石蔵文信「健康な高齢者に仕事を辞めさせて手厚くするばかりでは、その人自身がどんどん弱っていって、結果、社会保障が増えてしまう」

高齢者への過度な医療措置によって、病による苦しみとは別の負荷を生じる、といった問題点をあげた石蔵氏。“死”の話題はタブー視されがちだが、改めて考え直すべきだと言及するのは、医療現場での経験があるからこそ。中編では、医薬品を例にあげ、医療費にかかる現状について具体的に伺っていく。さらに氏は「健康な人が増えれば社会保障費は増えないはず」として、現代の生活保障のあり方についても指摘してもらった。

取材・文/みんなの介護

終末期医療の病院で点滴をすれば治療されている、と思うのは間違っている

みんなの介護 前編「ごはんを食べられなくなったら、人間は5日くらいで安らかに息を引き取る。そんな“平穏死”を推進する医師や病院も増えている」では、高齢者の救急医療の現実について伺いました。病院側としては“訴えられる”恐れがあるから、救急で運ばれてきた高齢の患者に対して必要以上に処置してしまう場合もある…といったお話でしたね。

石蔵 例えば、終末期医療を担う病院での点滴も同じことが言えます。点滴をすれば治療をしていると思ったら、大きな間違いですよ。点滴は医療行為であって、医療報酬になるんです。

みんなの介護 お金になるというのは、病院側にとっての収益になるということでしょうか。

石蔵 そういうことです。終末期医療って、基本的には痛み止めなどの他は原則何もしないんですよ。 “何もしない医療”というのは、医療費がかからない。医療費がかからないということは病院が儲からない。病院の経営的に見ればすごく大変なわけです。病院も経営をしなければならないですから。そもそも、病院が儲かるということ自体、医療費がかかるということですからね。

みんなの介護 病院の経営の観点から見ると、“必要以上な治療”を提供せざるをえないということですね。何か改善点はないのでしょうか?

石蔵 例えば、極端ですがある程度の病院を全部公立にして、医療費を下げてしまって赤字は補填する。どの治療にどれぐらいの医療費がかかるというのは国が決めた金額です。それを保険点数と言いますが、その金額を下げるのは簡単です。しかし本当に半額にすれば多くの医療機関が崩壊します。

みんなの介護 医療費の決定権は、厚生労働省にあるのでしょうか。

石蔵 中央社会保険医療協議会の答申により厚生労働省が決めるのです。支払い側にとってはできるだけ安くして欲しいというのが本音でしょう。でも、医師側としてはなるべく高くしてほしいのが正直なところ。その間に厚生労働省(中央社会保険医療協議会)が入って、喧々諤々の上で医療費が決まるんです。一方で、機械をもっと安くしようとすればできるはずだし、そうやって一つひとつ安くしていって、もうこれだけしか出せないところまで頑張って、私立の医療機関は経営しています。公立は自治体が赤字分を埋めてしまう。職員の給料をある程度抑えておけば、赤字になることはないわけ。これは極端な話だけれどね。

さらに言えば、厚生労働省は急性期と療養型と看取りを分けて考えようとしているんだけれど、今は病院なのか介護施設なのか、どっちつかずの施設がけっこうあるんです。本当は看取りの施設なのに、病院だから、いろいろと医療費がかかる。そうなると点滴を必要としない患者でも点滴をされることがある。つらい思いをしながらね。そうすると、医療費はかかるし、スタッフの心は荒んでくる。

終末期医療に関しては、点滴とかチューブ栄養は本当に必要かなと思う。点滴をされると、浮腫といって体に水分が溜まる状態になって、苦しむことが多い。そこまでやるなら、安らかに死なせてあげたほうが本人にとってはいいのではないでしょうか。

「賢人論。」第28回(中編)石蔵文信さん「高齢者の医療費自己負担を2割、3割にしたら、自分でシビアに「この薬は本当にいるのかな?」と、その必要性についてちゃんと考えるようになるはず」

