普通に旅行をすることができた!
妻も娘も幸せすぎて泣いている
「幸せすぎて涙があふれる」。そんな体験をすることは人生のうちそうないだろう。
ホノルル空港を飛び立ったハワイアン航空は順調に高度を上げ、機内は落ち着いている。
ふと横を見ると妻と娘が泣いている。
その涙を見てボクも涙があふれてきた。
きっと妻の涙は、この旅を無事に終わらせることができたことで重圧から放たれ、ホッとした気持ちになったり、この旅のことを思い出したりしてこみ上げたものだったんだと思う。
その涙を見て、娘ももらい泣きをしている。
「ママ泣きすぎ」。そういってタオルを渡し、二人で泣きながら笑っている。
そこにいるボクは、自分は本当に幸せものだと実感していた。
本当にハワイに行けるか1週間前までわからない…
それでもよしとしてくれる仲間たちに感謝だ
そう、ボクたちは7月4日からハワイに旅に出ていた。

ハワイのアラモアナビーチ
ボクは今年に入ってから3回も入退院を繰り返していたし、7月の終わりには大掛かりな外科の手術が決まっていた。
ちょっとわがままだとわかっていたが、自分の中でなんとなく、その手術の前に旅に出たくなったのだ。
最初は大それたパリ行きを提案していたが、結局のところは行き慣れたハワイで落ち着いた。
そんなことを決めたのも出発の2ヵ月ちょっと前だったが、6月に手術を受けるためのさまざまな検査入院が長引いて、本当にハワイへ行けるのか?とドキドキした。
なので、同行してくれると名乗りを上げてくれた仲間にも、本当に行けるのか1週間前ぐらいまではっきりと告げられないでいた。
「行くなら、一緒について行きます。駄目なら駄目で」
そんなアバウトを許してくれる仲間に、本当に感謝である。
難関が多いことはわかっている。それでも、
車椅子だって要介護5だって普通に生きていいじゃないか
左半身麻痺になっていて、自力で車椅子移動もできない、トイレだって行けない。
ましては横にならないと、おむつだって換えられないし、寝返りだって打てない。
長時間ずっと椅子に座っている機内では、お尻を自分でずらすことも難しい。

入院中にパソコンで校正するコータリさん
そんな要介護5のボクが海外に出ようというのだから、思い浮かべるだけでも難関が待ち構えている。
なかなか旅の扉はひらかなかった。
国内であれば1、2泊くらいなら、入院以外の外泊も普通にできるようにはなっていた。
食事も小型のミキサーを持参してサポートしてもらったり、最近では色々便利な介護食も出てきたりしている。
国内なら、健康保険証を持参すればなんとかなる、そんな気持ちにもなっていたし自信もついてきた。
健常な頃は、1年間の4分の3は自宅におらず、旅をしているような環境にいた。
地方での講演やレギュラーでのテレビやラジオ出演、それに加えて事件の取材や車の取材で世界中を飛び回った。
だから「一生分もう旅をした」と自分を戒(いさ)め、あきらめていた。
それでも、もしも自力で車椅子を操ることができたなら、喋れたら、平衡感覚がもうちょっと治っていたら、どこかに行けたんじゃないかとふと思ったりする。
ないものねだりだ。
ある取材のときに「もっとこんなことができたらいいなって思ってます」と言ったら、「まあ、上を見たらきりがない、もっとお悪い方だってまだまだいらっしゃいますもんね」みたいな言われ方をされたことがあった。
そのときボクは「そーなんだけどね…ちょっと違うんだよなあ」と思ったのだった。
できないことを悔やんでも仕方ない。現状の自分ができること、またはさらにできることに挑戦していくしかない。
そんなの百も承知だ。でも、最近になって思うことは、車椅子だって要介護5だって普通の人として普通に生きていっていいんじゃないかってこと。
旅だって、今まではバリアフリーが整備されているか、病気でも大丈夫かということにこだわりすぎていたのかもしれないと思うようになってきた。
このハワイの旅を終わらせて、ますますその思いは強くなっていった。
「バリアフリーの旅」には変わりないのだけれど、普通に予約して出かけている普通の人たちの旅にボクがちゃっかり混じっても、もしくは一人で出かけても大丈夫なんだってことを、みなさんにも知ってもらいたい。
飛行機の手続きも意外に簡単だった
乗客にボクが混じっても大丈夫なのだ
この旅をするにあたって妻がまず行なったことは、飛行機会社に電話でリクエストをすること、そしてレンタカーとホテルをそれぞれ予約すること。この3つが重要だ。
飛行機のチケットは、普通にインターネットでとったチケットだ。
電話で車椅子での移動しかできないことを伝えると、さまざまなことを質問された。
車椅子の種類や(電動だとか手動だとか)大きさ、どこまで車椅子を使用するのか(手荷物を預けるところで預けるのか、搭乗口までか、機内まで持ち込むのか)、機内での手助けは必要か否か。
飛行中はトイレなどで移動をする必要があるのか、ペースメーカーなどを使っているかどうか、ということも質問されたが、思ったよりも簡単だったと妻は言っている。
今回はハワイアン航空を使ったので、機内食はボクが食べられるものを持参してくださいとのこと。
そこでムース食のレトルトを持参したが、機内食でもボクが食べられるものが多かったので使用しなかった。
しかし、この携帯できるユニバーサルフードは今回の旅で役に立った。
現地で食べられるものを見つけられるかと心配していたが、心の保険として持っているだけで安心だったと妻。
味もいい。このユニバーサルフードについてはまた今度くわしく話そう。

