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ニッポンの介護学

第211回 【橘玲氏 特別寄稿】日本人の7割以上が安楽死に賛成しているのに、法律で認められない理由とは?

橘玲(たちばなあきら)●作家。努力は遺伝に勝てず、知能や学歴、年収、犯罪癖も例外でない。美人とブスの残酷な“美貌格差”は約3,600万円…と「残酷すぎる真実」を明かした『言ってはいけない 残酷すぎる真実 』(新潮新書)を筆頭に、『マネーロンダリング 』(幻冬舎文庫)、『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 』(幻冬舎文庫)など著書多数。

月刊『文藝春秋』2016年12月号に掲載された、脚本家・橋田寿賀子さんの「私は安楽死で逝きたい」が話題になっている。「夫との死別から27年、91歳脚本家の問題提起」と副題にあり、「日本でも安楽死を認める法案を早く整備すべきです」と主張する。

橋田さんは、安楽死を望むようになった理由を次のように述べている。

「あの世で会いたいと思う人はいません。この世でしたいと思うことは一杯しました。あまり恋愛はしませんでしたが、もう、あれもこれもしたいとは思いません。心を残す人もいないし、そういう友達もいない。

そういう意味では、のん気な生活を送っていますけれど、ただ一つ、ボケたまま生きることだけが恐怖なのです」。

そこで橋田さんはスマホで安楽死について調べ、スイスに安楽死させてくれる団体があることを知る。

2002年4月にオランダがはじめて安楽死を合法化し、ベルギーとルクセンブルクがそれに続いたが、自国民にしか安楽死を認めなかった。それに対して、スイスでは外国人でも自殺ほう助機関に登録でき、不治の病の末期であれば安楽死を受けられる。費用は7000ドル(約80万円)で、現在は60カ国5500人が登録しているという。

もっとも、スイスの自殺ほう助団体のひとつ「ディグニタス」では、「希望者が提出した医療記録を医師が審査し、治る見込みのない病気で耐え難い苦痛を伴うなど、裁判所が認めた場合に限り、致死量の麻酔薬を処方されて安楽死が叶えられる」とのことなので、橋田さんが望むように、認知症の初期で安楽死が認められるわけではなさそうだ。

安楽死が認められている国は欧米の数か国

現在、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクのヨーロッパ各国のほか、アメリカのニューメキシコ、カリフォルニア、ワシントン、オレゴン、モンタナ、バーモントの6つの州で安楽死が認められている。

北欧やベネルクス3国など「北の欧州」のリベラルな社会では、「個人の自由を最大限尊重し、人生は自己決定に委ねられるべきだ」というのが常識になっている。こうして売春やドラッグ(大麻)が合法化され、安楽死が容認されるようになったのだが、その流れはますます強まっている。

安楽死合法化といってもさまざまなケースがあり、多くの場合、スイスのように「治る見込みのない病気で耐え難い苦痛を伴う」ことが条件とされている。

だが、1970年代から安楽死合法化を求める市民運動が始まり、80年代には安楽死が容認された「先進国」オランダでは安楽死の概念が大幅に拡張されている。ここではその驚くべき事例を、読売新聞記者・三井美奈氏の『安楽死のできる国』(新潮新書)からいくつか紹介してみたい。

最初は、1994年に、自殺未遂を繰り返していた50歳の女性を安楽死させた精神科医のケースから。

その女性は22歳で結婚して2人の男の子を産むが、夫の暴力で家庭生活は不幸で、長男は恋愛関係のもつれを苦に20歳で拳銃自殺してしまう。息子の死のショックで精神に異常を来たした彼女は、精神病院から退院すると夫と離婚、次男を連れて家を出るが、その直後に次男はがんであっけなく死んでしまう。

生き甲斐だった2人の息子を亡くした女性は、大量の睡眠薬を飲んで自殺をはかるものの死にきれず、かかりつけ医に「死なせてほしい」と頼んでもあっさり拒否されたため、自発的安楽死協会を通して精神科医に救いを求めた。

