「最近、母の便秘が悪化して、食欲も落ちているんです…」「父が便秘で苦しんでいて、どう対応したらいいのか分からない…」
こうした高齢者の便秘の悩みを抱える介護家族は少なくありません。
便秘というと軽く考えられてしまうことも多いですが、放置すると深刻な合併症を引き起こすリスクがあるため、適切な対応が必要です。
本記事では、介護の現場で活躍する医師や専門家の知見をもとに、高齢者の便秘の特徴から、家庭でできる具体的な予防法まで、詳しく解説していきます。
高齢者の便秘の特徴と原因を知ろう
「年を取ると便秘になりやすい」という話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。実際、加齢とともに便秘のリスクは確実に高まっていきます。
実際、2022年の「国民生活基礎調査」によると、65歳以上の高齢者の約71.2.%が便秘に悩んでいます。さらに75歳以上になると、実に96.1%が便秘の症状を抱えているのです。
全年齢的に見ると女性に多い便秘ですが、高齢になると性別に関係なく発症率が上昇します。その背景には、加齢に伴う身体機能の変化や生活習慣の変化など、複数の要因が絡み合っています。まずは、高齢者の便秘の特徴を詳しく見ていきましょう。
高齢者の便秘の症状と判断基準
「うちの親は便秘なのかな?」と判断がつかないご家族も多いと思います。
実は、便秘には明確な判断基準があります。以下の症状のうち2つ以上に当てはまる場合、医学的に「便秘」と診断されます。
- 週に3回未満の排便
- 強いいきみが必要
- 硬い便が出る
- 排便後も便が残っている感覚(残便感)がある
- 腸が詰まったような不快感がある
- 4回に1回以上は手を使って便を出す必要がある(摘便)
ただし、ここで注意したいのが排便回数の個人差です。
一般的に「毎日排便がないと便秘」と思われがちですが、医学的には1週間に3回から1日3回までの幅広い範囲が正常とされています。
高齢者の場合、これらの基本的な症状に加えて、以下のような特徴的な症状が現れることが多くなります。
- 下腹部の持続的な不快感
- お腹が膨らんだような感覚(腹部膨満感)
- 繰り返す腹痛
- 食欲不振
- 吐き気や嘔吐
- 全身のだるさ
- イライラや不眠
これらの症状が見られる場合は、単なる便秘として放置せず、適切な対応を考える必要があります。
なぜ高齢者は便秘になりやすいのか
高齢者の便秘には、実にさまざまな要因が絡み合っています。
その中でも特に影響が大きいのが、加齢による身体機能の低下です。
年を重ねるにつれ、私たちの体には変化が訪れますが、便秘に関して特に影響を及ぼすのが、腸の働きを支える筋力の低下です。腹筋や骨盤底筋が衰えることで、スムーズな排便が難しくなっていきます。腸の中で便を運ぶ働きをする「蠕動運動」も弱くなり、便がスムーズに移動しにくくなってしまいます。
また、加齢により腸内環境にも大きな変化が起こります。腸内の善玉菌が減少することで腸内環境が悪化し、便通に影響を与えるのです。
それに加えて、便が腸にある感覚(便意)を感じにくくなり、便意を感じてからスムーズに排便する機能も低下していきます。
これらの身体機能の低下に加えて、生活習慣の変化も便秘の大きな要因となっています。
高齢になると、どうしても身体活動量が減少しがちです。運動不足になると腸の働きも低下してしまいます。
また、加齢に伴う味覚の変化や食欲の低下により、食事量が減少することも多くなります。食事量が減れば、必然的に便の材料も減少してしまうのです。
特に注意が必要なのが水分摂取の問題です。高齢になると喉の渇きを感じにくくなる傾向があります。その結果、知らず知らずのうちに水分摂取が不足しがちになります。水分が不足すると、腸内の便から過度に水分が吸収され、便が硬くなってしまいます。
さらに、柔らかい食事を好む傾向から、食物繊維の摂取量が減少することも便秘の原因となります。食物繊維は便のカサを増やし、腸の働きを助ける重要な栄養素です。その摂取が不足すると、便秘のリスクが高まってしまうのです。
加えて、高齢者特有の問題として、複数の薬を服用していることが便秘を引き起こす原因となることがあります。