機内に持ち込めるムース食(介護食)
日本の航空会社を国内で使用したときは、車椅子専用(障がい者)のチェックインの場所があったが、ハワイアン航空は特になく座席の種類別にチェックインに並んだ。
普通の旅がいいと言っているんだから、なるほど、こういうところも普通である。
カウンターでは、搭乗口までお手伝いが必要か、このまま搭乗口まで自分の車椅子で乗って行くのかを聞かれた。
質問に答えると、一般の搭乗時間より30分ぐらい早めにきてくださいとのこと。
最優先での搭乗だ。一般のお客さまが入る前に車椅子で席まで行く。
まだ誰も搭乗していない座席に地上係員が誘導してくれる。

手続きは思ったよりもスムーズにいった
席に座ると今度は、客室乗務員に「トイレに行くときに車椅子は使用するか」などの質問をされた。
客室乗務員たちはなかなかフレンドリーで「写真とろうか?」と言ってくれたり、アメニティーを先に持ってきてくれたりして、搭乗の始まるまでの5分程度の間ずっと話しかけてくれた。
最後には「なにかあったらいつでも呼んでね」と英語でフランクに話しかけてくれた。
そのお陰でなんとなく気も楽になった。
客室乗務員たちが妻を絶賛!
「お~!アメージング」なんて声も上がる
ホノルルに到着すると、今度は乗客がすべて降りてからホノルルの地上係員がやって来て、ボクを機内から降ろしてくれる。
「自分で立てる?」「NO」「じゃあボクにつかまって」みたいな会話をして、大きな男性が二人がかりでボクを車椅子に移そうとしたが、上手くいかなかった。
そこで「じゃ、ボクが抱いちゃうよ(車椅子に移乗させちゃうよ)」そんな感じの会話がされていたんだと思う。
すると例のフランクな客室乗務員が、「彼女にやってもらったら?慣れてるから」と妻の顔を見ていた。
そこで妻は「OK!」と答えると、ボクはするっと車椅子に。
それを見ていた客室乗務員は「お~!アメージング」「ファンタスティック!!」「ボクの会社に勤めないかい?」などと絶賛していた。
それから、秘密の通路を通って入国審査のところまで行った。
いつも飛行機から降りるとバスに乗って入管まで行くのに、エレベーターに乗ってあっという間。

