まり…」でも取り上げた混合介護のような方向がなければ、現在の事業さえ継続できないという介護事業者も増えてしまっています。

しかし、こうした方向性の結果は、富裕層だけが優れた介護サービスが受けられるという、社会福祉の理念からすれば許しがたい未来です。

苦悩を抱える介護事業者
ひどく非効率的な背景とは…

介護事業者の経営が上手くいかない、倒産する背景

ここで改めて取り上げてみたいのが、そもそも社会福祉をビジネスで行うということの是非です。今の介護業界は、基本的には、民間の介護事業者がビジネスという枠組みでもって介護サービスを提供しているという形式になっています。ビジネスは利益の追求を目的のひとつとしていますから、貧富の差によって、享受できるサービスに違いが出てくるのも当然といえば当然だからです。介護業界には、介護はビジネスではないという意識も根強く残っています。そうした意識からすれば、近年の日本の介護業界の動きは末期的としか言えないでしょう。

過去の連載でも考えてきたとおり、社会福祉は、運悪く社会的弱者となってしまった人々を救済するものです。これは私の意見ですが、こうした社会福祉は「社会的弱者がかわいそうだから」存在してきたのではなく、そもそも「人類という種の保存のために」存在してきたと考えています(詳しくは第2回「高齢者福祉は、“考え方”ではなく旧石器時代から続く人間の本能!?」を参照)。

社会福祉の失敗は、単に、弱者の切り捨てでは終わらないのです。その終着点は、人類という種の滅亡だと信じて疑いません。そんな社会福祉のうちのひとつであるはずの介護は、しかしながら、ビジネスという形態で進化してきました。これは、ビジネスが社会福祉を担えるのかという壮大な実験でもあります。その答えが、今まさに出ようとしています。その結果は(今のままでは)私たちにとって都合の良いものではなく、社会的弱者はビジネスによっては救われないというもののようです。

ただし、これはビジネスの進め方の問題であるという点には、注意も必要です。介護事業者の苦悩に向き合えば、背景にはひどい非効率性が存在することも見えてきます。ここでは、介護業界における以下の3つの特徴について考えなければなりません。

  1. 国の保険財源にのみ依存していること
  2. 介護サービスの品質を問わない構造になっていること
  3. 高齢者を一律で社会的弱者として定義してしまっていること

金融資産の6割は高齢者が保有!?
裕福な高齢者にはもっとお金を払ってもらうべき!

経済的な心配のない高齢者の割合

出典:内閣府更新

まず介護業界は、そのビジネスによる売上を(1)国の保険財源にのみ依存している状態にあります。国の保険財源(税収)がどんどん上がることはないのに、介護を必要とする高齢者はどんどんその数を増やしていきます。そうなると、高齢者1人あたりの売上は、どうしたって下がっていくことになるでしょう。ビジネスにおいては、これは客単価(顧客1人あたりの売上)が下がっていくことを意味しています。客単価が下がっていくのに、家賃や光熱費などはそのままです。仕入れ値に相当する人件費だけが、徐々に上がっていきます。そんなビジネスは、続けることができないでしょう。

次に、介護業界では、(医療業界と同様に)各種提供サービス毎に国から支払われるお金が決まっています(一部に変更する工夫はありますが)。簡単にいえば、ベテランが提供する介護サービスも、新人が提供する介護サービスも(2)介護サービスの品質を問わない構造になっているのです。そうなると、介護業界で仕事をしていると、いくら人材の技術と経験を高めたとしても、それが介護事業者の売上に反映されないことになります。要するに、サービス品質を高めるためのインセンティブが存在していないのです。むしろ、人件費のかからない未経験者だけを採用し続けた方が、ビジネスとしては儲かる構造になっています。

そして最後に、日本の介護は(3)高齢者を一律で社会的弱者と定義してしまっていることも問題です。日本の金融資産の6割を、60歳以上の高齢者が持っているという現実があるのに、です。当然ですが、高齢者の中には金銭的に裕福であり、もっと支払い能力のある人々もいます。逆に、本当に社会的弱者であり、すべてのサービスが、むしろ無料で提供されるべき人々も少なくありません。

