いいね!を押すと最新の介護ニュースを毎日お届け

施設数No.1老人ホーム検索サイト

入居相談センター(無料)9:00〜19:00年中無休
0120-370-915

安宅和人「“アフター”コロナではな“ウィズ”コロナ。環境や働き方「開疎」に向かう」

最終更新日時 2020/07/20

安宅和人「“アフター”コロナではな“ウィズ”コロナ。環境や働き方「開疎」に向かう」

安宅和人氏は“文理両道”の視点を持つオンリーワンの論客だ。東京大学大学院生物化学専攻で修士号を取得後、マッキンゼーで戦略コンサルタントとして活躍。イェール大学で脳神経科学の博士号を取得した後、マッキンゼー復帰後は商品開発とブランド再生に携わり、ヤフー株式会社でCSO(チーフストラテジーオフィサー)に就任。2016年からは慶應義塾大学環境情報学部教授も兼任する。専門は神経科学、ストラテジー&マーケティング、データ×AIという3つの分野にまたがり、独自の複眼思考であらゆるテーマについて鋭い分析を行う。新型コロナがいまだ収束しない6月中旬、ほぼ無人のヤフー本社で、「ウィズコロナ」時代を生き抜く知恵を語っていただいた。

文責/みんなの介護

従来型の密なオフィスは「コロナブラック」、環境のデザインが必須

みんなの介護 安宅さんは今年2月、“日本再生の最後の処方箋”ともいうべき『シン・ニホン』を上梓し、書籍は10日で7万部を突破するベストセラーになりました。最初にそのお話から伺おうと思っていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大で、日本をはじめ世界中の人々の暮らしが一変しました。安宅さんは『シン・ニホン』の中で、「日本が再生するために大人たちはどう振る舞い、若者をどう育てていくべきか」について提言されていますが、新型コロナの影響で、私たち日本人の働き方はどのように変わっていくとお考えですか。

安宅 まず、withコロナ状況下に置いて、働く場所は密閉×密な「密密」の空間から開放×疎、つまり「開疎」な空間へ大きく向かっています。衛生的、生理的な理由から密閉された、人の密集するオフィスは嫌われ、開放された人と人の関係がまばらなオフィスが好まれる。ちなみに、換気が悪く人口密度の高い従来型のオフィスのことを、「コロナブラックなオフィス」と言うことができると思います。

オフィスの環境が変わるのと同時に、好まれる立地も変わります。多くの企業でテレワークや在宅勤務が推奨されるようになれば、毎日会社に通勤する必要がなくなり、人々は自宅や自宅近くの場所で仕事をするようになる。一度テレワークで仕事が回るようになってしまうと、従来型の勤務体系にはもう戻らないでしょう。これまで大都市圏ではみんな精神的・身体的苦痛を我慢して、混雑率300%の満員電車に押し合いへし合いしながら通勤していました。それが新型コロナの感染拡大に伴って公衆衛生的にも「アウト!」と判定されれば、満員電車を正当化するロジックが失われてしまう。今後は、かつてのような殺人的通勤ラッシュはなくなっていくのではないでしょうか。

みんなの介護 そうなれば、喜ばれる方も多くいらっしゃいますね。

安宅 ですね。実は、人と人とが物理的に距離を取ることで、かえって仕事がうまくいくケースもあります。たとえば、新型コロナで他県への移動が自粛されて以降、法人営業の成績が上がっているというお話を何度かお聞きしています。それまでは、営業の方はわざわざ1日かけて地方の得意先を訪問するのが当たり前であったのに、緊急事態宣言以降、むしろ無理してきてもらうよりもZoomやSkypeを使ったオンライン・ミーティングがお客様から求められるようになったと。すると、自社や自宅に居ながらにして、1時間の間に名古屋・大阪・北海道のお客さんと15~20分ずつお話することも可能に。これほど効率の良い営業、顧客対応はありませんね。また、今まで以上に頻繁にコミュニケーションが取れるようになったことで、顧客との関係性まで良くなるケースが生まれ始めているようです。

