高齢者の不慮の事故による死因の中でも、誤嚥(ごえん)による窒息は上位を占めており、適切な予防と対処が欠かせません。しかし、誤嚥のメカニズムや予防法について正しく理解している介護者は意外と少ないのが現状です。
本記事では、誤嚥の基礎知識から予防法、緊急時の対応まで、介護家族や介護従事者が知っておくべき情報を、医師監修のもと詳しく解説します。
高齢者の誤嚥とは?医師が解説する原因と症状
誤嚥とは、食べ物や飲み物、唾液などが食道ではなく気道に入ってしまう状態を指します。
消費者庁の調査によると、2021年度の65歳以上の不慮の事故による死因別死亡数において、「不慮の窒息」は7,246人と、転倒・転落・墜落の9,509人に次いで2番目に多い死因となっています。
命に関わるケースも多いため、嚥下機能が低下してきた高齢者の方の食事の際には、周囲が気をつける必要があります。
誤嚥が起こるメカニズムと主な原因
私たちが普段何気なく行っている「飲み込む」という動作は、実は非常に複雑な過程を経ています。
まず、食べ物を口に入れ、咀嚼して飲み込みやすい形にします。
次に、舌で食塊を喉の奥に送り込み、嚥下反射(飲み込み反射)によって自動的に気道を塞ぎ、食道へと送り込んでいるのです。
この一連の動作には、各部位において以下の機能がフル活用されています。
1. 口腔機能
- 歯の状態
- 舌の動き
- 唾液の分泌量
- 口腔内の感覚
2. 咽頭機能
- 嚥下反射
- 気道を防御する反射
- のどの筋肉の動き
3. 食道機能
- 食道の蠕動運動
- 食道入口部の開閉
そのため、これらの機能が低下すると嚥下反射が鈍くなり、誤嚥のリスクが高まるのです。
ですが、年を重ねていくと、どうしても体のさまざまな部分に問題が発生します。例えば、認知症になったことにより飲み込みの意識が低下したり、薬の副作用で唾液の分泌が低下したり、筋力が衰えていったりと、各機能が低下していきます。
これらの要因が複数組み合わさって誤嚥のリスクが高まるのです。
誤嚥を起こしやすい高齢者の特徴
誤嚥を起こしやすくなった高齢者の方には、いくつかの特徴的な症状が見られます。
1. 食事に関する変化
- 食事中によくむせる
- 食事に時間がかかるようになる(30分以上)
- 食べ物が口の中に残りやすい
- 口を大きく開けられない
- しっかり噛めない
- 食べこぼしが増える
- 食事量が減少する
- 特定の食材を避けるようになる
2. 声や呼吸に関する変化
- 食事中に咳が出る
- 食後に声がかすれる
- 痰が増える
- 呼吸が荒くなる
- 話し方がもごもごする
- 声量が小さくなる
3. 全身状態の変化
- 原因不明の微熱が続く
- 体重が減少する
- 疲れやすくなる
- 食欲が低下する
- 活気が減少する
4. 認知機能の変化
- 食事に集中できない
- 食事のペースが早くなる
- 一度に大量の食べ物を口に入れる
- よく固形物と液体を同時に摂取する
これらの症状が一つでも当てはまる場合は、誤嚥のリスクが高まっている可能性があります。特に複数の症状が重なる場合は、早めの対応が必要です。
また、以下のような状況や疾患がある場合は、特に注意が必要です。
- 脳血管障害の既往歴がある
- パーキンソン病などの神経疾患がある
- 認知症がある
- 複数の薬を服用している
- 寝たきりや長期臥床の状態
- 頸部の手術歴がある
- 糖尿病などの基礎疾患がある
- 胃食道逆流症がある
誤嚥してしまった場合の緊急対応方法は?