この精神科医は彼女を診察し、「自殺願望を消す方法はなく、このままではより悲劇的な自殺をするだろう」と診断し、同僚ら7人の医師・心理学者と相談のうえ、致死量の即効睡眠剤によって患者を安楽死させたのだ。

自殺ほう助罪で起訴された精神科医は一審、二審とも「不可抗力」として無罪、最高裁では、第三者の医師を直接患者と面談させなかったとの理由で形式的な有罪となった。この判決によって、肉体的には健康な人が自らの意思で「平穏に自殺する権利」が認められた。

さらに、2002年発効の法律では「患者が意思を表明できる状態になくても、判断力が残っているうちに安楽死希望を記していた場合、医師は患者の希望をかなえられる」と規定されており、患者が認知症で判断力を失った場合でも、事前に安楽死の生前意思を残していれば、医師は安楽死を行なえることになった。

これが、橋田さんの望む安楽死法なのだろう。

認知症と診断された患者の最期の迎え方

認知症患者の安楽死は、どのように行なわれているのだろうか。71歳の患者のケースを紹介したい。

ヘンクはモーツァルトの音楽を愛する知識人だったが、67歳のとき診断で脳に欠損が見つかり、そのため、ときどき暴れるようになった。家族に暴力をふるったり、忘れっぽくなったりするが、正気を取り戻しては、自己嫌悪にさいなまれた。

「生きている時間の15%しか快適ではない。あとは不安と苦痛の人生だ。もう耐えられない」。ヘンクは症状が進むのを恐れ、入水自殺を繰り返した。何度目かの自殺未遂で意識を取り戻したとき、医師はヘンクの死の要求を受け止めるしか、彼を苦痛から救う手段はないと覚悟した。

迷った末、医師は別の病院から2人の精神科医を招き、さらに地域医も呼んで、それぞれヘンクと面談させた。3人とも、彼が「耐え難い苦痛」を持ち、病状から“回復不可能”だと診断を下した。ヘンクは約20年前から自発的安楽死協会の会員で、安楽死宣言書も持っていた。

条件は整ったが、検察官は「精神障害の安楽死は難しい。不起訴になる保証はない」と医師に警告した。しかし医師はヘンクの希望に従って安楽死を実行し、検察は4か月後、「必要条件は注意深く守られた」と結論づけ不起訴を決めた――。

このように認知症と診断されたからといって、たんなる将来への不安だけで安楽死が実行されるわけではない。しかし逆に、認知症が進行してすべてを忘れてしまえば、不安そのものもなくなってしまう。医師がその患者に向かって、「あなたが元気な頃に求めていたように安楽死させます」と言えるのか、というのは大きな問題だ。

こうしてオランダでは、「高齢者が自殺する権利」をめぐる議論が起こることになる。

安楽死の目的は終末期の患者の苦しみを和らげるためだけではない

「自殺の権利」の背景に、オランダでは患者に自分の治療を決定する権利が認められていることがある。1995年に医療契約法が施行され、医師は患者が拒否する治療を強制できなくなった。

これによって、オランダの病院での悲惨な死が社会問題になった。83歳のアネットさんのケースだ。

友人とのテニスやブリッジが趣味で、おしゃれで活発な女性だったアネットさんは、1998年に水頭症と診断され、翌年、心臓発作を起こして左半身が麻痺し、思考力が落ち話すことも不自由になった。寝たきりで何もできない状態は、アネットさんにとって真っ暗な人生でしかなく、絶望から「もう、生きていられないわ。安楽死させてちょうだい」と訴えた。

だがそのとき、アネットさんのかかりつけ医が自身の病気で入院中だったため、別の医師が診断することになった。この医師は病院内の協議の末、安楽死要請を拒否した。するとアネットさんは、「安楽死できないなら、絶食死する」と家族に宣言して、点滴の管やカテーテルを引き抜いたのだ。

アネットさんは食事を一切とらず、1日1杯の水を口にするだけになったが、医師はなにも言わず、管を再挿入しようともしなかった。医療契約法では、患者の意思に反する治療は違法だからだ。