障がい者の人が通りやすい通路に案内してくれた
入管が終わり、荷物を受け取ってプライベートの出口から出て行くときも「タクシー?レンタカー?」と聞いてくれ、そこまで送ってくれた。
空の旅はなにも困らなかった
飛行機もユニバーサルデザインが進んでいるらしい
なにも困らなかった。ボクはトイレには行かなかったが、トイレに行くときはもちろん専用の車椅子を用意してくれている。
ご存知の通り、飛行機の中のトイレは狭い。
車椅子乗りの友人によると「一見すると使いにくそうだけど、逆に腕で伝って行けていいんだよ」とのこと。
ただ、ボクみたいに介助してもらう必要がある場合、二人も個室に入れない。
そこで機体によっては、トイレの前にカーテンで前室をつくって配慮してくれている会社もあるとのことだ。
健常の人が見ても、それがそういった用途のために使われるものであることはわからないだろう。
ユニバーサルデザインであって、母親が子供にミルクをやる授乳室代わりなどにも使うらしい。
次は、空港からワイキキにあるホテルまでの移動。
普段なら空港からレンタカーを借りてしまう。
空港からホテルまでレンタカーを借りることはできなかったが、ワイキキに1台好みのレンタカーが残っているということでホテルまではタクシーを使うことに。
ちょっと車高の高い車だったけれど、ドライバーが手伝ってくれる。
車椅子も大きなトランク3個もなんなく積んでホテルまで。
帰りの空港では、搭乗ターミナルが変わったばかりだったらしく、離れたターミナルで降りてしまった。
すると係員が、ターミナル間のシャトルバスの乗り場に連れて行ってくれバスに乗る。
こうしたターミナル巡回バスや路線バスなどは、車椅子を上げ下げしてくれるリフトがついているので問題なくワイキキまでもバスで行ける。

バスについている車椅子用のリフト
本当はホノルルまでの路線バスだってリフトがついていて車椅子だって困ることはないのだが、なにせ荷物がおおい。今回はタクシーで。
大量のおむつに、プールやビーチで使う水着に、
心配性と好奇心で荷物がいっぱいだ
ここで荷物のことが出てきたので持っていった荷物について触れよう。
大きなトランク2個は、ボクの荷物。
まず、一個のトランクはほとんどがおむつが占める。1週間分のおむつだ。

おむつは数種類を持って行く
テープ式、長時間飛行機などで変えられないことを考え大容量のパッド、さらに隙間を埋めるパッド。この隙間を埋めるパットは裏表が吸水面になっていてようするに違うパッドで受け止める増量用パッド。
隙間は漏れの原因になるので身体の形などに合わせて補強できる便利なもの。
お尻ふきのウエットティッシュ、中が見えない消臭つきビニール袋(おむつ破棄用)、防水シーツ、医療関係では大量な薬。

持って行ったたくさんの薬
携帯用吸引器とそれ用のカテーテル、消毒綿、サチュレーション計測器、血圧計、体温計、妻はプチ看護師さんのように使用方法を伝授してくれた。
実は出発数日前から前日まで、往診医の飯嶋先生が「この薬は下痢したとき…」「万が一蕁麻疹が出たら…」などなど、あらゆる場合を想定して器具や薬などの使用方法をレクチャーしてもらったのだ。
「まあ、万が一なにかあったら電話してください。24時間対応してますから」と心強い言葉も貰った。

往診医にトラブルが起こった場合のことをレクチャーしてもらった
旅行保険も、既往症ありで入れるものに入っておいた。
それから、砂浜や悪路でも車椅子が動きやすい「JINRIKI」もトランクに詰めこむ。
さらにハワイでは、プールにもビーチにも行きたいと思っていたのでスイミングヘルパー(浮き袋?)やラッシュガード、水着も。
心配性と好奇心が大荷物を作ってしまったが、そこはまあ、安心代と思うことにする。
日本のようなレンタカーが見当たらない…
移乗するのも一苦労だ
ハワイを移動するためには、レンタカーを借りる必要がある。
アメリカでは、日本のように車椅子ごとスロープで乗車できる介護車とか、助手席がぐるっと回せる介護レンタカーは見当たらない。
バリアフリー車と呼べるレンタカーがあるとすれば、障がい者が自分で運転できるように運転席に仕掛けがある車両だ。
「介護車」で検索すると、タクシーというか、高価ではあるがタイムレンタル(利用した時間ごとに利用料を支払うシステム)のような専用車があった。
滞在中ずっと借りっぱなしにする我が家には不向きだが。
今回は、7人乗りのレンタカーを借りたかった。
ただ、ハーツやアラモなどハワイのレンタカー会社の7人乗りは、ダッジバンのような大型車か、車高が高い車がほとんど。
とにかく車高が高いと移乗に苦労する。

移乗しているコータリさん。車高が高いと大変だ
ニッポンレンタカーには、日本車のオデッセイなどのコンパクト7人乗りがあった。
これは車高が低い。残念ながら借りることはできなかったが、次回の参考にすることにした。
次号に続く 要介護5のハワイの旅編(後編)