最近甲野先生は、ツイッターで新型コロナ問題について、バンバン発信されていますよね。こういった重大なテーマについてもっとみんなで考えていく流れにならないかなと思います。
今回のゲストは、武術研究者の甲野善紀氏。甲野氏は、長年古武術や健康法とともに思想や哲学、宗教といった精神のあり方についても研究を重ねてきました。人間の可能性を引き出す技と理論は、武道・スポーツの世界にとどまらず、介護の分野でも注目されています。今回は、漫画家くらたまとも交流がある甲野氏に人間が持つ潜在能力の不思議について語っていただきました。
- 構成:みんなの介護
武術を通して心身の可能性を追究してきた甲野氏。「古希を過ぎ、私の技は今までで最も使えるようになり、さらに進化し続けている」と言います。「年齢を重ねるにつれ、人間の身体能力は落ちていく」という常識がある中、甲野氏はなぜそう断言するのか。本書は、人間の秘められた可能性に気づき、生きる希望を与えてくれます。また、「転倒から身を守る転び方」など高齢者の日常に役立つ技の解説も必見!
生き方を考えることは、趣味ではなく日常の中でこそ必要


このCOVID-19、いわゆる新型コロナ問題をキッカケに、受験教育で疎かになっていた「人間いかに生きるべきか」ということを真剣に考えられるようになるのでは?とツイートしても、「そういうことはこの感染問題が落ち着いてから考えましょうよ」と、軽く受け取られる傾向があります。現代人のほとんどは生きるための思想というものに、いつの間にか切実さがなくなっていて、教養の一つのように思っているようですね。

誰にとっても、「今まさにそこにある危機」なのに…。私も、今回の新型コロナ問題で、そういった生き方の問題を考えるようになったんです。自分を知るきっかけにもなりましたね。

私は、武術研究者として43年生きてきました。もともとは、畜産を志していたのですが、19歳の時、現代の畜産を取り巻くあまりにもひどい現状を見て、そこから農業や医療について深く考えるようになりました。
「なぜ何十年も変わらず、情熱を持ち続けられるのですか」と聞かれることがありますが、変わっていないわけではありません。むしろ、情熱のもち方が変わってきたからこそ、枯れずに続いているのかもしれません。
(『古の武術から学ぶ 老境との向き合い方』P63より引用)
そして、受験のためではなく、「人が人としてどう生きるか」ということを禅や荘子や物理学の本などを読んでずっと考えてきました。なので、今回の感染問題も含め、人としての生き方を考えるということに関しては半世紀以上の年季が入っています。
すべてのことについて言えますが、良いことがあれば、悪いこともあり、悪いことがあれば、良いこともあります。例えば、今回の感染症のような、大きな社会問題は、その問題にどう対応するかによって、人としての信頼度がわかりますし、いろいろな意味で今まで見えなかったことが見えてくることがあります。
潜在能力が開くと、想像を越える力が出せる

私が最初に書いた本は『表の体育・裏の体育』です。これは肥田式強健術の創始者である肥田春充(ひだはるみち)という人物によって創られた健康法の解説を軸に、現代医学では認知されていない健康法や能力開発に関して述べたものです。軸となった肥田式強健術は、戦前一世を風靡した健康法ですが、肥田翁はこれによって健康な肉体とともに特殊な能力を獲得したのです。その能力ですが、これがまた尋常なレベルではありませんでした。
私が本を書いた直後、この肥田翁の次女の方と、その方の婿にあたる肥田道夫という方に話を聞きたいと思って会いに行く約束をしたのです。ところが、伺う予定の4日前にこの肥田家が火事で燃えてしまいました。その後、約1ヵ月ほど経って、火事の御見舞いと火事場の後片付けのお手伝いに伺ったのです。
そのとき、火事で焼け残った住居の跡から出てきたというサイコロを拝見しました。それは一辺が4~5センチぐらいの角材に白い紙が貼ってあるんです。全面に3桁から5桁の数字が書いてあったのです。例えば「397」「12456」といった感じです。

普通のサイコロじゃないんですね。

それを20個ぐらい板にのせてバーッと転がしたそうです。

何のためにですか?