それでも1日3度、食事は用意された。アネットさんは空腹に耐えかね、ひと口食べたこともある。だが、飢餓感はじきに収まり、やがて意識が薄れて、夫を見てかすかに微笑む程度の反応しか示さなくなった。絶食開始から約5週間後、アネットさんは絶命した。

絶食開始のとき、アネットさんは夫の腕にしがみついて、こう言い残したという。

「あなた、私は怒りを表明したいの。望んだ死が果たせなかったことを、死亡広告にはっきり書いてちょうだい」

こうして、オランダの新聞に掲載されたアネットさんの死亡広告には、葬儀日程の下に夫の次のような一文が添えられることになった。

「数週間の壮絶な闘いの後、妻は尊厳ある生命の終焉はもはや不可能だと悟り、つらい選択をしました。……人間らしい最期を迎えられなかった彼女は、もはや示すことのできない(安楽死についての)法律への怒りを示すよう、私に要望しました」。

アネットさんのようなケースはオランダでは珍しいことではなく、自発的安楽死協会が「絶食ガイドブック」を出版しているほどだという。この小冊子は、絶食に入るときはその意思を文書に記して介護者や医師に示すことを勧め、「のどが渇いた時は、氷のかけらをしゃぶる」「空腹感がある時は、カロリーの少ないキュウリやメロンを少量口にする」などのノウハウが紹介されている。

このようにして、終末期の患者の苦しみを和らげるための安楽死ではなく、「人生を離脱する権利」が唱えられるようになった。これは「自殺薬を常備する権利」でもあり、1991年、「75歳の人間は、20歳の人間より、将来残されている人生について予測ができるものだ。その分、死を決める権利が多く与えられてもよいではないか」との論文を新聞に寄稿した元最高裁判事ハイブ・ドリオン氏の名前から「ドリオンの薬」と呼ばれている。

そして96年、自発的安楽死協会が「ドリオンの薬」の合法化を提案したが、2002年発効の安楽死法には盛り込まれなかったため、いまも法制化に向けての運動が続けられている。

ドリオンの薬が認められない一方で、2000年、「孤独」を理由に安楽死を求めた元上院議員エドワルド・ブロンヘルスマ氏(当時86歳)の要請に応じて致死薬を飲ませ安楽死させた医師が、一審で無罪判決を受けた。

ブロンヘルスマ氏はかつて、労働党の論客として活躍したが、家族や友人を次々と亡くし、孤独の日々を送っていた。そして息子ほども年のちがうかかりつけ医に対し、「私の人生には意味がない。からっぽだ」「毎日死ぬことばかり考えている」と訴えつづけ、安楽死を要求した。

かかりつけ医はブロンヘルスマ氏を精神科医に見せたが、「精神的な異常はない」と診断された。ほかの地域医にも面談したが、ブロンヘルスマ氏の人生に対する「耐え難い苦痛」には治癒の見込みはないという意見だった。そこで98年4月、医師はブロンヘルスマ氏に致死薬を手渡したのだ。

「人生に絶望している以外は健康で理性的な老人」に対する自殺ほう助の無罪判決にオランダの世論は沸騰した。当時の保健相(血液免疫学の医師でもある)は、「私の知人に95歳の女性がいます。彼女が『(自殺する)薬を持っていて、それを飲むわ』と言ったら、私は満足よ」と発言した(のちに「大臣として軽率な発言」と謝罪)。2002年の最高裁判決では、医師を有罪としたものの刑罰は課されなかった。

このようにオランダ社会は、「一定の年齢に達したら、病気などの事情がなくても、自分の死は自分で決める」という究極の自己決定権まであと一歩のところまできているのだ。

日本は安楽死の「先進国」だった

ここまで『安楽死のできる国』からオランダの安楽死事情を紹介してきたが、「自分の人生は自分で決める」という彼らの強い意思に圧倒されたのではないだろうか。

ひるがえって、日本ではどうだろう。

実は日本は安楽死の「先進国」で、早くも1961年、安楽死を容認する6つの要件を名古屋高裁が示している。愛知県の20代の長男が、脳溢血で倒れ5年間寝たきりの父親が発作に苦しみ、「早く死なせてくれ」と悶絶するのを見るに忍べず、農薬を飲ませて死亡させるという事件だった。

