今井照「市民の生命と安全を守ること。そのひとつが自治体の使命で、それ以外は余計なことです」

地方自治の専門家、といってもさまざまなタイプの語り手がいる。その一人、今井照氏は東京都大田区役所の職員として地方行政に携わった経験を持ち、1999年からの18年間は研究者として福島大学の行政政策学類教授を務めた人物だ。それだけでなく、2017年からは公益財団法人・地方自治総合研究所の主任研究員として地方行政のあり方を提言するなど、地方自治体を内側と外側から見つめてきたスペシャリストである。そんな今井氏は、国と自治体の関係は歪んだものになっていると指摘する。まずは地方自治体の成り立ちと歴史について説明してもらいながら、その理由を解き明かしていこう。

取材・文/みんなの介護

同じ政府であっても、国と自治体は異なる存在

みんなの介護 まずは、国と自治体の違いから伺いたいと思います。どちらも政府であるという共通点があるわけですが、どんな違いがあるのでしょう?

今井 単純に考えてみると、大きさが違いますよね。あまり良いことだとは思いませんが、たとえば自治体は合併することによってエリアを広げていくことができます。でも決して国より広くなることはない。

そんなことはあまりに当たり前なので、両者が会社の上司と部下のような関係にあると考えている人も多いかもしれません。会社では部下が成長して上司と立場が逆転することがありますよね。上司も部下も同じ資質を持っているのでそれが可能になるのですが、国と自治体の関係においては、そういう逆転は起こらないんです。

自治体が広くなっても国にはならないし、その逆もありません。あくまで国は国、自治体は自治体で、両者は別物なんですね。私たちは「国民」として国の主権者でもあるし、「市民」として自治体の自治権者でもある。

みんなの介護 政治的な意思決定をしたり、市民をまとめたりする集団が二重に存在するわけですね。なぜ、そんな面倒くさい仕組みがあるのでしょう?

今井 確かに面倒くさいですよね。非常に有能な人がいて、みんなが民主的にその人を選んだのなら、その人の指示通りに全体が動いたほうが効率的と考える人も多くいます。「強いリーダー」待望論ですね。

ただ、歴史を紐解いてみると、世界はそういう「強いリーダー」に何度も痛い目にあってきました。ドイツでもイタリアでもロシアでも、そして日本でも、広い意味での民主化の動きが出てきた直後、その流れに危機感や失望感を抱いた人たちによって導かれた独裁政権が戦時体制になだれ込む、ということが起きたのです。  

そこで、権力を一元化するのではなく、重層的、多元的に分節化してリスクを回避しようという考え方が出てきました。そのひとつが都道府県や市町村という単位で政治や行政の決定権を持つということです(自治体政府)。

だから自治体が国の部下になってしまったら意味がないですよね。地方自治にも小さなミスはたくさんあるかもしれないけれど、それは取り返しのつかない大きなミスをしないためなのです。

地方分権型から中央集権型国家に移行する過程で生まれた現在の市町村

みんなの介護 今井さんの著書『地方自治講義』(ちくま新書)には、自治体が今の形になっていく歴史が解説されています。自治体のルーツは、江戸時代の「村」にあったという指摘は今まで考えたこともなかったもので、とても新鮮でした。

今井 農耕や狩猟などで、人間が生きていくために集団を組んだのが「村」の始まりです。「村」と「村」が交易をする場が「町」で、江戸時代は城下町や宿場町などの形で発展した。ここで言う「村」や「町」は、現代の地方自治制度の村や町とは異なるのでカギカッコつきにしておきましょう。  

江戸時代の納税(年貢)の単位は村請制といって、個人でなく「村」です。「藩」が「村」ごとに税を課しました。そこで「村」ではその中で誰がどれだけ負担をするかを決めたのです。

例えば誰かが病気になったり、災害にあって税を充分に納められなくなったとき、「村」はその分の負担を他の世帯に割り振ったり、あるいは融資したりして調整しました。つまり農民にとって「村」は税を課す権力者であるとともに、セーフティネットでもあったのです。そこに自治が生まれます。  

「村」に税を課していた「藩」というのは、独自の紙幣まで出していたくらいですからアメリカで言う「州」以上に独立性が高いもので、それらの集合体が江戸幕府でした。江戸幕府が全国で税を課していたわけではないのです。

みんなの介護 明治維新になって、そういう国の形がガラリと変わるわけですね?

