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第18回

【判例】介護施設で入浴中の溺死事故が起きたら 介護施設側の安全配慮義務違反が認められるか

最終更新日時 2019/02/28
#老人ホームへの入居
今回は、大きな事故につながりやすい入浴中の事故について解説していきたいと思います。事例については、施設に入所している利用者が、入浴中に溺死した事例をみていきますね。

みなさん、こんにちは。甲斐・広瀬法律事務所の弁護士で、「介護事故の法律相談室」を運営している甲斐みなみと申します。

今回は、大きな事故につながりやすい入浴中の事故について解説していきたいと思います。

事例については、施設に入所している利用者が、入浴中に溺死した事例をみていきますね。

入浴事故は増加傾向にある

入浴は身体を清潔にしたり、リラックス効果を期待することができますよね。

しかし高齢者の方の場合、身体の状態によっては入浴することで重大な事故につながる危険性があり、最悪の場合は溺死してしまうということもあります。

2018年に消費者庁が発表したデータによれば、高齢者の「不慮の溺死及び溺水」による死亡者数は増加傾向にあります。

特にその約7割を占めているのは、家と居住施設の浴槽における溺死・溺水によるもので、2011年以降ずっと、交通事故による死亡者数よりも多くなっているのです。

国際的にみても、高齢者65歳以上における人口10万人当たりの溺死者数は、WHOのデータによれば欧米では0.5~3.5人に対し、日本は19.0人になっています。

つまり、日本の高齢者の溺死者数は欧米諸国より断トツに多いのです。

これは、浴槽に浸かって入浴するという日本独自の生活習慣によるところも要因のひとつだと思われます。

出典:『冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!』(消費者庁) 更新

 

入浴事故の具体例

ご家庭の浴槽で入浴中に溺死してしまった場合であれば、ご遺族の方もまだ「仕方ない」と諦めがつくのではないかと思います。

しかし、介護施設などで入浴中に溺死したとなれば、ご遺族の方は当然、「どうして見守りをしてくれなかったのか?」「施設に入っていながら溺死なんてあんまりだ」と思うことでしょう。

介護施設での入浴に関連した事故としては、溺死以外にも「入浴介助中の骨折」「やけど」などが想定されます。

しかし、とりわけ溺死の場合は「死亡」という重大な結果が生じることに加え、やはりご家族にしてもあまりに突然で、ショックの大きい死因になるので、トラブルになりやすいと思われます。

実は、私が過去に担当した複数の入浴溺死事故のケースにおいて職員の見守りが行われていない間に溺死が起こっており、発見されたきっかけは面会のために訪問したご家族が、浴槽に浮いている本人を見つけた…というものなのです。

もっとも、過去に裁判になった事例では、介護施設における溺死事故の事案はあまり多くありません。

そこで、私自身が実際に扱った事案をわかりやすく、変更を加えた想定事例で、具体的に検討していきたいと思います。

事例「介護施設で溺死事故があった場合」

介護施設Yに入所している利用者Aが、入浴事故で溺死した場合のケースです。

85歳の利用者Aは、脊椎炎で入院したことをきっかけに自立して移動することが難しくなり、経営者Yの開設する有料老人ホームに入所しました。

Aに認知症はなく、事故があったときの要介護度は2でした。

Aはお風呂が大好きで、施設入所後も毎日お風呂に入っていました。

Aは施設入所前にも、自宅で一人でお風呂に入っていた際に浴槽から出られなくなったことがあり、Aの長男Xは入所にあたって、入浴中の見守りをお願いしていました。

また、入所後もAは一人で入浴している時に浴槽でウトウトと居眠りをしてしまったり,入浴時間が1時間以上に及ぶことがたびたびありました。

そのため、施設では長湯にならないように職員に対して注意喚起がされていたり、Aのサービス計画書にも「安全に入浴が続けられる」ことが目標として掲げられていました。

事故発生の1週間前、長男Xはサービス計画書の説明を聞き、「そもそもAをひとりで入浴させることを続けるのか」という問題提起をしました。

そして議論した結果、施設側が安全確認を行うことを前提に、ひとりでの入浴を当面、継続することになりました。

ところが、それから1週間後、Aに面会するために長男Xが施設を訪れたところ、Aが居室にいませんでした。

長男Xが念のため風呂場を見に行ってみると、浴槽内でうつ伏せの状態で浮いているAを発見しました。

Aは、救急搬送されたものの、間もなく死亡が確認されました。

介護施設側に安全配慮義務が認められるのか

介護施設は、利用者の心身状態を把握し、事故を防止するための「安全配慮義務」を負っています。

この事例の場合、安全配慮義務違反が認められるためには、介護施設側がこの事故が起こることを予見することができたにもかかわらず、事故を回避するための措置を怠ったという「過失」が必要です。