その後も家族による「安楽死」が続いたが、1991年、神奈川県の東海大学医学部付属病院で、末期がんで昏睡状態にある患者に対し、家族の強い求めによって医師が塩化カリウムを注射させて安楽死させ、殺人罪で起訴されるという事件が起きた。

この事件で横浜地裁は、積極的安楽死には「患者本人による意思表示」が前提になるとしたうえで、

  • 患者に耐え難い苦痛がある
  • 死が避けられず死期が迫っている
  • 肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、ほかに代替手段がない
  • 患者が意思を明示

という四要件を満たせば、医師の行為を罪に問わないとした。

それと同時に、延命のための人工呼吸器や点滴を外す「治療行為の停止」や、死期を早める可能性を知りながらモルヒネなど強い鎮痛剤を投与する「間接的安楽死」は、患者が昏睡状態で意思表明できない場合、家族の意向を尊重してよいと判断した。

こうした「先進的」な司法判断の背景には、日本がもともと自殺に対して寛容な社会だということがある。オランダのようなキリスト教国では、安楽死を認めるには「自殺は神への冒 」という信仰を乗り越えなければならない。

それに対して日本では、切腹が武士の名誉ある死とされ、心中は究極の愛で、子連れの無理心中は子どもへの思いやりだとされてきた。ベストセラーになった『永遠のゼロ』を挙げるまでもなく、特攻は愛国的な(もしくは愛する家族を守るための)崇高な死として称賛され神聖化されている。

自殺を容認する文化によって、日本は韓国やロシアと並び先進国のなかでもっとも自殺率の高い社会になっているとの批判は根づよいが、それは同時に、安楽死に対する寛容さにもつながっている。

諸外国の自殺死亡率,日本は24.4%で先進国の中では上位に位置している

司法が「積極的安楽死」の要件を示したのは、「病気で苦しむ親や患者を安楽死させることを殺人罪で罰するのはかわいそうだ」という強い世論があったからだろう。

なぜ安楽死の法制化は日本で進まない?

2010年に朝日新聞が死生観についての世論調査を行なっているが(2010年11月4日朝刊)、そこでの安楽死についての質問と回答は以下のようになっている。

自分が治る見込みのない末期がんなどの病気になって苦痛に耐えられなくなった場合、投薬などで「安楽死」が選べるとしたら?
選びたい(70%)
選びたくない(22%)
その他(8%)
8%22%70%

「安楽死」は現在の日本では法律で認められていません。「安楽死」を法律で認めることに賛成ですか?
賛成(74%)
反対(18%)
その他(8%)
8%18%74%

これを見てもわかるように、日本人の7割以上が安楽死の合法化に賛成で、最期は安楽死で逝きたいと思っている。橋田寿賀子さんはまったく特別ではないのだ。

だとすれば逆に不思議なのは、これほどまでに自殺に寛容で、国民の多くが安楽死を求めている国で、法制化が一向に進まないことのほうだろう。日本とオランダではいったいなにがちがうのだろうか。

『安楽死のできる国』で三井氏も指摘するように、それは「自分の人生を自分で決める」という覚悟だろう。日本人は、「安楽死が法制化されるなら自分も安楽死したい」と考えるものの、その実現のために周囲から批判されてまでなにかをしようという気はないのだ。

実は日本でも、元衆議院議員・太田典礼氏を中心に発足した日本安楽死協会が1979年に「末期医療の特別措置法案」を作成し、国会への提出を目指したことがある。だが、この法案は「人権派」や身体障害者団体から「ナチスの優生思想と同じ」と猛烈に批判され、断念せざるを得なくなった。こうして日本の政治で「安楽死」はタブーとなり、団体は「日本尊厳死協会」と改名して「安らかな死」を求めるリビング・ウィルの普及を目指すようになった。

結局のところ日本人は、死という人生の重要な決断を自分で決めるのではなく、家族や医師という「他人」に任せたいのだ。こうして日本の病院では、家族の合意のもと暗黙の「安楽死」が密かに行なわれるようになる。

