山本一郎です。休肝日を増やしたら、テキメンに体調が良くなりました。
今回お話するのは、参院選直前、与野党社会保障公約チェックです!といっても、今回の参院選は非常に低調で、国民からの関心度が国政選挙の割にとても低いのが特徴です。政権選択選挙ではないので、争点が分散しているのかもしれません。
社会保障問題と今回選挙について語る前に、参院選の見どころについて軽く触れておきたいと思います。
まず第一に、野党側がセットした「改選後、与党に3分の2の議席を取らせない」という、まあ何と申しますか、非常にハードルの低い目標を掲げ、しかも国民の関心からポイントがずれているのが大きな特徴になっております。
これは、民進党の5種類ある公式ポスターのうち、もっともメインで貼られているもののひとつのスローガンが「2/3を取らせない」になっていることからも、野党側の今回選挙の争点が改選後の参院選の与党勢力が2/3以下であること、すなわち、憲法改正議論を先に進ませないことが大事であろうという争点設定で来たことになります。
ところが、先月5日、6日に、朝日新聞が行った事前の世論調査で明確に現れていますが、野党の設定した憲法改正議論というのは、はっきり言って国民の関心事ではありません。むしろ、永田町の議論や政党の論理をそのまま選挙公報に反映させただけであって、有権者として関心のあるポイントから外してしまっていることで、完全に選挙戦ではマイナスになっているというのが実情です。
そしてここで、トップの争点として「景気・雇用対策」を抜いてトップに躍り出たのが、この連載でも何度も申し上げているとおり「社会保障」です。3位には「子育て支援」が出て、戦後の選挙戦において安定して社会保障問題が国民の最大関心事になったのは、単に高齢者が増えたからではありません。
一部のメディアが実施した出口調査では、40代、50代男性と50代女性という、壮年から初老にかけての年代ですでに「社会保障」が政策として最重視したポイントであるとされています。これは、高齢者の割合が増加したことによる、いわゆる”シルバーデモクラシー”現象と一括りにするのは難しい状況に陥っていると見られます。
つまり、大きな理由としては2つあり、ひとつが「自分自身の将来を考えて、本当に年金がもらえるのか、老後が安心して送れるのかが不安である」ということ。もうひとつが「自分たちの親の世代が70代後半から80代に差し掛かり、具体的な介護が必要な世代となって、そこに自分たちも携わらざるを得なくなっていること」が挙げられます。要するに、老人に対する社会保障は、翻って自分たちの生活に密接にかかわりがあるということでしょう。
GPIFによる年金の運用が5兆円の赤字!?
社会保障問題は常に経済問題と表裏一体…
と考えると、やはり「アベノミクス」への
信任が選挙の争点に
さて、実際には社会保障についての政策議論にどういう課題がこの参院選で投げかけられているのでしょうか。
この問題を問うにあたって、昨今野党陣営からしきりに持ち出されている話題が「年金基金の運用が証券投資にシフトしたため、株価下落で2015年度は5兆円の損害を出した」と指摘される部分です。
年金積立基金運用、すなわちGPIFの運用にあたっては、朝日新聞でも触れているとおり、過去09年から概ね運用益を出してきたものの直近の成績が悪く、この公表を先送りにしたことが攻撃材料になっています。今まで利益が出ていて最近赤が出たことをもって批判するのはおかしい部分もある一方、積極的な金融政策で円安株高を演出して日本経済を回していくアベノミクスに対する攻撃材料として一番わかりやすいということで、野党はこれにのめり込んでいる部分があります。
裏を返すと、年金基金の運用という社会保障の根幹部分は、実は証券相場や為替相場といった、経済事情とコインの表裏であることが分かります。すなわち、景気が悪く税収が低ければ社会保障を回すための税収が落ち込み、アベノミクスなど経済政策への信任が失われて株価が低迷してしまうと社会保障の元本たる年金基金が損を出して目減りしてしまい、将来的に年金の支給額が減らされる可能性も考えられるわけです。
必然的に、社会保障問題とは常に経済問題であって、景気・雇用と一体となって日本全体の景況感や税収、各種相場と一体となります。
実のところ公約で「社会保障が」「経済対策が」といったところで根っこは同じですので、経済政策抜きに社会保障を語ることはできないし、消費税など財源問題が解決しなければ社会保障政策の”出口”はないとも言えるのです。
したがって、この財務状況では社会保障を充実させることができない、したがって社会保障は削減し、国民への支給額を減らさざるを得ないとする「低福祉低負担」型の政策か、これ以上の社会福祉を減額すると国民の生活が防衛できないのでセーフティーネットを充実させるための予算を確保するために増税し、社会全体で負担を分かち合う「高福祉高負担」型の政策か、いずれかを目指すことになります。
「高福祉低負担」はファンタジー。
公債=国の借金というツケを負わされる
若者にとっては常に不利な状態で、
世代間闘争を引き起こすトリガーに!?
