学習院大学の教授である鈴木亘先生は、年金をはじめとする社会保障に関する著書も多数。そのラインナップ、「年金は本当にもらえるのか?(ちくま新書)」「社会保障の『不都合な真実』(日本経済新聞出版社)」
などからもわかるように、まさに“社会保障のプロ”。さらに、橋下徹氏とともに大阪市の改革にも携わるなど、行動派の経済学者である。そんな鈴木先生へのインタビューでは、日本の社会保障の問題点のみならず、大胆な改革の提案など、多岐にわたって話を聞いた。
取材・文/みんなの介護
日本には1600兆円もの暗黙の債務がある
みんなの介護 鈴木先生は数多くの社会保障に関する著書を出されていますが、今の日本の社会保障について、どのようなところが問題だと感じていますか?
鈴木 今の日本の社会保障制度が持続不可能であることは、ほぼ明らかだと思います。国と地方を合わせると、社会保障給付費は約117兆円にも上ります。これに対して、実際の保険料収入は約65兆円くらいですから、実は約50兆円もの穴が空いているんです。
みんなの介護 その穴は税金で埋めているんですよね?
鈴木 建前はそうなんです。ただ、その税金自体が日本ではあまり徴収できていないので、ざっと計算して、50兆円の半分くらいは借金で賄っているなんです。つまりは、若者や子どもたちへのツケ回しです。
もはや、日本の社会保障制度は、ビジネスモデルとして完全に破たんしています。持続不可能であるとともに、その負担は若い人やこれから生まれてくる日本人にしわ寄せされています。
これからも日本がどんどん成長して、若い人たちがこれから豊かになっていくのであれば、「高齢者たちのために、ちょっと我慢してよ」と言えるかもしれませんが、現実はその逆です。高齢者のほうがお金を持っていて、若い人は給料が低くて非正規で働いている人も多い。今後はさらに日本が成長しなくなる時代に突入するので、むしろ、高齢者が若者を助けるべきというのが現実です。
みんなの介護 負担をまわすというのは、保険料が上がる、年金受給額が減る、増税といったことですか?
鈴木 その通りです。しかし、私はもはや、そうした負担増すら政治的に実行できなくて、日本の財政がいずれ破綻する可能性のほうが高いと思っています。実際、保険料や消費税を上げたり給付をカットしたりするのは、政治的に極めて難しい。今の政治家たちが高齢者に対して「負担してください」と言ってしまうと、選挙のときに高齢者を敵にまわしてしまうので、改革を口にできません。そうすると、借金がどんどん膨れ上がってゆき、いずれ財政は破綻します。
すでに、日本の借金は1200兆円くらいになっています。日本人が年間に稼ぐお金の総額であるGDPが500兆円ぐらいですから、我々が飲まず食わずで2年半くらい働いて返さない限り、既に返済できない金額になっています。我々の稼ぎの2年半分にあたるという水準は日本の歴史上、過去最大です。
第二次世界大戦の末期でもこんな水準に達していません。今のギリシャやイタリアと比較してみても、稼ぎの2年半分というのはダントツでトップですよ。さらに、社会保障においては、「暗黙の債務」というものが発生していて、これまたすごい金額なんです。
みんなの介護 暗黙の債務とは?
鈴木 今、日本政府が抱えている借金は1200兆円くらいですけれども、これとは別に、「これから社会保障としてお払いします」と、すでに高齢者に支払いを約束している債務額が1600兆円あります。まだ、赤字国債として目に見えるものではありません。しかし、これから払うと日本政府が約束している以上、存在する債務なので、暗黙の債務と呼ばれています。
みんなの介護 その数字というのはちゃんと公表されているんですか?
鈴木 年金だけは公表されています。年金の場合は積立金がありますので、それを引いた純債務額を厚生労働省が発表しており、2009年の時点で800兆円としています。しかし、厚生労働省は自分の管轄だと思っている厚生年金と国民年金の分しか試算していないので、共済年金も合わせ、医療保険、介護保険分も加えると、1600兆円という途方もない暗黙の債務額となります。
みんなの介護 金額が大きすぎてイメージできないです…。
鈴木 どういうことかというと、日本政府は医療、年金、介護の社会保障制度を運営しています。これは、今いる高齢者たちに対して、死ぬまで社会保障はお支払いしますと約束していることと同じです。
例えば年金について言うと、「国にお金がないからといって、75歳になった人には年金の支払いをやめます」と、いきなり高齢者を切り捨てるわけにはいきません。彼らには、どんなに国庫にお金がなくても、死ぬまで年金を支払うと約束しています。医療も同じで、死ぬまで医療保険が適用されますよね。高齢者の場合は1割負担なので、実に9割を現役世代が保険料や税金で払っています。介護保険も同じ仕組みです。高齢者に対して、死ぬまでに払うことになる金額は、日本人の平均寿命を考えると大体いくらと予想できますよね。それを高齢者の数だけすべて足し合わせた額が社会保障の純債務額で、それがけっこうな金額になっているわけです。
みんなの介護 高齢者の方の医療費、介護費の9割を現役世代が払っているわけですからね。
鈴木 ところが、保険料として高齢者から徴収してきたお金がどれぐらいかというと、年金だけでも債務額の6分の1くらい。医療や介護はほとんどとっていません。介護なんて最近できた制度なので、ほとんど払ってもらっていません。高齢者から今払ってもらっているお金もありますが、そんなのはもう微々たるもんですよ。
例えば、有料老人ホームに入るときにかかる入居金などは自分で払うお金ですが、入居後にかかるお金、つまり介護サービス費用については、彼らの払っている保険料では全然足りないことは明白です。つまり、高齢者に「これから社会保障としてお支払いします」と国が約束しているにもかかわらず、高齢者からとっているお金は微々たるものです。ということは、その差額は誰かが払わなければならないでしょう。その差額が1600兆円あるわけなんですよ。
みんなの介護 年金だけみても6分の1というのは、昔の貨幣価値を含めてですか?