国主導の安楽死が進められる前に、国民の意思を示す時期に来ている

だが、こうした曖昧な状況は、それほど長くは続かないだろう。

日本はこれから人類史上未曾有の超高齢化時代を迎え、2020年には人口の3分の1、2050年には約4割を65歳以上が占める。どこの家にも寝たきりや認知症の老人がいるのが当たり前の社会が間違いなくやってくる。

2020年には人口の3分の1を65歳以上が占める

それにともなって、高齢者の医療費が社会保障費を膨張させ、日本の財政を破綻させるというシナリオが現実のものになってきた。日本経済新聞の連載「砂上の安心 2030年 不都合な未来」(2016年12月19日)によれば、西日本の病院で死亡した80歳の男性の場合、弁膜症の術後の経過が悪く、感染症を繰り返して透析や胃ろうなどあらゆる医療行為を受けた結果、3年半の医療費は約7400万円。そのうち男性の負担は約190万円で、残りの大半は税金と現役世代の支援金だという。

取材班が全国約1740市区町村の75歳以上の後期高齢者1人当たり医療費を調べたところ、1人につき100万円以上の医療費を使っている市区町村は14年度分で347に及んだ。2030年の人口推計などから試算すると、社会保障給付はいまより30兆円増えて170兆円に達し、後期高齢者医療費は約1.5倍の21兆円に達する公算が大きいという(2014年度時点の後期高齢者医療費は14.5兆円)。

医療費の動向

数十兆円に及ぶ巨額の支出を賄うことができなければ、いずれ高額の医療費は自己負担とされ、高齢者の安楽死が国家の主導で進められることになるかもしれない。そのような事態になる前に、国民が自らの意思で「人生の自己決定」のルールを決めるべきだろうが、話題になるのはエンディングノートや遺言の書き方、相続を争続にしないための財産分与、葬儀や墓、戒名を自分で決める方法などの「終活」ばかりだ。

日本社会はずっと、安楽死というやっかいな問題から目を背け、縊死(いし)や墜落死、一酸化炭素中毒死などのむごたらしい死に方しかできない現実を放置してきた。そして人々はいまも、お上が「まわりの迷惑にならないよう」いかに死ぬかを決めてくれるのを待ち続けているのだろう。

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匿名
匿名 さん

みんなのコメント

  • 匿名 さん

オランダの様に60歳以上になったら安楽死出来る様にして下さい

2017/03/19 07:53 違反報告
  • 匿名 さん

>こうして日本の病院では、家族の合意のもと暗黙の「安楽死」が密かに行なわれるようになる。

これは嘘だろう。まだリビングウィル法が出来てないのに。
「看取り」が密かに行なわれるようになるならわかるけど。

2017/03/03 17:20 違反報告
  • 匿名 さん

こういう試みが大事です。
人はとかく、未知の事や前人未到な事柄に関しては、批判的で疑念と偏見しかありませんので。
前に進もうとする力が弱いし、努力も怠る者が多い。
常に他力本願で、誰かが行う事を待つように。
自立した大人が希少になっています。

2017/02/17 20:55 違反報告
  • 匿名 さん

私の親もいずれ介護が必要になるとは思いますが、もし本人が安楽死を望むのであれば希望をかなえてあげたいと思います。

2017/02/17 12:28 違反報告
  • 匿名 さん

賛同なさる方はご自分の家族や親戚に対しては消極的治療方法でも旅立たせる方法でもお好きなようにして差し上げたらよろしいかと思います。

ただ自分にとって良いと思うからといって、それを他人の家族や親戚に対して啓蒙するような真似はやめていただきたいですね。

2017/02/13 16:18 違反報告

治療不可で緩和しきれない苦痛が続くといった症状の場合、
判断力正常な本人もしくは責任ある身内によって、最期の時を決められる仕組みを、
日本でも是非取り入れて欲しいと思います。