このように、withコロナ状態が続く限り、社会全体は「開疎」の方向に向かっていきますが、それが難しい職場もある。学校や病院、介護施設、工事現場などです。「密」にならざるを得ない職場で、どのように「開疎」な環境をつくっていくかが、これからの知恵の出しどころでしょう。

感染予防の喚起でCO2濃度も低下、仕事の生産性がアップする

安宅 withコロナ時代のオフィスは、立地・部屋の造り・換気・シェア管理の仕方のすべてをデザインし直す必要があるでしょう。

みんなの介護 現在、換気の重要性が改めて指摘されていますが、安宅さんは以前からインテリジェントビルの密閉空間を問題視されていましたとお聞きしました。

安宅 はい。インテリジェントビルは気密性が高いうえに、多くが空気の入れ換えを十分にはできていないことがよく知られていません。室内の空気の循環は相当やっていますが、外気との開放性は低いのです。

僕は実はCO2オタクで、数年前、常にCO2メーターを持ち歩いていた頃があります。今でも時折やります。それで、いろいろな場所のCO2濃度を測定し続けていたのですが、かなり有名な新しいインテリジェントビルでも人が普通に勤務している状態ですと1,000~1,300ppm、エレベーター内で1,300~1,500ppmというのは珍しくない。以前一度ではありますが、私の勤務先のビルのトイレで2,000ppmを超えていたことすらありました。

CO2濃度はヒトの健康に重大な影響を及ぼします。例えば、1,000ppmを超えてくると、眠さを感じる人が出てきます。日本を含め、安全基準を1,000ppmに設定している国が多い背景です。3,000ppm以上は、健康被害が発生すると言われています。

換気が悪いとCOVID19以前にそもそも健康に良くないのです。

みんなの介護 もしかすると、日本企業の生産性が欧米に比べて低いと言われているのも、CO2濃度が関係しているかもしれませんね。

安宅 「島」という外資では考えにくいレベルの密密空間が当たり前の日本の職場の多くにおいては、その可能性は大いにあると考えています。CO2濃度が高まると明らかに眠気が上がり、知的な生産性は落ちます。クルマが渋滞になるとなぜ運転していても眠くなるかと言えば、全く同じでCO2濃度が一気に1,300ppm以上などに跳ね上がっていくからです。視覚的な刺激の問題ではないのです。CO2を常時700ppmくらいに抑えていけば、日本のオフィスの生産性はさらに高まるでしょう。

今後のビジネスモデルで求められるのはデジタルトランスフォーメーション

世界の産業界を3つに区別して考える

みんなの介護 安宅さんは著書『シン・ニホン』の中で、これからのデジタル革新時代に対応するために、日本企業はすべからくAI-ready化(人材・体制・業務をデータ×AI時代に即したものにすること)すべきだと提言されています。今回の新型コロナで、多くの企業はテレワークやオンライン会議の導入を余儀なくされましたが、私たちの社会は期せずしてAI-ready化を進めたと言えるでしょうか。

安宅 新型コロナの影響で変わったことと、新型コロナ以前から起きていたことを分けて考えた方が良いでしょうね。

新型コロナが流行する前、「データ×AI」の急激な進展によって、世界の産業界は「オールドエコノミー」「ニューエコノミー」「第三種人類」の大きく3つの種類に分かれつつありました。

「オールドエコノミー」
モノ・カネというリアル空間系のアセットを主とした事業
「ニューエコノミー」
データ・AIというサイバー空間系のアセットを主とした事業
「第三種人類」
リアル空間とサイバー空間の両方の特性を持つ事業