鈴木 それを含めて、です。昔払った金額はインフレ分を考慮し、利子率で運用されていると考えて今の金額に換算しても、6分の1くらいしか払っていないことになります。

地震が何年後に来るのか断言できないのと同じで、財政は10年後に破綻するか20年後に破綻するかわからない
みんなの介護 なぜ、これほどの財政難に陥ってしまったのでしょうか。
鈴木 少し難しい言葉ですが、今の日本は「賦課(ふか)方式」の財政方式で、年金や医療保険、介護保険を運営しています。要するに若者が高齢者を丸抱えという制度で、高齢者たちに支給する年金を、そのときの現役世代たちが払う制度になっています。でも、わりと“知られざる不都合な真実”なんですけども、もともと「自分のことは自分でやる」という積立方式で始まっているんですよ、日本の年金制度は。
みんなの介護 途中で変えてしまったんですか?
鈴木 積み立て制度とは要するに、自分たちが老後に使うお金を自分たちで払ってください、という制度なので、収支が均衡しているんですが、1970年ぐらいに、積立方式から、高齢者たちへの“大盤振る舞い”を始めてしまい、自転車操業の賦課方式に変えてしまったんです。
その大盤振る舞いを決めたのは田中角栄で、もう生きていないので責任を問えません。ま、政治家を擁護するつもりはないですが、田中角栄の頃って今よりも高齢者が少ないんですよ。だいたい現役10人に対して、高齢者1人くらいの割合だったので。高齢者1人分の年金を10人で割ったら大した金額じゃありません。
みんなの介護 それは、どんどん高齢者が増えて若者が減っていくことがすでに予想されていた時代の話ですよね。
鈴木 そうですね。今まさにそうなんですけれども、若者が少なくなってくる時代に、大盤振る舞いの賦課方式をやってしまったらどうなるかは予想できたはずなんですが、やってしまったがために、現状の惨状になってしまっています。あと100年くらいは高齢化が進むので、ますます惨状が続く。それを象徴する金額が、先ほどもお話した1600兆円という金額なんです。
みんなの介護 良くない状況がますます進むと、「働いて払ってきたものがもらえないとはどういうことだ」「だったら払うのをやめるぞ」といった風潮になりかねない気も…。
鈴木 まず、真実が明らかになっていないのが問題ですよね。それが一番、困っちゃうんですよねえ。「このままいくと、こうなります」「あと30年くらいで年金が終わってしまう可能性があるので、年金制度を伸ばすためには荒療治が必要です」と政府が正直に言うんだったら、みんな「うーん」って考えますよね。でも、政府は絶対にそんなことは言わず、「100年安心です!」だなんて言っている。国民が何も知らないうちに、莫大な暗黙の債務が作られ、負担が先送りされてゆく。
みんなの介護 それでどんどん先送りになっているっていう状態で、やっぱり国を支えるのは労働者であって…。
鈴木 本当ですよね。どこからこの糸をときほぐしたらいいのか、簡単にはいかない問題なんですけれども。例えば原発の場合、安全神話で我々は生きてきました。原発は危ないと言うことすらタブーという感じでね。「危ないなんて言ったら、何も知らない国民にまで波及して慌てるじゃないか」「国民が反対するかもしれないから、一切、もう言うな」と。「危険なんかなかったことにしよう、いかなる可能性も考えることすらだめだ」と。で、震災が起こって、「なんだこれは!」という事態にみんな、はじめてびっくりしたわけです。
みんなの介護 真実を隠すことで次世代へのツケとしてまわすことになっている…と。それは年金も同じ、ということですか?
