介護者メンタルケア協会代表、橋中今日子です。
新型コロナウイルスの第5波の影響が収まり、家族と会う機会を取り戻している方も多いでしょう。
顔を見て話せる機会が増えて嬉しい反面、会えなかった期間に生まれていた変化やきょうだい間の認識のズレから、良好だった関係が険悪になることがあります。
【事例】母の認知症の進行で、姉との仲に亀裂が…
【50代男性Cさんの事例】
Cさんは、認知症の母親(80代、要介護度1)を介護していた父親が急逝したことをきっかけに、3年前に実家に戻って介護をしています。他県在住の姉も月に1~2度ほど来てくれていましたが、コロナ禍に入ってからの1年間はCさん一人で母を介護してきました。その間も、姉は頻繁にビデオ電話で母の話し相手になるなど、積極的にかかわってくれていました。
先月、1年ぶりに姉が来訪したとき、思わぬことが起きました。久しぶりに母に会った姉は、母がトイレを失敗したり、1分と経たずに何度も同じことを繰り返すようになっている様子を見て、「お母さん、しっかりしてよ!」と叱りつけます。母に強く当たる姉を制止しようとすると、「あなたがちゃんと対応してこなかったから、認知症が進んだのよ!」と、今度は怒りの矛先がCさんに向かいました。
コロナ禍に入ってから、母の物忘れやトイレの失敗が増えていることをCさんは姉に伝えていました。しかし、姉とビデオ電話で話すときの母はしっかり受け答えをするため、姉は症状が進んでいることを直接感じられなかったのでしょう。
Cさんは「俺なりに一生懸命介護してきた。一方的に文句を言うなら、もう来ないでくれ!」と姉を追い返しました。それ以後、姉からの連絡がないまま1ヵ月が経過しています。
姉が母を叱ったり、行動を監視するようなかかわりは、かえって母の状態を悪化させるので、しばらく距離をとる方が良いとCさんは考えています。しかし、姉の協力があってこそ続けられた介護でもあるので、感謝しなければとも思っています。さらに、頻繁だったビデオ電話が途絶えたことで、母は「お姉ちゃんはどうしているの?」と姉について尋ねることが増え、元気がなくなっているのも気がかりです。
Cさんは「母のことを思うと、このままでいいのか?もし母が急変するなど何かあったとき、後悔するのではないか?自分が折れて姉に謝れば丸く収まるのではないか?」と、さまざまな思いに揺れています。

まずは怒りの感情を「認める」こと
これまで介護に一切かかわってこなかった人が、「〇〇した方が良いって聞いたわよ」と突然アドバイスをしてきたり、ダメ出しをしてくる場合は、真に受ける必要はありません。しかし、Cさんのように、介護に積極的にかかわっているきょうだいであり、要介護者が心理的に頼っている人との関係悪化は悩ましいものです。
Cさんには、まず自分の率直な気持ちを書き出すことを勧めました。具体的には、姉に言いたかったけれど言えなかったセリフを紙に思いきり書き出してもらいました。
すると「あんな言い方はないだろう!」「俺がどれだけ我慢しているか、知らないだろう!」などと、どんどん言葉が出てきたのです。Cさんは「実は、相当怒っていたんですね!」と驚き、予想もしていなかった激しい怒りの感情に戸惑っておられました。
しかし、腹が立つのは自然なことです。むしろ、自分の気持ちを見なかったことにして後回しにし続けると、抑うつ状態や燃え尽き症候群などの深刻な結果につながりかねません。怒りのセリフを書き出し終わったCさんは、「怒るなんて意味がないと思っていましたし、自分を制御できなくなりそうで、それもイヤでした。でも、怒りを認めると気持ちが落ち着くんですね」と変化を体感されていました。
Cさんは姉への怒りや苦しい気持ちを書き出し、自分の気持ちをと向き合った結果「久しぶりに会った母の状態が変わっていたことに、姉もショックを受けていたのだろう」と姉の立場を理解する気持ちが高まりました。そして、自分から連絡を取ることを決めたそうです。
怒りを認めると、次第に変化が表れる
Cさんのように、親族やきょうだいからの理不尽な言動を思い出し、苦しい気持ちが蘇る体験がある方は、まず「怒っていい。許さなくてもいい」と怒りの気持ちを許可することから始めてみてください。
怒りの感情は、適切な方法で外に出す必要があります。しかし、多くの人が「自分が怒っていることを認めると、誰かにぶつけてしまうのでは、暴力的な言動につながるのでは」と、気持ちを押し殺してしまいます。
「怒りの感情を認めること」と、「怒りを他人にぶつけること」は別物です。抑え込んだ気持ちは消えることなく、私たちの中に蓄積されていきます。我慢の限界が来て、火山のマグマのように一気に噴き出し、暴力や暴言につながります。
特に、相手に「わかってほしい」「気持ちをぶつけたい」といった衝動が出てきたときには、ノートにその気持ちを書き出すのが効果的です。10~20分を目安にタイマーをかけて、書き出すことに集中しましょう。

私の個人の経験ですが、両親に対する怒りを毎日20分間書き出したことがあります。1週間続けたところで、同じ言葉ばかりになり、次第に書くことがなくなり、気持ちが収束していきました。目安のひとつとして「書くのが飽きてくるまで」とするのも良いでしょう。
介護は理不尽な出来事の連続です。コロナ第6波への対策や、先行きの見通しの立たない不安から、家族間で気持ちがすれ違うこともあるでしょう。
理不尽な言動を投げかけられた時は、相手の言葉を額面通り受け取る必要はありません。『介護マウンティングから身を守る方法』でもご紹介しましたが、暴言は相手の不安から起きています。真正面からぶつかる戦法では消耗しきってしまいます。「誰が何を言おうと、私は私のやれることをしてきた」と自分をねぎらい、ケアすることを最優先してください。
皆さんが介護で経験されていること、対策を取られていることを介護者メンタルケア協会の問い合わせフォームでぜひ教えてください。お困りごとやご相談には、こちらの「介護の教科書」の記事や当協会が配信している無料メルマガで解決策についてお伝えしていきます。「職場が介護の状況を理解してくれない」「何度も同じことを言われて怒鳴ってしまう」といった日々の介護の悩みについては、拙書『がんばらない介護』で解説をしています。ぜひ、手にとって参考にしてほしいです。