トヨタ、GM(ゼネラルモーターズ)など現存する企業のほとんどは「オールドエコノミー」に属しています。一方、Microsoft、Amazon、Alphabet、Facebook、Tencent、Alibabaなど、ハードに極度に依存せず、インターネット、スマホのうえでさまざまな新規の価値を生み出している企業が「ニューエコノミー」。ニューエコノミーは世界の企業のほんのわずかに過ぎませんが、そのほんの少しの企業が世界の企業価値の20?30%を占めている。それだけ、ニューエコノミーに世界の富と期待が集中しているわけです。

このニューエコノミーを脅かす存在として急速に勢力を伸ばしてきていたのが、第三種人類。Tesla、Airbnb、Uberなど、まったく新しい形態の企業がこれに属します。

みんなの介護 新型コロナが流行する前、世界の産業はその3つの勢力がしのぎを削っていたわけですか?

安宅 しのぎを削っていたというより、企業価値的に言えばニューエコノミーのほぼ一人勝ちでしたね。そこに、第三種人類が割って入ってこようとしていました。

象徴的なのは自動車業界です。世界の自動車メーカーを販売台数で見ると、トヨタ、VW(フォルクスワーゲン)、ルノー・日産・三菱自動車、GM、現代(ヒュンダイ)がトップ5。販売台数は、世界第5位の現代でさえ700万台を超えます。ところが、世界の自動車メーカーを時価総額で見ると、販売台数わずか36万台のTeslaが、2020年初頭にはトヨタに次いで世界第2位に躍り出て、先日ついにトヨタを抜き去りました。たとえ販売規模が小さくとも、電気自動車×オートパイロット×家庭内発電と蓄電で「モビリティと持続可能なエネルギー社会の未来」を描いたことが、今日のデジタル社会ではより高く評価されています。

みんなの介護 企業を評価する基準が、明らかに変わってきていますね。

安宅 データ×AIの時代は、企業の「スケール」より「未来を変えている感」の方が重要。しかしオールドエコノミーは、自分たちが置かれている深刻な状況にまったく気づいていません。このままでは今までライバルとすら思っていなかった第三種人類に急激にリーダーの地位を奪われるからです。今すぐDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル社会に対応するために、組織やビジネスモデルなど企業を根底から変革すること)に舵を切らなければ、生き残っていけません。オールドエコノミーにとっては、まさに「change or die」なのです。

未来のGDPを支える「ニューエコノミー」の責任は重大

みんなの介護 3つの産業形態は、今後どういった変化が求められるのでしょうか。

安宅 オールドエコノミーは、粛々とDXを進めていくしかありません。スピードが足りなければ第三種人類会社の血を入れ替えて立ち上げるのも手。しかし新型コロナウイルスの影響で、より開疎なビジネスが求められるようになっていますね。その結果、従来の対面営業・販売活動に代わって、ネット通販などのEC(電子商取引)、オンライン営業、デリバリーなどへのシフトが始まっています。見方によっては、DXがさらに進んだと言えるでしょう。これまでのレガシー的なアセットをいかに効率的な形に見直し、断捨離していけるかが問われています。

ニューエコノミーは、今まで以上にデジタル技術を高めていくと同時に、世界的なインターネット人口の飽和にも伴い、新型コロナの影響で、「“リアル”をさらに取り込み、融合しなければならない」という圧力が高まっています。これらのIT企業が現実社会にしっかり対応しなければ、オールドエコノミーのデジタル社会への適合を支えることはできません。

冒頭で、「各企業の法人営業が好調」という話をしましたが、それを支えているのがZoom、MicrosoftのSkypeと Teams、Google MeetなどのWeb会議ツールです。また、オンライン授業、電子黒板、デジタル教科書など教育現場の急速なデジタル化も、IT企業などのニューエコノミーによって支えられている。教育は「未来のGDP」であり「未来の社会保障」ですから、未来が不安視されている今こそ教育にお金をかけるべき。それを支えるニューエコノミーの責任は重大です。