鈴木 同じどころか、もっとひどいです。原発は、爆発するかメルトダウンするか、地震が起きない限り隠し通せる可能性がありますが、年金の金額の場合、借金が確実にどんどん積み上がっています。10年後に破綻するか20年後に破綻するかわからないですが、確実にやってくる破綻のシナリオを隠しているというのは、極めて不誠実です。いったい、どういうことなんですか?って思いますね。
本来は政治家に責任を問うべきでしょうけれど、田中角栄は亡くなっていますから。もちろん正確に言うと、田中角栄だけのせいじゃないですけどね。田中角栄が首相だった頃は高度成長期の終わりくらいだったので、まだバラ色のシナリオを描いていたのは、ちょっとしょうがないかな、という面もありますって。問題は、石油ショックのあと、経済成長率が半分くらいになって、バブルのあともさらに半分になっていますけれども、その期間の政治家や官僚たちが何もしなかったことです。確実にまずいことがわかっていて、まずいとわかってからもう40年くらいたちますけど、その間に何もしなかった人たちの責任が一番大きいと思います。
実は、国も、現状をまったく発表していないわけではないんです。年金でいうと、800兆円の純債務があることは厚生労働省も認めており、300ページぐらいある分厚い年金数理レポートの真ん中あたりにちらっと書いてあります。それを素人が見つけろっていうほうが無理なんですが、常に官僚は正しいんですよ。批判されたときのために、きちんと計算しましたというアリバイだけは必ず残している。しかし、問題は、国民がそれをみつけられず、事態の深刻さに気付かないということです。

第三者機関を作って、国民に社会保障財政の現状を明らかにすべき
鈴木 だから私は、政府内に第三者機関を作って「現状はこうなっていて、今のままいくとこうなります」ということを、国民に分かりやすく、明らかにしてほしいと思っているんです。国民が、「このままいくとまずい」ということがわかっていれば、「では何ができるか」という改革議論が始められます。だけど“100年安心です、大丈夫です”と言われたままで、ある日突然その災難がやってくるのは、あまりにまずいんじゃないんかと思います。
みんなの介護 正しい情報をわかりやすく国民に提供するのは、官僚や政治家の仕事ではないんですか?
鈴木 厚生労働省の官僚にとって、それをする動機はゼロですよ。事実を公表したとしても、マスコミや国民から叩かれるだけですから。正直に公表したら、みな激怒して「お前ら責任とれよ」ということになる。だから、まず、「官僚に事実を発表しても、責任をとらなくても良い」という仕組みを作ってあげなければなりません。そのうえで、事実を公表させる。厚生労働省が自分自身で事実を公表すれば、それをわかりやすく国民に説明するのは我々や政治家ができます。厚生労働省が発表した内容に基づいて議論や解釈をするのですから、国民に対する信憑性が違います。国民の心に届くものになると思います。
みんなの介護 事実がわからない限り、正しい判断はできないですからね。
鈴木 ただ、官僚は終身雇用、年功序列の世界。死ぬまで縛られて生きているようなもので、途中で責任をとらされる羽目になると大変な損失になるわけですよ。幹部になって組織の上にいけばいくほど、守るべきもの、背負っているものだらけです。特に、どんどん大きくなる退職金や年金、天下り先を背負っているので、身動きできずかわいそうなものです。下手に改革になんかに手を出して全てをパーにしないように、極端な事なかれ主義で生きていますから、リスクを負うことなんかできないですし、しようとはしないでしょうね。
みんなの介護 出世するほど抱えるものが大きくなって、保守的になってしまうんでしょうか。
鈴木 もともとそういう安全志向の人が上に行く社会です。担当官庁である厚生労働省の官僚がリスクや責任を取れないのはよくわかっているので、私が言っているのは、会計検査院や、総務省の行政評価局、公正取引委員会など、当事者ではない官庁が一つになって監査を行い、事実を発表するということです。こういうことはアメリカもGAO(アメリカの会計検査院)がやっているし、イギリスにもそういう仕組みがあります。当事者じゃない政府機関に、「こういう状況が現状です」と言ってもらうしかないんです。それは、政治家が決断すればできると思いますよ。
みんなの介護 第三者の監査を入れるということですね。
鈴木 今挙げたような官庁が合併して巨大官庁を作れば、そこに権限と予算がつくので、会計検査院や公正取引委員会も自分の利益になります。事実を明らかにできるとなると、厚生労働省の官僚自身も、実はホッとすると思いますよ。責任を取りたくないので自分からは言いだせないのだけれど、ほんとはこのままではまずいと思っていますから。他の政府機関が勝手に言ってくれるのであれば、仕方がないとあきらめもつきます。でも、社会保障財政の現状が明らかになれば、少なくとも政治家は無茶なバラマキを厚生労働省に求めることができなくなります。それは、厚生労働省にとっても得なことです。
そして、ホッとするのは厚生労働省の官僚だけでなく、与党の政治家も同じだと思います。与野党の政治家も「事実を明かしたら負け」みたいなチキンレースをやっていますから。政府の第三者機関が事実を明らかにすれば、他人がやったことですから、それは仕方がないと受け止められます。現状の財政の厳しさがわかれば、「あれをタダにしろ」なんて有権者から言われることは減るだろうし、与党の政治家も実は助かります。このように、第三者の機関を作って事実を明らかにすることは、実は皆にとって得なのです。このあたりから、解決の糸口ができるんじゃないかなと思います。
撮影:公家勇人