「超時間計算」と肥田翁が名付けられた現象の証明のためです。サイコロが転がっている間にパッと閃いた数字を2つ書く。1つは転がって最終的に出た上の面の総和の数です。もう1つは床についている面の総和です。それが一つも違わない。

え!すごーい!

肥田翁は、潜在能力が開花したことで、そのようなこともできるようになったのです。そのときは、「別にどうってことはない。科学的なものだ」と言われていたのですが、亡くなる前に、「あのようなことができたのは、自分でも今もって不思議だ」と語られたそうです。
また晩年、伊豆の丘の上にある自宅に向う坂道に「面会絶対謝絶」という札を何枚も出されていましたが、それを無視して会いに来た人は歓待されたそうです。
もっとも、人が訪ねて来る3日ぐらい前から、「どんな人が来て、どんな話をするか」ということが、手に取るようにわかったそうです。しかも、訪ねてきた人が立ちあがる瞬間に、足が痺れて畳の上に出された茶椀を倒し、こぼれたお茶がどんな形に広がるかまで見えたそうです。

にわかに信じがたい!

まあ、そうですよね。でも、そのあまりにも見えすぎる能力で、肥田翁は結局生きる意欲が根本的になくなってしまったんですから、やはり“長所即欠点”と言えますね。

他に甲野さんが「この人はすごい能力持っている」と思う方はいますか?

今ネットで見られる人ですさまじい能力を持っている人は、リチャード・ターナーというトランプのマジシャンがいます。
ターナー氏は、もともとはマジシャンではなくてカードのギャンブラーでした。カジノにはいろいろなイカサマがあって、それを見抜くプロがいます。しかし、そのプロがどんなに目を凝らしても何にも怪しいところがないのに、すごく勝つんです。それでカジノから「来ないでくれ」と言われてマジシャンになったそうです。

勝っちゃうから出禁になったんだ。それはすごい!

さらにすごいのが、このターナー氏は全盲なんです。

全盲なのにギャンブルで勝てるんですか?

カードに触ると赤と黒で暖かさが違って感じるそうです。

それは、面白いなー!

このターナー氏のマジックを見て、マジシャンのMr.マリックは鳥肌が立ったと言います。自分が知っているマジックのありとあらゆる知識を駆使して、「あそこで細工したのではないか」と見破ろうとしても、まったくわからなかったそうです。
すごいのが、1からキングまで全部揃った新品のトランプを何度もシャッフルして、十分混ぜ、サーッと広げると、1から13まで、また全部のカードが揃っているんです。

すごーい。それは何ですか、手品?

どうやっているのか誰にもわからない。

世界には、すごい人いますよね。

本当に、人間の能力はすさまじいですよ。
「自分の世界に巻き込む力」で突出した才能を発揮

最近の私の技の話をしようと思います。

ぜひぜひ。

人は人の心が読めるので、それを逆利用する技です。私の手を払いのけてください。

あれ?今、反応できなかったです!

普通は、この左手は、いま見えているこの場所にあるのを、私も自動的に認識しています。何で倉田さんが払えなかったかというと、私の「内観」を通した実感では、この手はいまある位置よりも、ずっと後ろにあるんです。
このようにして、三〇代、四〇代の頃には「とても無理だろう」と思っていたことが、六〇代に入ってからできるようになり、七〇代になってからさらに新しい気づきを得てできるようになり、改良を重ねることでさらに進化しています。
(『古の武術から学ぶ 老境との向き合い方』P21より引用)

実際の拳の位置よりも、甲野さんの気持ちの方に体が反応しているということですか?

そういうことです。私の認識している「内観」の位置に反応しています。

すごーい!