高血圧や心臓病、糖尿病などの治療薬の中には、副作用として便秘を引き起こすものが少なくありません。特に、パーキンソン病の治療薬や痛み止めとして使用されるモルヒネ系の薬剤は、強い便秘を引き起こすことが知られています。
高齢者の便秘の3つの種類
高齢者の便秘は、その症状や原因から主に3つのタイプに分類されます。
最も多いのが「弛緩性便秘」です。このタイプは、腸の運動が低下することで起こる便秘で、高齢者に特に多く見られます。
腹筋力が低下し、お腹が膨らんでいる状態が特徴的です。また、食事量の減少により食物繊維が不足し、便のカサが減少していることも多いため、なかなか便意を感じにくい状態になります。
次に多いのが「直腸性便秘」です。これは、トイレの環境や仕事など、何らかの理由で便意を我慢する習慣が続いたことで起こる便秘です。
便意を我慢し続けることで、直腸の感受性が低下し、便意そのものを感じづらくなってしまいます。高齢者の場合、トイレまでの移動が大変なために我慢してしまうことも多く、このタイプの便秘を引き起こす原因となっています。
3つ目は「けいれん性便秘」です。このタイプは、腸の一部に持続的な緊張が起こることで便秘となるもので、強い腹痛を伴うことが特徴です。
便秘と下痢を繰り返すことも多く、残便感も強く残ります。特に精神的なストレスの影響を受けやすく、環境の変化や不安を感じやすい高齢者は注意が必要です。
高齢者の便秘による危険な症状と対処法
「便秘くらいなら、そのうち良くなるだろう」と放置してしまいがちな便秘の症状。しかし、高齢者の便秘を放置することは、思わぬ危険を招く可能性があります。
加齢により体の回復力が低下している高齢者の場合、便秘が引き起こす二次的な症状や合併症が、より深刻な健康問題につながることがあります。ここでは、便秘によって起こりうる危険な症状と、その対処法について詳しく見ていきましょう。
便秘が引き起こす体調不良とは
便秘が続くと、まず最初に現れるのがさまざまな体調不良の症状です。
代表的なものが、お腹が張る、吐き気がする、食欲が落ちるといった消化器系の不調です。高齢者の場合、これらの症状が食事量の低下につながり、栄養状態の悪化や体力の低下につながります。
また、便秘が続くことで腸内環境が悪化し、免疫力の低下を引き起こすことも分かっています。近年の研究では、腸内環境の乱れが健康問題と関連していることが明らかになってきました。特に高齢者の場合、免疫力の低下は感染症のリスクを高める可能性があるため、注意が必要です。
さらに、便秘による不調は身体面だけでなく、精神面にも影響を及ぼします。常にお腹に違和感があることで、イライラや不眠といった症状が現れることがあります。特に認知症の方の場合、便秘による不快感をうまく表現できず、突然の興奮や不穏な行動として現れることもあります。
要注意!便秘による合併症
特に注意が必要なのが、便が腸の中で固く大きな塊となってしまう状態です。医学的には「宿便」と呼ばれるこの状態は、高齢者の便秘で特に注意が必要な症状の一つです。
宿便ができると、腸が詰まってしまう「腸閉塞」を引き起こす危険があります。また、便秘が長期化すると、直腸や肛門に過度な負担がかかり、「直腸潰瘍」や「痔核」などの問題を引き起こすことがあります。特に高齢者の場合、これらの症状により座位を保つことが困難になると、さらなる運動量の低下を招き、便秘が悪化するという悪循環に陥りやすくなります。
さらに、強いいきみによって血圧が急激に上昇することで、脳血管疾患のリスクが高まることも指摘されています。高齢者の場合、もともと血圧が不安定な方も多いため、特に注意が必要です。
医療機関への相談が必要なケース
便秘の症状があるからといって、すぐに医療機関を受診する必要はありません。しかし、以下のような症状が見られる場合は、速やかに医療機関への相談をおすすめします。
まず要注意なのが、急激な便秘症状の出現です。それまで順調だった排便が突然困難になった場合、腸の病気が隠れている可能性があります。特に、便に血が混じる、急な腹痛がある、発熱を伴うといった症状がある場合は、早めの受診が必要です。
また、2週間以上便秘が続く場合も、医療機関での相談をお勧めします。慢性的な便秘には、何らかの基礎疾患が関係している可能性があるためです。特に、体重が急激に減少する、原因不明の腹痛が続く、といった症状を伴う場合は、できるだけ早く専門家に相談しましょう。
