医療と介護の連携が謳われるようになって久しい。住まい・医療・介護・予防・生活支援という複眼的視点で、地域の高齢者を誰一人取りこぼすことなく、すくい取ろうとする「地域包括ケアシステム」においても、重要な要素だ。医療と介護の専門家である武久氏に、両者の連携について、率直な意見を伺ってみよう。
取材・文/みんなの介護
特養でインフルエンザの死者が出たのは、医療と介護の連携が上手くいっていないから
みんなの介護 2018年の診療報酬・介護報酬の改定では、「医療と介護の連携の推進」「医療・介護の役割分担と連携の一層の推進」がそれぞれ謳われています。現在、医療と介護の連携はどの程度進んでいるのでしょうか。
武久 残念ながら、十分に連携しているようには見えませんね。
たとえば2019年1月、特別養護老人ホームでインフルエンザの集団感染が発生し、入所者が何人も亡くなりました。こうした悲劇が起こること自体、医療と介護の連携が上手くいっていない証拠だと考えられます。
みんなの介護 もし、両者の連携が上手くいっていれば、入所者の方は亡くならずに済んだとお考えでしょうか。
武久 その可能性は高いと思います。特養における医師の配置基準は、入所者100人に対して医師は週に1回程度来るだけでよいとされているのです。看護師は3人。医療環境として、決して整っているとはいえません。ですから、インフルエンザの症状が重い人は、ただちに病院に入院させ、適切な治療を行うべきなのです。
ところが特養側は、入所者を病院に入院させることをどうしてもためらってしまう。なぜなら、入所者が病院に入院している間、ベッドを空けて待っていなければなりません。特養としては、その期間、減益になる。だから、入所者を病院に入院させたがらないのです。
みんなの介護 しかし、インフルエンザであれば、1週間程度の入院で済むのではないでしょうか。
武久 はい、そうです。しかし今度は逆に、ベッドが空いてしまうので病院側が患者を退院させたがらないのです。特に地方の病院であれば、その傾向が強いですね。
超高齢化が進行しているわが国では今、後期高齢者の数が増え続けています。しかしそれも2040年で頭打ちになり、それ以降はあまり増えません。つまり2040年以降は、病院や介護施設のベッドが次第に空いてくると思います。
みんなの介護 そうだとすれば、高齢者向けのベッドを増やすのは考え物ですね。
武久 そのとおりです。事実、地方の病院や地方の特養の4人部屋では、すでに空きベッドが大量に発生しつつあります。今の時代、地方の人口はどんどん減ってきていますからね。
人口減少で地方の住民サービスはどんどん削られているし、高齢者は運転免許返納を迫られ、移動手段をなくしつつある。地方の病院に入院している人も、入院が長期化すると、息子や娘が暮らしている都市部の病院に移らざるを得なくなる。そうやって、都市部以外の地方では、人口が急速に減ってきています。
みんなの介護 そういう状況であれば、地方の病院は患者さんを退院させたがらないでしょうね。
武久 そうなんです。特養はインフルエンザの患者を病院に送りたがらないし、病院は一度入院した患者を退院させたがらない。もし、特養と病院の関係がうまくいっていて、「特養は重症化した入所者をすぐに病院に搬送する」「病院は症状が改善した患者をすぐに特養にかえす」という体制が確立していれば、この冬、特養でインフルエンザによる死亡者を出さずに済んだのではないかと私は考えます。

「生きたい」と思っている人を医療は全力で支えるべきだと考えます
武久 先ほど、「特養は入所者を病院に送りたがらない」という話をしましたが、それは国の意向でもあるように思います。特に、財務省の意向、ですね。
みんなの介護 どういうことでしょうか。
武久 財務省はとにかく、医療費と介護費を削りたくて仕方がないんです。だから、特養、在宅での「看取り」を推奨している。下手に病院にかかって延命措置されて、その分、医療費がかさむことを恐れているようにも思えます。
みんなの介護 財政難のしわ寄せが、そうさせるのでしょうか。
武久 他にも、財務省は「75歳以上の窓口負担を2割に引き上げる」など、高齢者に対して酷な物言いをしています。しかし、私に言わせれば、そんな酷なことをしなくても、医療費はもっと簡単に削減できるのですが…。
また、この際だから言わせてもらうと、個人的には、今の終末期医療の流れについても疑問を感じています。
みんなの介護 終末期医療と言えば、厚労省は終末期に延命措置を望むかどうか、意識がはっきりしているうちに、家族や医療・介護スタッフと事前に話し合っておく「ACP(=アドバンス・ケア・プランニング)」を推進しています。
武久 ACPの取り組み自体は有意義なことだと考えています。人間誰しも、どう死んでいくか、自分で決める権利がありますから。
ただ、病状が変化するごとに「延命措置を受けたいですか?」としつこく聞かれるのは、本人にプレッシャーをかけることにならないかと危惧しています。「この期に及んで、まだ命に固執してるの?」と聞かれているようで。気の弱い人なら、「じゃあ、もういいです」と言ってしまいかねません。
私は、人間一人ひとり、寿命があると考えています。100年も150年も生きられるわけではありませんが、それでも、それぞれの人の天寿を全うさせてあげたい。それを叶えてあげるのが医療の役割だと思います。ですから、本人が「もっと生きたい」と望んでいる間は、医療は全力で本人を治療するべきであると考えています。
ただし、本人が末期がんなどで苦しんでいる場合には、延命より痛みを取ることが優先されなければなりません。
撮影:公家勇人