みんなの介護 新型コロナ時代、注目は第三種人類ですね。

安宅 ですね。第三種人類は“AI化された機械”ともいうべきTeslaに代表される系と、Airbnb、Uberなどシェリングエコノミー系の2つに今のところ大別できます。新型コロナの影響を最も強く受けたのがモノや空間の使い回しを行う後者です。新型コロナウイルスの接触感染リスクが懸念され、モノを誰かとシェアする行為をビジネスの主軸としている企業の業績は、著しく低下しています。

とはいえ、「何かをシェアする」という考え方そのものが死に絶えたわけではありません。ごく近いうちに、「ニュー・シェアリング」ともいうべきビジネスが登場するのではないでしょうか。

平均寿命ではなく、最頻死亡年齢を基に生産年齢を検討する

みんなの介護 安宅さんは著書『シン・ニホン』で、「わが国は生産年齢人口の定義を変えるべきだ」と指摘されていて、まさにそのとおりだと感じました。

安宅 ありがとうございます。2018年のわが国の平均寿命は男性81.25歳、女性87.32歳。ただし、これはあくまでも平均値なので、男性はみんな81歳前後に、女性はみんな87歳前後に死んでいるわけではありません。若くして亡くなる方が一定数いれば、平均寿命はぐっと押し下げられる計算になります。

では、実際問題として、わが国では何歳くらいで死ぬ人が多いのか。それを明らかにするのが「死亡年齢分布」のデータです(『シン・ニホン』P.88を参照)。これを見ると、男性は88歳、女性は92歳で死ぬ人が最も多いことがわかる。つまり、大病や事故に遭わなければ、80歳以上は長生きするということですね。よほどの大病でない限り、寝たきりの生活が5年も10年も続くとは考えにくいですから、多くの場合、亡くなる2?3年前までは普通に生活できると考えるべきでしょう。つまり、男性なら85?86歳、女性なら89?91歳くらいまで、比較的元気に暮らしていけるはずです。

みんなの介護 平均寿命を目にする機会はありますが、死亡年齢から高齢者の暮らしを考える機会は少ないです。多くの方がご高齢まで健在でいらっしゃるケースが多いということですね。

安宅 そうなんです。しかしその場合、現在の「生産年齢人口」の定義である「15歳以上65歳未満」という区分は、明らかに実態にそぐわないことになります。そもそも、高校進学率が97%を超えている今、中卒で15歳から働き出す人はほとんどいません。また、65歳で現役を引退するのは明らかに早すぎます。人生100年時代と言われて久しいですが、65歳から死ぬまでの数十年間を、無為に過ごせというのでしょうか。

死ぬ直前まで社会の役に立つことが、シニアの生きがいにつながる

みんなの介護 男性が88歳、女性が92歳で亡くなると想定すると、65歳でリタイアすればそれぞれ23年間と27年間の余生があることになりますね。

安宅 65歳でリタイアしても、良いことは何もありません。本人にとっても、社会にとっても大きなマイナスです。

私は「仕事=人の役に立つこと」と規定していますが、人は死ぬ直前まで、人や社会の役に立ちたいはず。それこそが「生きがい」であり、最後まで人の役に立って死ぬことが美しい人生、美しい生き方だと思います。逆に、「65歳になったから仕事をしなくていい」と言われることは、「もう社会の役に立たなくていい」と言われるようなもの。そんなことを言われて、余生を誇り高く生き抜くことができるでしょうか。人の人生を65歳で区切って社会からはじきだしておいて、それでも「生きがいを持て」というのは、明らかな論理破綻だと思います。

64歳まで何らかの仕事に就いていた人は、仕事を通してその人なりの知見や経験を持っているはず。そのリソースを社会のため、経済活動のために活かさないのはもったいない。