生まれて初めて心の底から、「もう旅立たせてあげて下さい。」と願い、
祈りさえしたのは、苦痛に呻き続ける末期癌の母を目の当たりにした時でした。
10年に渡る癌治療(放射線・手術・抗癌剤)で、内臓も骨も皮膚もボロボロ。
助かる可能性は全く無く、急速進行する症状の痛みは増し続け、
皮膚を侵食し広がり続ける癌傷からの出血も止まらない。
最期の数ヶ月はホスピスでお世話になり、ほんのわずかな間、
食事が取れ会話も出来たのはせめてもの救いでしたが。
他界する数日前には、リンパ節転移していた片脚の骨が砕けており、
意識を沈める程の強い鎮痛剤を投与しても最期の最期まで、
表情から苦痛が消えませんでした。

「衰弱して心停止するか、癌傷が動脈に達し失血死するか。」
ホスピス医の臨終予測に、全身の血の気が引いた感覚は、今でも忘れられませんし。
安楽死出来ないかと問い、申し訳ないと断られた時の失望感も、今なお鮮明に残ります。
この時初めて、どうか失血死を迎える前に旅立たせて下さいと、本気で祈りました。
意識無く呻き続ける母の喉元に、手を伸ばし掛けた事もありました。
旅立ちの時には立ち会えませんでしたが、ホスピスからの他界連絡が来た時。
死因は心停止であり、失血には至らなかった事を確認して、
母親を喪った哀しみよりも、安堵と感謝の気持ちが先立ちました。

凄惨な末期〜旅立ちだった母に比べ、肝硬変だった父の末期は
容態急変が多かったものの苦痛期間は短く。
昏睡状態のまま静かに旅立てた時は、やはりホッとしました。
本当に切羽詰まった状況のみでもいいですから、
安楽死法令を作ってくれれば有難いと、個人的には思うのですが。

2017/02/12 01:25 違反報告

「姥捨山」て聞くと非人間的な悪しき習慣って言うのが常識みたいに伝わっているけど本当にその側面だけだったのだろうか?
明智光秀は自己保身の為に信長に謀反したとか忠臣蔵は美談とか節分には恵方巻を無言でかじれとか片面からの視点ででっち上げられたモノかも、何て思ってしまいます。
ひょっとしたら自分自身だけでなく家族や親族一同に坊さんや庄屋さんの合議制で人生の幕引きを決めるシステムだったかも。
そして旅立つ為の聖なる地へと盛大に見送って貰ったのかも。
そんな古文書残って無いかな。

2017/02/11 21:19 違反報告

介護職や家庭での介護を実際に経験した人は自分自身が認知症や寝たきりとなり下の世話まで受ける状態になって子や孫そして社会に多大な迷惑を掛けてまで生き続けたいと考える人はどのぐらい居るのだろうか?
私はそんな状態で生かされ続けるのは真っ平御免です。
でも自殺には少々抵抗がある。
自らの意思で食を絶って餓死出来るほどの意思力も無さそう。
お医者さんに「コレを飲んだら眠るように楽に逝けますよ」と薬を貰えると確かに楽チン。
この世に生を受けたのは魂の修行の為に輪廻転生してきたとの考えからするとどっちにしろ途中棄権で振り出しに戻るなのかな。
今は養護老人ホームで何人も看取りもするしまだ生かされてる事に辟易しながら日々の苦を味わっている人もたくさん見ています。
ついつい「なかなか順番来ませんね〜」と相づちを打ったり「順番の予約札を貰いに行くの忘れたんとちゃいますか」とダークグレーなジョークで返したり。
それでも「何とか少しでも食べて頂こう」とか「水分摂取量を維持するには」やら「リハビリの為に頑張って」「口腔ケアも忘れずに」みたいな職業倫理だか責任回避だか分かりませんがご本人の意思とは違うケアをやっちゃてますね、イヤやらされてます。
もうダメとなったら自然死として2〜3週間掛けてじわじわと死なせてもらえますが。
もう少し早よ逝けてもエエかなぁなんて思ってしまいます。

2017/02/11 20:23 違反報告
  • 匿名 さん

安楽死に反対している人が3割もいることに驚きを覚える。

2017/02/04 08:36 違反報告
  • 匿名 さん

安楽死は、法律で認められていません。
尊厳死は、現行法でも認められています。
それだけの事。
容認できない理由があるから認められない訳であって、それらを覆す誰もが納得できる理由が無いといけません。
つまり正当性と整合性のある根拠が必要。
おそらく誰にも出来ないし、法制化されることは無いと思う。