医療費1割負担では本当に必要な薬を考える機会が減ってしまう。むしろ薬の量を減らして元気になった80歳の方もいる

石蔵 医療費のよい例として、薬の話を挙げましょう。今ならがんの治療薬に60万円といった薬があるでしょ。極端な話、100円にしようと思えばできるんです。そんなことをしたら、製薬会社が怒ってしまうけれど(笑)。薬は特許が問題なのであって、材料は化学物質だから、いくら数十万円の薬でも原価は5円、10円の世界です。そこに開発費を含めた特許料がかなり乗っかってきている。だから、国が特許を買い取って“これ100円の薬です”とやったほうがいいかもしれない。薬なんて、極端の話、一錠数十円で作れます。

みんなの介護 それは原価ということですか?

石蔵 車は絶対1円では作れないけれど、薬は化学物質だから、物質AとBとCを混ぜたら薬ができます。薬を作る機械も化学反応させるものだから、それなりにお金はかかる。けれど、研究費が一番かかる。その薬を生み出すために100億、1000億ものお金を使っているわけ。でも、その薬がいったんできたら材料費が安いので安価で提供できる。

なぜジェネリック医薬品が安いかというと、製造方法を公開すれば、町の小さい工場でも作れるから。だから、安くなっているんです。特許もいらないし。いざとなったら開発したところに、国から数千億円くらいを渡して、そのかわりその薬を5円で売る、というふうにもできますよ。

私の80歳くらいの患者さんで、30錠くらい薬を飲んで体調が悪かったのに、5錠くらいまで減らしたら元気になったという方がいてね。何が言いたいかというと、患者さんが必要以上に薬をたくさんもらっている可能性がある。特に高齢者は自己負担が1割ほどだから負担額自体は少ないので、薬をたくさんもらってもあまり文句は言わない。例えば3000円の薬でも300円払ったらいいわけだからね。

みんなの介護 3割負担の人たちは3000円の薬を買うには900円払わなければいけないですよね。

石蔵 1万円の薬でも1割負担だったら1000円だけ。正直言って「これいらんけど、ぐちゃぐちゃ言わずに1000円やからもらっておこう」となるでしょう。3割負担で3000円なら、価格のことも考えて「先生これいりませんから」とか言うでしょ。1割負担だから、真剣さがないわけ。

1割から2割、3割負担にしたいのが政府の方針なんだけど、医師会が反対している。1割だったおばあちゃんが毎週通ってきたけれど、2割負担になったら月に1回しか来なくなるんじゃないかってね。ひょっとしたら“薬が高くなったから薬を減らせ”と文句を言ってくるかもしれないし、“検査料が高いから検査したくない”ってなるかもしれないし、3割負担になったらもっと文句を言うかもしれない。実質負担は同じなんだけど、自己負担が上がると足が遠のくでしょう、と。医師会としては、お年寄りの受診機会を奪うということで大反対をしているわけだ。

でも、1割にしたって2割にしたって、必要なものは必要。で、2割にしたら、自分でシビアに“この薬は必要ないかもな”と考えて、先生と相談する機会が生まれるでしょう。

みんなの介護 まず、自分でどうしたらいいだろう、と考えますよね。

石蔵 考える。だけど、1割負担もしくは無料だと、薬をもらったままで、服用しない薬を捨てたりしています。それが本当に必要な薬か?って考える機会もないのが現状でしょう。

「賢人論。」第28回(中編)石蔵文信さん「“地方創生”という言葉は、地方をバカにしているのでは?目に輝きがない人は東京の方が多いし、“東京再生”の方が喫緊の課題ですよ」

あと数年たてば、年金の支給開始年齢が70歳になる。高齢者に働き場所を作らないと、みんな生活保護に陥っちゃう

みんなの介護 先生は“健康な人が増えれば国の社会保障費が減る”という定説に対して、どのようにお思いでしょうか。

石蔵 本来は、健康な人が増えたら社会保障費は増えないはずなんだけれど、健康な人に仕事を辞めさせるから社会保障費が増えてしまうんです。今はお年寄りに手厚くするばかり。あまりにも手厚すぎるから、その人自身はどんどん弱ってしまうわけ。健康で働けるのに、収入源がなくなって、その人の生活保障を必要以上にしてしまう。