みんなの介護 実際問題として、企業を定年退職した途端、認知症の症状が出はじめる人も少なくないようです。

安宅 当然ですね。社会から強制的に切り離されて、社会の構成員としての責任感や緊張感を突然失ってしまえば、認知症の進行も促進するのだと思います。

みんなの介護 では具体的に、わが国の生産年齢人口はどのように設定すれば良いでしょうか。

安宅 20歳以上85歳未満が妥当な線でしょう。あるいは、25歳以上90歳未満でも良いですね。高齢者が最期まで誇りを持って生き続けるには、ぜひともこの年齢まで働くべき。それによって、僕たちの社会も経験豊かな労働力をより多く活用できることになる。これこそが完全な正義だと考えます。

もちろん、働くといっても、若い頃のように週5日フルに働く必要はありません。週1日でも週3日でもいいし、1日30分でもいい。また、1つの仕事に縛られることなく、いくつか仕事を掛け持ちしてもいい。それが高齢者の生きがいにつながるし、逆に社会保険料を払う側に回ってくれれば、わが国の財政面でも大きなプラスになります。

長い老後を誇り高く生きていくには、若い時代からの備えが必要

給与や年金に依存した生活から、どうすれば脱却できるのか

みんなの介護 わが国の生産年齢人口が20歳以上85未満、あるいは25歳以上90歳未満に定義し直されれば、社会システムのさまざまな制度設計も変わってきますね。

安宅 ですね。そもそも、「1つの会社に一生しがみついて働く」という旧来の働き方も、この機会にぜひ改めるべきですね。国民一人ひとりが、その人らしい多様な働き方を目指すべきです。一人ひとりが何らかの技やお役立ちのプロとして3つや4つ、場合によっては5つぐらいの場所でなにか仕事をしていく。僕の周りにはすでにかなり現れ始めていますが、10以上の役割を持つ人も多くでてくるでしょう。

今までは特定の勤務先の企業から支給される給与が、その人の全収入でした。しかしこれからは、メイン給を頂く会社から支給される給与はあくまでも「ベーシック・インカム」だととらえる。その人のスキルや努力に応じて、収入をさらにプラスしていくことは可能です。

イメージしやすいように、モデルケースで考えてみましょう。Aさんというシニアの人がある会社に勤務しながら副業もこなし、同時に株式投資もしていたとします。その場合、全収入を100%とすると、給与が25%、個人的なスキルやサービスを提供する副業が35%、投資信託などの資産運用が30%、社会保障として受け取る厚生年金が10%くらいの比率だとすると、バランスは非常に良いでしょう。

みんなの介護 1つの会社に骨を埋めるつもりで働くのではなく、収入を得る手段を多角的に用意しておくべきなんですね。

安宅 ですね。実際には退職したシニア層の多くは、収入の90~100を社会保障である厚生年金や国民年金に頼ることになっている。そうなると、いわば「社会から施しを受けて生きている」という感覚にもなりかねません。それでは、老後を誇り高く生きていくのは、少し難しいかもしれませんね。

友人の資産運用のプロによれば、アメリカ国内の中流クラスのビジネスマンでも、現役をリタイアする頃には200?300万ドル(およそ2?3億円)の資産を保有しているのが普通だとか。日本のシニアとどこが違うのかといえば、アメリカでは、若いうちから副業と投資に対する意識が高いそうです。給与水準はむしろ日本が高いケースが珍しくないのですが、アメリカ人はサイドビジネス(副業的な活動)にも積極的だし、資産運用にも真剣に取り組む。そのちょっとした意識の差が、30?40年後には大きな差を生みます。

人生100年時代を迎えた今、皆さんに残される人生は極めて長い。その長い余生を、誇りを持って生きていくには、社会保障に依存しない生き方を選択することが重要。そのために若いうちから、副業や投資を積極的に行い、収入全体の多様性を増やしておくべきです。