誤嚥による窒息が疑われるケース
食事中にむせているうちに、ご本人の様子が急に変わった…という場合、窒息が疑われます。
- 顔面や唇が紫色(チアノーゼ)になる
- 咳も声も弱い、あるいは出なくなる
- 手で首をかきむしる(チョークサイン)
- 呼吸が困難になる
- 意識がもうろうとしてくる
- 落ち着きがなくなる
- 冷や汗が出る
これらの症状が見られた場合は命にかかわるため、直ちに以下の手順で対応します。
①初期対応
まずはご本人に声掛けをし、反応がある場合は自分で強い咳をするように指示します。
意識はあるが咳をすることで異物を吐き出せない場合は②、反応がなく意識が失われていると思われる場合は③に進みます。
②意識がある場合の対応
a) 背部叩打法
- 前かがみ(起き上がれない場合は腕を下にして横向きで寝た状態)の姿勢をとらせる
- 背中を手のひらで下から上へ叩く
- 肩甲骨の間を目標に5回程度叩く
背部叩打法でダメな場合は、ハイムリッヒ法を行います。
b) ハイムリッヒ法(腹部突き上げ法)
- 背後から両手を回す
- みぞおちの下で両手を組む
- 上方へ素早く圧迫する
※これを5回程度繰り返す
③意識がない場合の対応
- すぐに心肺蘇生を開始する
- 救急隊が到着するまで継続する
- 可能であればAEDを使用する
誤嚥性肺炎の早期発見と対応方法
また、誤嚥の結果として誤嚥性肺炎が引き起こされることもあります。
誤嚥性肺炎は、高齢者に特に多く見られる肺炎の一種で、食べ物や唾液が誤って気道に入ることによって引き起こされます。むせるなどの症状がなかった場合にも誤嚥が起きている(不顕性誤嚥)ことがあるため、注意が必要です。
日本においては、誤嚥性肺炎は高齢者の主要な死因の一つであり、特に75歳以上の高齢者に多く見られます。2020年の人口動態統計によると、肺炎は日本人の死因の第6位であり、年間約42,000人が肺炎で亡くなっています。その中で、誤嚥性肺炎による死亡者数は約35,788人であり、これは全体の死亡者数に対して約2.7%を占めています。
誤嚥性肺炎は、通常の肺炎とは少し異なる特徴があります。
一般的な肺炎では、37.5度以上の発熱や、咳、痰が出る、息苦しさを感じる、胸が痛むといった症状が現れます。しかし、高齢者の誤嚥性肺炎の場合、これらの典型的な症状が現れにくいことが特徴です。
代わりに、「なんとなくいつもと様子が違う」といった漠然とした変化として現れることが多いのです。
具体的には、食事の量が減る、普段より活動的でなくなる、37度前後の微熱が続く、といった変化です。また、意識がはっきりしない、急に混乱した様子になる(医療用語では「せん妄」と呼びます)、いつもより失禁が増える、歩く様子がふらついてきたなども、誤嚥性肺炎のサインかもしれません。
早期発見のために、ご家族ができる観察のポイントをお伝えします。まず大切なのが毎日の体温測定です。高熱が出なくても、いつもより少し体温が高めが続く場合は要注意です。
食事の量も重要な観察ポイントです。「いつもより食べる量が減った」「食事時間が長くなった」といった変化に気づいたら記録しておきましょう。
また、一日の活動量も見逃せないポイントです。「昼寝の時間が増えた」「外出を嫌がるようになった」などの変化にも注意が必要です。
呼吸の様子も大切で、普段より息が荒くなっていないか、話すときに息切れしていないかなども確認します。
もし誤嚥性肺炎が疑われる場合は、まずかかりつけ医に相談しましょう。かかりつけ医がいない場合や、症状が重い場合は迷わず救急外来を受診してください。
高齢者の誤嚥を予防するためには?
誤嚥を予防するためには、日常の観察において細心の注意を払う必要があります。ここでは、具体的な予防法と注意点を解説します。
誤嚥予防に効果的な食事
食事の形態を工夫することで、誤嚥のリスクを大きく下げることができます。まずは食材選びから気をつけましょう。
よく知られていますが、誤嚥を防ぐために避けた方が良い食材代表的なのは餅類です。餅は柔らかいように見えて、実は喉につまりやすいのです。また、こんにゃくや固い肉も注意が必要です。パサパサした食材は、唾液と混ざりにくく喉に詰まりやすいため避けましょう。
繊維の多い野菜も、噛み切りにくく誤嚥の原因となりやすいです。
のり類などの粘着性の高い食品も、喉に張り付いて誤嚥を引き起こす可能性があります。
一方で、誤嚥しにくい食材もあります。
白身魚などの軟らかい魚や、豆腐、卵料理は飲み込みやすい食材の代表です。
野菜も、やわらかく煮ることで食べやすくなります。
調理の工夫も大切です。対象者の嚥下状態にもよりますが、食材は一口大の適度な大きさにカットし、歯ぐきでつぶせるくらいの硬さに調理します。水分が多すぎても少なすぎても誤嚥の原因となるため、適度な水分量に調整することが大切です。