一方、我が国の公債発行残高は国家、地方ともに累計額はえらいことになっております。財務省がすでにまとめているとおり、年間の税収の15倍以上の負債を抱えていることになりますが、これは結局、ある程度均衡させられるめどが立たないとこれ以上国や地域が借金をできなくなる可能性が高まるわけでして、そうなると歳入が足りずに予算を執行できないという事態に陥ります。
すでに一部の自治体では歳入不足で予算を執行できず、住民向けの公共サービスが実施できずにいるケースがあったり、市立病院などで医師不足に直面しているにもかかわらず適切な報酬を医師に支払えず欠員が出たままになっているため、一部の診療科が閉鎖されている状況です。人が少なく税収もない状態で市民サービスがどんどん低下していく状態は望ましくないとはいえ、実際にそういう状況に陥っている地域は文字通り、その自治体を閉鎖しなければならなくなることでしょう。
公債が増えるという現象については、乱暴にざっくり言うならば、いま使うための国庫、国富が足りないので、将来の世代が払う税収をアテにして収入を前借りしている状態です。つまりは、もうこれ以上は負担できないけど、福祉などの水準は削れないので、仕方なく国や地域で借金を積み重ねている状態であって、つまりは「高福祉低負担」というファンタジーであります。
どこからか金が湧いて出るわけではなく、単純に次の世代で生きる人たちが使えるお金を削って、これから死ぬ人たち向けの福祉サービスを充実させていることになりますので、当然のことながらこの「高福祉低負担」はツケを負わされる若者にとっては常に不利な状態でして、世代間闘争を引き起こすことになります。
そういう理屈上あり得ない「高福祉低負担」状態を解消して、望ましい社会をどっちに転がしてくかを考えるのが選挙だとするならば、公約はいずれにせよ「低福祉低負担」か「高福祉高負担」かのどちらかにならざるを得ません。本来ならば、無いお金は払えないし、未来にツケを回すことは避けたほうが良いということになります。
自民党はじめ三党合意であったはずの
税と社会保障の一体改革は完全に後退
というわけで、比較的保守の立場である自由民主党と、リベラル勢力を自認する公明党との与党間で、どんな政策の違いや公約の隔たりがあるのかを、まず見てみたいと思います。
「自民党では、実現できる約束こそが、本当の公約と考えます」と大きく出ている割に、主に経済政策を前面に打ちたて「一億総活躍社会」と銘打ってGDP600兆円と言い切っており、「実現できる約束と言っておきながらGDP600兆とか、おまえ舐めてんのか」と思う次第であります。小判の質を悪くする貨幣改鋳(かへいかいちゅう)でもやるんでしょうか。
細目の中で、「安全・安心」の項目として社会保障関連は位置づけられ、「持続可能な社会保障制度の確立」という項目が用意されています。ただし、公約集の中に具体的な財源や達成するべき目標数値は明記されておらず、これが例えば同項目内の「子育て支援」だと「平成29年までの整備目標40万人分に10万人分を上積み(50万人)し、着実に整備を進めます」とか書いてあるわけです。
持続可能な社会保障制度という割には、例えば「2013年度で114兆円の社会保障費をどうするのか」「国と地域負担分の44兆円をどのように削減するのか」「社会保障費の財源や介護保険医療でどの介護度をどのように取り扱うつもりなのか」ということは、取り立てて何も明記されていません。国民に対する約束もされていないというのが、自民党の公約における社会保障の実情です。
自民党の公約について色濃く現れているのは、まず経済重視、GDP600兆や、アベノミクス、一億総活躍社会といったメインテーマで得られた増収分を、社会保障に回しますよ、というスタイルであることが分かります。