今井 そうです。明治維新政府は、「村」が「藩」に納めていた税を、「個人」が国に納めるようにした。近代的な中央集権型国家にしようとしたわけです。  

そのために明治維新政府は、税を徴収したり徴兵を制度化するために個人を把握する手段として戸籍制度をつくります。こうしてお金と権力が中央に集まる仕組みが確立されます。これが「富国強兵」路線の基盤になる。

江戸時代の「村」や「町」のカギカッコがはずれて現在の村や町に変わったのは、1888(明治21)年に公布された「市制町村制」(1889年施行)がきっかけですが、総務省の資料によれば、これに前後して約7万あった「町」や「村」が統合され、約1万6,000の町村が制度としてつくりだされました(明治の大合併)。

合併を繰り返してきた日本の市町村は非常に規模の大きなものになっている

明治、昭和、そして平成に起こった市町村の大合併

みんなの介護 日本の市町村は、明治、昭和、そして平成と、ほぼ50年ごとに大合併が起こっています。現在、日本の市町村は海外と比較しても非常に規模の大きなものになったことを今井さんは指摘していますが、市町村の規模が大きくなるということは市民にとって、なぜ良くないことなのですか?

今井 企業が大きな合併をするのは、経済的な効率性を生み出して利益構造を高めるためですが、こうした企業合併の論理は市町村合併に当てはまりません。

なぜなら、市町村が市民に対して行っている行政サービスは、市民一人ひとりに残らず行わねばならないユニバーサルサービスですから、合併によって効率化できる余地がないからです。市民の人数や土地の面積は、たとえ合併してもマクロとしては変わらないのです。  

もちろん、合併によって首長や議員の数を減らし、組織管理を効率化するというメリットもないわけではありません。

しかし、客体である市民や地域は変わらないのですから、どこかで管理能力の不足やサービスの低下が起こります。そもそも、企業合併も競争を減らすことですから消費者にとっては不都合であり、不利益をもたらすものですが、自治体の合併も同じです。

何より問題なのは、規模が大きくなることで市民の意見がまとめにくくなることです。  

仮にA市とB町とC村が合併して10万人の市になったとして、それまで1,000人規模で取りまとめられていたC村の意見は、10万人の中では圧倒的に少数意見となります。議員も出せない。学校の統廃合や選挙の投票所の削減などは、周縁部から取り組まれるようになるでしょう。こうして周縁部の地域がますます衰退することにつながる。

みんなの介護 合併したことで、それまで受けられていた行政サービスの質が低くなるというのは、大いにあり得ることなのですね。

今井 もちろんです。自治体の使命をひとつだけ挙げろと言われたら、それは、市民の生命と安全を守ることです。言い換えれば、「今日と同じように明日も暮らし続けられる」ということを市民に保障すること。  

その使命は「ひとつだけ」で充分で、そのほかのことは「余計なこと」と言っても良いでしょう。ところが今の自治体は、国から余計なことばかりを押しつけられているのが現状なんです。

安易に合併しなかった自治体は地方活性化に成功した

みんなの介護 国は自治体に、どんな「余計なこと」を押しつけてくるのですか?

今井 2000年に地方分権一括法が施行され、国と自治体が「対等・協力の関係」であることが明確化されました。それまでは「行政統制」といって、国の一機関である省庁が自治体という政府に対していろいろな指示を直接出していたのですが、それはやめようということになった。  

そこで「立法統制」といって、国が自治体にいろいろなことを頼む際には国会を通した法律が根拠になくてはならないということにしました。ところが、国の人たちは頭がいいので、その法律の中に自治体が作成するべき計画をたくさん盛り込むようになった。これが「計画統制」です。

最近は特に、本来は国がやるべきことを「分権」と称して自治体にやらせる動きが強まっています。たとえば自殺対策や地球環境対策なども、どんな小さな市町村にも計画を策定させます。そうすると、計画そのものは自治体が立てたものだから、成果が上がらなくても自治体のせいになる。国の責任転嫁ですね。  

こうした計画が山のように押しつけられているんです。2018年の時点で、わかっているだけでも238の計画策定が市町村に求められていますが、私はこういう状態を「計画のインフレ」と呼んでいます。

みんなの介護 現在、国が国策として進めている「地方創生」も、自治体に計画の策定が委ねられているのですか?

今井 そうなんです。国が「地方創生」をぶち上げた2014年9月の国会の所信表明演説で、安倍首相は計画策定のお手本として、地方活性化に成功した市町村のケースを具体的に紹介しました。  

ところが、その成功事例のほとんどすべては、2004~2005年にかけて起こった平成の大合併の中で合併に走らず、自分たちの町の将来をどのようにするかを真剣に考えた自治体でした。  

地域づくりに成功するためには、国策に反してでも取り組んだほうが良いということを奇しくも国が認めたことになったわけです。

撮影:公家勇人

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賢人論。(けんじんろん)は、「みんなの介護」がお送りする特別インタビュー企画です。様々な業界の第一線で活躍する“賢人”の皆さんに、介護業界の現場を取り巻く問題、将来の展望について、また自身の介護経験についてなど、介護にまつわるあれこれについて、自身の思いを忌憚なく語ってもらいます。