最近増えているご相談の一つが「家族とペットのダブル介護」です。ペットは家族同然の存在ですが、ペットの介護に公的支援はありません。ペットの介護、そして家族とペットのダブル介護には解決法がなく、答えが出ない問題です。ペットの介護の問題は、これからますます増えていくのではないかと感じています。
今回は、認知症の父親に加えて老犬の介護をしている母親の体調に限界がきたものの「自分の力ではサポートできない!」と困り果ててしまったKさんの事例をご紹介します。
【事例】Kさん(40代女性・パート職員)
関東在住のKさんは、月に数度、認知症の父を介護する母(70代)のサポートのために実家に通っています。実家ではノンちゃんと名付けた、愛犬のマルチーズも家族の一員として暮らしています。母親は「この子がいてくれるから、頑張れるのよ」が口癖で、ノンちゃんをとても可愛がっています。
しかし、ノンちゃんは、14歳を越えた頃から目が見えにくくなり、トイレの失敗も増えるようになりました。最近では昼夜が逆転し、一晩中部屋の中をクルクルと円を描くように歩き回ります。犬の認知症では、このような症状が顕著に現れます。
ノンちゃんは、動き回ることでお腹が空くのか、夜中に「ご飯や水を欲しい!」と鳴き続けます。悩ましいことに、一晩中動き回ることで食欲が増して体力もついたのか、夜中に歩き回る時間がどんどん増え、吠える声も大きくなっています。ノンちゃんの状態が不穏なときは、父親も不穏になることが多く、母親はほとんど眠れていないと訴えるようになりました。
「最期までノンちゃんの面倒を見ると決めているし、頑張るつもり。でも、ノンちゃんにお水をあげていたらお父さんが騒ぎ出すし、もうどうしたらいいか…」と母親は疲れ果てています。きれい好きで片付け上手な母親でしたが、最近の実家は散らかり放題、ノンちゃんの排泄の後始末にも手が回らなくなっている様子です。
Kさんは、とにかく母親に睡眠をとらせてあげたいと、実家に宿泊しました。しかし、1泊しただけで「これは無理!」と叫びたくなったそうです。夜になるとノンちゃんの歩き回る爪音が延々と響き、ノンちゃんがワンワン鳴き出すと、難聴で耳が聞こえにくいはずの父親まで起きて「うおー! うおー!」と叫び出します。
Kさんは、自宅に戻ってからも、ノンちゃんが部屋を動き回るときのカツカツという爪音と父親の叫び声が頭の中でリフレインし続けるほどでした。
このままでは、母親のほうが先に参ってしまうと考えたKさんは、老犬ホームの情報を集めましたが、実家近くで利用できるものは見つけられません。「あの状態の実家にはもう泊まれません。私にはサポートは無理です。どうすれば母が楽になるでしょうか?」と、Kさんは困り果ててしまいました。
父親の介護そのものも限界にきていた
「何をどうしたらいいかわからない、解決する方法がない」と絶望的になっていたKさんでしたが、意外なことで状況が動き出しました。
数年前に父親の入居申請手続きをしていたグループホームから、空きが出たと連絡が入ったのです。母親が「ここに決まってくれたらいいな」と考えていた施設だったこともあり、すぐに入居の手続きを進めることにしました。
父親の施設入居後、昼間に休める時間を確保できたことで、母親は元気を取り戻しました。そして「ノンちゃんのことで頭がいっぱいだったけど、お父さんの介護も限界が来ていたのかもね。ノンちゃんの介護が加わっていなかったら、お父さんの施設入居の話がきても『もうちょっと頑張ってみます』と、断っていたかも……」と、このタイミングで入居ができて良かったと話されていたそうです。
施設入居後、父親が機嫌よく過ごしている様子をみて、Kさんも母親もホッとしました。さらに、母親は「人間よりも寿命が短いノンちゃんの介護について、何も想定していなかった。私が倒れてしまう可能性もあるのに、無責任だった」と反省し、ペット介護サービスについて情報を集めました。
そして、家族が病気で入院したり、世話が難しくなったりした場合、一時預かりをしてくれる施設を隣県に見つけ、見学に行く予定だそうです。
お互いが安心できる生活を模索しよう
Kさんのケースでは、運良く父親の施設入居が決まったことで負担を減らすことができましたが、このような解決はまず期待できません。このケースから学べることは、人間の介護も、ペットの介護も、事前の情報収集が必要だということです。介護は要介護者の病状の進行や容態悪化だけでなく、介護する側の健康や環境変化によるトラブルが起きることも少なくないからです。
近年、高齢ペットの老犬猫ホームや、病気になったペットの一時預かりやケアをしてくれる民間の施設が増えています。しかし、そのような施設が住んでいる地域にあるとは限りませんし、介護保険等の公的な仕組みはありませんから、利用費用が人間の介護以上にかかることもあります。どこに施設があり、どんなサービスがあるのか、どのぐらい費用がかかるのか、事前に調べておくと安心でしょう。
ペットも家族の一員です。家族の介護で、介護者が犠牲を強いられる体制は必ず破綻します。在宅と施設に優劣や正誤はありません。どちらの選択肢を選んだとしても「お互いが安心できる生活を整えていくきっかけにするのだ」との意識を持って取り組んでいきましょう。
介護は長期化しやすいものです。サポートする側の家族が時間的、身体的、精神的な余裕をどれだけ確保できるかが、これからの生活をより良いものにするポイントです。日々の介護に精一杯で、新しい情報の収集に意識が向きにくいことも多いものです。この記事をきっかけに、情報収集をするきっかけになれば嬉しいです。
みなさんが家族間で抱えている悩み、介護で経験されていること、対策をとられていることをぜひ教えてください。お困りのことやご相談には、こちらの「介護の教科書」の記事でお答えできればと考えています。
「介護サービスを嫌がって使ってくれない」といった日々の介護の悩みについては、拙書『がんばらない介護』で解説をしています。ぜひ、手にとって参考にしていただければと思います。