自民党の政策書きの中で「『経済のパイ』拡大の成果を子育て・介護など社会保障分野に分配し、それをさらなる成長につなげる『成長と分配の好循環』を構築します」とあり、逆説的にいうならば、経済政策が失敗して経済のパイが拡大しなければ子育て・介護など社会保障分野への分配は減るっすよ、という主張だろうと考えられます。
社会保障関連の各党の参院選マニフェスト ~ 自民党・公明党 ~ |
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自民党 ~一億とおりの輝き方を支援します。~ |
公明党 ~安心できる社会保障実現へ~ |
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※自民党・公明党の選挙公約より、年金・医療・介護を中心とした社会保障関連の政策を一部抜粋
ということは、自民党は現在政権が行っている経済政策ありきで経済成長を前提として分配を考えるという方針である以上、いままでの政策論争同様、経済政策が外れてオケラ街道を歩むことになると、真っ先に社会保障が切られる運命にあります。まあ、稼げなくて社会が貧乏になったら、まず高齢者から干上がるのは仕方がないという感じでしょうか。つまりは、自民党、安倍政権の経済政策を信頼するか否かで投票しろ、ということですね。
また、三党合意であったはずの税と社会保障の一体改革は完全に後退しました。2012年時点で、安倍首相は壮大な空手形を切っていたんですが、このままなかったことになってしまうのでありましょうか。
公明党のマニフェストは、亭主関白な自民党の
ケツを叩く嫁のような立場が
何となく垣間見える内容
一方、連立政権の座にある公明党は、自民党よりもはるかに踏み込んで社会保障関連の政策について明記してあります。
例えば、子育て家庭支援の題目として「非正規労働者や年金生活者、子育て世帯、新規世帯など住宅困窮者を対象に空き家などを低家賃で提供する『セーフティーネット住宅』を100万戸整備します」とか、低所得者給付金や低所得高齢者に対する介護保険料負担の軽減などといった基本は概ね押さえております。与党にあるものとして、責任を持って空手形にならないレベルで手堅く着実に再分配予算を振り分けていこうという考えが色濃く見受けられ、まあこんなものかなと思います。
経済成長一本槍で「余った予算は社会保障に回すからさ」という、亭主関白な自民党のケツを叩く嫁のような公明党の立場が何となく垣間見える内容であります。
その代わり、公明党は国家の歳出削減や、自治体の再々編のような支出のカットを促す政策についてはほとんど記述がありません。福祉関連の充実っぷりに比べると、公約集の中で最後のページに申し訳程度の行財政改革で効率化が謳われているぐらいで、相変わらずです。
完全に大きな政府寄りの福祉国家を目指すあたたかい社会作り、貧乏になるときはみんなで貧乏にという方向なのかもしれず、このあたり、「いざアベノミクスのアテが外れて歳入欠陥が大きくなるよ」「経済成長どころか不況に入っちゃったよ」となると、あっという間に甲斐性のなくなった亭主に離縁を申し入れる冷徹な嫁になるんじゃないかとすごく心配になります。
民進党のマニフェストを見ると、
厚生労働関連はそこそこ充実。
財源案の策が見られないのが少々不安
最後に、責任野党として頑張っていただきたい気がしないでもない民進党ですが、サイトを訪れた一番最初に目に入るのは「いま、暮らしはどうですか?」のコピー。うるせえよ。で、次いで「経済と暮らしを立て直します」とアベノミクス批判、そして「憲法の平和主義を守ります」のスローガン。いや、民進党が打ち立てる、自民党の経済政策に代わる方針を聞きたいんであって、批判とか憲法とか後回しでいいと思うんですが。
さて、国民との約束とは別に民進党の政策集を見てみると、8ページめの「成長戦略」はほぼがら空きの状態ながら、厚生労働関連はそこそこ充実しています。中でも「税と社会保障の一体改革」は中項目に用意され、年金は歳入庁構想に一本化されていて悪くない感じです。与党になって本当に実現できるのかは分かりませんが。