また、食材の温度も観点の一つです。熱すぎる食べ物は口腔内を刺激し、冷たすぎる食べ物は喉の感覚を鈍らせてしまうため、人肌程度の温度に調整しましょう。見た目や香り、味付けにも工夫を凝らすことで、食欲を促し、よく噛んで食べる習慣づけにもなります。
とろみの調整も誤嚥予防のポイントです。嚥下機能が低下したことによって、飲食中の咽が多くみられるようになった場合に使用を検討をします。最近では使いやすい市販のとろみ剤が多く販売されており、手軽に適切な粘度に調整できます。また、片栗粉など家庭にある材料でも代用できます。
とろみの強さは、その方の嚥下機能に合わせて調整することが大切です。スプーンですくった時にゆっくりと落ちる程度が目安となりますが、むせる様子があれば、もう少しとろみを強くすることを検討しましょう。
一度にすべてを取り入れる必要はありません。その方の状態や好みに合わせて、できることから少しずつ始めていくことをおすすめします。とろみ剤を使用する場合は医師、看護師、管理栄養士、理学療法士などの専門分野の方にも相談することをおすすめします。 特に大切なのは、安全に楽しく食事ができることです。食事の様子を見守りながら、必要な工夫を取り入れていきましょう。
正しい食事環境を整える
食事の姿勢に注意することも誤嚥予防の基本です。まず基本的な姿勢として、背筋を伸ばし、あごを軽く引き、足を床につけることが重要です。また、テーブルの高さを調整して肘が90度になるようにしましょう。
環境整備も大切な要素です。快適な温度管理を行い、リラックスして食事ができる雰囲気を整えましょう。
食事時には、一口量を調整し、ゆっくりとよく噛んで食べることを心がけます。水分と固形物は分けて摂取し、疲労を感じたら適宜休憩を取ることが大切です。
食後の注意点として、30分程度は座位を保ち、口腔ケアをしっかりと行います。その後、適度な休息を取りながら、体調の変化がないか観察することも重要です。
誤嚥予防トレーニングもおすすめ
日常的なトレーニングで誤嚥を予防できることをご存知でしょうか?実は、毎日の簡単な運動や口のケアで、誤嚥のリスクを大きく減らすことができます。
嚥下体操
「嚥下体操」という、飲み込む力を良くする体操があります。この体操は、多くの病院やデイサービスでも実際に行われている運動です。
たとえば、首の運動は、食べ物を飲み込むときに使う喉の筋肉をほぐすために行います。硬くなった首の筋肉をほぐすことで、スムーズに飲み込めるようになるのです。具体的には、ゆっくりと首を前に倒したり、後ろに倒したりします。これを行うことで、お茶を飲んだときにむせにくくなったという報告が多く聞かれます。
次に肩の運動も大切です。肩の筋肉がこわばると、飲み込む力も低下してしまいます。これは、肩こりが首や喉の筋肉の動きを悪くするためです。
そこで、肩を上下に動かして筋肉をほぐします。力を入れすぎないことが大切で、肩が耳に触れるくらいまでやさしく上げ下げします。
発声練習
発声練習も効果的です。特に「パ・タ・カ・ラ」という音を順番に言う練習は、日本の多くの病院で取り入れられているる嚥下機能の維持・向上に最適な運動法です。
なぜこの音を使うのでしょうか?実は、これらの音は口の中の異なる場所を使うため、飲み込むときに使うさまざまな筋肉を効率よく動かせるのです。
「パ」は唇を、「タ」は舌の前の部分を、「カ」は舌の奥を、「ラ」は舌全体を使います。
この練習は、日常的に行うと良く、食事前にも行うと良いでしょう。早く言う必要はありません。はっきりとゆっくり発音することが大切です。
口の中を清潔に保つ
口の中を清潔に保つことも、実は誤嚥予防の重要なポイントです。なぜでしょうか?
それは、口の中には多くの細菌が住んでいるからです。
これらの細菌が唾液と一緒に気管に入ってしまうと、誤嚥性肺炎を引き起こす可能性があります。
歯磨きは、食後30分程度待ってから行うのがおすすめです。これは、食事直後は口の中が酸性になっており、この状態で歯を磨くと、歯が溶けやすくなっているためです。歯ブラシは硬すぎないものを選び、優しく丁寧に磨きましょう。
舌の掃除も重要です。舌の上の白い汚れは、細菌の塊です。市販の舌クリーナーや、歯ブラシの裏側についている舌クリーナーを使って、奥から手前に向かって優しく取り除きます。力を入れすぎると舌を傷つける可能性があるので、やさしく行いましょう。
これらのケアやトレーニングは、一度にすべてを完璧に行う必要はありません。できることから少しずつ始めて、習慣にしていくことが大切です。継続することで、確実に誤嚥予防の効果が期待できます。特に食事の前後の数分間、無理のないペースで取り組んでみてください。
まとめ
以上の内容を実践することで、誤嚥のリスクを大きく減らすことができます。ただし、すでに誤嚥の症状がある場合は、必ず医師に相談してから実施するようにしてください。
誤嚥は咽などでも起こりますが、眠っている間に唾液を少しずつ飲み込み誤嚥することもあります。これは気づきにくいものです。
そのため、日頃の関わりの中で体調の変化に気づくことが大切です。