20年刻みで自分の人生のキャリアアップをイメージする

みんなの介護 先ほど副業の話が出ましたが、日本でも今年から多くの大手企業で副業が解禁されましたね。

安宅 素晴らしい動きです。「今まで勤務先に禁止されていたから副業ができなかった」というのは言い訳にすぎません。例えば、楽天の三木谷浩史さんは、日本興業銀行という超一流企業の社員だった時代に、内職で楽天の母体となる会社を設立準備し、退職とともに起業しました。やる気さえあれば、副業だってなんだってできるはずです。企業内で昇進するためのテストを受けることに夜の時間や週末を潰すくらいなら、自分で新たなスキルを身につけたり、こういう自分が生み出したい未来を生み出すべく時間を使ったほうが、よほど未来に役立つのではないでしょうか。とにかく、今、特定の企業で一所懸命に働いている人たちには、もっと企業の外に目を向けてほしいと思っています。

みんなの介護 安宅さんご自身も、企業の枠にとらわれることなく、幅広いフォールドでご活躍されていらっしゃいますね。

安宅 僕のキャリアは本当にまったく真っ直ぐなものではなく、「ほとんど余業の延長に今がある」と言ってもいいくらいです。

みんなの介護 安宅さんがイメージされている「成功モデル」があれば教えていただけますか。

安宅 大雑把に言えば、20年刻みで脱皮していくのが理想でしょうね。20歳前後で社会に出て、10?20年がんばって働いて、ようやく一人前の「ヒト」になる。その後の10?20年で自己を確立し、「自由人」として社会で空高く飛翔する。その後も自分を高め続けることができれば、ゆくゆくは「超人」、あるいは「ヤバいヒト」として歴史に名を残すことになるでしょう。

まとめると、40歳までに「ヒト」となり、60歳までに「自由人」となり、その後は「超人」として社会で自在にお役立ちする。それぞれのタームを「守」「破」「離」ととらえればわかりやすいでしょう。僕自身、計画どおりに生きてこられたわけではないので、あまり人のことは言えないのですが…。

国全体として使えるお金のうち8割以上が社会保障に使われている

みんなの介護 安宅さんは著書『シン・ニホン』の中で、「わが国が65歳以上のシニア層に社会保障費などのお金をかけすぎている問題」に言及されています。国家予算の配分について、改めて解説していただけますか。

安宅 数字を挙げて解説してみましょう。

2016年のわが国の予算は、一般会計で96.7兆円。歳入の内訳は税収57.6兆円、税外収入4.7兆円、借金(国債発行)34.4兆円。そして歳出の内訳は社会保障給付費32.2兆円、地方交付金15.3兆円、残債払(過去の社会保障給付金)23.6兆円、真水(国と地方の財政支出)25.9兆円。真水のうち防衛費が約5兆円ですから、自由に使える国家予算は約21兆円しか残りません。

一般会計約97兆円のうち、自由に使える予算は全体の5分の1程度しかないのです。

しかしここで気づいていただきたいのは、社会保障給付費32.2兆円は、明らかに少なすぎるということです。国民医療費だけで30兆円を超えているはず。さらに年金の支払いを加えれば、32兆円で収まるはずがありません。

実は一般会計には、社会保険料として徴収されたお金が含まれていません。大まかに言って、一般会計と社会保険料を加えた歳入合計は約170兆円。そのうち約118兆円が社会保障給付費に使われています。また、残債払の23.6兆円も、実質的に過去に社会保障費の穴埋めに使った借金(国債)の返済ですから、これも半ば社会保障給付費といえます。結果、国全体として使えるお金のうち、約142兆円が社会保障に使われていたということができます。

みんなの介護 つまり、使えるお金の8割が社会保障に使われたわけですね。驚きです。

安宅 しかも、年金のほぼ100%と医療費の60%以上が、65歳以上のシニアのために使われています。その金額は約80兆円以上。先程の残債払いを加えると軽く100兆円を超えています。

一方、2016年のわが国の科学技術予算は、わずか約4兆円。これは中国のおよそ4分の1、アメリカの5分の1に過ぎません。シニア層は我々の恩人たち、社会功労者であり、恩に報いるべきことは事実なのですが、明らかに、国家予算の未来に使われている割合が小さすぎると言えます。技術革新とその利活用が世界を激しく動かし、さまざまな課題解決の鍵になるこの時代にこれでいいわけがありません。

