6月17日、東京都立墨東病院で「人生会議をしませんか」と銘打たれた体験イベントが開催されました。
人生会議を疑似体験できるイベント
人生会議とは「もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組のこと」(アイルビー訪問看護ステーションの代表で研究責任者の山田富恵さん)。
このイベントには「病院看護師と訪問看護師の協働によるACPを語れる地域つくりの試み」について調査研究するという目的もあります。「ACP(=アドバンス・ケア・プランニング)」とは、「将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、患者さんを主体に、そのご家族や近しい人、医療・ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、患者さんの意思決定を支援するプロセスのこと」(前出の山田さん)。
当日参加した対象者は研究への協力に同意したうえで、「人生会議」を知らないか、または体験したことがない方々9人でした。
告知はSNSのほか墨東病院全体にポスターを掲示したり、チラシを「看護の日」など病院のイベント参加者や、墨東病院周辺の調剤薬局、墨田区の地域包括支援センター、江東区のケアマネ事業所に配布するなど、精力的に行われました。
参加者はまずアンケートに記入し、基礎知識を得たうえで「人生会議」を実際に体験しました。そこで使われたのが「もしバナゲーム」というもの。これは、深刻な病気にかかり、残りの人生が短くなった時を想定して自分の価値観や最も重要なことを話し合い共有するカードゲームです。
今回、参加者は「余命6ヵ月と宣告されたときに、大切にしたい3つのこと」をカードの中から選択し、そのカードを選んだ理由についてコメントしました。その後は研究者からのインタビューにも応えたほか、この日のイベントに参加した感想を語りました。
また、イベントの1ヵ月後に、再度アンケートを実施。人生会議の考えに変化があったか、自身が大切にしていることや「もしものとき」についての話し合いを行なったか、人生会議は誰と行なうことが有益か、などの質問に答えてもらいます。
この結果を、研究の目的である「さまざまな健康段階にあるうちからACPに日常的に触れる地域文化を創ること」に役立てる。これが今回のイベントの最大の目的ですが、筆者自身も取材を兼ねてこのイベントを体験してみて、余命6ヵ月であるという前提でACPを考えてみた結果「もしものとき」に備えて話す相手や、自分自身の心のありようが、実際に見えてきた気がしました。
それから11日後の6月28日、このイベントを主催したアイルビー訪問看護ステーション代表で研究責任者の山田富恵さんと、墨東病院看護部に、インタビューする機会がありました。そこで今回のイベント開催のいきさつなどをお聞きしました。
イベントが開催された経緯
―――まず、このイベントが実現するまでの経緯を山田さんにお伺いしたいのですが。
山田:地域への啓発活動となると、どうしても自社の予算だけでは難しいものがあり、助成金を申し込んでいたんです。前年度も違う財団から多職種連携の助成をいただいて活動をしていましたが、今年は笹川保健財団から看護研究の助成をいただくようになりました。私としては「最期のときをどう生きていきたいのか」をテーマとして看護している中で、たまたま墨東病院で「ACPの取り組みを始めていて、もう何年か経っているんですよ」という話を伺い「一緒にやりませんか」ということになりました。
―――山田さん自身は地域の情報交換の場として「ケアの駅※」をつくられて、特に訪問看護を含めた介護業界の方々といった多職種の連携をしつつ、情報交換をしながら、地域と深くつながっていくような形を意図されていますよね。
山田さんが「地域を走り回るケア提供者や地域の方が、気軽に立ち寄って休息ができて、介護や健康情報を得て相談できる、緩くつながれる場」として立ち上げた。江東区に所在
山田:地域でそういうACP、最期のときをどうしますかという話になると、やっぱり医療機関を抜きにはなかなか進められないかなと。
―――墨東病院は、どのような形でACPの取り組みをされてきたのですか?
墨東病院看護部(以下墨東):2019年、看護部にがん看護委員会という看護師の委員会活動があり、活動の中で、まずはACPについて勉強し、2020年から、年に3回くらいの事例検討会というのを始めました。
―――そうすると4ヵ月に1回ですか。
墨東:そうですね。そのくらいのペースになります。そこに参加していたのは委員会のメンバーや発表する部署の職員、がん看護の認定看護師などでした。
―――そこでは、どのような内容が話し合われたのですか?
