2018年11月、厚生労働省は「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」の愛称を「人生会議」とすることを発表。自らが望む人生の最終段階における医療・ケアについて、本人が事前に家族や医療・ケアチームと話し合う取り組みを推進している。在宅医療の分野において先駆的役割を果たしてきた小堀鴎一郎氏は、この活動をどのように受け止めていたのか。なかなか進まない「在宅死」問題とも合わせて意見を伺った。
取材・文/みんなの介護
「死」はドラマの中のできごとではなく身近なものとしてとらえる
みんなの介護 終末期の医療やケアについて事前に家族や医師などど話し合う「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・ プランニング)」について小堀先生はどのようにお考えですか。
小堀 厚生労働省の取り組みとしてはヒット作だったと思っています。自分の死や人生の最終段階について、きちんと考えられる状態のときに家族皆で「人生会議」と称する話し合いをしておきましょうというのが主旨ですから、何も間違いではなかった。ただ、周知目的で制作されたポスターが否定的な受け止められ方をしてしまった。これは非常に残念でした。
いずれにせよ、一生懸命生きることと同じくらい、「死」について考えたり論じたりすることも大切なはずなのに、この国はなかなかその段階に進めずにいる。そこが一番の問題なんです。
みんなの介護 死を恐れすぎる余り、自己の死について思考停止に陥っているということですね。解剖学者の養老孟司先生と「死」について真正面から語り合った近著『死を受け入れること』を上梓されたのも、そういった現状に対する問題提起でもあったのでしょうか。
小堀 「在宅死」が一般的な死に方だった1950年代まで、死は誰にとっても身近にありました。それが今日では「病院死」の割合が大きくなり、いつの間にか「死」はドラマの中に出てくるできごとになってしまった。
ただ、昨今のコロナ禍によって死が急に身近に迫ってきたと感じている人も増えているのはたしかなようです。きっかけは何でもかまいません。皆さんも自分の死について、一度じっくり思いを馳せてみてください。
自分の死を受け入れなければ「理想的な死」は迎えられない
みんなの介護 小堀先生が訪問診療医として行ってきた看取りは、まさに「人生会議」の先駆けだったと思われます。先生は「理想的な死の迎え方」とはどういうものだとお考えですか。
小堀 カルミネーション(最高点や頂点、最高潮のこと)を目指し、自分がやりたいことをして死ぬ。「こうありたい」と願う最期を迎えるのが理想的な死に方でしょう。しかし、それを実現するには、まず患者さん自身が「自分が死ぬ」ことを理解してもらう必要があります。
今の世の中には「人間はいつか死ぬ」という発想が欠落している。それを理解できないと自分の死は受け入れられない。どういう死に方をしたいか考えるというのは、その次の段階なんです。
以前に石巻で東日本大震災に遭われた80代後半の老夫婦がいらっしゃいました。津波で自宅を流され、親しかった近所の方々も多く失って。それで堀ノ内病院のある新座市に住む娘さんのところへ身を寄せたわけですが、奥さんは震災のトラウマでうつになってしまった。1年半ほど経過すると奥さんは回復を見せたのですが、僕が訪ねたときは顔が黄色くなっていました。すぐに入院させて検査したところ、膵臓がんが肝臓に転移していてすでに末期。黄疸が出ていたんです。
みんなの介護 末期となると、治療による回復も難しい状況が多いですよね。その方とご家族はどのようにおっしゃったのでしょうか。
小堀 娘さんの息子であるお孫さんから「これ以上検査をするのはやめてください。すぐにおばあちゃんを家へ帰して、おじいちゃんと2人にしてやってください」と言われました。そのお孫さんは大きな病院に勤める医師で、もう助からないことをただちに理解したわけです。