カリスマと言われる営業マンなんかも、自然とこういった技を使っているのではないかと思います。
なぜかと言えば、飛び込みの営業などでは、普通の営業マンは「断られたら嫌だな」と思う気持ちについなりがちで、その自信のなさが態度に出てしまいます。そうなると、当然ですがお客さんに話し始めても、すぐに「結構です!」と言われてドアを閉められてしまいます。
ところが、平均の何倍も売る営業マンは、初めて訪ねる家のインターホンを押す前に、「久しぶりに会う懐かしい知人だ」と思って訪ねたりするようです。そうすると、営業マンの描く世界にお客さんが取り込まれるので、不思議なことに良い空気で話ができて、商品が売れるんです。お客さんがその人の世界に巻き込まれてしまうんですね。

おもしろーい。自分の意識が大事ってことですか!

自分の中の世界をパッと切り変えるんです。そうすると、目の前の人はそれに巻き込まれます。

それは、「自分自身をだます」みたいなこと?

まあ、そういう見方もできるかもしれません。「敵をだますには、まず味方から」と言うでしょう。

なるほどね。体感すると余計面白いですね。これ、今からでもできるようになりますか?

内観の感覚がわかってくると、できるようになるんじゃないですか。
何年か前に話題になった山形新幹線の売り子の人もそうだと思います。車内販売を終えて帰ってくると、ワゴン車がガラガラなんです。

すごい!売り切れるんですね。

みんなが争って買うんです。彼女にひと言・ふた言声をかけられるだけで、とっても気持ちが癒されるようです。
商品が欲しいというよりも、彼女と会話したくて常連が買うんです。そして、常連がこぞって買うと、異様な雰囲気になるじゃないですか。

そうですね。

そして、そこに巻き込まれてほかのお客さんも買っていきます。

「世界に巻き込む」というのは、そんなふうにも実践できるんだ。

それからもうずいぶん昔の話ですが、クラシックの指揮者の岩城宏之という人が、歌手の「美空ひばり」の凄さを語っていました。「ひばりさんはどこがすごいかというと、何千人とお客さんがいても、『自分一人のために』歌ってくれているように感じるんです。それが、ほかの人にはまねのできないすごいところだと思います」と感想を語られていました。
おそらく、ひばりさんは「美空ひばりの世界」への入り方があって、いつの間にか、その世界への入り方を会得されたのでしょう。それでお客さんがその世界に巻き込まれるから、実際は大勢の前で歌っていても、ひばりさんが自分のためだけに歌ってくれているように感じるんだと思います。
ひばりさんにしてみたら、自分がただ一人、ステージで歌っているような感じ。それがお客さんにしたら、誰もいないところで歌っている「美空ひばりを見ているのは、自分しかいない」ということになるのではないでしょうか。

なるほどー。そういう状況が生まれるのも、気持ちのありよう次第なんですね。

この「内観」による意識の切り換えは単にイメージするのとは違います。それから、よく聞く「プラス思考的発想」とも違います。プラス思考の場合は、プラス思考をしようとして、単に「私にはできる」と言ってみてもあまり効果は期待できません。これは、できないことの裏返しとして言っているという意識が働きやすいので、不安がつきまとうからです。そうではなく、ふっとその世界に入るんです。

もう達人ですね。

私の技の場合は、自分の体に聞くんですよ。「この手ここにあるね」と聞いて、体が「ある」と答えるとか、「行ける?」と聞いて、体が「行ける」と答えたらできます。
無理に思いこませようとしても、意識は、「いや、でも本当はここにある」と考えてしまう。そうすると、「手を払われるんじゃないか」という予測が働くでしょう。そしたらもう絶対払われます。
不安があったら絶対ダメで、ぱっとそこで世界が切り替わらなければできません。単に一生懸命イメージしているだけではだめです。その世界にパッと入らないと…。そして、体の感覚とつながることも大切です。

できるようになりたいなぁ。

人が持っているいろいろな能力の不思議な働きは、まだまだ解明されていない部分が多いです。でも、どんな人でもあると思います。
さっきの私の技は、「人は誰でも人の心を読む」力を逆利用しています。