墨東:患者さんが思い悩まれる中で、看護師がどういうふうにかかわっていったか、患者さんがどういう選択をされていったか、看護師がそこから学んだことはどういうことか、などの内容ですね。
―――墨東病院内で、この取り組みがスタートしたきっかけは?
墨東:きっかけはがん看護でしたので、看護師の中でACPが大事なんだっていうのが、スタートです。
―――エンディングノートを書く際にも「事前指示書」を挟み込んでおこうという提案がありますが、これは人生会議におけるものと共通する部分が多少なりともありますよね。
墨東:事前指示書に書いてあっても、それを書いた状況がわからないので、ご家族が「聞いていません」となることもありますし、「いいえ、そんなことは言わないはずです」と仰ることもあります。やはり書き残すことだけが重要なのではなく、何を選択したのかっていうプロセスが、話し合いによって理解されることが大事です。
―――当事者の人たちの言い分が直接伝わっていないと、事前指示書だけじゃ不十分ということですね。
墨東:そうですね。そのプロセスがちゃんと組まれた中でのアドバンスケアであれば意味があるんでしょうね。私たちもご本人からこのようにうかがっています、と言っても、そのプロセスがないままでは、ご家族の納得がいかないんです。
―――それが実際に起こっていることなんですね。この委員会というのはどれくらいの規模で行われたんですか?
墨東:25部署から出てきています。
―――25のセクションから? やはり大病院ならではということですね。皆さん、出席の調整って結構大変なんですか?
墨東:あらかじめ会議予定を立てて、各部署が出てくるので大丈夫です。
―――シフトがつくられる前に、スケジュールが組み込まれているということですね。今回、山田さんのところと連携することになったわけですが、墨東病院側としてはどんなお考えで、このジョイントが実現することになったわけですかね?
墨東:病院の中だけでACPが広がるわけではないですし、特に健康な状況からやらなきゃいけないという部分もあります。私たちが、地域に出ていけるかというと難しいわけですし、それが今後の課題でもあるので。
地域への広がりが期待されるACP
―――先日もちょっとおっしゃっていましたが、退院後のケアや、自宅に戻られてからの病院とのつながりみたいなものをつくっていなければいけないという部分もありますよね。
墨東:そうですね。国が支える地域包括ケアシステムは、自治体が主導的にやっているところでも、医療機関がつながっていかなきゃいけないわけですし。
―――ご本人が退院してご自宅での看取りの段階に入っていく中で、病院と患者さんとのつながりはどういう形が一番の理想になるんでしょうかね。
墨東:例えば地域包括支援センターとかの中にいろんな機関もあったりもしますよね。元気なうちに、そういうところとつながっていくことも大事だと思います。
―――地域包括ケアシステムは2025年が一つの構築の目処と言われていますが、さらに段階ジュニアたちが65歳となる際には、介護人材も大幅に不足するという「2040年問題」も控えています。地域包括ケアが難しい状況になるということも見越しながらの、ACPということだとなるんですかね。
墨東:そうですね。独居の高齢者も今後増えていきますし、周囲に理解してくれる家族がそばにいてくれることが、あまり期待できなくなってきているという状況もすでにあります。
山田:訪問看護を約20年経験していると、介護者の移り変わりをとても感じています。最初のころは同居でも別居でもお子さんがいらっしゃった。それがだんだん変化して、面倒を見る方が遠方に住んでらっしゃる姪子さん、甥子さんになっていったりする。本当に独居の方が増えてきたのを実感しました。親族がいらっしゃっても普段かかわりがなかったり、高齢だったりして何もお願いできないことが多いんです。
私は認定看護師教育課程で将来の日本の人口動態ピラミッドも勉強して、認定看護師として10年以上の経験の中で、2025年問題の前に「人生会議」のような取り組みをしたいなと思っていました。
―――「人生会議」の取り組みはこれからどういうふうになっていくんですか。
山田:今年は4回やることになっています。2回目以降は江東区内。2回目は「ケアの駅」、3回目は江東区民まつり中央まつり、4回目は亀戸で地域の医療を担っている在宅医療診療所という流れになっています。これからも続けていきたいと思っています。
―――本日はありがとうございました。
江東区で始まった、新たな「人生会議」を広げ、地域に浸透させる試み。その確実な一歩が、踏み出されました。今後は行政とも連携し、さらなる広がりが期待されます。