そして、項目として「シニア世代の安心を守る」話と「次世代にツケを回さない」とされる内容については、財政健全化の材料が富裕層や大企業への徴税強化ぐらいしか歳入増加策が見受けられず、両立しないんじゃないのというのが正直なところです。ほかに財源案がないのでしょうか。
社会保障関連の各党の参院選マニフェスト ~ 民進党・共産党 ~ |
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民進党 ~シニア世代の安心を守る~ |
共産党 ~社会保障――「削減」から「充実」へ、政策を抜本的に転換します~ |
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※民進党・共産党の選挙公約より、年金・医療・介護を中心とした社会保障関連の政策を一部抜粋
公約を横で並べてみる限り、民進党は公明党の方向性にやや近く、やはり「高福祉高負担」を志向していることがわかります。さすがは野党。しかし、述べたとおり経済政策における代案がきちんと用意されておらず、高福祉を実現しようにも財源が良く分からんという点で、やりたいことは総花的で網羅されているけど肝心の先立つものがないのでは困るのではないかと思うわけであります。
何しろ、次世代にツケを回さないというところでいきなり財政健全化を盛り込んでいる時点で、現状維持の予算でも年度歳入が20兆円近く足りなくなるわけでして、富裕層向け増税で6兆円ほど積み増してもなお財政健全化には程遠いというのが実情ではないかと感じます。大丈夫なのでしょうか。
「一億総活躍社会」という標語で乗り切りたい
自民党がそのまま押し切るか。
それとも野党の盛り返しなるか?
おそらくは、テクニカルな各種政策を細かく見ていっても、なかなかメディアで騒がれるような明確な争点でなければ有権者が政党の態度を正確に知ることは難しいでしょう。
しかしながら、すでに述べたように社会保障政策は常に経済政策と表裏一体であり、財源問題と密接に関係しています。ここに対して、政党がどのような発言をし、社会保障を口先でだけ充実させると言いながらもその根拠となる歳入がはっきりしなければ実現することは難しい、ということになります。一応、公債費を積み増せば社会保障費は捻出できるのでしょうが、それこそ次世代にツケを回す「高福祉低負担」の世界であり、2030年を待たずに国家財政は行き詰まりを迎えることになるのではないかと思います。
具体的な社会保障にかかわる政策で言うならば、「税と社会保障の一体改革」と「消費税引き上げ」「富裕層への徴税強化」であります。国際競争力や、当面の景況感を犠牲にしてでも国家の歳入を増やす政策を実現しようとし、高福祉の道筋を実現しようとするのかどうかは、再分配論争の一里塚です。逆に、法人税を引き下げ経済の活力を志向し、構造改革を推し進めて規制緩和や第四次産業革命、情報産業の発展を狙いながら、当たった博打のぶんだけ社会保障に回すという今の安倍政権の政策も、見ようによっては支持されるものでしょう。
国民は、現在のアベノミクスをどう判断しているのかという点では、極めて、もうとても微妙なレベルで均衡しています。
何しろ、新聞各紙でこれだけアベノミクスへの評価がばらつくと、どの辺が本当の有権者の声なのかよくわからんというのが実情ではないかと思います。そして、自民党の公約2016でも、不利を悟って地味に「アベノミクス」を前面に出さず、まだ手垢がついていない「一億総活躍社会」という標語で乗り切っていこうという素直な気持ちが見え隠れしております。
真剣に社会保障を考えて票を投じるのであれば、どうしてもこの辺の経済政策の行く末を見ながら、与野党のどこを見込んで名前を書くべきか考えなければなりません。どうも参院選中盤以降は、徐々に野党も盛り返しを見せているような気配もしますが、一人の有権者としておのおのの問題意識をしっかりと踏まえて投票したいものです。