しかし本人に「お孫さんがきちんと面倒をみてくれるって言っているから、あとは家で療養なさってはどうですか」と勧めても、「とんでもない。こんなに体がだるくては主人のご飯もつくれません。私は元気になってから退院します」ときっぱり拒絶されてしまった。結局、奥さんは4日後に亡くなりました。
つまり、この患者さんは震災で「人の死」をいやというほど目のあたりにしてうつを経験したにもかかわらず、「自分が死ぬ」とは露ほども考えていなかった。これは皮肉ではなくて、世間一般の方は皆さん同じで、今はそういう世界になってしまっているんです。
みんなの介護 自分の死をイメージできるかどうか。まずはその一線を越えないことには理想の死に方を模索することもできないわけですね。

理想の死は、その人にとっての“普通の生き方”の先にある
小堀 理想の死に方といっても人それぞれです。中には自分の死を受け入れ、「これだけはやり遂げたい」と言って、映画やドラマのような劇的な最期を遂げる方もいます。しかし僕の知る限り、大抵の理想の死は特別ではない。極めて普通です。
例えば、お酒が好きで好きで仕方ない末期がんの患者さんに「もうあなたの好きにしていいよ」と言ったら、大きなボトルに入ったウイスキーを抱えてストローで飲みだした(笑)。それならと、僕の家にだいぶ前に人からいただいた高級ウイスキーがあったので、それを手土産に訪ねて一緒に飲んだら「こんな良い酒は飲んだことがない」とものすごく喜ばれて。もちろん、元気になったのは一時的でしたが、その患者さんは好物の寿司やうなぎも食べ、その2ヵ月後に亡くなりました。
僕はこういう“今まで通りの生き方”“ありふれた望みを叶えること”を最期に選んだ患者さんをずいぶん見てきましたし、実は僕の祖父の森鷗外もそうだったんです。
みんなの介護 ご祖父様も、というのは意外に感じられました。詳しく教えていただけますか。
小堀 鷗外は陸軍軍医総監を退官してから上野の帝室博物館(現・東京国立博物館)の館長を務めていました。毎朝、家を出て坂をのぼってそこへ通う。文豪として知られる祖父ですが、最期に彼が望んだのは普通に仕事をして家に帰ること、平凡な1日を過ごすこと。特別なカルミネーションを求めていたわけではありませんでした。僕はそれが人間というものなんだと思います。
支援者にとっては1つの死であっても、その人の死はその人だけのもの
みんなの介護 小堀先生はケアチームの介護関係者とどのような連携を取られているのでしょう。
小堀 これが非常に難しい。多くのケアスタッフは僕の考えを理解してくれません。極論を言えば、ケアマネージャーも看護師も「死」が怖いんです。だから患者の具合が少しでも悪くなると入院させようとする。世間一般の方々と同じように、ほとんどの介護関係者が在宅死の現場に立ち会った経験がないため、どうしても死から目を背けてしまうんです。
以前、自宅で死にたいという患者さんの希望を叶えようとしたら、「この家で死なれては困る。死ぬときは病院でという約束で貸している」と大家さんに言われたんです。もちろんそんな約束を交わしているはずはなかったため何とか取りなして、最終的には「霊柩車を家の前に呼ばない」という条件で折り合いをつけました。それくらい、今の世の中で「死」は忌み嫌われているんですよ。
みんなの介護 在宅医療における看取りは、場合によってはそこまで踏み込んだケアが必要になってくるのですね。
小堀 僕のようなやり方をすべてのスタッフに求めるのは無理です。人手不足もあって一人ひとりにかかりきりにはなれません。事務的にならざるを得ない事情があることも重々理解しています。しかし、その人の死はその人だけのもの。その人らしい死を迎えてもらうために、僕としてはやれるだけのことをしてあげたい。人生の最期のときを伴走する者の務めだと思うんです。
撮影:荻山 拓也
小堀鴎一郎氏の著書『死を受け入れること』(祥伝社)
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3,000体の死体を観察してきた解剖学者と400人以上を看取ってきた訪問診療医。死と向き合ってきた二人が、いま、遺したい「死」の講義。