社会保障費に潜む「無駄」を省くことで、2・3兆円をねん出できる

みんなの介護 この問題に対して、安宅さんは「シニア向け予算を合理的に見直すことで、教育や科学技術のための予算をもっと増やすべき」と主張されていますね。

安宅 はい。私としても、「社会保障費をいきなり1割削減しろ」とか、そんな乱暴な議論をするつもりはありません。私にも高齢の親がいるので、その手厚さのありがたさはわかっています。ただ、私の計算では、社会保障費の数%、年間2~3兆円を教育と科学技術分野に振り分けるだけで、わが国の未来は大きく変わります。

みんなの介護 母数の大きさを考えればそれくらいであれば、何とか生み出せそうですね。

安宅 社会保障費の中身をデータドリブン(データをもとにアクションを起こすこと)な視点で見ていけば、かならずクオリティを犠牲にせずに手を入れうる部分が見つかるはず。そこを見直していけば良いでしょう。

たとえばここに、「認知症高齢者の入院日数 国別比較」のデータがあります。これをみると、日本の認知症高齢者は「血管性」で平均350日、「アルツハイマー病」で平均252日入院していることがわかります。一方、欧米は日本に比べて入院日数が驚くほど短い。イギリスは平均72日、オランダは平均19日、スウェーデンは平均13日、デンマークは平均8日、アメリカは平均6日。日本の認知症高齢者が欧米より40倍も治りにくいなんて、医学的・生物学的にあり得ない。だとすれば、平均350日の原因と思われる人為的理由を解消することで入院日数を短縮でき、その分、医療費を削減できるはずです。

また、東京大学、自治医大、医療経済機構の共同研究チームが日本のすべてのレセプトデータ(医療報酬の明細書データ)を解析したところ、外来患者に対する抗菌薬投与の5割以上が、通常は抗菌薬が不要な感染症に対して処方されていたこと、、また抗菌薬が必要な感染症に対しても7割以上に耐性菌が発生・増殖しやすい不必要に広域の抗菌薬が処方されていることがわかりました。つまりここでも、無駄な医療費がかかっていたわけですね。それどころか、不必要な抗生物質の乱用は耐性菌の発生を招くため、むしろ禁忌と言えます。この分の医療費は、予防医学の観点からも見直すべきですね。

みんなの介護 データを丁寧に分析していくことで無駄をはぶくことができれば、2~3兆円を捻出することはできそうですね。

安宅 一応お断りしておきますが、高齢者に多額の社会保障費がかかることは、私も当然のことと認識しています。人間は物理的な存在でもありますから、生まれて70年も経てば、あちこち弱ってくるのは自然の摂理。若い人よりお金がかかるのは当たり前です。ただし、システム全体としてシニアかどうかにかかわらず無駄にお金をかけすぎている部分があるので、「その分を未来のために使うべき」と考えています。

研究者の待遇改善に年間2,000億円、PhD学生の育成グラントに年間3,750億円、大学・国立研究所の交付金を以前の水準に戻すのに年間3,000億円、これらの機関のスタッフ強化・業務改善に1,100億円、初等・中等教育(小中高)のAI-ready化に年間4,500億円など、総額約2兆円の教育&科学技術予算が追加できれば、日本はふたたび現在のように極端に現場に負荷をかけることなく世界と勝負できる準備が整うようになるというのが私の試算結果です。