2017/02/03 10:41 違反報告
  • 匿名 さん

世論調査はいつ、どういったサンプルで、どれくらいの母数に実施したのでしょうか。また、死に対する考え方も年齢によって異なるはずです。そうした根拠や配慮を示したうえで「日本人の7割」を主張していただければ幸いです。生命に対するも問題を短絡的に書いてしまう筆者の人間性をさらしてしまった記事ですね。

2017/02/03 09:48 違反報告
  • 匿名 さん

>高齢者の医療費が社会保障費を膨張させ、日本の財政を破綻させるというシナリオが現実のものになってきた。日本経済新聞の連載「砂上の安心 2030年 不都合な未来」(2016年12月19日)によれば、西日本の病院で死亡した80歳の男性の場合、弁膜症の術後の経過が悪く、感染症を繰り返して透析や胃ろうなどあらゆる医療行為を受けた結果、3年半の医療費は約7400万円。そのうち男性の負担は約190万円で、残りの大半は税金と現役世代の支援金だという。

ここで問題視されてるのは明らかに「3年半の医療費は約7400万円。そのうち男性の負担は約190万円で、残りの大半は税金と現役世代の支援金だという」というところですよね。

でも医療の面から言ったら、「弁膜症の術後の経過が悪く、感染症を繰り返し」のところじゃないですかね。
感染症を繰り返しってどうなんでしょうね。

そういえば術後、体内にガーゼが残ったまま、とか点滴ミスとか、最近、医療ミスも多いみたいですけどね。
院内感染とかも話題にされたことありましたよね。

まあ、他人の死は他人事ですから、いくらでもロジックは組めるでしょう。
高齢者の医療費がかかり過ぎ、無理に生かすな、と思う方はまず自分の親から始めたらよろしいかと思いますよ。
親に要介護の兆しが見えてきても介護認定を受けさせず介護サービスも使わず、家族で消極的介護をして、肺炎予防注射とかインフル予防注射も受けさせず、親が風邪を引いても、ただ寝かせておいて、肺炎で手遅れになるまで待ってから救急車を除く公共輸送機関等を使うか徒歩で医者に行く、とかなさったら、高齢で弱っている親はそうそう長生きしなくなるのではないですか?

まず高齢者がいるから社会保障費膨らみ過ぎと思われる方は自分の親が要介護状況になっても素知らぬふりをしておく、脳梗塞を起こしても救急車は呼ばす、タクシー(振動で手遅れになりそうですよね)で病院に連れてゆくとか? から始めたらよろしいですよ。

大体、こういう寄稿をどうして介護のサイトでするのか。この方は他の闘病サイトとかにもこういう投稿なさるんでしょうか。
してないですよね、きっと。
なぜ、他の闘病サイトではなく、高齢者の介護のサイトに投稿するのか。
そこに不快感を覚えます。

2017/02/03 08:00 違反報告
  • 匿名 さん

安楽死が法律で認められない理由は天地万物を創造された神様が人それぞれに意味があって生かされている存在だからだと思っています。
絶対的な存在者を知らないでへたれ口を利く者こそ罪があり
悔い改めないと時がくれば絶対者に永久の死に入れられるのだ

2017/02/02 21:26 違反報告
  • 匿名 さん

高齢者は生産性がないのに国の予算が莫大にかかるとか
いくつもの病気を抱えて日々苦しみに耐えて生きているとか
年金が少ないとか、無年金とか、仕事が見つからず持ち物は何もなくどん底に落ちても生活保護の申請を考える事があれば怠惰とか言われてまで生きていたいとは思いません。
ただ生かされているから仕方なく生きてます。
生きたくない高齢者や生活苦の人は非難されてまで生きたくはありませんが人を超えた別次元の存在に意味があって生かされているんだから仕方ありません。