国は、介護保険ではカバーされない、自己負担部分を設けて、そこに1〜3割という自己負担割合の差を設けてはいます。しかし、これでは対応が不十分でしょう。それぞれの金融資産の実態に合わせて、0〜10割負担までの幅があってしかるべきです。それが、社会福祉の定義といってしまっても良いくらいです。

以上の3つの視点から、本来あるべき社会福祉を、ビジネスの視点で整列してみます。それは意外と簡単なことです。

まず、介護業界に流れるお金の総量を、介護を必要とする高齢者の総量に合わせて増やしていかないとなりません。しかし、それを税金だけで賄うことは困難です。であれば、お金のある高齢者(社会的弱者ではない高齢者)には、もっと自己負担を増やしてもらう形で、介護業界に流れるお金の総量を増やすしかありません。そしてそれは、社会福祉の理念にも合致したものです。基本的に、できるかぎり急いでやるべきことはこれだけです。

介護をビジネス化できた暁には…
ようやく賃上げのときがやって来る

混合介護のような、自己負担分に応じた介護サービスを受ける

これまで挙げてきた策を講じた結果、介護業界に流れるお金の総量が増えたら、徐々に介護サービスの品質に応じて、提供価格が変わっていく仕組みを導入すべきでしょう。さすがに自己負担割合が0割の人が、高品質な介護サービスをすべて買い占めてしまうと問題になります。なので、0割負担の人の場合は、購入できる介護サービスに一定の制限が必要でしょう。しかし、いくらかの自己負担がある人は、自由に、自分の資産状況にあった品質の介護サービスを購入すれば良いでしょう。それは、介護で贅沢をするか、他のなにかで贅沢をするかという個人の選択の問題だからです。選択できることもまた、社会福祉の理念に合致しています。

この3つの視点がしっかりと改善されたら、日本の介護はビジネスで運用できることになります。介護事業者は、利用者(顧客)の貧富の差なく、高品質の介護サービスを、できる限り低価格に提供するという正常な競争環境に置かれるからです。そして、これに成功した介護事業者は、巨万の富を構築できます。そんな成功を牽引できる人材には、他の業界と同じように(やっと)高賃金が支払われることにもなります。これだけのことを実現してもなお、日本の高齢者福祉が失敗するなら、やはり社会福祉はビジネスでは実現されないという話になります。しかしこの結論が出るまでは、まだ少しだけ時間が残されてもいます(もうほとんどないという意見もありますが)。

介護事業者が生き残る道はたったひとつ!
富裕層の高齢者を相手にすること

とはいえ、今現在、介護事業者の経営者としてこの課題と向き合っている人は、こうした変化を誰かに起こしてもらうのを待っている余裕はありません。そして、介護事業者として生き残る方法は、先に示した3点の裏返しであることも明白です。つまり、以下の3点になります。

  1. 介護保険以外からのお金の流れを独自につかむこと
  2. 混合介護を利用して介護サービスの品質によって価格を変えること
  3. 高齢者を一律で扱わないこと

これはすなわち、富裕層の高齢者を主な相手にしていくことです。制度としての介護保険が変わらないなら、こうした絶望の未来が、必然的に、これから勝手に起こっていきます。もちろん、独自のイノベーションによって、こうした3点の裏返しではない、新たな戦略を打ち立てるところが出てくれば素晴らしいでしょう。しかし、今の介護業界では、この絶望にあらがおうとする意識の高い介護事業者から順番に淘汰されつつあるわけです。

私たちは、これまで幾度となく、「昨年度も、介護業界では、過去最高の倒産件数を記録しました」というニュースに触れてきたわけです。このニュースに対して、私たち一人一人が反応しなくなれば、日本の高齢者福祉は大失敗ということになります。