明るい未来を創っていくのは夢とテクノロジー。可能性の芽を育てましょう

次世代を担う子どもたちに、国は積立方式の年金を用意すべき

みんなの介護 社会保障に関していえば、安宅さんは若い世代の年金制度についても発言されていますね。

安宅 はい。これから生まれてくる世代には、生まれたときから国が年金を積み立てておくべきだと考えています。

ご存じのとおり、年金には賦課方式と積立方式があって、わが国の年金制度では賦課方式が採用されています。つまり、現役世代の支払う年金保険料をシニアへの年金給付に充当する方式です。この方式は人口構成がピラミッド型のときには機能しますが、少子高齢化が急速に進んでいるわが国において、もはや成り立たないのは明らか。現役世代の人口は年々減少していくので、より人口の多いシニア世代の年金給付を支えきれなくなり、そう遠くない未来に経済破綻を迎えるでしょう。だとすれば、今後は積立方式への転換が求められます。年金制度はそもそも、賦課と積立の二択ですから、賦課がダメなら積立に切り替える、論理解はそれしかありません。

みんなの介護 積み立ての場合、一種の投資として考えて国が行うものではないと考える方もいらっしゃると思いますが、その点についてどのように考えていますか。

安宅 はい、そのようにおっしゃる財務省主計官の方にもお会いしたことはあります。ただ、私は、たとえ積立方式であっても、やはり国がやるべきだと思いますね。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も、積立金約160兆円を運用しているわけですから、同様に国がお金を集めて運用することは可能だと考えます。

これから生まれてくる子どもたちは、私たちの未来そのもの。だとすれば、毎月5,000円でも良いので国が積み立てを行い、収益が出るように運用する。それで子どもたちの将来への不安が少しでも解消されれば、自分たちの未来に希望を見出しやすくなるのではないでしょうか。このために必要な積立額は20学年分で約1.2兆円、現在の社会保障費の約1%です。

明日、世界が滅びるとしても、今日、君はリンゴの木を植える

みんなの介護 最後に、ここまで記事を読んでくださった読者の皆さんに、何かメッセージをいただければと思います。

安宅 今年に入ってからの新型コロナウイルス感染拡大で、多くの人が改めて「私たち人類は未来を予測することなんてできない」と学習したのではないでしょうか。誰かが答えを出してくれるのを漫然と待っていても、答は永久に得られません。まず自分から動いて、答えを探るべき。他人のせいにしない。自らハンドルを握り、あれこれ泣き言を言わずに自分から仕掛けていくべきです。

仕事柄、多くの若い人と知り合いますが、若者の中には相当ヤバくて面白い人がたくさんいます。そういった人たちが、これから日本の未来を創っていってくれると期待しています。

35歳以上の人たちに言いたいのは、「未来ある若者の邪魔だけはしないでほしい」ということ。自分たちが未来を創れないからといって、若者たちに「どうせできないよ」と嘘を言うのはやめてほしい。悲観論も、呪いの言葉も禁止です。夢とテクノロジーさえあれば、未来は確実に変えられるのですから。

もちろん35歳以上の人も、未来に希望を持って良いんです。人生100年時代であれば、残りの人生は65年もある。だったら、もう一度ゼロから勉強し直しても、まだ間に合うはず。小説家の開高健は、マルティン・ルターの文章を援用して、こんな素敵な言葉を書き残しています。

「明日、世界が滅びるとしても、今日、君はリンゴの木を植える」。最後の最後までお互い希望を捨てずに、明るい未来を仕掛けていきましょう!

撮影:公家勇人

『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』

安宅和人氏の著書『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』(NewsPicksパブリッシング) は好評発売中!

現在の世の中の変化をどう見たらいいのか?日本の現状をどう考えるべきか?企業はどうしたらいいのか?すでに大人の人はこれからどうサバイバルしていけばいいのか?この変化の時代、子どもにはどんな経験を与え、育てればいいのか?若者は、このAIネイティブ時代をどう捉え、生きのびていけばいいのか?国としてのAI戦略、知財戦略はどうあるべきか?AI時代の人材育成は何が課題で、どう考えたらいいのか?日本の大学など高等教育機関、研究機関の現状をどう考えたらいいのか?『イシューからはじめよ』から9年―。ファクトベースの現状分析と新たなる時代の展望。

関連記事
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」

森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07