農家の人が80歳になっても90歳になっても農業をやっているのは、定年がない仕事だからでしょう。サラリーマンというものが存在したのは明治以降であって、それがかなり増えたのは戦後です。昔はサラリーマンなんて大勢いなかったんです。みんな自営業か農業・漁業という一次産業だったから、つまり、死ぬまで働いていた。

昔は健康寿命の間、ずっと働いていたんです。国民年金は全員加入が原則だけど、サラリーマンはそれに厚生年金が足される。自営業の人は国民年金だけの人も多い。どうしてかというと、自営業や一次産業は一生働けることを前提にしているから。サラリーマンは60歳で辞めて、70歳で死ぬ(当時の平均寿命)という計算のもとで支払っているけれど、それが今のように80代まで平均寿命が延びたら、試算が間違っていたということだから、年金が足らなくなるのは当たり前の話です。

みんなの介護 試算の見直しをしなければならない、ということですよね。

石蔵 それを今始めています。以前は55歳か60歳で定年退職したあとに、非常勤の扱いで5年くらい働くのが主流だった。でも、今はそれでは追い付かなくなった。少し前までは60歳で年金が支給されたけれど、今は65歳になった。あと数年たてば、支給開始年齢が70歳になると思う。そうなってくると、高齢者に働き場所を作らないと皆生活保護に陥っちゃうわけ。

みんなの介護 現役世代のサラリーマンにも、意識改革が必要になりそうですね。

石蔵 部長になって定年を迎えても、プライドを捨てて、ちょっとした簡単な仕事もやっていく。そして、“東京にいないと世界が終わり”のような感情は捨てて、“東京は素晴らしくて地方は不幸だ”というメディアの映像にだまされないこと。私は“地方”という言葉も嫌いなんだけれど使わざるをえないから使うけれど、地方の皆さんは元気で楽しそうですよ。限界集落なんかでも住んでる人はすごく元気です。

私の「親を殺したくなったら読む本 (親に疲れた症候群の治し方)」という本にも書いているけれど、世間は長寿の家族を取り上げて、「素晴らしい、素晴らしい」と言っている。テレビ局のディレクターが感動的に仕上げようとする。それがウケると思っているマスコミも間違いです。メディアって“地方の80歳、90歳の人たちがまだ農業や漁業をしているのは気の毒”といったように報道するけれど、実際は畑仕事で「こんなに採れた!」って毎日楽しそうにしているわけ。でも、他の人から見れば、田舎のそんなところで高齢者が…というように不幸な映像として流すわけ。

みんなの介護 危機感をあおりたいというか。

石蔵 そうそう。例えば、“地方創生”って本当にバカにした言葉だと思っていて、私はいつも“東京創生”だと言っています。地方からしたら戯言で、失礼極まりないです。よく地方に講演に行くけれど、東京の人と地方の人を見たときに、明らかに地方の個人のほうが元気ですよ。東京には目に輝きのない人が多い。だから、東京に住んでいる人を再生させるのが一番。

都心で講演するときに“地方の人のほうが目が輝いている”と実感します。それに、畑仕事をしている地方の人たちはジムに行っていませんが、畑仕事って肉体労働だから鍛える必要はありません。一方で、都心に住んでいる人は、みんなジムに行って、そこで電気を使っている。それこそ電気の無駄使いなんじゃないかと思っています。今話したような発想から立ち上げた「原始力発電所協会」では“お年寄りは電気を作るために働け”と普及活動はしていますが、誰も乗ってこないんですよねえ(笑)。

撮影:公家勇人

石蔵文信「「介護施設に行くのは嫌だ」。親がそう言ったとしてもそれは本意ではないはず。何と言おうが介護施設に入れるべき」を読む

賢人論。(けんじんろん)は、「みんなの介護」がお送りする特別インタビュー企画です。様々な業界の第一線で活躍する“賢人”の皆さんに、介護業界の現場を取り巻く問題、将来の展望について、また自身の介護経験についてなど、介護にまつわるあれこれについて、自身の思いを忌憚なく語ってもらいます。