薬の使用に関しても注意が必要です。市販の下剤を1週間以上使用しても改善が見られない場合や、使用量が徐々に増えていく場合は、医療機関での適切な評価と治療が必要です。
高齢者の便秘改善と予防の具体策
ここまで、高齢者の便秘の特徴や危険性について見てきました。では、実際にどのように予防や改善を図ればよいのでしょうか。ここからは、自宅でできる具体的な対策をご紹介します。
予防と改善の基本は、「生活習慣の見直し」「適切な食事」「運動習慣の定着」の3つです。これらを総合的に取り入れることで、薬に頼らない自然な便通を目指すことができます。
生活習慣の見直しによる改善法
便秘改善の第一歩は、規則正しい生活リズムを整えることです。
特に重要なのが、毎日決まった時間にトイレに行く習慣を作ることです。たとえ便意がなくても、朝食後などの決まった時間にトイレに座る習慣をつけることで、自然な排便リズムが形成されていきます。
トイレ環境の整備も重要です。和式トイレを洋式に変更する、手すりを設置するなど、安全で快適にトイレを使用できる環境を整えることで、トイレへの抵抗感を減らすことができます。また、温水洗浄機能付きの便座は、排便前の肛門マッサージに活用でき、排便を促す効果が期待できます。
生活リズムに関して特に注意したいのが、睡眠時間の確保です。良質な睡眠は、腸の働きを整えるために重要な役割を果たします。日中の適度な活動と、規則正しい就寝・起床時間を心がけましょう。
食事で気をつけるべき5つのポイント
便秘予防・改善のカギを握るのが、毎日の食事です。特に以下の5つのポイントを意識することで、自然な排便を促すことができます。
1つ目は、食事の時間を規則的にすることです。特に朝食は腸を刺激し、排便反射を促す効果があるため、できるだけ毎日決まった時間に摂取することが大切です。
2つ目は、十分な水分摂取です。1日あたり1500ml程度の水分摂取を目標にしましょう。ただし、就寝直前の多量の水分摂取は、夜間のトイレを増やす原因となるため避けましょう。
3つ目は、食物繊維の積極的な摂取です。野菜、果物、海藻類、きのこ類などに含まれる食物繊維には、便のカサを増やし、腸の働きを活発にする効果があります。ただし、急激に食物繊維を増やすと、かえってお腹の調子を崩す原因となるため、徐々に量を増やしていくことが大切です。
また、食物繊維の摂り過ぎも便秘を悪化させる要因になりかねません。ガスが溜まったりお腹が張ったりする場合は、食物繊維を摂り過ぎている可能性があるため、過剰摂取に注意しましょう。
4つ目は、発酵食品の活用です。ヨーグルト、味噌、ぬか漬けなどの発酵食品には、腸内環境を整える善玉菌が含まれています。1日1品を目安に、積極的に取り入れましょう。
5つ目は、適度な油分の摂取です。油は腸の中で便をスムーズに移動させる潤滑剤の役割を果たします。オリーブオイルや亜麻仁油などの植物性油を、1日小さじ1~2杯程度取り入れることをお勧めします。
薬の使用と注意点
生活習慣の改善だけでは便秘が解消されない場合、薬の使用を検討することになります。ただし、高齢者の場合、薬の使用には特別な注意が必要です。
最も一般的に使用されるのが、酸化マグネシウムです。腸に水分を集める働きがあり、便を軟らかくする効果があります。比較的副作用が少なく、習慣性も低いため、高齢者にも使いやすい薬剤とされています。
しかし、腎機能が低下している方や、他の薬を多く服用している方は、医師に相談の上で使用する必要があります。また、過剰な使用は下痢や電解質バランスの乱れを引き起こす可能性があるため、決められた用量を守ることが重要です。
また、便秘の原因が他の薬の副作用である可能性もあります。特に、高血圧薬、パーキンソン病の薬、精神安定剤などを服用している場合は、主治医に相談し、薬の種類や用量の調整を検討することも必要です。
最後に重要なのが、市販薬の安易な使用を避けることです。高齢者の場合、複数の持病を抱えていることも多く、市販薬との思わぬ相互作用が起こる可能性があります。便秘で困ったときは、まずはかかりつけ医に相談してください。
まとめ
便秘は、適切な対策を行うことで、改善の余地がある症状です。この記事で紹介した方法を参考に、ご本人の状態に合わせた対策を、ぜひ実践してみてください。症状が重い場合や不安がある場合は、迷わず医療機関に相談することをお勧めします。