過失の判断をするためには、利用者Aが「事故前にどのような心身の状態であったか」を把握する必要があります。

また、事故前に、「ヒヤリハット」などの事故につながりそうな事態が生じたことがあったかの事実も、過失の判断には影響してきます。

それでは、事例に沿って利用者Aの心身状態を確認してみましょう。

  • Aは脊椎炎等の影響で歩行が困難で、要介護2であった
  • Aはひとりでお風呂に入っていたときに浴槽から出られなくなったことがあった
  • Aは、入浴時に、浴槽につかりながらウトウトしてしまうことがあった
  • Aの入浴時間は、1時間以上に及ぶことがたびたびあった

長時間の入浴は、意識障害が起こることによって溺死の危険が増します。

そのため家族は「Aがひとりで入浴を続けるなら、安全確認を行うように」という申し入れをしていました。

施設としても「Aの入浴には安全確認が必要で、長湯にならないように注意が必要であると」認識し、サービス計画書にも「安全な入浴」を目標として記載していました。

したがって、Xが入浴中に「意識障害や転倒等によって溺死するリスクは、十分に予見することができた」と言えそうです。

また、Aが長時間の入浴をしているときには、意識障害などで浴槽内で溺れてしまうことがないよう、職員が頻繁に声かけをしてAの状態を確認することで、浴槽内で溺れ死ぬことを回避することはできたと言えそうです。

したがって、Yの職員に過失ないし安全配慮義務違反は認められそうです。

利用者側に過失はあったのか

事案によっては、見守り・声かけのタイミングによって、本当に溺死を避けられたのかという因果関係が重要な争点となることもあります。

しかし、この事例では介護施設Yの職員の過失、安全配慮義務違反、Aの死亡結果の間には、因果関係が認められそうですね。

この場合、Yには、一定の賠償義務が認められると予想されます。

介護施設側の過失がありそうなことがわかりましたが、一方で利用者Aに落ち度や過失はあったのでしょうか。

もしAに過失があった場合には、「過失相殺」という形で損害賠償額が減ることもあります。

Aには認知症はなく、自分の好みや希望によって毎日お風呂に入り、長湯に及ぶこともあったわけですから、多少の落ち度はありそうです。

実際の事案でも、Y側の主張は「お風呂が好きで毎日長湯をしていたのはAであるから、8割の過失相殺をする(賠償額は全損害の2割)」というものでした。

つまり、過失割合は介護施設側と利用者で2:8だという主張だったのです。

しかし、要介護状態になって施設入所しているなかで「圧倒的に入所者側の過失が多い」と言われてしまうと、家族としては到底納得のいくものではありません。

そこでA側は、介護記録の記載に基づき、「Aの入浴時間が長くなることが増え、Y側も安全確認の必要を認識していた」ことなどを具体的に指摘。

最終的には、ほぼ過失割合を逆転する形で示談が成立しました。

どうして事故が起こったのか

今回のケースをもとに、どうして事故が起こったのか、どうすれば事故を防ぐことができたのかを考えてみたいと思います。

まず、家族も施設も、Aの入浴についての危険をある程度は認識していたようです。

しかし、施設側は「A自身が入浴を希望しているのだから仕方ない」といった対応で、Aの安全を確保するための別手段(つまり、頻回な声かけ・見守り)を、改めて検討していませんでした。

これは介護事故のケースでよく見られることなのですが、サービス計画書の内容を長期間変更しないまま、同じサービス計画を作成し続けることにより、今までのやり方をずっと踏襲してしまったように思われます。

事故の直前に、長男Xから「ひとりでの入浴を続けるのか」という具体的な問題提起があったのですから、それをきっかけとしてAの入浴時の声かけ・見守りをどうするのかを、施設内で真剣に検討していれば事故は防ぐことができたと思います。

また、実際のケースでは、個浴用の浴室であるにもかかわらず、円形の大きな浴槽が使用されていました。

もし浴槽が1人用の小さなものであれば、溺れてしまうような事態にまでは発展しなかったかもしれませんし、円形という滑りやすい形状であったことも、事故発生に影響しているかもしれません。  

最後に一言

今回は、入浴中の事故により溺死した事例をもとに、損害賠償請求ができるかどうか、事故が起こった原因などを検討しました。

次回以降も、具体的な事故類型・ケースをもとに、検討していきたいと思います。

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