そういうことになりますね。動きを目で見て体が反応しているのではなく、実は意識に体が反応しているのですね。

そうです。

甲野さんは、古武術介護もされていますね。

はい。介護をするときは、普通は相手に触れるところが掌になりますが、そうなると腕だけを使って相手の体を持ち上げようとしてしまいがちです。しかし、掌を返して前腕の外側、つまり手の甲から続いている部位を使うような体勢をとると、背中や腰の力が自動的に動員されて、体にかかる負担を減らすことができます。
転倒したときに安全に身を守る転び方ができること、つまり上手に「受け身」を取れるようにしておくことは、それがきっかけで「寝たきり」や「認知症」にならないように気を使う高齢者以外でも、年齢問わず誰にも必須なことです。
(『古の武術から学ぶ 老境との向き合い方』P106より引用)

体の使い方の工夫で、負担が軽くなるんですね。

人体のこともまだわかっていないことが結構あります。

どうしたら、人体の可能性を引き出せるんですかね?

現実に起きている人体の不思議に関心を持つことだと思います。

なるほどー。
犬は人間の心を読み取って反応する

人間の心は犬にも伝わります。いや、犬の方がより敏感に感じるようです。例えば、散歩に行くためにリードを用意すると、「散歩に連れて行ってもらえる」と思って犬は喜びますが、獣医に連れて行こうとしてリードを用意すると、犬は逃げ回ります。犬を飼ったことのある人なら殆どの人は体験していると思います。

飼っていた犬で、そういう経験ありますわ。

犬はすごく敏感です。空港の麻薬探知犬なんかも臭いだけではなく、人間の心を読み取って麻薬の密輸を見つけると言われています。どういう事かというと、密輸しようとする人間も、麻薬探知犬の事は知っていますから、麻薬を何重にも厳重に包み、「これならさすがに犬でもわからないだろう」と考えていても、これを犬が探知する事があるそうです。
なぜ見つかるかというと、麻薬犬を連れている麻薬Gメンが「こいつは怪しいな」とホンの僅かに感じて、本人の意識まであがってこないものを、犬はそのGメンの微かな思いを読み取って反応するからのようです。

なるほど!
「サムシング・グレート」という考え方

人間の秘めたる能力は不思議ですが、すべて地球上の生物は、大きな意図があって生成消滅しているようにも思います。先日亡くなられた村上和雄・筑波大学名誉教授も、それを「サムシング・グレート」と名付けられていましたね。
この宇宙に1個の生命細胞が生まれる確率は、一億円の宝くじが100万回連続して当たるぐらいの確率だそうで、これは進化生物学者である木村資生という方が言われていたそうで、そこから「サムシング・グレート」が発想されたようです。
これは、「ほぼありえない」ということです。そうなると、やはり何らかの意思があるのではないかと考える方が腑に落ちます。
そのような中にあっては、人間の理解に及ばない不思議なことがあってもおかしくはありません。

他にどんな例がありますか。

そうですね。催眠療法家としても知られるアメリカの精神科医でミルトン・エリクソンという五、六十年前に活躍されていた方の技は凄まじく、海岸である人と会ったとき、その人物が「二年ぶりにこんなところでお会いするなんて凄い偶然ですね」と言ったところ、エリクソン氏は「偶然じゃないよ。君が二年後に来るように私が暗示を入れておいたんだから」と答えたそうです。その暗示があまりにも巧みだったので、相手は自分で思いついてきたのだと思っていたのです。

いろいろな不思議があるんですね。自分に見えている以上の世界があることを信じてみたくなりました。
- 撮影:丸山剛史

甲野善紀
武術研究者。20代の初めに「人間にとっての自然とは何か」を探求するため武の道に入り、1978年松聲館道場を建て、独自の武術研究の道に入る。2000年頃から、その技と術理がスポーツ、楽器演奏、介護、などに応用されて成果を挙げ、さらに多くの分野から注目をされるようになる。「徹子の部屋」や「スイッチ・インタビュー」などに出演。2007年から3年間、神戸女学院大学の客員教授を務めた。著書に『剣の精神誌』『古武術の発見』(養老孟司共著)『古の武術に学ぶ無意識のちから』(前野隆司共著)『巧拙無二』(土田昇共著)『上達論』(方条遼雨共著)他多数。最新刊は『古の武術から学ぶ老境との向き合い方』。月2回、夜間飛行からメールマガジンを発行。http://yakan-hiko.com/kono.html