生かすに時あり
殺すに時あり

2017/02/02 21:15 違反報告
  • 匿名 さん

予算や財政が圧迫しているや、自身が今おかれている困難な状況を改善したいという理由は、まさに”姥捨て思考”なのですよ。
これで法制化をしろと言う事自体が、明らかに無理でしょう。

その人の耐えがたい苦痛や痛みを不憫に思い、その苦痛などから一刻も早く逃れたいという気持ちは良く判りますがね。
それでも”安楽死”は法制化に出来ない。
尊厳死は認められています。

2017/02/02 14:35 違反報告
  • 匿名 さん

富裕層優遇税制の間違いです。

2017/02/02 14:15 違反報告
  • 匿名 さん

高齢者の医療費の問題とセットで語られるから、安楽死(尊厳死)は認められないという動きになるんだと思うよ。

単純に
・患者に耐え難い苦痛がある
・死が避けられず死期が迫っている
・肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、ほかに代替手段がない
・患者が意思を明示

この4つの要件を満たせば尊厳死を認めてほしい、というのであれば、そうだなあ、その方が良いなあ、と思うよ。

だけど、年寄りが増えれば医療費が増え続け、それが国の予算を圧迫してます、という言われ方をされ、そこに「尊厳死」を持って来られたら、不快感を覚えるよ。
だったら、無駄ななんたら法人や、民営化された割にいつまでたっても膨大な補助金もらってるところや、富裕層優遇生成の改革や、何の成果もあげてないのに議員になったら何千万の報酬とか、日本以外はどこの国も買っていないオスプレイを買うのをやめて、社会保障費に回したら? と言う気になるよ。

2017/02/02 14:07 違反報告
  • 匿名 さん

一番怖いのは姥捨て思考なのです。
公然と死に追いやる事を誰しも懸念している、だからこそ法制化に出来ない。
いいですか、誰もかれも親から生まれて大人になる。
幾ら疲弊してもどんな窮地に追い込まれようが、守るべきは守らねばなりません。
人としてどうあるべきか、どうするべきかを考察する事。
それが出来ない人は、人の姿をした獣と同じです。
良く考えてものは言うべき。

2017/02/02 12:41 違反報告
  • 匿名 さん

マクロおよび長期でみると、下で書かれているような「心優しい」人たちが、高齢者向けの社会保障費減額を防ぎ、少子化対策予算の割合を減らし、
労働人口減少を加速させ、勤労世代の負担を増やし、それでも足りずに高齢者の社会保障費も減額となり、結果として国民すべての人が不幸になっていく側面支援を図らずもしている訳なんだけどね。


まさに「地獄への道は善意で」というやつですな。

2017/02/02 07:00 違反報告
  • 匿名 さん

個人的に思う事は、例えば認知症に成ったら自らの意思で、薬物などを用いて強制的に自らの人生を閉じたい方も居る。
しかし、その後治療薬が出てきた場合に、後悔先に立たずでは済まない事になる。
こういう事を踏まえながら、自らの意思でという事であれば分かるような気もする。
周囲の人間に翻弄されるようでは、どう考えても容認は出来ない。
これをこの国で法制化する事は、国家を転覆するぐらいに難しい事と思う。

尊厳死は現行の法律でも認められており、延命治療等をしないで自然に死を迎えることが出来ます。

2017/02/01 20:09 違反報告

死期が迫っている患者に耐え難い肉体的苦痛があり、患者が「早く逝かせてほしい」との意思を持っていることが明らかな場合でも、医師が積極的な医療行為で患者を死なせることを安楽死と呼びます。延命措置を行わないこととは、明らかに異なりますし、日本では患者を安楽死させた事件では、いずれも医師の有罪判決が確定しています。欧米などでは、この安楽死を合法的に認めている国・州がありますが、日本尊厳死協会は安楽死を支持していません。
(日本尊厳死協会)

 「安楽死」と「尊厳死」は全く別物です。

 延命治療を拒否したいなら生存中に、その意思を示さなければなりません。日本人に足りないのは「自分が老いて死ぬということを理解すること」です。
いつまでも元気で長生きはあり得ません。「死ぬために」準備が必要なのです。

2017/02/01 18:07 違反報告
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